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    あんちょ@supe3kaeshi

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    POIPOI 24

    【うさぎ⑧】塾一彩とうさぎ藍良のパロディ小説。コンセプトバーで働く藍良と、彼目当てに通っちゃう学生の一彩くんのお話。最終回。

    ◆◇今夜もウサギの夢をみる◆◇ Scene.12Scene12.夢から覚めても ◆◇◆◇


     目を覚ますと、腕の中に藍良の置いていった小さなぬいぐるみがあった。
     僕はその子をそっと抱いてベッドから出て、ダイニングテーブルの上に座らせてあげる。
     気分はとてもいい。体調は良くなったようだ。
     顔を洗って、朝食を作るために冷蔵庫を開けたら見覚えのないタッパーがあった。手に取ってみると重みがあり、フタにはウサギの形をした付箋がついていた。『元気になった? 電話してね』というメッセージに思わず口角が上がる。テーブルの上にいるウサギのぬいぐるみを振り返った。
     タッパーの中身は昨日藍良が作ってくれたチーズリゾットだった。僕はそのリゾットを温め直し、藍良が買ってきてくれたレタスを皿に敷いて、その上に焼いたソーセージを並べて朝食とした。
     口の中に広がる、チーズと卵の優しい味。それを感じた瞬間、昨日のことがゆっくりと脳裏に蘇ってきた。
     ドアモニター越しに藍良を見たときの高揚と焦燥、キッチンで僕のために料理をしてくれた藍良の後ろ姿、そして、ベッドの側で僕を看病してくれた藍良の表情。
     僕を気遣う視線や声、言葉を思い出すと体温が上がってしまうような気がした。もう熱は下がったはずなのに。

    『おれ、ヒロくんのこと好きかも』

     昨夜聞いた藍良の言葉が夢ではないことを、ウサギのぬいぐるみとメモが証明してくれている。僕は藍良の分身であるぬいぐるみに見守られながら、朝食を食べ終えた。
     元気になったら電話するようにという藍良のメッセージに従って、僕は藍良とやりとりしているトークアプリを開く。今は通話に応じられるタイミングだろうか、それを確かめる前にボタンをタップしていた。
     コールは数回で鳴り止み、小さな息遣いのあと藍良の声が聞こえた。
    『ヒロくん? おはよう』
     昨夜枕元で聴いたのと同じやわらかな声にほっとする。僕は目の前にあるウサギのぬいぐるみを撫でながら礼を言った。
    「おはよう藍良。昨日はありがとう。嬉しかったよ」
    『もう体調は良くなった?』
    「おかげさまで。それで藍良、今日は会えないかな」
     昨日の夢のような時間の続きを、早く見たかった。
    『え?』
    「今日は午後に塾のバイトがあるから、きみのお店が終わるころに迎えに行ってもいい?」
    『う、うん! おれもヒロくんに会いたい。今日は21時までだから』
     弾むような藍良の声に、僕は安心すると同時に、今は時計が一周するのを待たねばならない時間であることをもどかしく思う。
    「じゃあそれくらいの時間に、本屋で待ってる。お店は僕が探しておくよ」
    『ありがと。……楽しみにしてるね』
    「僕もだよ。また夜にね」
     電話を切るのは惜しかったけれど、今日一日やるべきことをこなして、堂々と藍良に会おう。僕はそれを決意して身支度を始めた。



