ワンライ『変わらないもの』(2023/04/05) 夕食後の家族との団欒も解散となり、自室で明日の準備をしているとスクールバッグから台本が出てきた。
『ピーターパン』と背表紙に書かれたその台本は、今日の稽古の時にワンダーランズ×ショウタイムの皆と共有する為に持ち込んだものだった。
「ピーターパン」と己の事を呼ぶ声を思い出す。
突然始まった台本を皆で囲んでの読み合わせは、当たり前だが先日とは違うキャラの一面が見えて新鮮で楽しかった。
棚へと台本を戻すと、隣にしまっていた台本が目に入る。
今年の正月に行った季節限定のショーは、落ち込んでいた獅子舞ロボに沢山活躍してもらうために様々な地へと赴いた。
様々な立地での経験もそうだが、何よりも行く先々であった様々な出会いも大きな経験になった。
あの正月の出来事が無ければ『ピーターパン』には出会えなかったかもしれない。
「司之助」と己の事を呼ぶ声を思い出しながら、棚に並ぶ台本の背表紙を目で追う。
「バートレット」「トルペくん」「将校どの」…沢山のショーに出会い、演じてきたことを改めて実感する。
初対面の時、挨拶を交わす前に『マイルスだ……マイルスがここにいる……!』とはしゃぎ出した玄武旭の姿が脳裏に浮かぶ。
彼らはそれぞれの物語の登場人物であると共に、司の分身でもあるのだ。
司が舞台に立てば『ピーターパン』にも『トルペ』にもなる事が出来る。
『マイルス』はやはり子供達に人気で、良く指をさされながら呼ばれることも多い。
そして、フェニックスステージの30周年記念公演に向けての練習がまもなく始まろうとしている。
今度はどのような役に出会いどのような経験を積むことが出来るのか、楽しみで仕方がなかった。
―――
もはや当たり前となってしまった屋上で過ごす昼休憩の時間。
今日はなんと母が作ってくれた生姜焼き弁当であったので、朝からこの時間が楽しみで楽しみで仕方がなかった。
屋上で類と合流し、フェンスの前に二人並んで腰を下ろす。
類がビニール袋からたまごサンドを取り出すのを横目に見ながら、本日のメインディッシュを広げる。
「いただきます!!」
「いただきます」
弁当とは思えないほどにジューシーで、生姜特有の甘い香りと程よい辛味が味を引きたてている。
先日まで『リオ』を掴むために断食を行っていた影響なのか、ご飯を食べるという行為が前より好きになってしまった。
生姜焼きばかりに気を取られてしまいそうになり慌てて米も口の中へ放り込む。
米を噛む度滲みでる旨みが生姜焼きに合わさり、まさに至福のひとときであった。
「フフッ、美味しそうだね。司くん」
「むっ……んぐ。……ああ!なんといっても母さんが作ってくれた生姜焼きだからな!!」
「…………、……っ…」
類が何か言ったような気がして視線を向けるが、彼はたまごサンドを口にしながらノートに文字を書き込んでいる。
いつもの演出の独り言だろうか…一先ずは反応を待たれている訳では無いと一人合点し、生姜焼きに向き直ると付け合せられているキャベツもきちんと口へと放り込み咀嚼する。
シャキシャキと子気味良い音を響かせ、いつまでも咀嚼し続けてしまいそうになるほど楽しかった。
「ごちそうさまでした!!」
今日も素晴らしいランチだった……ハンカチで口を拭い弁当箱を片付ける。
既に食べ終えていた類のペンを走らせる手が不自然に止まる。
てっきり話を振ってくるものだと思っていたが、一向に顔を俯かせたままの姿に先程の違和感を思い出す。
「そういえば、類。お前さっき何か言っただろう?」
「…おや、聞こえていたのかい?」
「……いや、言葉までは聞き取れなかったが…普段の独り言にしては、こう…言葉として吐き出されたような違和感が…」
上手く言葉で表すことが出来ずに口篭る。
そう、類の演出を考える独り言など数え切れないほどに聞いてきたのだ。
独り言か、そうでは無いか、他の人に比べれば判断出来る自信がある。
