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    あんちょ@supe3kaeshi

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    POIPOI 26

    喫茶店でひいあいに遭遇する兄

    【ひいあい】シナモンじゃない方のカフェで◇◇◇◇◇◇◇◇◇

     俺は、カフェCOCHIで仕事の資料を眺めていた。
     いつもならシナモンに行くところだが、あそこではついニキに絡んじまうし、ES関係者や知り合いとの遭遇率が高くて仕事どころじゃない。
     運よく奥の席が空いていたから、アイスコーヒーを頼んで寛ぐ。
     机に広げたのは、今度Crazy:Bで出演するバラエティ番組の進行表。目を通す以外にやるべきことは無いのだが、リーダーの俺が資料を読み込んでないなんて締まらない。
     トークの引き出しを頭の中で整理しながら、ストローを咥える。
    「いらっしゃいませ」
    「カフェオレをひとつ、お願いするよ」
     店員の穏やかな挨拶と、やたら店内に響き渡るデカい声。聞き覚えのありすぎるそれに顔を上げると、店の入り口に一彩がいた。俺は思わず頭を引っ込める。
     一彩が着席したカウンター席からはちょうどパーテーションと観葉植物の影になっているし、角度的にも少し振り向かないと俺のことは見えないはず。さっきちらっと見えた限りでは一彩は雑誌を抱えていた。表紙に派手な文字で地名が書いてある、よくある旅行雑誌。
     誰かと旅行でもするのか? そう考えるまでもなく、俺はある人物の顔を思い浮かべる。
     さては藍ちゃんだなァ。

     確かALKALOIDは来月、大きいライブを控えている。その手前もテレビやネット番組のスケジュールが埋まってるはずだ。
     一彩は今月末は一週間、ラジオのパーソナリティの当番もある。
     今月はこの通り忙しいが、来月のライブの後は少しの空白期間がある。長めの休みをとって藍ちゃんと旅行ってところだろう。
     我ながらALKALOIDの、とりわけ弟のスケジュールの把握っぷりは気持ち悪ぃと思う。

     色々な情報が頭の中で繋がった途端、俺は一彩のことが気になった。
     藍ちゃんと何処へ行くつもりなのか、どんな旅行を計画しているのか。そして藍ちゃんの親御さんは了承しているのか。兄としてはそれなりに気になる。
     ただでさえ俺の弟は危なっかしいのに、初めて行く土地で上手に藍ちゃんをエスコートできんのか?
     目の前の資料の文字を目でなぞりながらも、内容が頭に入ってこない。俺はつい意識を弟のほうに向けていた。

    「あ、一彩はんや。こんにちはぁ」
     またしても聞き慣れた声とイントネーションに頭を上げる。ピンク髪の頭がパーテーションの向こうで揺れていた。
    「こはくさん、こんにちは」
    「さんは付けなくてええっちゅうに。まあええわ。隣座ってもええ?」
    「もちろん、どうぞ」
     こはくちゃんナイス。俺は思わずガッツポーズをとる。これで二人の会話から、一彩が何をしようとしているのかが聞けそうだ。
    「一彩はんもオフ?」
    「うん。その様子だと君も?」
    「せや。スイーツ会のネタ探しついでに、涼もうと思ってな」
     わしもカフェオレにしよ、という声が聞こえて、カウンター内にいた店員がこはくちゃんの注文を拾う。
     聞き耳を立てるのは趣味が悪いが、席はそれほど離れていないので聞こえるのはしょうがない。しょうがないんだ。

