生きていけないのはオレの方『オレがいないとオマエは生きていけない』なんて、オレは何を思い上がっていたのだろう――。
「あ……」
浴室から出るとドライヤーをかける音がした。見れば先に風呂に入ったマイキーが髪を乾かしている。当たり前の、当たり前じゃない光景。呆然とそれを眺めている内にドライヤーは切られて、マイキーはさらりとした短い黒髪を手櫛で整える。立ち尽くすオレに気付いて緩慢に振り向いた。
「何? ケンチン」
「や……別に……」
「あっそ」
そうしてマイキーはドライヤーを置き、とっととベッドに潜り込んでしまう。オレに背を向けてこのまま一人で寝る姿勢だ。
さっきくだらないことで喧嘩をしたのだ。きっかけは何だったかもう忘れたが、売り言葉に買い言葉で『オレが世話しなきゃ生きていけないくせに!』と口が滑って、そしたら『ケンチンなんかいなくったって生きていけるし!』と返されて今に至る。
いつもだったら『ケンチン一緒に風呂入ろ♡』つって結局オレが洗ってやって、風呂から出れば『え〜髪乾かすのめんどくせぇ』って言うから髪を乾かしてやって、漸く自分の髪を乾かしたかと思えば『ケンチンまだ寝ねぇの? ケンチンが寝ないとオレの枕がないんだけど』とか言うくせに――。
ああ――でも、そう、そうなのだ。マイキーが甘えてくるから当たり前に世話を焼いていたが、やろうと思えばマイキーは何だって自分でできるのだ。飯だって外食すればいい。マイキーは生きていけるのだ。オレがいなくても――。そんな当たり前のことに気付いて愕然とする。
マイキーに必要とされなくて、オレは一体何をしたらいいのだろう――? 急にぽっかりと胸に穴が空いたようになって、当たり前のことが分からなくなる。ぼうっとマイキーの後ろ頭を眺めていたら、おずおずとその頭が振り向いた。
「別に……ケンチンいなくても生きていけるけど、ケンチン枕の方がよく眠れるかも……」
やっぱり枕扱いかよ! 可愛くない可愛い言い草に思わず笑ってしまった。自分が何をすべきか急に頭がはっきりとしてくる。
「へーへー。髪乾かすからちょっと待ってろ」
「まだぁ? 早くぅ♡」
「ちょっと待ってろって!」
まったくしょうがねぇなぁ、と呟きながら、オマエがいないと生きていけないのはオレの方だ、と思った。