懊悩 彼女はいつも笑顔だ。
それは別に悲しいとか悔しいとか憎いとか、マイナスな感情がない訳ではなくて。あったとしてもいつまでも引き摺らない潔さがあった。海の上でも陸の上でも、綺麗なもの楽しいものに目を輝かせて彼女自身が楽しんでいるし仲間たちに積極的に共有してくれる。海賊はどうにも男所帯で、図体ばかりデカいせいか細かいところに気付かず見過ごすことだってある。派手で分かりやすいものに寄りがちだ。そんな日々の中で彼女は足元の幸せを拾い上げて俺たちに教えてくれる。身近にある宝を忘れてしまわないように。
「お頭何やってるんですか?そんなところで中途半端にしゃがんで」
「うーん、お前の見てる世界を見てみたくなってな」
彼女を見習ってみようと俺も幸せ探しをしてみたけれど、これがなかなか難しい。いつも通りの海、いつも通りの空、航海に問題もなく、船のそこかしこから笑い声や怒鳴り声。荒っぽくていけねぇなと思うくらいだ。小さなものは探して拾い上げるのも才能がいるのかもしれない。
うんうん唸っていたら当の本人に見つかって、陳腐な言い訳しか出ないのも情けないやら恥ずかしいやら。
「私の?」
「いつもいろいろ教えてくれるだろ?だから俺も真似してみようと思ったんだが……駄目だな!全然見つからねぇや」
普段なら笑い飛ばしてしまうが、なんだか今日はそれも出来なかった。俺では彼女を幸せにできないと姿の見えない誰かに言われているようで。
俺のそんな不安を彼女は子供を見るような顔で優しく吹き飛ばす。
「ふふふふ、お頭ってば。こういうのは分担でしょ」
「分担?」
「お頭は船長だから本当は後ろでドンって構えてていいけど、そういうのあんまり好きじゃないでしょ?だからいつも先頭で私たちを守ってくれるし、遠いところの面白そうなものは真っ先に見つけてくれるじゃない。だからそれで良いんですよ。他のところは、私たちが見てるから。あなたはたまに振り返って笑ってくれたら。それでいいの。船は1人じゃ動かせないし、冒険は1人じゃ寂しいでしょ」
いつもお頭が言ってるのに、忘れちゃった?
楽しそうに、安心させるように言う彼女にハッとする。
そうか。
「いつもと一緒か」
「そうそう。みんなで冒険してるんだから、みんなで楽しいもの探して、みんなで一緒に笑えばいいよ。私はみんなよりちっちゃいからちっちゃいもの担当なの」
「それにいつもと一緒ってことは、いつも楽しいってことでしょ。じゃぁいいじゃんね」
にひひ、と笑う彼女にどれほど救われているだろうか。
もしかしたら彼女は俺の幸せそのものなんじゃないかと思う。
「お頭が変なことやってるからみーんな心配してるよ。ベックさんは放っとけって言ったけど、1番気にしてるのベックさんだしみんなからあっちこっちでお頭どうしたんだ?って言ってるから私が代表して聞きに来たの。男の子ってこういう時駄目ねぇ」
「こらお前言うなよ!」
「そういうのも黙っとくのが良い女だぞ!」
「はいはい、ほら仕事終わったならご飯にしよ。ルゥさん今日は特に気合い入れて作るって言ってたよ」
お頭も早く!陰から出てきて彼女に文句を言いながらも、ドタバタと食堂へ向かう仲間たちの後ろ姿を見ながらゆっくり立ち上がる。
偉大な船長の船に乗っていた時にも、それなりに悲しい思いもしたけれど、ガキすぎてどれ程守られていたかを痛感したのは自分の船と仲間を持ってからだった。今の俺ではまだまだロジャー船長には遠く及ばない。それでも一緒に笑ってくれる仲間がいる。
この大事な仲間を何に変えても守り抜こう。
あの子の歌声を迎えに行けるいつかがあるかもしれない。
その時に、彼女の笑顔も隣にあるように。