左隣の水木くんと右隣のゲゲ郎くん 見ようによっては逆カプに見えるかもですが、父水のつもりで書いてます。
誤字脱字多分たくさんあります。
放課前のホームルーム。今日は二年生になって二回目の席替えをする。このクラスの席替えは一ヶ月に一回。席順はくじ引きで決まる。一列は左が男子で右が女子の組み合わせで成り、通路を挟んで三列作る。
できるだけ後ろの席がいいとか、同じグループの子の近くがいいなあとか、ぼーっと考えながら引いたくじに書かれていた文字は7番。窓際の後ろの方。よっしゃ!!
今回はなかなか運が良かったと、うきうきで指定された場所に机を持って移動していた私。今日この日から一ヶ月間ずーーーーっと次回の席替えの日を待ち遠しく思って過ごすことになるなど、この時には全く予想していなかったのである。
「よろしくな」
一瞬眩暈がした。貧血とかじゃない。笑いかけてきた今回隣の席になった男子の顔面の良さにした眩暈だ。水木くんか……。
「……あ、うん。よろしく」
カースト上位の女の子たちの視線が頭に突き刺さる。うん。わかる。みんな学年一の綺麗なお顔を持った人と仲良くなりたいよね。あーあ、運が良かったのか、悪かったのか。接し方を間違えるとヘイトを買いそう。
「水木!今回は隣じゃ!」
いや、間に私居るんだけどね。満面の笑みで私を通り越して水木くんに声をかけているのは、通路挟んで隣になったゲゲ郎くん。冗談みたいな名前だし、銀髪だしで一見ヤンキーだけど、性格は優しいしおじいちゃんみたいな喋り方するギャップのすごい子である。とにかく個性的なこの子が一番水木くんに強火なのは有名な話。まじで水木くんにしか興味ない。一対一だと割と感じのいい奴だけど、水木くんがいるとずっと水木くんだけを見つめてて、他は空気も同然になる。二人は幼馴染らしく、「こいつ人見知りだからごめんな」と何度か水木くんがフォローしてるのも見たことあるけど、ズレてるよなあと毎回思っていた。
そしてゲゲ郎くんは強火かつ同担絶許なので、誰かが自分抜きで水木くんと話そうもんなら、さっきの女子たちの比じゃないくらいに強い視線で突き刺してくる。未だ不在の水木くんの彼女の座を狙う女子たちが、水木くんになかなか近づけないのはこんなわけもあるのだ。セコムというか鉄壁の壁というか、とにかく強いガードマンが常に側にいるから。自分が一番仲良くないとヤダみたいなすっごいめんどくさい子、女子では何人か見たことあるけど、男子でここまで一人の友達に執着するの子って珍しいよね。一方の水木くんも、幼馴染のそんな面倒臭い仕草をうざいとは一切思わないようで当たり前みたいに受け入れているし、なんなら嬉しそうですらあると私はちょっと思っている。
あーあ、この二人に挟まれるんか。絶対邪魔だと思われてるじゃん、ゲゲ郎くんに。これから耐えられるかなあ。
「まじで気まずい」
「うちもあの席は無理。相当空気読めないときついでしょ」
「それかガチで狙ってるかじゃないと戦えないね」
昨日の席替えの一部始終を見ていた友達たちに愚痴を漏らせば、心底同情される。現在も私の席は我が物顔のゲゲ郎くんに座られているので、友達の机に寄りかかっていた。顔を寄せ合って楽しそうに笑う二人をここから見ている分にはどうぞお好きにやって下さいなのだが、もう朝のホームルーム5分前。そろそろ席に戻らないといけない。重いため息を心の中でついて、意を決して安全地帯を離れると、同じクラスになって3カ月目、徐々に見慣れてきた銀髪に声をかけた。
「ごめん、そろそろ席に戻りたいんだけどいい?」
できるだけなんでもないように笑って声を掛ければ、学年一の美形と戯れてた銀髪は「そうか。もうそんな時間じゃったか」とすんなりどいてくれた。良かった。ほっとはしたが、贅沢言うと私は他人の体温が移った椅子が苦手だ。毎日これが続くのかと憂鬱な気分で席について、違和感に気づいた。あれ?あの生ぬるい感じがない。……じゃあ、まあいっか。
事件はホームルームが終わって、1時間目の数学に起こった。担当の先生が入ってきて開口一番にゲゲ郎くんが言ったのだ。
「しもうた!先生、わし教科書を忘れてしまったんじゃ!水木に見せてもらってもいいですかのう」
「……菊池に見せて貰えばいいじゃないか」
菊池晴香ちゃんはゲゲ郎くんの隣の女子である。
みんなの視線を一斉に集め、またゲゲ郎くんからジトーっと効果音のつきそうな視線を送られた晴香ちゃんがそっと自分の教科書をノートで隠すのを私は見ていた。
「……先生、私も忘れました」
「何やってんだお前らは!?やる気あるのか!?」
可哀想すぎる。私が晴香ちゃんでもきっと思わず同じことをしてしまうであろう状況だ。あまりに理不尽で同情をせずにはいられない。自分だったら暴れている。
「仕方ない。予備分があるから、今日は二人でこれを見なさい」
頭を掻いた先生が、イライラしたように一冊を二人に差し出した。……残念だったねゲゲ郎くん。晴香ちゃんはただただ不憫。でもまあ流石にこれでもう授業に入るだろうと教科書を開こうとした時だった。
「……ひっ、ひぐ、ひっ……、ワシは水木と見たいんじゃあ」
クラス中がギョッとした。先生も教科書を差し出したまま固まっている。しかしゲゲ郎くんの嗚咽と目から溢れる大粒の涙は止まらない。え?泣いてる!?中二男子がここで泣く!?
