田中先生、再婚したってよ。 ここは子泣き産婦人科。名前通り妖怪子泣き爺にクリソツの爺さん院長が経営する有床診療所である。有床なので近年数を減らしている貴重な分娩施設でもあるのだが、院長である爺は基本的にいつも酒ばっかり飲んでいて使い物にならないため、他の勤務医たちが診察と分娩を回してる。お疲れ様です。
そして我々看護スタッフも診察介助、オペ係に両親学級、保健指導に育児指導、入院患者の看護に、昼夜関係なく訪れる分娩介助とそれなりに毎日忙しい。普通に忙しい。めちゃくちゃ忙しい。死にそう。そんな限界スタッフの中の一人である私の唯一と言っていい職場での癒しが、このたまーに来てくれるバイトの麻酔科医、田中先生である。久しぶりに会えた喜びに当直控室から着替えて出てきたところをウキウキで呼び止めてしまった。
「田中先生、お疲れ様です!今日の麻酔科医は先生だったんですね。」
年は四十代と聞いている。年に似合わず髪は真っ白、生まれつきとのこと。顔はめっちゃイケメンというわけではないがなかなかの可愛い系で、背が高くてスタイルがいい。指も長くて綺麗。そしてなんとも言えない色気があるのに不思議といやらしくない。とても清潔というか清廉な色気なのだ。うーん、そのスクラブから見える鎖骨、その首筋、今日も目の保養です。
中身も、話し方にクセがありすぎるが、医者らしからぬ穏やかかつキュートな性格なので私以外も推しているスタッフがたくさんいる。密かにみんなから「妖精さん」と呼ばれ愛でられていた。
「昨日子泣きから頼まれて急遽来ることになったんじゃ。もう入室時間は決まっとるのかね?」
こんな感じで、うちの酔っ払い爺と似たような喋り方だが田中先生がやると可愛いー!
「十三時入室予定と本人と家族には説明してましたよ。」
「そうじゃったか。まだ時間はあるのう。今回適応はなんじゃ?」
「骨盤位ですね。詳細はこの後カルテを持っていきます。先生用の手袋出しておこうと思うんですがサイズは8でよろしかったですか。」
なかなか出ないサイズなので倉庫まで取りに行かねば。そう思って田中先生の手を見れば、あれれ?
「えっと、先生、指輪増えました?」
田中先生は数年前に奥様を亡くされていて、長らくシングルファザーだった。亡くなった奥様との結婚指輪をこれまでもずっと左手の薬指に嵌めていたのを「一途で素敵!」とみんな感動していたのだが。なぜかその指輪のすぐ上に真新しい指輪が鎮座していた。
「ああ。そうなんじゃ。最近再婚してのう。」
え?再婚?そう私が思ったのと同時に耳聡く聞きつけてきた同僚たちが集結した。
「ええー!?先生、再婚ですか?おめでとうございます!」
「奥さんどんな人なんですか?写真あります?見たいですー!!」
うーん。姦しい。が、私も気になる。あの一途に亡き奥様を想っていた先生をどんな人が射止めたのか。
あっという間に囲まれてしまった先生は、少し照れながらスマホを取り出した。あ、見せてくれるんだ。
「どんなと聞かれると難しいのう。美人で可愛くて、優しくて、真っ直ぐで豪胆でな。息子もよく懐いておる。」
ノロケながら見せられた写真に一同言葉を失った。だいーぶ年下そうな、ぷりんぷりんの美女だったのである。
ぱっちりお目目は甘い垂れ目で左側には古傷のようなものがあるが、全く気にならない。むしろそこがいいすらある。主張控えめながらスラリとした鼻に、形の良い潤んだ唇。全体的に幼い顔立ちかつどこか中性的で美女というより美少女の方がしっくりきそうだ。そのめちゃくちゃに可愛い顔に立派なお胸がついているのは…。下品な言い方をすれば「ロリ巨乳」。
なんとも男好きしそうなタイプの見た目であった。
デレデレと写真の姿にすら鼻の下を伸ばしている先生を一同見つめ、みんなが妖精さんだと讃えていた人物が割と好色親父だったことの衝撃をやり過ごした。
「あの先生?奥様、結構年下そうですね?」
掘り下げた猛者がいた。やめとけ突くな。
「そうじゃのう。一回り以上離れとるからな。今年で二十七になる。」
よかった。思ったよりは年いってた。十八歳とか言われたら、もうこの世の何も信じられなくなるところだった。一同胸を撫で下ろす。
「すっごく美人な方ですね。」
安心したみんなは口々に褒め出した。
「そうじゃろう。ワシの一目惚れじゃ!もういろんなところがプリプリでのう!」
そう胸を張る先生はとっても幸せそう。「聞いてねえよエロ親父」と言いそうになったが、グッと堪えた。もう妖精さんの面影はない。
「どうですか新婚生活は?」
「幸せじゃあ。それにもうすぐ息子がお兄ちゃんになる予定なんじゃ!」
「えー!それはダブルでおめでたいですね!先生!!」
ニコニコ眩しい!うーん、こんな笑顔は今まで見たことがなかった。見れてこちらも幸せです!妖精さんではなくなりましたが、これかも変わらず推していきますよ、先生!!
幸せパワーなのか、先生のその日の麻酔処置はいつも以上に迅速かつ丁寧で素晴らしいものだった。患者の帰室も終わって、新妻の待つ自宅に帰るらしいルンルンの田中先生の後ろ姿を見送った後、我らが呑んだくれ爺院長に話しかけた。
「田中先生、再婚されたんですってね。」
「おー。なんだ聞いたのか?」
「はい。写真も見せてもらいました。年下巨乳爆美女。」
「そう、年の差がなあ。なんせ出会ったときの水木殿は実習に来てた医学生。学生に手を出したって、医局中から白い目で見られたと言ってたわ。」
アヒャアヒャ笑う爺。あれ?まだ酒入ってないよな?
ていうか結構な爆弾発言だぞ。まじか、田中先生。
そしてこの特大ゴシップは女性九割の職場で瞬く間に広がったのであった。