贈答 ピロリン。
机から聞こえてきた電子音に、意識が引き起こされる。
二本の針は共に上を指しており、日付が変わった事に気が付く。
新しい演出道具の開発に時間を忘れてのめり込んでしまっていたようだ。
軽く伸びをして立ち上がり机に置いてある端末を確認すると、メッセージが一件届いていた。
『放課後、教室へ迎えに行くから待っていてくれ』
(あぁ…そうか)
一ヶ月前、イベントに肖って贈り物をした類に対して、先日司は伝えてきた。
三月十四日、二人っきりになれる時間が欲しい、と。
どんな事をしてくれるのだろうか…期待に胸を躍らせていると、再び電子音が響く。
『やはり起きていたか。早く寝るんだぞ』
メッセージを確認した時に付いた既読に気付かれてしまったようで、睡眠を促すメッセージだった。
せっかくお呼ばれしているのだから、体調不良を起こす訳には行かない。
散らばった工具を隅に寄せると、ソファに体を預け瞳を閉じた。
―――
「類!居るな!?」
HRも終わり、多くの生徒が部活へ向かおうと教室の外へ向かい始めた頃、大声が教室中に響き渡った。
「フフッ…皆が驚いてしまっているよ?」
「む!…す、すまん…」
突然の爆音に足を止めた生徒も、日常茶飯事と知ると皆各々の日常へと戻っていく。
鞄を手に取ると、自分も日常へと足を踏み入れた。
「お邪魔します」
「ああ、上がってくれ。飲み物を持ってくるから、先に部屋へ行っていてくれるか」
「ああ、わかったよ」
もう何度も足を運んだ司の部屋へとお邪魔する。
荷物を置き一息ついていると、甘い香りが届いた。
「…ん?」
「すまないな、わざわざ家まで来てもらって。これを、渡したくて…な」
部屋に入ってきた司の手に握られていたのは、甘い香りを放つマグカップだった。
茶色の表面に漂うカカオの香り…ホットチョコレートだ。
「ホワイトデーのお返しにチョコレートは良くない意味らしいのだが…類からチョコレートを貰ったのだから、オレからもチョコレートを贈りたかった」
「意味なんて気にしないさ。司くんが僕にチョコレートをくれた、それだけで僕はとても嬉しいよ。ありがとう」
冷めないうちに…とはいえ火傷はしたくないので息をふきかけてから口に含む。
見た目や匂いの割に控えめな甘さをしておりとても飲みやすかった。
一気に飲み干してしまいそうだったので慌てて飲むのを止めると、熱い視線が投げられていることに気がつく。
「………………………」
「ん、フフッ…美味しいよ。ありがとう、司くん」
「良かった。味わって飲んでくれ!」
類の反応に安心したのか、司が自分の分を飲み始める様子を見ながら再び口をつける。
程よい温かさになっていたホットチョコレートを飲みながらの他愛も無い会話に、心身共に温められた。
ホットチョコレートを飲み切り一息つくと、司がベッドへと腰掛けたので隣に座ると頭が抱き寄せられた。
「…すまん。なかなか時間が取れなくて、な。類不足だ…」
「別に構わないよ。存分に僕を堪能するといい」
脱力し身を任せるとそのままベッドへ共に倒れる。
胸元から顔を見上げると、微睡んだ瞳が瞼の裏に隠されていった。
脚が回され体中が抱き包まれる…今の類は司専用の抱き枕だった。
「…類の、においは…落ち着くな……眠ってしまいそうだ」
「…別に、寝てもいいんだよ?少ししたら起こすから」
「……うぅ……るいと……ふたりきり……の……」
声が聞こえなくなり程なくして、小さな寝息が聞こえて来る。
起こしてしまわないよう、そっと腕を伸ばし頬を撫でる。
安らかな顔で眠りに落ちている様子に笑みがこぼれるのを自覚しながらも、そのまま滅多に見ることの出来ない寝顔を堪能させてもらう事にした。