「みずきと、みずきと」
誰もが何も言い出せぬ状況で、隣からガタリと音がした。
「ちょっとごめん」
そう声をかけられて、私の後ろを水木くんが通っていく。それからの様子はもう口を開けたままぼーっと見ているしかできなかった。
「泣くなよ」
水木くんは、ゲゲ郎くんの肩を抱いて、流れるような仕草で袖口でゲゲ郎くんの涙を拭った。「王子…?」思わず漏れ出たというようにそう呟いたのは晴香ちゃん。私より間近で喰らっているので仕方ない。ゲゲ郎くんは水木くんの胸に顔を埋めてまだグズグズと言っている。
「先生、お願いします。今日だけ、今だけ、僕と菊池さんで席を変わってもいいですか」
キリリとした美形が先生に訴えかける。
「お、おおお、おう」
中二の男子に駄々を捏ねられ泣かれた衝撃と、美形からの真摯な懇願に混乱したであろう先生からは、返答と鳴き声の中間みたいな音が出ていた。それに猛スピードで反応したのは晴香ちゃんである。ものすごい勢いで机の上のものをかき集めて、私の隣に走り寄ってきた。そして今度は水木くんのノートたちをかき集めて、自分の席に置いてまたすごい勢いで戻ってきた。
「あ、菊池さんありがとう。迷惑かけたな。ほら、ゲゲ郎も泣き止んで謝れ」
「すまんかったのう。ありがとう」
水木くんの胸から顔を上げたゲゲ郎くんはボロ泣きしていたのが嘘みたいに、ニコニコの綺麗な笑顔だった。「一体なんだったんだ」これがクラスと先生の総意だったと思うが、誰も何も言い出せない。
「ほら、ゲゲ郎」
「うむ。すまんのう」
他が黙り込む中、水木くんが机をくっつけてゲゲ郎くんに教科書を見せている。ピッタリと体を寄せて、教科書を覗き込むゲゲ郎くんの声にはひとつも申し訳なさそうな声は浮かんでいない。うっきうきだ。めちゃめちゃご機嫌である。そこでさっきの水木くんに負けないくらいキリリとした声が上がった。
「先生、授業を始めましょう」
晴香ちゃんである。声はキリリとしているが、顔は死んだ魚みたいな目で黒板だけを見ていた。そして普通に自分の教科書を出している。
「お、おおおう」
また鳴き声見たいな返事をした先生も、もちろんそこにツッコムほどバカじゃないだろう。これまでの時間を無駄にして事を振り出しに戻すだけなのだから。
粛々と授業が始まる。中学校の教室、普段であればそれぞれザワザワと思うことを口にしただろう状況だ。しかしそうするとあまりに面倒臭いことになりそうだと思ったのか、誰もが口を閉ざし、ただ黒板に書かれた数式を見ていた。チラリと右に目線を移せば、シャーペンも持たず隙間なく水木くんに寄り添って嬉しそうに笑うゲゲ郎くん。私は先生の動揺を表すように震えた文字を板書しながら、ノートの端に「お疲れ」と書いて切り取り、晴香ちゃんに渡したのだった。