    「ラブはんと旅行でもするん?」
    「そうだよ。よく分かったね」
     アイスコーヒーがいつのまにか空になっていて、ストローがズズッと音を鳴らして少し焦る。
    「ラブはんからよぉ話は聞いてるからな」
    「どんな話を?」
    「来月ライブのあと休みあるんやろ? そこでヒロくんと遊ぶんや言うて楽しそうにしとった」
    「そっか、それを聞いて安心した」
     どうやら俺の思った通り、ALKALOIDはライブのあとはまとまった休みをもらってるみたいだな。オイシイ仕事があったらスケジュールの隙間にねじこんでくる、うちの副所長とは違うね。
    「ライブ観に行くから頑張ってな」
    「ウム! 今度Crazy:Bは生放送の出演があるよね。藍良と一緒に応援するよ」
     弟とメンバーの一人が仲良さそうに話しているのを聞いて安心する。
     いつもの俺なら「燐音くんでぇーす」つって絡みに行くところだが、俺はポケットのスマホを出して、こはくちゃんにメッセージを打った。

    『藍ちゃんとの旅行が泊まりなのか日帰りなのか聞いてくれ』

     我ながら恥を捨てた素直なメッセージだ。
     こはくちゃんがスマホを確認するような動きをして、ピンクの頭がくるくるとあたりを見渡すように動く。
    「どうかしたの?」
     さすがに一彩も不思議がって雑誌から顔を上げる。
    「あ、いや……」
     こはくちゃんがスマホを見つめて黙り込み、十数秒ののち俺のスマホが震えた。

    『そこにおるんか? 自分で聞けや』
    『いいだろ別に。話ついでに聞いてくれよ』
    『一彩はん調べ物しとるし、しつこく邪魔するみたいになるやんか』
    『隣に座ったんだから今更だろ』

     いつもならここで盛大に溜め息を吐かれるところだが、一彩の隣にいる以上それはできないといった様子だ。
    「その、どこに行くんかだいたい決まっとるんか?」
    「そうだね。あまり遠くには行けないからこのあたりになると思う」
     ぱらぱらと雑誌のページをめくる音がする。当然だが俺からはそのページは見えない。
    「へえ。……宿とかとるん?」
     いいぞこはくちゃん。自然な流れで聞き出せている。
    「うん。旅館にするかホテルにするか迷ってて」
    「一冊見てもええ?」
    「いいよ」
     二人がそれぞれ手元に寄せた雑誌を眺めているのか少し静かになる。そして、俺のスマホが震えた。

    『おめでとさん。泊まりやて』
    『聞こえてましたー』

     やっぱり泊まりかよ。まぁ付き合ってる相手とお泊り旅行くらいするだろうけどよォ。
     まだ早くねェ? 巽おにーさんとマヨイちゃんは一緒にいくのか?