    ◇◆◇◆

     ヒロくんが元気になって良かった。その知らせのおかげで、おれも今日一日頑張れそうだ。
     大学は長い春休みの最中だけれど、今日は自宅のポストに就職活動支援の案内が届いた。就活が始まるのはまだ少し先だけれど、だからといって悠長にしていられるような時間もない。
     親との約束で、コンセプトバーでのバイトができるのは就活が本格的に始まるまで。それまでにお金を貯めておかないと。
     けれど、ちょっとだけバイトを億劫に感じてしまっている自分がいる。
     耳に残るヒロくんの声。今すぐ会いに行きたいと思ってしまった。バーでの仕事は大好きだけれど、今日はヒロくんの予約が入っているわけではない。しかも苦手なおじさんの相手をしないといけないと思うと、ちょっとだけうんざりした。
     こんなことを思うのはお客さんに対して失礼かもしれないけど、思うだけなら自由でしょ?
     だって、ヒロくんに会いたいんだもん。
     昨日、ヒロくんのお部屋に看病に押しかけて、思わずヒロくんのこと好きかもなんて、言っちゃった。「かも」とずるい言い方をしちゃったのは、ヒロくんの不意を突くように一方的に思いを伝えることを遠慮してしまったからだろう。
     ヒロくんは昨日、風邪のせいで少しぼーっとしていたみたいだったけど、おれが言ったこと覚えていてくれるかな。あと、本気にしてくれたかな。今回ばかりはちょっと期待してもらってもいいんだけどな。
     いや、期待しているのはおれの方だ。

     夕方、店に出勤したおれはロッカールームで衣装に着替え、控室に移動する。
     メイク用の鏡が並ぶ部屋で自分の姿を確認する。ヒロくんがかわいいと褒めてくれたこの衣装が、おれは大好きだ。ウサミミやリボンの角度等を整えていたら、控室に『ひめる』さんが入ってきた。
    「少しいいですか」
    「はい。何ですか?」
     背の高い水色の髪をしたウサギさんは、おれの目の前で自分用のタブレットを操作している。誰かキャンセルでも入ったのかな、それとも新規の指名?
     おれの予想はどちらも外れだった。
    「あなたは春休み明け、三年生になるでしょう。確かこの仕事は就職活動が始まるまでとのことでしたね」
    「はい」
     親との約束で期間限定で働くということは、最初に伝えてあった。しかし、確認が入るには少し時期が早いような気がする。次に何を言われるのか気になって『ひめる』さんの整った口元に注目してしまう。
    「その話なのですが『白鳥』さえ良ければ、出勤日数を減らしてでも良いので……大学を卒業するまで働きませんか?」
    「え?」
    「店長があなたの働きを評価していまして。もちろん『ひめる』もあなたの仕事を信頼しています」
     クールな『ひめる』さんに褒められると心が舞い上がってしまうのを感じる。けど、真面目な話だろうからおれはそれが顔に出るのをぐっと堪えた。
    「まだ先の話とはいえ、将来的にあなたが抜けるのは痛いのです」
    「そ、そう言ってもらえるのは嬉しいですけどォ……」
     この人は指名を取らない方針なんだけど、それで良かったのかもしれない。これは特定の層がハマってしまうタイプだ。色んなアイドルを見てきたおれだから分かる。
    「親御さんの了解を得られないのであれば仕方ないですが、必要なら『ひめる』が一筆書きますよ」
     おれとしても、就職活動が忙しくなるとはいえ全くバイトをしないのは経済的に不安だ。母さんは「藍良がちょっとバイトしなかったくらいで困ったりしない」って言ってくれているけど、そういう問題じゃない。おれは就活しながらでも、なるべく『推し活』したいし。
     『ひめる』さんや店長の口添えで親を説得できるなら、この話は願ってもない。ただ、ヒロくんを心配させるようなことはしたくないな……。
    「わかりました。考えてみます」
     おれは頷いた。時間なので、一礼して控室を出ようとする。
     今日は羽振りのいいお客さんからの指名が二つも入っている。こんな逸材、辞められたら困るよねェなんて調子の良いことを考えていたら、おれと一緒にホールに戻ろうとしていた『ひめる』さんが言った。
    「ところで、好きな人でもできましたか?」
    「えェ!?」
     おれは思わず声を上げて立ち止まる。『ひめる』さんがおれを追い越しながら笑った。
    「それで指名客につくのが辛いなら、今後はカウンターでもいいですよ。『ひめる』が鍛えてあげます」
     さあどうぞ、と『ひめる』さんが開いたホールへの扉を、おれは慌ててくぐった。
     とにかく今は、考えている時間はない。おれを待ってくれているお客さんの所へ向かうため、おれはかわいいウサギさんに成り切った。





