弱いじゃなくて、可愛い その日はエダリ村の住人からの依頼が終わり、その報告をしに戻るところだった。途中、ラーカス村に山脈越えの準備をするために立ち寄ったが、エダリ山脈をこれから越えるにしては夜も更けていたので一泊することにした。
夕飯までの間は自由時間とし、普段は主であるレティシアに付き添っているアベラルドもラーカスが小さい村であり、仲間たちも周りに点在していることから一時の休息を1人で取っているところだった。
そんな中アベラルドに声をかけたのはマリエルだった。
「あの、アベラルドさん。ひとつ伺いたいことがあるのですが」
「どうしたんですか、そんなに改まって」
なんだかソワソワした様子のマリエルに多少の嫌な予感を感じた。
「えっと、ですね」と、遠慮がちながらも何か言いたげだった口からようやっと言葉が紡がれた。
「アベラルドさんはバーニィがお好きなんですか?」
「な!?」
嫌な予感、大当たりである。
「あ、いえ、以前ラーカスに立ち寄った際にレティシアさん、ニーナさんと話しているのが聞こえてたもので…」
確かにあの時はニーナとの猫VSバーニィの話でつい漏らしてしまったが、本来であればなるべく隠しておきたい情報だった。
甘いものが好きということだって不可抗力で数名にバレてしまったのに、更にバーニィが好きだなんて自分でもファンシーが過ぎると思うほど。好きなのだから辞められるわけではないがせめて秘密にはしておこうと思っていたのにこのザマだ。
アベラルドの顔に影が差したのを感じ取ったマリエルが慌てて言葉を並べる。
「あ、あの!盗み聞きみたいな真似をしたのは申し訳ないと思ってます。アベラルドさんがそういったの隠したい人だってこともわかります。わ、私も猫が好きなこと周りに知られるのはあんまり、なので……!!」
「マリエルさん、猫が好きなんですか」
「ああ!!?」
勢いのあまり言ってしまった、とでも言うような驚いたマリエルの表情にくすり、と笑みを浮かべてしまった。マリエルと自分はなんとなく似た性分なのかも知れない。
「ふふ、」
「な、何笑ってるんです」
「いえ、すみません。……あの時の会話を聞いていらっしゃるのなら大体理解していますよね。ニーナさんの熱弁に釣られてつい熱くなってしまって」
「はい、でもわかります。自分の好きなものについて話し出すと止まらなくなりますよね」
2人の間にやっと和やかな雰囲気が漂い始めた頃、そういえば結局何の用事でマリエルが自分に話しかけたのかまだ分からないままだ。バーニィ好きがバレてしまったのだからマリエルに挙動不審になる必要もない。結局のところ一番知られたくないアイツにだけバレなければ良いのだ。
「ところで、その、バーニィについてマリエルさんは私に何か用があったのでは」
「あっ、そうでした。あの、アベラルドさんは"カモンバーニィ"を知ってるのかなと思いまして」
「かもん、バーニィ…ですか?いえ、初耳です。なんですかそれは」
「私も伝え聞いた話なので詳しくないんですが、なんでも私の先祖クロード・C・ケニーが未開惑星を旅していた頃にバーニィに乗って野を駆け回っていたとかで…」
「バーニィに!?」
あんな可愛いバーニィの背に乗るなど言語道断ではないのか。共に野を駆け回ることは夢だがよもやその背に乗るなんて…、いやでもあのフワフワに顔を埋めながら散歩なんて
(最高じゃないのか!?)