     俺が悶々としていると、カウンター席の様子が変わった。
    「さっきからどうしたの? ……え? あっち?」
     一彩の声に嫌な予感がして咄嗟に目の前の資料と伝票を掴むが遅かった。
    「兄さん! 人の気配が多くて気づかなかったよ」
     いつの間にかパーテーションを避けて姿を見せる一彩。たまたま俺が同じ店にいただけで目をキラキラさせて喜んでいる。そして、腕を組んでしてやったり顔で俺を見ているこはくちゃん。
     この二人を穏便にかわして店を出るのは流石の俺でも難しい。
    「なんで言うんだよこはくちゃーん」
    「わしが燐音はんの思い通りに動くほうが『無い』やろが」
     ちゃっかりカフェオレを持って移動してきた二人。
     四人がけの席をひとりで陣取ってたから、一彩とこはくちゃんが座る席はある。
     一彩が真向かいの席で「兄さんに会えて嬉しい」を表情で語っているのに怯んでいると、その隣でこはくちゃんが満足そうに頷く。
    「ほんなら聞きたいことあるなら自分で聞け。店員さーん」
     俺の了解も得ず、席の移動と追加の注文を店員に伝えるこはくちゃん。俺は一彩が大事そうに抱えている旅行雑誌を見て、今気づいたふりをして聞いた。
    「どっか行くのか?」
    「ウム! 来月のライブのご褒美にお休みがあるからね。藍良と旅行するよ!」
     顔の横に雑誌を掲げて満面の笑みの弟。つられて俺も噴き出しちまう。
     よく見ると雑誌には付箋がいくつかくっついていた。一彩が雑誌をこっちに寄越したので、俺は遠慮なく弟のデートプランを眺める。
     おしゃれなレストラン、SNS映えするスポット、若者に人気のアミューズメント……が並んでいるかと思ったが全然違った。
    「高校生カップルが遊びに行くにしちゃあ渋いなァ」
    「そうかな。僕は前からここの博物館に行ってみたいと思ってて」
     俺は付箋がついているところをパラパラとめくる。
     博物館に、城に、庭園に、温泉。
    「これじゃあ修学旅行みたいじゃねえか」
     もちろん俺は修学旅行なんて行ったことねぇけど。一彩がピックアップしている施設はアイドルがオフに遊びに行くイメージじゃねぇな。
    「もう少し高校生らしく遊べるところも入れてやれよ。藍ちゃんに任せるって言われてンのか?」
    「もちろん藍良にも相談するよ。でもそうか、フム」
     俺の一言が効いたのか、一彩が雑誌を眺めて考え込んでしまった。
     お兄ちゃん余計なこと言っちゃったか? と一瞬気まずくなったが、追加注文したミックスジュースを半分ほど飲み終えたこはくちゃんが思い出したかのように言った。
    「一彩はんのプランがまだ固まってないみたいやから言うんやけど」
    「うん、何かな?」
     一彩が考え込むポーズを解いてこはくちゃんを見る。
    「前にラブはんがな、今度まとまった休みとれたらアイドルに浸りたーい言うてたで」
     親しげに呼ばれる愛称と、普段の様子からありありとその様子が浮かぶ。
    「なんや一彩はんに見せたる言うて、ライブ映像をいろいろポチっとったよ」
     どうやら藍ちゃんは、一彩の社会勉強を口実にアイドルのライブ円盤を購入しては一緒に見ているようだ。想像がつきすぎるな。
    「ポチるとは、通販で買うという意味だよね」
    「せやね。休みのたびに一彩はんが色んなとこ連れてってくれるんは嬉しいけど、たまには部屋でのんびりしたーいとも言うてたな」
     一彩がまた、雑誌を見て考え込む。
     ただでさえ数日で回るには多すぎる付箋の数。藍ちゃんの要望も叶えようとすると、連休の使い方から要検討だな。
     俺は一彩が候補に挙げている行き先のご当地アイドルをなんとなく検索した。藍ちゃんって、聞けばアイドルなら誰でも応援してくれンだろ? うだつの上がらないアイドルの端くれを、救っちゃったりしてな。
    「旅行先で運良く入れるライブがあったら一緒に観に行ってよォ、ホテルの部屋でDVDの鑑賞会でもしてやれば喜ぶんじゃねェの?」
     眠くなるまでぶっ続けでライブ映像を観る。うん、高校生らしいじゃねーの。
    「せやなぁ。一彩はんの行きたいとこと、ラブはんのやりたいこと、どっちもやったらええんちゃう」
    「ありがとう二人とも! さすが兄さんとこはくっち!」
    「こはくっち呼びは許しとらん」
     弟とこはくちゃんが無邪気にじゃれているのを眺めながら、俺はたった今調べたご当地アイドルの情報を一彩に送信しておいた。

     予想外に和やかな茶会になり、俺達はしばらく談笑した後はそれぞれやりたいことに集中した。一彩は旅行の計画を、こはくちゃんはサークル活動用の調べもの。俺はバラエティ番組の進行表を眺める。
     この資料はこはくちゃんにも関係あるから、後で見ておくように言わねえと。