逆に自信があるからこそ、独り言だと断定できない自分に違和感を感じてしまった。
「…いや、ね。司くんが、幸せそうにご飯を食べている姿を見ていたら…なんだか、安心しちゃって」
「……その説は、本当に感謝している。心配を掛けたな」
「心配はしたさ。でも、僕は司くんを信じていたから…止められなかった」
まるで自嘲的に見える笑顔に思わず類を抱き締める。
最初驚いた様子だった類も、一呼吸おいて腕を背に回した。
「何故そんな顔をする…お前が大丈夫だと判断してくれたのだろう?それに、オレはこうしてまた一つ成長することが出来た」
「……それは結果論の話だよ。僕は君がまた大きく歩みを進める様子が見たくて、君を信じて見守っていたけれど…人間は極限状態になると何をするか分からないからね。一緒に居れない時は正直気が気ではなかったんだ。勿論、君は期待に応えてくれたから杞憂で済んだけれど」
『リオ』を掴む為に断食を決めてから、最初に類は屋上に集まることを止めようかと提案してきた。
無駄な体力を消耗しないように気遣って提案してくれているのは分かっていたが、教室にいてはクラスメートが昼食を食している姿を見ることになるので屋上に足を運ぶ事は理にかなっていた。
いつも持っているはずのビニール袋が見えず、自分の前で昼食を食べても問題ないと伝えても「休み時間の間に適当に食べる」と返され、断食中の司の前で彼が食べ物を食すことは無かった。
彼が演出案を考える際良く食す好物のラムネでさえも。
教室で昼食を取ってから屋上に来るのでも構わないというのに、彼は可能な限り隣にいてくれた。
あの時の頭の中は『フェニックス』のことで一杯で、正直言うとどのような時間を過ごしていたかほとんど記憶に残っていない。
今思うと、劇と離れているあの時間にこそ不調が現れるのではないかと、注意深く観察されていたのかもしれない。
確かにオーディションで『リオ』を掴むことは出来たが、まだ本番に向けての練習は続いている。
己の中ではまだ終わっていないと思っているし、それは皆同じなのだろうが…己の記憶にも残っていないあの時の天馬司を見守っていた神代類からしたら、一旦は終わりを迎えていたのかもしれない。
「君は、役のために…成長するために、どんな事でも挑戦することが出来る。僕はそんな司くんが好きで、そんな司くんだからこそ応援したいし支えたいと思う。でも、ほんの少しだけ…君が違う何かになってしまいそうで怖かった」
「…一瞬だけなのだが、楽な道に逃げてしまいそうになったことがある。リオを掴むことより、オーディションを突破することを優先しそうになったんだ。その迷いを振り切ったとしてもどうしたら良いのかが分からなくなって…そんな時、お前達がセカイへ呼んでくれて、手伝うと言ってくれて…オレは、一人ではないと気付くことが出来た」
「僕達で話し合って、決めたからね。司くんの為に、出来ることをやろうって」
「お前だって、あの夜…即日でロボットを用意してくれただろう。あのハードな練習を行っていたはずだというのに」
「あれは…僕に、出来ることをしたまでだよ」
ワンダーランズ×ショウタイムの皆が力を貸してくれたおかげで、これまで様々な姿を演じることが出来た。
そして、これからも沢山の経験とともに未だ想像もつかないような演技も出来るようになりたい。
そして。
「…類、名前を呼んでくれないか」
「司くん?」
「もう一回」
「…つ、司くん」
「もっと」
「……司くん」
成長して行く上で、変わってしまう物は沢山あるだろうけれど。
どんなに辛いことがあっても、彼だけが変わらず与えてくれるこの温かな感情を、失わないように。
「オレは、必ず。神代類が好きでいてくれる天馬司で在り続ける。もう、昔のように…忘れたりはしないからな!」
これからも高い空で輝く星に何度でも手を伸ばす。
たとえ壁にぶつかろうと、愛しい恋人にとって一番の星で在り続けられるように。