ワンライ『鯉のぼり』『都市伝説』(2023/05/03) ふと気がつくと、夜のセカイで一人立っていた。
どうして、どのような目的で…ここに来たのかを思い出せないまま、夜になり静まり返ったセカイを歩く。
宛も無く歩いていると、花畑に見知った姿を見つけた。
「類!お前も来ていたのか?」
その姿に声をかけると、何かの作業の為か座り込んでいた少年が立ち上がったので近付く。
此方を視認したのか、笑みを浮かべると口を開いく。
「つかさくん」
「またオレ達に内緒で作業しているのか?一人で抱え込むんじゃないぞ」
「はやく形にしてしまいたかったから」
少年に近付きその先を見ると、何やら大きな機械が足元に存在していた。
タイミング良く雲に遮られていた月明かりがその機械を照らし出す。
「鯉…?」
「もうすぐ端午の節句だからね。つくってみたんだ」
口を大きく開いている鯉ロボは、月明かりを反射し光り輝いているように見える。
この機械はどんな素晴らしい事を魅せてくれるのだろうか…ちょっぴりの不安と期待を胸に機械を撫でる。
「のってみるかい?」
「乗れるのか?」
「のるためのものだからね」
人が四人ほど乗れそうな大きさをしたロボに、類は跨った。
導かれるままに後ろに跨ると、電源を入れたのかロボが小さく唸り出す。
「しっかり、つかまっていてね」
「む?……うおおッ!?」
駆動音を響かせ、花びらを舞い上げながら鯉ロボが浮遊する。
安全ベルトも命綱も無かったので、まさか重力に逆らう代物だとは思わなかった。
驚いている間にグングン高度を上げていくので、前にいる類に全身全霊でしがみつく。
とても安全とは思えない高さまで浮かび上がった鯉ロボは、油断したら落ちかねない速度で前へと進み始めた。
「ほら、みてごらん。セカイがキラキラしていて、とてもきれいだ」
「おおおおおい、類!!流石にこれは危険すぎやしないか!?」
文句を言おうと固く瞑っていた瞼を開くと、確かにしがみついていたはずの少年は忽然と姿を消していた。
捕まるところが無くなった体はそのまま機械に振り落とされ重力に従い地へと堕ちる。
少しずつ近付く地面に、目の前が真っ暗になった。
「――……ハッ!?」
目を覚ますと、見慣れた床が視界に移る。
どうやらベッドから落ちてしまったらしい。
「あれは…夢……?」
夢にしては鮮明に残っている、浮遊感に彼の声と彼の温もり。
それでもあの状態で無事に居られる訳が無いのだから、あれは夢だったのだろう。
体を起こし時間を確認する…ちょうど起床する時間だったようだ。
そのまま立ち上がり、顔を洗うべく部屋を出た。
「――……という夢を見たんだ」
「成程。それは中々不思議な夢だったね」
「ああ…なんとも夢とは信じ難いものでな…」
「もしかしたら、僕のドッペルゲンガーだったかもしれないね」
ドッペルゲンガー…類が零した言葉に昨晩の夢を思い出す。
確かに彼は類にそっくりではあったのだが。
「だが、あいつは…花びらを撒き散らしたし、とても危険な事をしていた。お前だとは思えんな」
「そうかい?だとしたら……よくある『自分が死ぬ夢は良い夢』っていうアレかな」
「お前に殺されるなど、とても良い思いでは無いのだが…」
「生まれ変わるチャンスを暗示しているのさ。君の中で変わりたいという気持ちが強くなっている証拠じゃないかな」
昼食を食べ終えた類が片付けをしながら考察を述べる。
所詮は夢なのだから、受け取り方は自由だ。
それならば、前向きなイメージを持ったっていいだろう。
「うむ。ならばどんな困難も乗り越えて、光り輝くスターにならなくてはな!」
「ああ…そういえば、鯉のロボットに乗ったのだったね?……なら、次のショーは鯉のぼりを題材にしてみるのはどうだろう」
「鯉のぼり?」
「ああ。鯉のぼりは登龍門という諺との関係が深くてね。その物語をショーにするのさ」
端末を操作していた類が手を止めると、画面を此方へと見せてくれた。
登龍門、と大きな見出しで始まっているそのページの最後まで目を通す。
「これを、鯉のぼりに合わせて司くん達二、三人で協力して関門に立ち向かうストーリーにする。皆で、龍になるんだ」
「主役の鯉に人を割いてしまっては関門の表現が大変だろう、オレかはさておき鯉は一人でいいのではないか?」
「…ううん。僕が何とかロボ達と共にサポートするから、複数人で登って欲しいと思っているよ」
いつもなら早い段階で現実的な思考にシフトしていく類が、珍しく自分の希望を第一にしたまま話を進めようとしている。
彼の中で、複数の鯉が協力して関門を突破する事に意味があるようだが…この様子では詳細までは話してくれないのだろう。
「わかった。類がそこまで言うのなら、その方向で二人にも提案してみよう」
「ああ。ありがとう」
感謝の意を示しているはずのその笑顔が、少し寂しそうにしているように見える。
本当は、類も混ぜて四人で立ち向かうようなストーリーにしたいが、何事にも限界はある。
自分がステージに立つことで演出の質が落ちるようならば、彼は間違いなくステージに立たないことを選ぶはずだ。
「その変わり、ちゃんとオレ達を輝かせるのだぞ!」
「ああ、勿論さ」
ならばオレは、彼が全てを話してくれるその時まで彼の前で輝き続けると誓おう。
この輝きが、彼の道を照らしてくれることを信じて。