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    あんちょ@supe3kaeshi

    たまに短文

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    POIPOI 24

    コンセプトバーで働くウサギの藍良と、塾バイトと一彩くんのひいあい。
    付き合っています。ぐいぐい仕掛ける藍良のお話。

    ウサギのキャロル◆◇◆◇ 甘い酒の匂いとうるさいくらいのジャズが充満した店内。非日常の象徴だったそれは、すっかり馴染んで安心さえ覚えるようになっていた。
     僕はいつも通り入店して、まっすぐ奥のカウンターへ向かう。ホールの店員たちも最早、僕を見かけて「ご予約の方ですか」と声をかけてくるような事はない。
     皆、僕が奥のカウンターでグラスを拭いているウサギを目当てに通っていることくらい、もうとっくに知っていた。
    「いらっしゃいヒロくん。ごめんねェ、呼び出しちゃって」
     カウンターの内側から、僕のウサギが笑顔を向けてくれた。閉店時間が近いからかカウンターには誰も座っていない。僕は「あいら」の正面の席に座る。
    「いいよ。僕も会いたかったから」
     僕がそう言うと、藍良の表情がミルクティーの最初の一口を味わう時のように紅潮して、上機嫌でいつものレモンサワーを作ってくれた。
    「塾の先生のお仕事、忙しい?」
    「うん。でも今日で一段落したんだ。だから気にしないで」
     僕は大学に通いながら、塾講師のアルバイトをしている。同じ塾で働く蓮巳先輩の頼みで、ここ一週間は毎晩集中講義の教壇に立っていた。
     だから、こうして藍良に会うのは一週間ぶりだ。メッセージのやりとりと電話は毎日しているけれど。今日はバイトが終わった直後に電話をかけたら、今から店に来るよう誘われたのだ。
    「今日は早い時間にカウンター暇になっちゃってさァ。他はラストまでのお客さんだけだから、ゆっくりできるよォ」
     僕はホールのほうを振り返る。半円型の背もたれの高いソファーが並んでいて、ソファの影でウサギの耳が揺れているのが見える。接客中の席は三カ所ほどあるようだ。
     僕もかつてはあそこで、藍良を指名して通っていた身だ。色々あって僕と藍良はお付き合いをすることになって、藍良はアルバイトをなるべく長く続けるためにカウンターの仕事にうつった。ソファ席で独り占めできなくなったのは残念だけれど、それは他の客にとっても同じだから良しとする。僕には、僕だけの藍良と過ごす時間があるのだから。
    「今夜はおれの奢り。乾杯」
    「乾杯。お金は払うよ?」
     キン、とグラスがぶつかる音の後、藍良が眉を下げて笑った。
    「カレシからお金もらえないよォ」
     呼び出した手前、お金を払わせるのは申し訳ないという心情なのだろうけれど。
    「じゃあ、いただきます……」
     カレシという言葉の響きに少し驚いたせいで、僕はそれ以上返す言葉を探せずに素直にお酒を受け取ってしまった。藍良が言葉にしてくれる度に、僕たちは恋人同士なのだと実感できていちいち浮かれてしまう。
     もう何度も飲んでいる、藍良の入れてくれるレモンサワー。レモンの飾り切りは、作って貰う度に上手になっている。