    ◆◇◆◇

     そして、無事に業務を終えて夜。約束の21時過ぎ。
     気候はすっかり春で、夜でも温かいと感じるようになった。
    『外で待ってる』
     本屋のすぐ外で、おれはヒロくんが出て来るのを待った。
     メッセージはすぐに既読になって、おれの心臓がドキドキと高鳴る。
     ヒロくんとは何度もこうして待ち合わせているのに、今までとは状況が全然違う。もしかしなくても、おれ今から好きな人とデートしようとしてる?
     自動ドアが開く音に振り返ると、ヒロくんが店内から出てきた。いつものおしゃれな眼鏡に緑と黒のストライプのシャツ姿。重たそうな鞄の中にはきっと塾で使う教材がいっぱい入っているんだろう。お仕事が終わってすぐ、駆け付けてくれたんだ。
    「お待たせ、藍良」
    「う、うん。おれのほうこそ」
     いつもかわいく見えていたヒロくんが、今日はすごくカッコ良く見える。背もこんなに高かったっけ。
    「じゃあ行こうか」
     ヒロくんがおれの前に手を差し出す。その手とヒロくんの顔を交互に見ると、ヒロくんが笑ってくれた。
    「手を、繋いでもいいかい?」
    「うん……」
     指が絡むのがくすぐったい。ああおれ、いつのまにこんなにヒロくんのこと好きになっていたんだ。

     ヒロくんが連れて行ってくれたのは、駅前にあるホテルのレストランだった。普段はファミレスかヒロくん行きつけのバーでおしゃべりをするのが定番になっていたから完全に油断していた。
     おしゃれなピアノジャズと上品な食器の音が控えめに響く店内は、絨毯やテーブル、ソファからして高級店であることを物語っていた。少し暗い照明とテーブルの上にあるキラキラしたランプがムードを醸し出している。
     ドレスコードは無さそうだけど、大学生には背伸びした店なのは想像に容易い。

     通されたのは夜景の見える窓に向かってテーブルとソファが設置された個室。
     箱型のソファに横並びで座るとお互い以外の人の気配が遠くなる。ウェイターさんの手によってランプが灯されると、光がガラスのテーブルと食器に反射してキラキラと輝いた。
    「こ、こういうところ予約してるとは思わなかった」
    「今朝探して予約したんだ。驚かせることができて良かったよ」
     緊張するおれの前にワインとカナッペが運ばれてくる。ウェイターさんが一礼して去るとまた二人きりになった。
     ヒロくんがワインを手にとって持ち上げたので、おれもそれに倣ってヒロくんと向かい合った。ヒロくんが優しく笑って、おれにワインを掲げてくれる。
    「今夜は、僕に任せてくれるかい」
    「うん……」
     綺麗な乾杯の音が鳴った。おれはヒロくんから目が離せなかった。心臓はずっとドキドキしっぱなしだ。

     それからも名前の分からないおしゃれな料理が少しずつ運ばれてくる。料理の感想を言いながらの他愛無い会話。いつもはおれがヒロくんをお迎えしておもてなしする側だけれど、今夜は違った。ヒロくんがずっとおれのことを気遣ってくれて、美味しいものを食べさせてくれて、おしゃべりをしてくれた。
     おれを見つめるヒロくんの目がずっと優しくて、引き込まれて、おれはもうヒロくんのことしか考えられなくなっていた。