「アベラルドさん?」
「……あ!はい、すみません続きをどうぞ」
「?ああ、それでですね、バーニィに乗りたい時に“カモンバーニィ"と元気よく叫ぶとどこからともなくバーニィが現れて乗せてくれてたそうです」
「そんな、魔法の言葉が」
「はい。アスター4号星のバーニィが同じ性質とは限りませんが、知識の一つとしてバーニィ好きのアベラルドさんにお話ししたいなと思いまして」
「余計なお世話でしたら…」「いえいえ、そんな…」などと一言二言会話を続けてから解散した2人。それから、夕飯の時間になり明日の段取りを話し合った後、各自寝屋についた。
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次の日
アベラルドは早朝、宿屋の前に居た。目線は宿屋のすぐ隣にいつもいる大きなバーニィに向けられている。思い返すは昨日のマリエルの言葉。
「…………」
乗せてもらおうなどとは思ってない。思ってはいないが、あわよくば。
「か、か、」
自分でも柄ではないとわかってる。しかしいつの間にかこちらを見つめる黒くて丸いつぶらな瞳。
「か、カモン、バーニィ…!」
言った。言ってしまった。朝も朝。周りに誰も居ないことは確認済みだ。誰も聞いていない。しかし、羞恥心が勝ったのか徐々に顔が熱くなるのがわかる。これで何も起こらなければとんだピエロだ。
ぷい、ぷい
ぴょこぴょこ
「!!」
きた。……きた!!ふわふわもこもこの巨体が今目の前に!!なんて素晴らしい魔法の言葉、カモンバーニィ!!!多少の羞恥心は残りつつも今は目の前のバーニィである。
「はぁ、なんてフワフワなんだ。…ふふ、可愛いや、」
「よ、アベラルド。今日はいつもより早いんだな!」
「つめ…」
「爪?」
一瞬の思考停止、からの腹の底からぎゅううぅっと頭まで熱が上がってくる感覚。
なぜ、なぜ、何故何故何故、
「おーい、アビー?」
「何故!!貴様がここに居る、レイモンド!!!あとその名で呼ぶなぁっ!!」
一番知られたくない相手。甘いものが好きだということも知られてしまった相手。だからこそ、せめてこれだけは隠しておきたかったのに!
「何故って、だいたいこの時間はランニングしてんだよ。知らなかったか?」
「ラン、ニング…」
「そーそー、最近サボり気味だったのがエレナにバレちまってな。モンスターとの戦闘で身体動かしてるってのになぁ?」
と、レイモンドは普段通りに話している様に見えたが、アベラルドの目はごまかせていなかった。「俺って実際民間人じゃん?多少はさー、」などと愚痴をこぼしつつもレイモンドの目線は先ほどからアベラルドとその横にいる巨大バーニィを交互に見ていた。
「貴様」
「ん?」
「貴様、一体いつから見ていた」
「……」
この際百歩譲ってバーニィ好きがバレたことはもう確実なので良しとしよう(良くはない)。だが、あの言葉を聞かれたとなるとアベラルドのライフは0だ。
「あー…、言ってもいいのか?」
「いいから、言え」
「……」
「……」
「カモンバー、「貴様あああああああ!!!!」
「うわ?!たんまたんま!!!」
アベラルドは羞恥でいっぱいだった。自分は姫に仕える純然たる騎士。常に威厳と気品を保ち続けなければならないというのに。この異邦の人間、レイモンドが現れてからというものの何故こうもうまくいかないのか。
長い間共に戦ってきたことで確かに絆も生まれた。自分達の国を守ってくれた、主であるレティシアの支えにもなってくれたレイモンドの力になりたいとも思った。
だけどそれとこれとは話が別なのだ。
星の船で艦長として指揮をとるレイモンドを見た。内容は殆ど意味がわからなかったが、レイモンドの指示でクルーたちが動く。誰からも反論がないということは指示が的確であると同時に仲間から信頼されている証拠でもあった。その時アベラルドは思った。思ってしまった。自分はレイモンド・ローレンスという男のほんの一部しか知らなかったことを。少し前まで星の世界の存在すら知らなかったのだから仕方がないと言えばそうだが、その時見たレイモンドの表情が、知らない人間に見えてしまった。遠い存在に思えてならなかった。
だから、せめて自分たちの星にいる間はこの男と同等でありたかった。弱いところなんて一切見せず、"姫の忠実なる騎士アベラルド"としてレイモンドの隣にいたかった。
