ワンライ『なんでもない日』『研究』(2023/05/24) 想いを通わせ晴れて恋人という関係になってから数日経ったある日から、類の様子に違和感を感じるようになった。
ある日の朝、登校していた時後ろから声を掛けられたので振り返ると、こちらへ駆け寄っていた類はその動きを止めた。突然立ち止まった様子に体調が悪いのかと駆け寄ると、彼は何事も無かったかのように学校へ向けて駆けて行ってしまった。
ある時は、類に披露された演出案を次の演目に活かせないかと談義していると、突然黙り込み上の空になっていたり。
またある時は、手相占いをするから手を出すように言われ、差し出した手に沢山触ってきたかと思うとイマイチ的の得ない事を言って終わらせたり。
どこか、求められた事と目的が違う様なことがしばしば繰り返されていた。
最初は、まだこの関係に慣れていない彼が少しずつスキンシップを図ろうとしてくれているのだろうと思っていたのだが。
「類。オレに、何か伝えたいことでもあるのか?」
本当はオレ自身が気付いてやるべきなのだろうが、悔しい事に皆目見当もつかない。
彼の重荷にだけはなりたくない、帰り道に恥を忍んで直接聞き出す事にした。
「……急に、どうしたんだい?」
至って普段通りのトーンで返されたが、類の顔が僅かに強ばったのを見逃さなかった。
聞き方は合っているか確信が持てないが、何かを隠している事は確かだろう。
言葉勝負では彼には勝てないのだから、行動で示していくしかない。
彼の手を掴み、両手で包み込む。
「最近、類の方から何かしようとしてくれているだろう?腑甲斐無いが、オレはお前の考えている事がまだわからない。だから、言葉で伝えて欲しいんだ」
身長の都合で見上げる形になる類の瞳を捕まえる。
やがてその瞳には逃げられてしまったが、手が振り払われることはなかった。
「……笑わないかい」
「む、オレがお前の事を笑うような奴だと思っているのか? 笑わないに決まっているだろう」
再び交差した視線を逸らすことなく告げると、類は深く息を吐き出し口を開いた。
―――
彼のどこまでも響き渡る声が好きだ。
彼の光り輝く星のような髪か好きだ。
彼の太陽のような暖かい瞳が好きだ。
彼の寂しさを忘れさせる熱が好きだ。
声が聞きたいと思ったらその髪の眩しさに見惚れてしまった。
瞳が覗きたいと思ったら暖かい熱が欲しいと願ってしまった。
手を繋ぐにはまだ早いだろうか、その前に人目の無い場所を確保すべきだろうか。
触れるくらいなら平気だろうか、それとも不快に思われてしまうだろうか。
もっと、名前を呼んで、こっちを見て。
足りない、もっと、熱で包み込んで欲しい。
「――司くんは、あまりそういうことに興味は無いのだろうと、思ってね」
自分が司に抱いていた感情を伝える。
彼の重荷にだけはなりたくなかったからずっと隠しておきたかったのだが、このままでは誤解を招いてしまうかもしれない。
彼は何も悪くは無いのだから。
「だから、どうにか司くんの負担にならないように許容範囲を調べさせてもらっていたのさ。何も謝ることは無いよ」
「……興味が無い、わけが無いだろう!」
突然声を上げた司に腕を引っ張られる。
思わず躓きそうになるのを堪えはしたが、体はその腕の中へ閉じ込められた。
「つ、司くん! ここは人通りが少ないとはいえ、外だよ!」
抵抗を示すと、不安定な体勢で満足な抵抗が出来ないまま裏路地へと引っ張られる。
大人しく引きずられていると、路地をのぞき込まれない限り見られることは無い所で体が解放された。
司にしては強引な行動に怒らせてしまったかと身構えていると、今度は真正面から距離を詰められる。
背伸びして腕を伸ばしてきた彼の為に体を少し屈めると、体は再び彼の腕に包み込まれた。
「すまない、強引だった。怪我は無いか」
「う、うん……大丈夫だよ」
耳元だから聞こえた程のか細く震えた声で述べられた謝罪に、思わず言葉が詰まった。
きっと彼自身、己の行動に混乱しているのだろう。
自分の早合点のせいで、司にこのような行動を取らせてしまうとは……全く考えに至らなかった。
「すまない、司くん。僕が君に確認を取らなかったせいで……君を傷つけてしまった」
「謝るのは此方の方だ。オレも、まだ早いと勝手に決めつけ行動を先送りにしていた」
司と恋人になって、数日が経過して。
意図的に二人で行動する事は増えたけれど、変わったことはそれくらいで。
一度だけ、寝不足を起こしてしまった時にすぐ寝付けるよう抱き締めてくれた時のあの体温が、忘れられなくて。
「もっと、抱き締めたい」
「ああ」
「もっと、手を繋ぎたい」
「ああ」
「もっと……熱を、分かち合いたい」
「……ああ」
今日まで互いに我慢していた分を埋めるような、長い長い無言の抱擁。
突然響いた端末からの振動に、その繋がりは一時的に解かれてしまった。
夕飯の有無を確認する親からの通知に、外を歩くには危険な時間に足を踏み入れていたことに気がつく。
「時間切れ、だね」
「名残惜しいが……また、明日も会える」
調子を取り戻した様子で発される声と共に差し出された手に、自らの手を重ねる。
初めての手繋ぎを堪能するようにゆっくりと、しかし家族を心配させない為に真っ直ぐに、僕達は路地裏を後にした。