     一通り食事が終わり、キャンドルを眺めながらデザートワインを楽しむ。そこでヒロくんが持っていた鞄の中から何かを探し始めた。
    「そうだ藍良、これを返さなきゃと思って」
     ヒロくんが取り出したのは、おれがヒロくんの部屋に置いて行ったぬいぐるみ。SNSに投稿するとき、おれの顔を隠したり、おれの代わりに被写体になってくれていたものだ。
     律儀に返そうとしてくれたんだ。嬉しいけど、それはもうヒロくんにあげたつもりだった。おれは一度受け取り、ヒロくんのほうへ向きを変えて、そのウサギのぬいぐるみを差し出した。
    「この子は、ヒロくんに持ってて欲しい」
     ヒロくんがもう一度受け取ってくれる。ヒロくんが少し嬉しそうに目を輝かせた。
    「いいの?」
    「うん……」
     実はもう、新しい子を手に入れていた。まったく同じぬいぐるみをショップで買ってきたんだ。
     おれはそれを鞄の中から取り出す。まだ新品同然だけど、これは今度お店仕様に着せ替えてあげるつもり。
     おれはその新しいぬいぐるみをヒロくんに見せた。そして、同じ雑貨屋で見つけてきたぬいぐるみサイズの眼鏡も一緒に見せる。
    「こうやって、眼鏡かけてあげたらカワイイと思わない?」
     おれは早速、新しい子に眼鏡をかけてあげる。それをヒロくんに見せた。
    「ほらァ見て! ヒロくんみたいでラブ~い!」
     ヒロくんが持っている子にも、新しい子を見せてあげる。ヒロくんの反応が気になって表情を見ようとしたら、目が合う前に抱きしめられていた。
    「ヒロくん……?」
     強く、優しく抱きしめられる。ヒロくんの体の温度と一緒に、今の状況を脳がじわりと理解した。
     手をつないだり、じゃれてみたり、一緒のベッドで眠ったこともあるのに、ヒロくんの想いをちゃんと感じたのは初めてだった。
    「好きだ、藍良」
     ヒロくんの声が低く優しく、おれの耳に届く。くすぐったくて思わず、おれもヒロくんに頬を寄せて抱きしめ返した。
    「おれも……おれもヒロくんが好き」
     昨日みたいに「かも」なんてずるい言い方しない。ヒロくんの想いを伝えてもらえたから、調子に乗っちゃう。
    「大好き。おれのこと、お店から連れ出してくれてありがとう」
     お店でウサギさんとして出会ったおれのことも、そうじゃないおれのことも好きになってくれてありがとう。あの日、ヒロくんがお店に来てくれて、その時たまたまおれが出勤していて本当に良かった。
     全部偶然のことかもしれないけど、ここまで来たら奇跡だよね。
    「ずっと、ずっとこうすることを夢見てた」
    「うん……」
    「君は全部、あったかいんだね」
     ヒロくんの腕が緩んで、顔を覗き込まれる。ヒロくんの手がおれの髪を撫でて、それから頬に触れた。おれはヒロくんの眼鏡をそっとはずしてその顔を見つめ、目を閉じた。

