ワンライ『我慢』(2023/06/28)「眠そうだね」
大きく口を上げ欠伸を漏らした司に問いかける。
彼としてはあまり見られたくなかったのか、眉間に皺が集まった。
「やりたい事を考えていたら、少々夜更かしをしてしまってな」
「休眠を大切にする司くんが、珍しいね」
「様々な事に挑戦しているから、有難いことに時間がいくつあっても足りない。これが嬉しい悲鳴というやつだな!」
忙しさも糧となっているかのように、本当に嬉しそうに話す彼の笑顔が眩しくみえる。
自分の体を大切にしつつ、今出来ることを只管に挑戦し続ける彼は本当に素晴らしい。
「そういえば、この前話していた新たな装置の試運転はいつ行うんだ?」
「……ああ。まだ調整がしたいから、もう少し後にさせて貰ってもいいかな」
「構わないぞ!」
一見危険そうに判断されてしまう事も、信じて委ねてくれるのはやっぱりこそばゆい。
新作を楽しみにしてくれている様子を眺めながら、昼食のパンを口に放り込んだ。
(……困ったね)
一日が終わり、帰宅したガレージで装置を鞄から取りだしながら思案する。
本当は、今日の放課後に試運転を提案しようとしていた筈なのに。
咄嗟に出てしまった返答に内心驚きながら、何事も無いように昼食を口に運ぶことしか出来なかった。
司に使用してもらった方がデータは早く集まるし、何より第三者の意見を聞くことが出来る。
遅くても月が変わった頃には、この装置を使用した練習を開始したいと思っていた筈で。
(予定より作業量を増やして、安全性を確かめていくとしようか)
別に自分一人で出来ない作業では無い。
作業効率は少し落ちるが、今更頼み直す程ではないと判断した。
―――
「類、最近寝ているのか?」
「そうだねえ。全く寝ていないことは無いと思うよ」
昼食を摂るために会ったその顔の目元には、薄らと隈が出来ていた。
問いかけるが、類は隠す事を諦めている変わりに睡眠時間をはぐらかしてくる。
「この前、新たな装置の調整がどうとか言っていただろう。その関係か?」
「……そうだね。なかなか納得のいく調整が出来ていないんだ」
「お前が何に躓いているのかは分からないが、試運転くらいならオレにも手伝えるだろう。なんなら今日の放課後――」
「――駄目」
提案が食い気味に拒否され思わず顔を上げると、彼は口元に手を当て固まっていた。
自分でも何をしたのかわかっていないような反応をしている状態で、放っておく事など出来なかった。
「オレなら大丈夫だ。最近は頗る健康だからな」
「……でも」
「今日の放課後、お前の家に行く」
強引にでも確かめないと、問題を解決することは出来なさそうだった。
最初は困ったように黙り込んでいた類は、やがて小さく首を縦に動かした。
――放課後。
乗り気ではなさそうな表情を浮かべた彼を引き摺り辿り着いたガレージは、乱雑きわまっていた。
装置のデータを纏めたと思われる用紙が床に散りばめられており、油断したらすぐにでも転倒してしまいそうな程で……彼が怪我をした様子が無さそうなのだけが不幸中の幸いといった所だろうか。
「類、何故オレに試運転を頼まなかった?」
「それはまだ、調整が……」
「……オレには、調整はとっくに済んでいるように見えるのだが」
危険なのですぐに近付くことは出来ないが、床に置かれている靴のようなモノがあることに気がつき確信する。
靴とわかるほどに形は出来ており、何より調整のための部品が散らばっている様子がない。
装置を調整している状態と言うよりは、調整の終えた装置をテストしている状態にしか見えなかった。
「……僕にも、よくわからなくてね。あの日、本当は君に試運転の手伝いをしてもらおうと思っていたんだ」
「何? あの時はまだ調整したいと言っていなかったか」
「何故か、君に手伝ってもらってはダメだと思ったんだよ」
あの日……どんなことがあったかを思い出す。
頭が重く感じ夜更かしした事を少しだけ後悔していて。
類に気付かれてしまい、不甲斐ない思いをした。
その時に、彼にはなんと返答したのだったか。
「夜更かししてしまうほどに忙しいと思ったから、オレに頼む事を止めたのではないか?」
時間が足りない原因に、彼は関係ない。
それでも普段と違う状態で告げてしまった内容が、彼を押さえつけてしまったようだ。
思い立ったことをそのまま告げると、どうやら彼の中でも合点がいったようで苦笑していた。
指摘してもまるで意味がわかっていない表情をしていた頃に比べれば、マシになった方なのだろうが。
「オレはお前の手伝いが、無駄な時間だと思ったことは無い。寧ろ、大切に思っている」
「……うん」
「だから、オレに手伝わせて欲しい」
くどいと思われるかもしれなくても、何度でも伝えたかった。
彼が無意識に自分を誤魔化してしまう事が、無くなっていくように。
「……こちらこそ、お願いするよ」
「ああ、任せておけ!」
ようやく笑顔を浮かべてくれた類は、器用に用紙を避けながら装置の元へと行ってしまう。
すぐに追いかけたいが怪我をするわけにもいかないので、慎重に用紙を拾い上げながら後を追った。