ワンライ『カフェ』(2023/01/18) ワンダーステージでの練習が終わり司と二人で帰路を歩いていた時、ポケットから振動が伝わる。
司に断りを入れてスマホを手に取ると、母親からのメッセージが届いていた。
要件をまとめると『急な用事が増えてしまい帰りが遅くなる』との事だ。
帰りが遅くなるということは、夕飯の時間が遅くなるということを意味する。
自分が夕飯を代わりに作ることは構わないのだが…両親は類が母屋で夕飯を食べる時は同じタイミングで食べたいと思ってくれているので、親が帰ってくるまで夕飯を食べるのを待つことになるだろう…少し間食をしておきたい。
司に状況を説明すると、司から提案を受ける。
「それならば、咲希におすすめされたカフェがあるのだが…行ってみるか?」
「カフェ…かい?」
「ああ、なんでも商品のボリュームが凄い…とかなんとか。『沢山食べるお兄ちゃんにピッタリなお店だよ』と言われたのだ」
カフェと聞いて特有の甘い雰囲気を想像したが、どうやら毛色が少し違うらしい。
腹拵えが出来るならどこでもいいと思っていたし、何より興味が湧いてしまった。
「いいね、行ってみようか」
「よし。道案内は任せろ!咲希が割引券をくれたから、地図が書いてあるはず…」
司がおもむろに財布を取り出すと、ポケットから紙切れを取りだす…紹介されると共に貰ったのだろう。
場所がわかったらしく司が元気よく歩き出したので、後からついて行くことにした。
―――
店員に人数を伝え、席に案内される。
先程言っていた『ボリューム』のおかげだろうか…サラリーマンと思わしき男性客が、一人席でパソコンを叩いている姿が複数確認できる。
メニューを開き、目を通してみるが…見た感じそこまで特別ボリュームがあるようには見えない。
「どこかに、量が多めなメニューでもあるのかな」
「…類、少し隣を見てみろ」
「え?」
司に声をかけられ視線を右に移すと、丁度隣の席に料理が運ばれてきていたようだった。
店員から机へ移されたミックスサンドが目に入り、思わず手元のメニューに視線を戻す。
確かに写真に写っているミックスサンドのはずなのに、写真からは感じられないような圧倒的な大きさをしていた。
「本当に、同じメニューなのかい?」
「…あぁ。咲希達は写真の見た目に騙されたそうでな…美味しいが完食が大変だったと言っていた」
「それは、そうだろうね…」
隣の席からは女子高生たちの歓声が聞こえてくる。
それぞれが思い思いに写真を撮ると、一皿のミックスサンドを二人ずつで分け合って食べだした。
どうやら彼女らはこのカフェのボリュームの事を知っていたようだった。
「僕は、この…卵サンドにしようかな」
「…オレは、カツサンドにしよう」
野菜を食べろと言わんばかりの視線を無視し、卵サンドに狙いを定める。
席のチャイムを押しそれぞれの注文を終えると、程なくして一足先に飲み物が到着した。
「これは…コップも大きいんだね」
「こう視覚で見せつけられると、飲み物だけで満足してしまいそうな気持ちになるな…」
幅も高さも申し分無いコップに入れられたカフェオレにストローをさし、吸い上げる。
甘さは控えられていて、珈琲の風味が丁度いい。
司の頼んだカフェラテも気にはなるが…ここは外なので自重しなければ。
この店特有のボリュームを堪能していると、メインディッシュが到着した。
「本当に…普通に頼んだだけで、この大きさなんだね」
「分かっていても、驚いてしまうな」
手を合わせ、小さくいただきますを唱える。
小さな二人用の机を圧迫しかねない大きさをした二つの皿から、それぞれの食べ物を手に取り口へ運んだ。
此方の卵サンドには沢山の卵が挟まれているためか、挟まれた卵がポロポロと溢れてしまう…後で備えつけられたフォークで溢れた卵も食べなくては。
「うん、美味しい」
「咲希のお墨付きだから心配はしていなかったが、美味いな」
溢れてしまうほどの卵に絡められているマヨネーズの酸味が、飽きさせることなく食を進ませる。
司が頼んだカツサンドに挟まれているカツもなかなかの大きさをしており、彼の性格的にこぼさずに食べることを最優先にしているのだろう…無言でかぶりついている。
隣の女子高生たちは楽しそうに会話しながらゆっくりと食べ進めているが、対象のこの席には食べ盛りの男子高生しか居ない。
最初の一言を最後に黙々と食べ進め、遂には隣の机が空くより先に二人は食べ終わった。
手を合わせ、小さくごちそうさまを唱える。
「思っていたより腹が膨れたな」
「これなら、夕飯まで持ちそうだよ。ありがとう」
「あまり遅い時間に食べ物を胃に入れて欲しくは無いのだが…まぁ、親御さんの都合なら仕方ないな…」
まだまだ残っている飲み物を堪能しながら、今練習中の演目について談義する。
これまでの自分だったらこのような時間を過ごすことなど考えもしなかっただろう。
または、人間観察の一環として訪れることはあったのかもしれない。
…次の機会のために、野菜が無いメニューを他に探しておこうか。
会話を続けながら、立てかけられたメニューに手を伸ばした。