ワンライ『いちご狩り』(2023/05/10)「ああ、そういえば。手、出してくれ」
特に深い内容もない世間話が一段落し空いた、なんてことない間。
その間で思い出したと言わんばかりのトーンと動作で、彼はポケットから飴を取り出した。
言われた通りに手を差し出すと、透明なビニールに包まれている真っ赤なガラスのようなそれが掌の上に置かれる。
「美味かったから類にもやろう。まだあるから、欲しかったら言うといい!」
突然の供給に呆気にとられてしまったが、ありがたく頂戴し昼食の続きを再開した。
その晩その飴は、演出案を生み出し続けた頭に糖分を運び込んでくれた。
「うん、美味いな。類もどうだ?」
別の日、昼食が食べ終わり片付けも終えたところで声が掛けられる。
声のした方へ視線を向けると、彼は親指と人差し指で摘んだグミを差し出していた。
その細くて力のある指を意識してしまいそうになるのを誤魔化し、その紅いグミを口で受け取る。
その甘さをゆっくりと味わい飲み込むと、再びグミが差し出される。
屈託のない笑顔で差し出されたそれを断る理由もなく、再び口の中へと迎え入れた。
「あっ」
また別の日、フェニックスワンダーランドからの帰り道にて。
少しでも長い間一緒に居たくて、もはやいつもの道と化してしまっている回り道を歩いていた足が突然止まった。
何事かと振り返ると、彼は鞄を開き中を漁っていた。
「すっかり忘れていたが、コンビニで面白いものを見つけてな」
そう告げた彼が手に持っていたのは、よくある瓶の形を模した容器に詰まったラムネだった。
面白いもの……そう告げていた理由は、その容器が水色ではなく桃色であるからだろう。
「今日は、これを食べ終わるまで公園で寄り道していかないか」
二つ返事で答えると、見慣れてしまった公園へと足を踏み入れる。
そして、人目につかないことを理由にいつも使用させて貰っているベンチに辿り着くと、二人で腰掛けた。
一息ついた彼の手によりラムネの容器のビニールが剥がされ、小さな音を立てて蓋が外される。
中から出てきたラムネの色も、白色ではなく薄い桃色に染まっていた。
彼はその粒を口に放り込むと容器を傾けこちらへと差し出すので、慌てて手を差し出す。
重力に従い、いくつかの粒が容器から手のひらへと雪崩込む。
自分は彼の真似をせず一粒だけ指で摘むと、口の中へ放り込んだ。
隠すことなく視線を向け観察してくる彼の様子に、気恥ずかしさが溢れ誤魔化すように咳払いする。
「……なにを、見ているんだい?」
「類は、本当に苺なら食べるのだな……と思ってな」
何も無くなった掌に、再びラムネが補充される。
ふと、先日ファミレスでスイカを使用したデザートを勧められた際に、丁重にお断りした時の事を思い出す。
『スイカはウリ感が強くて苦手なんだ。甘い苺とかなら、まだ食べられるのだけれど』
そういえば、あの飴をくれたのはその翌日では無かっただろうか。
真っ赤な飴、紅いグミ……そして、桃色のラムネ。
「僕が苺味のお菓子を食べるのが、そんなに面白いかい?」
「これまではお前からなんだかんだと押し付けられる事が多かったから、オレが与えた物を美味しそうに食べてくれている姿を見るのが、その……癖になってしまったんだ」
司はわざとらしく咳払いすると、再び鞄を漁り始めた。
またお菓子でも出てくるのだろうかと様子を伺っていると、出てきたのは一枚の紙だった。
「今朝、チラシを配っていたのをつい貰ってしまってな。なんでも、苺をふんだんに使用したスイーツが食べられるらしい。甘さが自慢の苺を使用しているそうだから、今度の休みにでも行かないか?」
「……フフッ、うん。甘さが自慢と聞いてしまっては、食べない訳には行かないかな」
想いを通じ合わせてからは、いつも突発的な寄り道を繰り返しては二人だけの時間を作っていた。
だから、前もって計画を立てた上で何処かへ出かけたことは無い。
「初めてのデート、楽しみだね」
隠すこと無く思った事を伝える。
呆気にとられていた彼の頬は、時間が経つと共に徐々に赤く甘く染っていった。