     途中、一彩のスマホが鳴って何往復かメッセージのやりとりをしている様子があった。そしてしばらくして、そのフラグを回収するように「弟くんのカノジョ」が現れた。
    「藍良! こっちだよ!」
     一彩が入口できょろきょろしている藍ちゃんに向かって手を振る。仕事終わりなのか荷物が多い。帽子とメガネで軽い変装もしている様子だった。
    「げぇ、なんで燐音先輩がいるのォ!? あ、こはくっちこんにちは~」
     藍ちゃんは席に駆け付けるなり、俺を見て仰け反り、こはくちゃんを見てはしゃぐ。
    「こんにちはぁ。ええ反応やなぁラブはん」
     手をつないで挨拶をする二人の横で、いつの間にか雑誌を片付けた一彩が立ち上がった。
    「じゃあ僕たちは席を移動するよ」
     一彩と藍ちゃんが視線を交わし合って頷く。藍ちゃんがこはくちゃんに向かって手を合わせた。
    「こはくっち、せっかく会えたのにゴメンねェ、また遊ぼうねェ」
    「おう、弟とよろしくしてろ」
    「燐音先輩には言ってなァい」
     表情をコロコロ変えて忙しいやつだな。
     お二人さんはさらに奥の席か、二階のミーティングスペースでも予約しているんだろう。相席はここまでのようだ。
     一彩が席を立つ際に伝票を掴もうとしたが、先に俺が手で押さえる。俺が払っとくと目で伝えると、一彩が「ありがとう」と笑って手を振って、藍ちゃんを連れて行ってしまった。
     カウンター横にある階段のほうへ、肩を寄せ合って消えていく。二人とも一度も振り返らなかった。

    「今どういう心境なん? 兄はんは」
     ミックスジュースを飲み干したこはくちゃんが、口角を上げて俺に問う。揶揄いを含んだ言い方だったが、それに乗ってやるような情緒ではなかった。
    「スッと俺っちから離れて藍ちゃんと一緒に行ったなァーって心境」
    「珍しく正直やな」
     席は空いてたのにな。まあカノジョと二人きりになれるなら、そっちに行くよなぁ。ALKALOIDにしか共有できない話題もあるだろうしな。
     俺は溶けた氷しか入っていないグラスをストローで啜る。
    「この後ニキはんとこ行く?」
     こはくちゃんが、面倒見がいいときの笑い方で言った。
    「行く」
     俺はさっきの一彩のカフェオレ代と、こはくちゃんの二杯分の飲み物代を全部奢ってやった。


    ◇◇◇

     その夜、弟からメッセージが届いた。
    『兄さんアドバイスありがとう! 昼間は僕の行きたいところに付き合ってもらって、夜はホテルでライブ鑑賞会になったよ!』
     と書いてあった。
     今日くらい即レスしてやるか。

    『二人で楽しんで来いよ』

     どうやらウチの弟カップルは順調らしい。




     おわり
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    あんちょ@supe3kaeshi

    DONE【うさぎ⑥】塾一彩とうさぎ藍良のパロディ小説。コンセプトバーで働く藍良と、彼目当てに通っちゃう学生の一彩くんのお話。今回は藍良視点。◆◇◆◇9/10追記
    ◆◇今夜もウサギの夢をみる◆◇ Scene.10Scene10. ウサギの独白 ◆◇◆◇


     おれは、アイドルが好きだ。これまでもずっと好きだった。
     小さいころ、テレビの向こうで歌って踊る彼らを見て虜になった。
     子どものおれは歌番組に登場するアイドルたちを見境なく満遍なくチェックして、ノートにびっしりそれぞれの好きなところ、良いところ、プロフィールや歌詞などを書き溜めていった。
     小学校のクラスメイトは皆、カードゲームやシールを集めて、プリントの裏にモンスターの絵を描いて喜んでいたけれど、同じようにおれは、ノートを自作の「アイドル図鑑」にしていた。
     中学生になると好みやこだわりが出てきて、好きなアイドルグループや推しができるようになった。
     高校生になってアルバイトが出来るようになると、アイドルのグッズやアルバム、ライブの円盤を購入できるようになった。アイドルのことを知るたび、お金で買えるものが増えるたび、実際に彼らをこの目で見たいと思うようになった。ライブの現場に行ってサイリウムを振りたい、そう思うようになった。
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