ワンライ『克服』(2023/01/25) ふと、耳に小鳥の囀りが届けられる。
もう、朝が来てしまったようだ。
――最近、夢を見る。
見覚えのない部屋で、見覚えのない椅子に座り、見覚えのないテレビ番組から、唯一見覚えのある黄金色がキラキラと輝いて居る様子を、呆然と眺めている夢だ。
その黄金色はどのようなモノに囲まれていてもひと目でわかる程に眩しく煌めいていて、どんなに目を逸らそうとしても視界に入り込んでくるのだ。
その黄金色を見た後に目を覚ますと胸が痛くて苦しくなる為寝る事を避けるようになった。
放課後の皆との稽古は何とか頑張れるよう、最近学校はうたた寝する日々が増えていた。
今の所うたた寝なら、夢を見ないで済んでいる。
―――
ワークショップへ参加するようになり毎日が成長の日々でとても充実していると感じている。
ただ、そのためゆっくりと時間を取ることも出来ず、類と会話するのはフェニックスワンダーランドでの稽古中くらいだった。
たまには二人きりの空間でのんびりしたいと考えていた司は、少しだけ夜更かしをして今日の昼に確認する分を済ませておいたのである。
昼食を共にしようと誘う為、隣の教室へ足を運ぶ。
目的の藤色を見つけ、声を掛けようとし…慌てて駆け寄る。
「類…類!大丈夫か!?」
「ん……つかさ、くん。…どうしたんだい?」
「どうしたもこうしたもあるか!今朝は何か食べたのか?」
「朝ご飯は…食べる時間が、無くて…」
「…わかった。着いて来い」
顔色の悪い恋人の腕を引っ張り、教室を後にする。
昼休憩が始まったというのに昼食を食べ始める素振りさえしていなかったのだ…このまま何も食べずに居る事など許せる筈が無い。
「つ、司くん。大丈夫、だから…」
「駄目だ。少し買い出しに行ってくる。…居なくなったら許さないからな」
「………わかっ、た」
類を保健室のベッドに寝かせ、保健室を飛び出す。
用があったのか、昼食中か…保健室には誰も居なかったのが不安だが、少し強めに釘を指しておいたので大人しくしていることを願うしかない。コンビニでスポーツドリンクとゼリー、おにぎりを買い保健室へ蜻蛉返りする。
類は……ベッドに居てくれたようだ。
「熱は無さそうだが、まともなものを食べていないだろう。オレが買ってきたものを全て食べるまでは話を聞いてやらんからな」
「………ごめん」
「…一先ず、食べるんだ」
無言で見つめ続けていると、諦めたのか類は袋をあけ中のものを取り出し始めた。
一度口をつけてしまえばあとはあっという間で、袋の中身は胃の中へと収まっていく。
「……あり、がとう。ご馳走様でした」
「…ああ」
「っ………」
「…………最後に寝たのはいつだ」
一段落しずっと気になっていた疑問を投げると、黙り込んだ様子に予想が当たってしまったことを悟る。
体調が悪いようには見えなかったので油断していた。
…見えなかっただけで、上手く隠されてしまっただけのようだったが。
「何か、悩み事でもあるのか」
「…別に、無いよ。練習も問題なく進んでいるしね」
「………恋人にも、言えないことか」
「それ、は……」
一目見ればわかるほどの顔色の悪さに気が付くことが出来なかった自分に、苛立ちが募ってしまう。
こんな姿になるまで、自分は…彼を苦しませていたというのだろうか。
「………夢を、見るんだ」
「夢?」
「…ああ。司くんがね…僕の知らない世界で、輝いている姿を……ただ見ているしか出来ない…そんな夢さ」
言葉を聞き、息が詰まる。
それぞれの夢を叶えるには、いつか別れが来る……いつだったか、皆で話していた。
…だが。
「類は、自分が置いていかれると…そう、思っていたということか」
「置いて…いかれる……?」
「オレの隣には、類が居てくれるものだと思っている。ただ足並みを揃えるだけではなく、時にぶつかり合ったりしながら互いの夢の為に出来ることがあれば切磋琢磨する……類は、違うのか」
「ぼくは……」
類は呟いて、顔を伏せる。
類は類で未来へ向けて何か考えているようだが、その内容について多くを語ってくれない。
それでも彼なりに未来へ向けて頑張っているのだろうと思っていたのだが…どうやら何かが上手くいっていなかったようだ。
「類。今夜、セカイで集まろう。そして、オレ達が何を目指したいのか…沢山話そう」
「急に、何を」
「そして、その様子を録画しておくんだ。今回のように躓いてしまった時、見返せるように」
「あ、…」
「オレはお前のパートナーになる男だ。ただ、それでも…お前を支えてやるには、今のオレではまだ力不足だろう」
とても健康とは言えない青白い肌をした顔を覗き込む。
頬に手を添え目元を指でなぞると、擽ったいのか瞳が閉じられた。
「本当はオレが気付いてやれるのが一番なのだが…今回のようなことも、起きてしまうだろう」
「……」
「我慢せずに頼って欲しい…オレはお前と共に居るのだと、何度でも思い出して欲しい」
頭をポンポンと撫でてやると、瞳を開きこちらを見上げてくる。その表情は、さっきより幾分かマシになったように見える。
「放課後まで寝ているといい。荷物を持って迎えに来る」
「…いいのかい」
「今日だけは特別だ。どうせ、教室に返しても寝るだろう…お前は」
「…フフッ。よく、わかっているじゃあないか」
ようやく見せてくれた笑顔に胸を撫で下ろし、布団を被せ手を握る。
思考に囚われてしまわないように…無事に寝ることが出来るように祈りながら、額に唇を寄せた。