     店ではあくまで客として客らしく振る舞っているつもりだが、ふと藍良が僕だけが気づくいたずらを仕掛けてくる。今日はレモンサワーの氷の中に、小さくハート型にくりぬかれたレモンの皮が入っていた。気がついて顔を上げると、満足げに笑う藍良と目が合った
     自尊心に満ちた瞳と、艶やかに端が上がる唇。ああ、これが見たくて僕はここに通うのをやめられないのだなと思う。
     その日は学校のこと、仕事のことを中心に雑談し、藍良の「推し活」の話も聞いた。誰かについて熱く語る藍良を見て少しは嫉妬するけれど、藍良の好きなアイドルやアーティストを一緒に追いかけることで、最近は僕も楽しんでいる。
     二杯目のレモンサワーを飲み終える時、追加の注文をするか、二杯で終えるかを考えながらメニューをちらと見た。その視線の動きを察されたのか、藍良がカウンターから身を乗り出し気味に、僕の顔を覗き込んできた。
    「ヒロくんのために練習したカクテルがあるの。……飲んでくれる?」
    「もちろん。どんなのだろう」
     思わぬ提案に即答してしまった。嬉しいという感情は後から込み上げてくる。僕の大好きなレモンサワーはいつも藍良が作ってくれる特別なものだけれど、藍良が僕のために練習したとなれば、今後僕の「いつもの」がレモンサワーでなくなるかもしれない。
    「ふふゥ、見ててねェ」
     複数のお酒のボトルを持ってきて、注ぎ口のついたグラスの中に入れる。そして、それをスプーンで軽くかき混ぜる。カクテルとは、バーテンダーが格好良くシェイカーを振って作るイメージがあるので、静かに作られる様子はとても上品に見える。
     細長いスプーンでグラスの中をかき混ぜる藍良の手元はとても綺麗だった。
     僕の目の前に丁寧に置かれたそれは、真っ赤なカクテル。小さな逆三角形が美しいショートグラスの底にチェリーが沈んでいる。
    「綺麗だね」
    「ヒロくんが連れてってくれるバーで飲むジュースにそっくりでしょ」
     僕が初めて藍良を店の外に連れ出した日。兄と行ったことのあるバーで僕は、藍良にこれと似た見た目のノンアルコールカクテルをプレゼントした。
    「確かにそっくりだ。でもこれはお酒なんだよね?」
    「うん。キャロルっていうの。強いお酒だからゆっくり味わって飲んでね」
     一口含むと、甘辛い酒の香りが鼻を抜けて一気に脳を支配する。一彩は、初めて藍良とここ以外で過ごした日、藍良のつまんださくらんぼを口に含まされた時のことを思い出した。


    ◇◆◇◆


     閉店時間を過ぎ、僕は店先で藍良と合流してから一緒に帰ることにした。
     普段着姿で裏手から出てきた藍良に合わせて歩き出す時、自分が思っているよりも浮き足立っているのに気づく。ふらつかないように、しっかりと地面の感覚を確かめながら歩く。
    「少し飲み過ぎたかな。ふわふわするよ」
    「酔っ払ってるヒロくんかわいい~」
    「あ、藍良、抱きつかないで。転んでしまうよ」
     藍良はずっと機嫌が良くて、僕の腕にぎゅっと抱きついてきた。そのまま腕を組んで歩いてくれる。夜の繁華街はまだ明るい。恋人同士も多く歩いている。その中に僕らも含まれているのだと思うと、照れるような誇らしいような気持ちになる。
    「やっぱり強すぎたかなァ、三杯目に出したのもよくなかったかも?」
     藍良はキャロルを飲んだ後に、僕がアルコールの強さに驚いたのを気にしていた。
    「美味しかったよ。それに、レモンサワーは外せないし」
     僕の肩に甘えている藍良を見ると、藍良もこちらを見上げていて目が合った。思わず目を逸らすと、藍良が嬉しそうに絡んでくる。
    「ふふゥ、顔真っ赤」
    「藍良」
     名前を呼んで窘めて、僕たちは駅へと向かう。夜も遅く終電の時間も近いので、改札付近は別れを惜しむように立ち話をしている者が多い。
    「じゃあ、家に着いたら連絡してね」
     僕たちは帰る路線が違うので改札で別れる事になる。僕が藍良の腕を名残惜しく解こうとすると、藍良が抵抗するように強く抱きついてきた。
    「おうちまで送ってく」
    「え?」
    「まだ少しふらふらしてるでしょ?」
     僕らのことを、他の利用客が追い越して改札を通っていく。僕は通行の邪魔にならないように、広告の柱の側に藍良を連れて行った。
    「大丈夫だよ。意識もはっきりしているし」
     お店を出たころはちょうど全身にお酒が回ってふらつきそうになっていたけれど、歩いているうちに随分楽になった。それでも藍良は放してくれない。
    「だめ、心配だもん」
    「遅くなってしまうよ。危ないよ」
     抱きついてくれるのは嬉しいし、僕もちゃっかり腕を回してしまっているけれど、いつまでも藍良の体温に癒やされているわけにはいかない。こうしている間にも、電車が一本出てしまった。
    「もう少し一緒に居たいの」
    「じゃあ僕が藍良を送って行くよ」
     無理矢理、僕が藍良の肩を押し返そうとすると、藍良が急に腕の力を緩めて、僕の顔を睨んだ。むぅという顔をぷいっと逸らされて、機嫌を損ねたのかと少し焦ったけれど、藍良が向かったのは僕が向かうべきホームへの改札。ピッとスマホを改札に翳してあっという間に通り抜けてしまった。改札の向こうで、藍良が得意げにこちらを振り返る。
     根負けした僕は、自分の定期券を改札に通して、藍良に追いついた。乗客の少ない深夜の車両で、僕達は手を繋いで座った。肩に頭に乗せてくる藍良に少しの優越感を覚えながら、僕たちは雑談をしながら自宅の最寄り駅へ向かった。

