朝一番に見えるもの 春眠暁を覚えず、とはいえ、もう初夏だ。カーテンから漏れる朝の光が眩しい。少し乱暴なくらいだ。スマートフォンを掴み時間を確認する。午前九時だ。よく寝た。隣にいる尾形はまだ寝ているのか、呼び掛けてみると向けられていた背中が動いてこちらに向き直る。
鎖骨あたりに三つ、昨夜の情事の痕が残っていて見つめてしまう。色がレンゲソウや木苺みたいだ。こうやって綺麗に簡単につくから、ついつけたくなる。これでセックスをしたのは三回目で、昨日も俺から誘った。
はよ。
ん。
朝の尾形はいつにも増して気怠そうに見える。仰向けになると尻をずらして隣り合う身体が触れるくらいに近付いてきて、肩と肩とがぶつかる。外は天気が良いし、今日はこれから尾形と何をして過ごそうか。ぼんやり考えながら頭の下に手のひらを差し込み、寝室の蛍光灯のシーリングライトを見上げた。
LEDではなく蛍光灯だ。白い半透明のフラットな丸いシーリングライトで中に大小の丸型蛍光灯と豆電球が入っていて、光量が三段階に変更できる定番中の定番の形だ。今は橙色の光をした豆電球だけが点いている。尾形が昨夜つけておいてくれと頼んできて、その小さな光だけ点けてセックスをして眠った。子供の頃からそうやって寝ているから真っ暗闇の中では寝られないらしい。子供の頃の尾形はどんな感じだったんだろう。髭も頬に縫合痕もない、髪型も今とは違う小さな幼い尾形。
尾形ん家の寝室の照明もこんな感じ?
だいたいこんな感じだな。
俺、まだお前ん家に上げて貰った事ない。
そうだな。
上げてくれねえの?
この部屋でじゃ駄目なのか。
お前の部屋にも行ってみたい。
なんか、嫌だな。
そう云うと思ってた。
腕を頭上に伸ばす。ぱきっと腕の関節が気持ち良く鳴り、その代わり勢い好く壁に拳がぶつかって痛かった。照明を見つめたまま会話を続ける。
なんか、これ、あれに見えてきた。尾形はこれ何に見える?
これって照明のことを云っているのか?
そう、俺ね、あれに見える。なあ、せーので云わね? せーのっ。
目玉焼き。
おっぱい。
お前、何て言った?
お前、何て云った?
声が揃い、首を動かして顔を見合わせた。
卵の黄身に見える。
俺は思い出してまた抱きたくなった。
て俺の乳首はあんな色じゃねえだろ。
尾形が間抜けな感想を呟く。
じゃ、どんな色だっけ?
尾形の方を向くように横寝をして片肘を立てて頬杖をつくと、馬鹿な会話をしていると尾形が視線だけで伝えてきて溜め息もつく。
あれはどう見ても目玉焼きの色だろ。腹が減った、杉元、飯にしろ。
そうか? まあるくて白くてぽつんと明るい小さな丸があって、尾形の胸だろ。あー、俺、これから朝がくる度にこうして目を開くとあれが見えて、それでその度にお前の事を思い出しちゃうのかな。
勝手に思い出してろ。
俺、今まで言ってなかったけど、お前の事、好きだよ。
今この照明の流れで云われたくなかった。
でも、これくらい力を抜いて言える仲の方が良いだろ?
良いか?
返事しろよ、お前も。
なんか、嫌だな。
嫌なのは俺? シチュエーション?
シチュエーション。あーあ。馬鹿だな。なんでこんなのに許したんだろ。これから照明を見る度に目玉焼きを見る度にこのやりとりを思い出すんだろ、最悪だな。
やり直した方が良い?
出来ることなら。
水族館とかどう?
そっちの方が全然ましだな。
じゃあ今日行くか。
行くか。今の上書きが出来りゃあ良いけど。
出来ねえだろうなあ。
そうだろうな。
朝飯に目玉焼き焼いてやろっか。
止めろ、卵焼きにしろ。駄目だ、笑えてきた、泣きそう。
尾形が枕に顔を押し付けて、ふふふふ、と肩を揺らし出す。くぐもった声で枕が杉元臭いと云ってはまた笑う。
尾形、今どんな顔してるのか見せて。
肩を掴んで揺らすと蹴られた。
お前、沢庵を食いながらプロポーズとかするタイプだろ。味噌汁啜りながらとか、バスの中でとか、家を出る前にとかに大切なことを云うタイプだろ。
駄目なの?
こんな筈じゃなかった。
尾形が溜め息をつく。伸ばしている頭頂部の髪はくしゃくしゃで耳が赤い。たぶん、顔はもっと赤い。嬉しい時、尾形は俺に顔を見せてくれない。そこも好きだ。