授業の終了を知らせるチャイムが鳴り響く。
教師が教室を去ったことで始まった昼休憩に、クラスメートは各々の行動を開始した。
司も例に漏れることなく、鞄からペンが挟まっている台本と弁当箱を取り出し教室を後にする。
目的地はもはや昼食を摂る際の定位置となっている屋上だ。
「類、居るか?」
自分もなかなか早いタイミングで教室を出ていると思っているのだが、いつも屋上に辿り着くのは二番目だった。
今日もいつものようにフェンスに寄りかかって座っている彼の元へと足を向けようとし、彼が居ないことに気がつく。
先程彼の教室を覗き、あの目立つ藤色が無いことを確認してから屋上へ来ている。
どこか別に用があって少し遅れているのだろう……一先ず定位置で彼が来るのを待とうと足を進めた時、物音が耳に届いた。
入口からは死角になっているポンプの影に、倒れている人影が見えたので慌てて駆け寄る。
そこに倒れていたのは、藤色の髪をした最愛の恋人だった。
「類!?」
「……ぅ……つかさ、くん……?」
慌てて抱き起こし、額に手を当て体温を測る……熱は、無いようだった。
一安心し様子を確認すると、目の下にくすんだ色が広がっていることに気がつく。
「類、徹夜したな?」
「……え、えっと」
「先週も寝不足で倒れそうになったばかりだろう」
最近は基礎練習も前に比べハードなものになっており、これまで以上に休養が大事になってきている。
それにもかかわらず、類は前と変わらない量の演出案を考え必要な機材を用意してくるのだ。
ショーの為にと力を注いでくれるのは嬉しいが、それで彼が壊れてしまっては元も子もないと言うのに。
「すまない。演出案を纏めるのに没頭してしまって、睡眠時間が確保できなかった」
「……保健室に行くぞ。放課後まで寝ていろ、迎えに行く」
「で、でも……今日は貴重な休みの日だろう」
「言うこと、聞けるな?」
こんな状態で放って置けるわけが無い。
有無を言わせず満足に力が入らない様子の体を背負い、屋上を後にする。
授業をサボらせるのは本当は避けたかったが、この様子では満足に授業も受けられないだろうから大人しく保健室で睡眠を摂らせる方がいいだろう。
昼休憩中だからだろうか、養護教諭は不在だったがベッドは空いているようだったので、奥のベッドに類を寝かせる。
複雑な表情でこちらを見上げていたが、無理矢理布団を被せるとその瞼は重くなっていった。
それでも抗い睡眠を拒否し続けるので、顔を寄せ瞼に口付けする。
「また放課後、な」
手を目元に被せると、程なくして小さな寝息が聞こえてくる。
養護教諭が戻ってくるまで傍にいたいが、屋上に荷物を置いたままだ。
額に口付けし、午後の授業に間に合わせるため保健室を後にした。
―――
「つ、かさ……く……っ」
ソファの背もたれに体を縫い付けられ、降り続ける口付けの雨に身体を震わせる。
先週、暫く徹夜はしないと約束したはずだったというのに、気がついたら日が昇りきっていて。
昼食を司と摂る際に誤魔化すため、朝から屋上で仮眠を摂ることにしたのだが……そのまま昼過ぎまで寝続けてしまった。
放課後宣言通り迎えに来た彼に、保健室から手を引かれるように類のガレージへと連れていかれると、珍しく鞄を放った彼にソファへと縫い付けられた。
謝罪の言葉を述べても、彼は体の至る所に口付けをすることを止めてはくれなくて。
隈の出来た目元から始まり、瞼、額、鼻、頬、首……意図が見えてしまい、もどかしさが募る。
「つかさ、くん……!」
「なんだ」
「……っ、あ、ぅ……」
今、司が何をしているのか、何をさせたいのか……頭では理解しているが、羞恥が行動を阻害する。
続きが無いことをいい事に、指先にも口付けされてしまいその擽ったさに熱の篭った吐息が漏れた。
彼はそのまま擽るように唇を滑らせ、指の間接や付け根も余すことなく口付けし煽ってくる。
溜まった熱を放出するべく目元が熱くなり、涙が溢れ思考が乱されていく。
その涙も唇によって拭われていき、羞恥が熱に溶かされた。
「つ、ぁ……さく……きす、して」
「今、しているだろう?」
「や、だ……くち、ほしい」
「……っ、ああ」
体を縫い付けていた手が離れていき、後頭部に腕が回される。
顎を掴まれ視線が交差したのを合図に瞳を閉じると、唇に待ち望んだ熱が触れる。
嬉しくて、離したくなくて……腕を伸ばししがみつくと、唇の隙間を縫って舌が侵入してくる。
迎え入れた舌に司のそれが絡まり、そのあまりの熱さに脳が融けてしまいそうだった。
「……ぅ、ん……ぁ……」
「ん……ふ、ぅん……」
「ん、ぇ……? ぅ、あ……!」
突然両耳が塞がれ、音が脳内に響いているような錯覚に陥る。
直接的に届く音に呑まれ思考する力を失い、ただ目の前に縋り付くことしか出来なくなってしまった。
やがて酸素がなくなり唇が開放されるまで、与えられた熱を受け止め続けた。
「はっ……はっ……」
「……はっ、あ……」
閉鎖された空間に、二人分の呼吸音が響き渡る。
呼吸が落ち着いても体を動かす気になれずに脱力していると、いつの間にか湿ったタオルを用意していた司に顔を拭われる。
火照った体に冷たいタオルは心地が良く、寝不足も相俟って眠気が襲ってくる。
「寝ていいぞ」
「……ん、ぅ……」
「片付けたらオレも帰る。また明日からハードな練習が待っているだろう? だから、類が今しなくてはならないのは、ここでしっかりと休む事だ」
力の入らない体は、簡単にソファへと横たわらされる。
唇に感じた温かい感触を最後に、意識を手放した。