     駅に着いても、藍良は引き返そうとせず結局部屋まで付いてきてしまった。タクシーを呼ぶと言っても、夜中のタクシーは怖いと言われれば乗せるわけにもいかない。僕は藍良を部屋に招き入れ、お茶を入れるためのお湯を沸かした。
    「きみは強引なのが良くないよね」
     たまにテレビを観る時くらいにしか使用しないソファに、藍良がいる。並んで座ると、お店で並んで接客してもらっていた時のことを思い出した。
    「それを言うならヒロくんが奥手過ぎるのも良くなァい!」
    「お、奥手?」
     静かな部屋に、藍良の声が響く。
    「おれたち付き合ってから何ヶ月も経つのに、お泊まりどころか部屋にも呼んでくれなかったし」
     電車でそうしていたように、腕に抱きついてくる藍良。部屋に二人きりだからか、藍良の匂いを強く感じて動揺する。
    「ここは兄さんと住んでる部屋だから……」
    「お兄さん全然帰ってこないって言ってたじゃん」
    「ぐ……」
     言い負かされる度、藍良の体重がこちらにかかってきて身体を傾けられる。押し返すのは簡単だが、何故かできない。
    「お店に来てくれるのも嬉しいし、デートも楽しいけど。二人きりになりたかった。……いちゃいちゃしたいじゃん。付き合ってるんだから」
     押し倒されないよう藍良を抱き留めると、両手が自由になった藍良に今度は頬を撫でられた。顔が近い。自分がいまどんな表情をしていて、どんな表情を藍良に見られているのか、考えている余裕がない。
     藍良を可愛いと思う気持ちと、この状況を恥ずかしいと思う気持ちがない交ぜになって、心拍数が上がる。体温が上がる。
    「だから、強いお酒を言い訳にして誘ったの」
     僕を酔わせて、部屋に送るふりをして部屋に上がり込む魂胆だったのか。強引に感じたのは、僕があまり酔わなかったのが想定外だったからか、それとも潰れるまで飲ませることに気が引けたからなのか。
     そんなことは、今となってはどちらでもいい。僕は藍良の思惑にまんまとハマって、部屋に上げてしまったのだから。
    「僕、藍良と二人で話せて、きみとの時間を独り占めできるってだけで浮かれていたな」
    「もっと欲張って」
     唇が重なって、それ以上は反論できなかった。力が抜けそうになるのを耐えて、藍良を抱きしめなおす。息継ぎの隙に舌を入れると、藍良のそれと重なった。そこからは夢中で食むように藍良と口づけを交わす。
     恋人同士なんだから、こうして触れ合って抱きしめ合ってもいいんだ。
     あたたかい。好きな人とこうして触れ合うことがこんなに幸せなことなんだって、知ってしまうのが怖かった。
     キスに意識を持っていかれている間に、僕の背中をさまよっていた藍良の手が僕の腰を撫でているのに気づく。ベルトを外そうとするその手を掴むと、藍良が焦ったように熱い吐息を漏らす。
    「ねェ、一緒にお風呂入ろ」
    「それは駄目。寝る場所も別々だからね」
     僕が強く藍良の手を握り、嗜めるために目を見つめると呆れ拍子抜けしたように藍良が間の抜けた顔をした。
    「はぁ~? 真面目ェ……」
     興が削がれたのか、藍良がソファに座り直して少し乱れた衣服を直す。夢中で抱きしめていたから、藍良のシャツにシワを作ってしまった。
    「……いいけど。別におれも無理矢理ヒロくんをどうこうしたいわけじゃないし……」
     藍良がどういうつもりで僕の部屋に押しかけたのかをあっさり白状して、僕は分かりやすく狼狽した。
     さっきまで夢中で口付けてしまった手前説得力は無いかもしれないが、僕は今夜藍良と一線を超えることを望んでいない。その覚悟もない。
     それに、もしもその時が来るのなら特別な日にしたいとぼんやりと夢見ていた。
     騙し討ちのように藍良に押しかけられ、流されるように超えるのはなんとなく、勿体ない。
    「……大切にしよう。その、初めてのことだし」
     横を向いた藍良が耳を真っ赤に染めて、こくりと頷いた。
    「ごめんね、おれまた一人で暴走しちゃって……」
     藍良ももしかしたら、あのライブのあと大雨に降られた日の、ホテルでのことを思い出しているかな。
     二人とも黙り込む、妙な時間が過ぎる。
    「そ、そうだ。覚悟が決まったら君にキャロルを注文することにするよ」
     藍良が驚いた顔をして振り返る。得意げにお酒を作って見せた時とは違う、あどけない表情だった。僕は思わず藍良の手を握る。
    「だから、待っていて」
     おかしなことを言っているだろうか。少し不安になりながら藍良の反応を待つ。少し長く感じる一瞬の後、藍良は笑ってくれた。
    「うん。……でもあんまり待たせないでね」
    「分かった」
    「あとお風呂は別々でいいから、一緒に寝ようねェ」
    「わ、分かった」
     ひとつだけ藍良の要求を呑むならそこだと僕は譲歩した。頬を染めて嬉しそうに笑っている藍良が可愛くて、愛しくて、僕はもう一度藍良を抱きしめた。頬やおでこ、鼻先を触れ合わせながら尋ねる。キスしたい。
    「お風呂に入る前に、もう少しだけ……いい?」
     くすくすと笑いながら、藍良も僕の首に両腕を絡め、指先で僕の後頭部を撫でてくる。
    「堪らなくなっても知らないよォ」
     もうなってるかも。そう心の中で自分を笑いながら、僕は藍良のほうが「しつこい」と制するまでキスをした。

