ワンライ『雑念』『見惚れる』(2022/12/7)「んむむむむぅ……」
(なかなか苦戦しているようだけど、途中までは合っていそうかな)
それはテスト勉強期間開始前日。
期間中はワンダーステージも休演となるため、いつも通り思う存分演出案を練らせてもらおうと考えていた所に、彼はやってきた。
「類………オレに、勉強を教えて欲しい!!」
腰を90度折り曲げ右手を差し出すその格好は、まるで愛しい人に求婚をした男のようで。
その様子ばかりに気を取られてしまい、何を言われたのか理解するのに時間をかけてしまった。
「…えーっと…司、くん。とりあえず顔を上げてくれるかい?」
「はっ!すまない!!」
「あと、声も抑えてくれると嬉しいな…」
いつもより大きいデシベルにギャラリーが増えていく。
これ以上面倒なことになる前にこの場から去ってしまいたかったので、慌てて叫ぶ。
「勉強、見てあげるから僕の家においで」
そしてそのまま司を家に招き、母屋の方の部屋で勉強を見てあげているのである。
どうやら数学のようなのだが宿題の時点で難しいと感じていたようで、テストの前日に試験範囲すべてを勉強するのでは間に合わないと判断したようだった。
万が一にも追試になってしまえば公演に影響が出てしまうだろう、それだけは避けなくてはならない。
普段そんな雰囲気を見せなかったため気がつくことが出来なかったが、だいぶ思い詰めていたようであの告白劇が生まれてしまったようだ。
…カリカリとシャーペンが走る音が聞こえる。
どうやら詰まっていた問題をどうにか突破できないかと頑張っているようだが、明らかに考えがズレてしまっているので軌道修正を図る。
「司くん、そこは頂点Aについて考えても答えにはたどり着けないよ。今見えている情報から、頂点Cについてなら答えが出せると思う」
「うむ…そう、か。なら、何故頂点Cなら答えが出せるんだ?」
「それは、頂点Cに隣接している辺が――」
―――
「――ということだよ。解りそうかい?」
小さなテーブルを挟み正面に座っている類が、こちらの様子を伺っている。その月のような色をした双眸が、真っ直ぐこちらを見つめてくる。
嗚呼、なんて美し………ではない!
もう何度目か分からない思考の脱線に自分を叱責する。
類に勉強を見てくれるよう頼んだことには何も下心はない、神に誓って。
本当に切羽詰っていたのだ…別の次元で苦悩するとは思わなかった。
実際にその場面になった瞬間、考えの浅かった過去の自分を引っぱたいてやりたいと思った。
少なからず好意を抱いている人間と二人きりで、しかもこんな至近距離で……とても集中などできる訳が無かった。
無いけれど…それは自分の都合なのであって。
類は、仲間で、友人である司のことを助けようとしてくれているのだ。
それなのに。
「…司くん?解らないようだったら言ってくれて構わないよ?君が理解しないとこの勉強会は意味が無いからね」
「あっ、あぁ!ありがとう!とても解りやすかったぞ!」
「……そう?なら、いいのだけれど」
勿論何も頭に入ってきていない。
ここままではダメだ!
もしも追試なんてことになってしまったら、ワンダーランズ×ショータイムの皆に迷惑が掛かる。
集中、集中を……
「一旦、休憩しようか」
「なっ、オレはまだ大丈夫だぞ!」
「勉強始めてから一度も休憩をしていないだろう?詰めすぎは良くないよ」
飲み物のおかわり持ってくるね、と類が部屋を出ていく。
これは、十中八九自分が集中出来ていないことを見抜かれてしまったに違いない。
時間を貰っているのは自分だと言うのに、不甲斐ない。
ショーのことについて話している時は、こんなに集中できないような事になったことは無かった。
そのため、自分がここまで類に好意を抱いているとは正直思っていなかった。
大人びていると思えば、急に年相応の子供のようにはしゃいだり。自分では到底思い浮かばないような事を思いついては、実現したり。
その姿をずっと隣で見ていたい、力になりたい。
自覚した時は、正直自分がここまでだとは思いもしなかった。嗚呼、オレはこんなにも類のことが…好き、だったのだな……
――その時、ガチャンと音がしテーブルに飲み物が乗ったボードが置かれた。
音に驚き発生元へ顔を向けると、目を見開いてこちらを向いている類の姿が目に入った。
「類?どうかしたか」
「…………つかさくん、君今何を言ったかわかっているのかい?」
「…………は?」
何をって、何も言っていないはずだが。
皆目見当もつかずに類を見つめていると、その顔が赤いことに気がつく。
「類!?熱でもあったのか!!なら先にそう言ってくれ!!」
「………これは、別に、熱ではないよ」
「むぅ、では何故そんなに顔が赤いのだ…」
確かに、体調不良を隠しているようでは無いが…
頭を抱え唸っていると、類がこちらに近づいてくる。
「人に助けを求めておいて、何を考えているんだい」
「…………………………へ?」
隣に座り込むと、普段からは想像もつかない程小さい声で呟いた。
何を、考えてって………それは…………
「な、何故オレが考えている事がわかるんだ!??!!?」
「言ったじゃないか『何を言ったかわかるのか』って」
「……………………うおお!??!」
それは、それはもしかしなくても、考えていたことを、口に!?
一体どこから聞いていた?そしてどこまで聞かれてしまった??
己の失態に頭が真っ白になる。
「そ、そ、その、だな、好き、というのは、言葉の綾でだな…」
「…ほんとうに?」
「っ………」
咄嗟に出た言葉に、無感情な声色が飛んできた。
慌てて顔を見ると、類は初めて見る程感情の無い顔をしていて。
混乱していたとはいえ、嘘を吐こうとしてしまった己を恥じる。
深呼吸したら、改めて向き合う。
「すまなかった。……オレは……類の事が好きだ。勿論、恋愛感情として、だ」
「………」
真剣な表情でこちらを見つめる類を確認し、大きく息を吸う。
「ワクワクするような演習案、見たことも無いようなロボット達。お前がオレに魅せてくれる何もかもが、とても愛おしいと感じた。気がついたら、友人に向けるそれとは比べ物にならない程に大きくなっていた。勉強に集中出来なかったのはすまないと思っている。自分でも、この感情は制御できなくなっていたようだ。それでも」
「つかさ、くん。ごめんね、ありがとう。もう、大丈夫だよ」
この想いを嘘偽り無く届けたくて思いついた限りの言葉を並べていたら、真っ赤な顔をした類に制止される。
「……ありがとう、司くん。ごめんね。自信が、無かったんだ。自分の聞き間違いじゃないかって。それで…」
急に黙り込んだため不安に思っていると、類は持ってきたばかりのジュースを一気に飲み干した。
「……………僕も、司くんの事が……好き、だよ」
「っ!……類……!」
「に、二度も言わない……からね…」
喜びのあまり、類を力一杯抱きしめる。
まさか同じ感情を抱いていたなんて想像もしていなかったので「好きだー!」と愛が溢れる。
「だ…だから!声を抑えてくれないかな!?」
「ああ!すまない!!気を付ける!!」
「寧ろ大きくなってないかい……!」
ひとしきり愛を叫び勉強会に戻ることになったが、愛おしさが溢れてしばらく集中することが出来なかった。
それでも最後には自分のものにし無事テスト期間を乗り気ることが出来た。
嬉しさのあまり「愛の力だな!」と学校で叫んでしまい、しばらく類からの要求が容赦のないものになってしまった気がするが、それはまた別の話。