それなのに
「どうしてお前はそうなんだ」
「アベラルド?」
甘いものが好きだということがバレた。幼い頃の愛称がアビーだということを知られた。バーニィが好きだということも、全部、全部、全部。
「お前には弱いところばかり見られている」
「弱い?」
「私は姫の騎士だ。その騎士が甘いものやバーニィが好きだなどと…」
「いや、アベラルドは弱くないだろ」
お前に何がわかる、そう言おうとレイモンドの顔をその時初めて正面から見た。思っていたよりも真剣な表情をしていた。
「甘いもんを好きな事とかを弱さだと思ってんならそれは違う。それが周りにバレたところでお前のレティシアに対する想いは変わんないだろ?」
「あ、当たり前だ!」
「たとえそれをネタに冷やかしてきた奴がいたとして、お前はそんなので揺らぐ様な奴じゃないだろ」
ぐうの音も出なかった。確かにうまく隠し通せていたとしてもバレないという保証はない。だが、バレたところで相手に何も言わせない様に振る舞えばいい話だ。それでは何故この男にだけはこんなにも。
「弱くないというのなら、お前はどう思っているのだ」
「俺?」
「ああ」
「あ〜、………怒らない?」
「私が怒る様なことを言おうとしているのか?」
あーだの、うーだの、先程までの態度とは打って変わって煮え切らない様子のレイモンドにアベラルドは仕方ないなとため息を一つ吐いた。
「分かった、怒らない」
「ほんとか?」
「しつこいぞ」
「……かわいい」
「は?」
何を言われたのか一瞬わからなかった。何せ、あまりにも自分には似つかわしくない表現だったのだ。つい呆けた返をしてしまった。
(かわいい、だと?ふざけているのか?)
「何馬鹿なことを言ってるんだ」
「いや、お前が言えって言ったんだろーが!!」
「な?!だからと言って可愛いとはなんだ!!ふざけているだろう!?」
「可愛いと思った奴に可愛いって言って何が悪いんだよ!!普段真面目ビシッとしてるお前が甘いもん食べてる時はふにゃふにゃになってんのは誰が見ても可愛いだろーが!!」
「ばっっ!!?」
(何を言ってるんだコイツは!?)
そもそもいつそんな姿を見られたんだ。甘いものを食べてる時の自分の表情などわかるわけもないがそんな顔をしていたのか?!
突然のレイモンドの猛攻に動揺を隠せないアベラルドに対してもう吹っ切れたのかヤケクソなのか、多少冷静さを取り戻したレイモンドは尚も続けた。
「さっきのだってな、同じなんだよ」
「さっき…」
「カモンバーニィ」
「…うっ」
「俺も以前マリエルに聞いたことあったんだよ。そしたらお前がさっきそれをさ、恥ずかしそうにしながらやってんの見掛けちまって」
「……」
「寄ってきたバーニィにすっげぇ嬉しそうな顔してるお前のこと、可愛いって思った。それで、なんか勢いで声かけちまったけど…って、あれ、アベラルドお前、なんか顔があか…」
「うるさい!!」
限界だった。
最初は困惑だったものが徐々に得体の知れない感情になっていた。こんな感情は知らない。可愛いなんて男に、ましてやレイモンドに言われても嬉しくなど無い筈なのに。顔が熱くなっているのが嫌でも分かった。そして、それをレイモンドに見られているということも。何故こんなにも胸が苦しいのか。
「…なぁ、アベラルド」
「な、なんだ」
「本当はすべて終わってから言おうと思ってたことがあったんだが、俺、お前のことが…」
「あ、アベラルドとレイ、こんなところにいたのね?」
「!」
「ひ、姫?!」
突然の乱入者、レティシアにより一瞬にしてその場の雰囲気が変わった。
「もう、皆目が覚めて朝食を取っているわよ。いつもならアベラルドが手配してくれているのに姿が見えないんだもの。珍しいこともあるのね」
そう言ってレティシアは笑っているが、当の2人はそれどころではなかった。
もし、もしレティシアが現れていなければ自分達は一体、
「あら?どうしたの貴方達…」
一体、
「2人とも顔が真っ赤よ?」
一体、どうなっていたのだろう。
END
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最初は「カモンバーニィ」がタイトルでしたが、途中からバーニィが空気になったので変更しました。バーニィを生かしきれなかった