ワンライ『梅雨』(2023/06/14) トン、トン、トトン……ガレージの屋根が不規則な旋律を奏で始める。
この時期は外で作業する機会がほとんど無くなってしまうが、この音をBGMに作業するのも嫌いではなかった。
長時間集中してしまったせいか少し固まってしまった体を解すべく立ち上がる。
背を伸ばしたり屈伸をしたりと体を動かしていると、部屋の中央が少し湿っている事に気がつく。
「……おや」
恐る恐る見上げた天井から、水が滴っているのは見るまでもなく。
まさかガレージが雨漏りするなんて……呆然と天井を見上げていることしか出来なかった。
「――いやあ、すまなかったね。手伝わせてしまって」
「いや、別に構わないのだが……お前が呆然と立ち尽くしているから何事かと思ったぞ……」
元々資料の確認をする為に約束をしていた司がガレージに訪れるその時まで、何も出来ないまま時間を過ごしてしまった。
声をかけられ体を揺すられ思考を戻されると、まずは雨漏りした場所からものを退ける作業が始まった。
とても資料の読み合わせをしている場合では無い……今日はもう帰ってもらおうと断ろうとしたが、彼の方から手伝いを申し出されてしまい断り切れなかった。
幸い中央には濡れても大丈夫なものしか無かったため、特に大きな問題は無いまま部屋の中央ではバケツの中に水が滴り続けている。
「類」
「……なにかな。親には状態を伝えて業者の人を呼んでもらったから、もう大丈夫だとおもうけれど」
「わかっているじゃないか。片付けるぞ」
「人の話を聞いて欲しいな」
「お前の部屋で怪我人が出てもいいのか?」
「うっ……」
ガレージで雨漏りが起きてしまったということは、業者が雨漏りを直す為にガレージへと足を踏み入れるだろう。
部屋の中央にはバケツ以外のものは無いとはいえ、まだ部屋の至る所にものが散らかっているままだった。
「ほら、モタモタしてると業者が来てしまうぞ」
「……わかったよ」
散らばっている紙の束を一纏めにしながら催促され、渋々体を動かす。
目に付いた、床に散らばっている部品を拾い上げると適当な箱へと戻していく。
こうなったのは自分のせいなのは分かっているはずなのだが、どうしたらこんなに床に部品が散らばるのか理解出来なかった。
司が紙を纏めてくれているのを横目に見ながら、作りかけの機械を隅に退けていく。
これらの機械を収納出来る棚でも作ってしまおうか……思考に浸りそうになり頭を振り意識を部屋に戻すと、ショーの小道具を拾い集める。
(最近は、これらの道具を披露することも少なくなってしまった)
ゲリラショーをしながら警備員から逃げ続けていた日々からは考えられない程に、今は充実した日々を過ごしている。
孤独は悪いものでは無いなんて言っていた昔の自分が嘘のように、彼らとのショーが大事なものになっていて。
しかし自分とは違い、己の夢のために別れを厭わず進み続けようとする彼らの眩しさを邪魔する訳には行かなかった。
「類?」
「っ、すまない。少し呆けてしまった」
「ずっと、大切にしているんだな。目立った傷もない、綺麗な状態だ」
「……そうだね。彼らが居たから、僕は皆に会うことが出来た」
紙を纏め終わったのかクラブを拾っていた司が背に立っていたのでクラブを受け取り、拾ったものを纏めて道具箱へ入れる。
視線を戻すと、数分前の散らかり具合が嘘のように綺麗になったガレージの姿が目に入った。
一安心しソファへ腰掛けると、どっと疲れが押し寄せてきたような感覚に陥り溜息が漏れる。
「ふぅ……」
「疲れたと思うのなら、日々の片付けをだな……」
「……気が向いたらね」
やれやれと溜息をついた司が隣に腰を下ろした。
雨足が強くなっているのか、屋根からは大きな音が奏でられ水は絶えず滴り続けている。
この時期は雨漏りが多いのだろうか、まだ業者が来るまで大分時間がある。
資料の確認を始めてしまったらこの片付けの意味が無かったことになってしまうだろう……手持ち無沙汰で天井から滴る水を眺めていると、なんだか視界が騒がしい。
そっと隣に視線を投げると、慌しく彷徨っていた視線とぶつかってしまう。
その宙に浮いた手に引き寄せられるように体を倒し、その肩に頭を乗せる。
「別に、良かったのだけれど」
「う、む。突然過ぎて類を困らせるのでは無いかと……」
彼はいつも、同意を取ろうとする。
司に齎されるもので嫌なことなんて無いと言うのに、万が一があってはと確認を怠らない。
多少強引でもいいから彼の好きなようにして欲しいと思うこともあるけれど。
「……どんな時も僕を気に掛けてくれる司くんが好きだよ」
「ん、何か言ったか? 雨が煩くてよく聞き取れん」
「ううん。なんでもないよ」
返答に怪訝そうな顔をしながらも、一先ず納得したのか追求されることは無かった。
彼の頭が自分の頭に重なり、体の間に放っていた手がゆっくりと繋がれる。
指と指が絡み合い繋がれた手や寄りかかった体から伝わる体温に身を預け、片付けの疲労からか重くなっていた瞼を閉じた。
――数時間後、突如鳴り響くチャイムに二人は叩き起され、修理の間は落ち着かない様子で部屋の隅を整理することになったのは、また別の話。