     この後それぞれシャワーを浴びた。そして約束通り一緒に入ったベッドの中で、藍良が教えてくれた。
     カクテルのキャロルには「想いをあなたに捧げる」という意味があるらしい。
     次にそれを僕から求める時には、とびきり特別な夜を過ごそうと決めた。




    つづく
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    あんちょ@supe3kaeshi

    DONE【うさぎ⑥】塾一彩とうさぎ藍良のパロディ小説。コンセプトバーで働く藍良と、彼目当てに通っちゃう学生の一彩くんのお話。今回は藍良視点。◆◇◆◇9/10追記
    ◆◇今夜もウサギの夢をみる◆◇ Scene.10Scene10. ウサギの独白 ◆◇◆◇


     おれは、アイドルが好きだ。これまでもずっと好きだった。
     小さいころ、テレビの向こうで歌って踊る彼らを見て虜になった。
     子どものおれは歌番組に登場するアイドルたちを見境なく満遍なくチェックして、ノートにびっしりそれぞれの好きなところ、良いところ、プロフィールや歌詞などを書き溜めていった。
     小学校のクラスメイトは皆、カードゲームやシールを集めて、プリントの裏にモンスターの絵を描いて喜んでいたけれど、同じようにおれは、ノートを自作の「アイドル図鑑」にしていた。
     中学生になると好みやこだわりが出てきて、好きなアイドルグループや推しができるようになった。
     高校生になってアルバイトが出来るようになると、アイドルのグッズやアルバム、ライブの円盤を購入できるようになった。アイドルのことを知るたび、お金で買えるものが増えるたび、実際に彼らをこの目で見たいと思うようになった。ライブの現場に行ってサイリウムを振りたい、そう思うようになった。
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