     何もかもこの時のためだったんだって思った。
     その想いを閉じ込めるみたいに、ヒロくんとおれの唇が重なった。




    Epilogue ◇◆◇◆


     僕は、藍良とお付き合いをすることになった。
     もう恋人になったのだから、お店には通わなくていいと藍良は言ってくれたけれど、僕はウサギさんの藍良に会いに行くのを辞めるつもりは全くない。
     だって、僕は藍良の初めての指名客。誰より長く『あいら』を推しているのは僕なのだと、それだけは他のお客さんにだって譲れない。
     それを藍良に話したら少し呆れていたけれど、照れくさそうに「気持ちは分かる」と言ってくれた。
    「ヒロくんいらっしゃーい!」
     僕は今日も、藍良の務めるウサギさんのコンセプトバーに顔を出す。藍良はカウンターの内側で、お酒用のグラスを拭いていた。カウンターには他のスタッフの姿もある。僕は藍良に案内されたカウンターの端の席へと座った。
    「藍良もおつかれ様。カウンターの仕事には慣れた?」
     藍良はウサギの耳をぴょんと揺らして首を横に振る。
    「ぜーんぜん。でも楽しいよォ、色んなお客さんと話せるし」
     藍良は『ひめる』さんの打診を受け、大学を卒業するまでこのバーで働くことになった。
     藍良はご両親には「新しいバイトを探すより良い」と説得し、僕には「カレシから指名料をもらうわけにはいかない」と言い訳してカウンター担当になった。
    「ひとりのお客さんとじっくりお話すればよかった今までと違って、カウンターのお客さん全員に気を配らないといけないところが難しい。……って、『ひめる』さんが言ってたよォ」
     藍良が笑うと、『ひめる』さんが藍良に注文を聴くよう促した。藍良に渡されたメニューを見て、僕はカシスオレンジを二杯注文する。
    「君も良かったらどうぞ」
    「いいんですかァ? じゃーいただきまァす!」
     藍良が作ってくれたお酒で、カウンター越しに乾杯する。『あいら』を指名できなくなったのは寂しいけれど、その代わり僕は藍良のプライベートな時間を独り占めできる。
     時間が合えば藍良をお店まで送って飲んだり、迎えに来てラストまで飲んだりしている。今日は後者の日だ。
    「それじゃあ」
     外で待ってる、と僕は他のお客さんに聞こえないよう、口の動きだけでそれを伝える。藍良がにっこり笑って頷いた。
    「ありがとうございまァす!」
     藍良が元気に手を振ってくれる。藍良のあの笑顔のおかげで、カウンターを利用するお客さんが増えたらしい。僕がお店に通わないわけにはいかないのは、それも要因だったりするわけだ。

     僕はいつものように、店の近くにある本屋で藍良を待つ。ビジネス書のコーナーを表紙を眺めながら通り過ぎ、文庫本のコーナーにたどり着く。
     大学へ持って行くための新しい本を選んでレジを済ませ、出入口付近で雑誌を物色していたら後ろから突然抱き着かれた。
    「えへへェ、お待たせェ」
     振り返ると、僕のかわいいウサギさんが、変身を解いた姿で僕を見上げていた。僕とおそろいのつもりで買ったらしい赤フチの眼鏡がずれたのを直してあげる。
    「お帰り藍良。夕食は何食べたい?」
    「じゃあ今日はオムライスにしよォ」
     僕たちは手を繋いで本屋をあとにする。
     この後一緒に夕食をとって、藍良のお家に送ってあげるまでが僕のルーティン。

     夢から覚めても、藍良がこうして僕の側にいてくれる。
     藍良と、藍良と過ごせるこの時間を、これからもずっとずっと大切にしていこう。
     僕は柔らかな手を握るたびに、そう心の中で誓う。






    今夜もウサギの夢をみる 終
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    あんちょ@supe3kaeshi

    DONE【うさぎ⑥】塾一彩とうさぎ藍良のパロディ小説。コンセプトバーで働く藍良と、彼目当てに通っちゃう学生の一彩くんのお話。今回は藍良視点。◆◇◆◇9/10追記
    ◆◇今夜もウサギの夢をみる◆◇ Scene.10Scene10. ウサギの独白 ◆◇◆◇


     おれは、アイドルが好きだ。これまでもずっと好きだった。
     小さいころ、テレビの向こうで歌って踊る彼らを見て虜になった。
     子どものおれは歌番組に登場するアイドルたちを見境なく満遍なくチェックして、ノートにびっしりそれぞれの好きなところ、良いところ、プロフィールや歌詞などを書き溜めていった。
     小学校のクラスメイトは皆、カードゲームやシールを集めて、プリントの裏にモンスターの絵を描いて喜んでいたけれど、同じようにおれは、ノートを自作の「アイドル図鑑」にしていた。
     中学生になると好みやこだわりが出てきて、好きなアイドルグループや推しができるようになった。
     高校生になってアルバイトが出来るようになると、アイドルのグッズやアルバム、ライブの円盤を購入できるようになった。アイドルのことを知るたび、お金で買えるものが増えるたび、実際に彼らをこの目で見たいと思うようになった。ライブの現場に行ってサイリウムを振りたい、そう思うようになった。
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