○○しないと出られない部屋「…………さま……ろ……」
声が聞こえる。しってるこえだ。耳心地のいい、安心できる声。身体を抱えられてる。体温があったかい。でも揺すられてる……。おきなきゃ……。瞼が……おもたい。うっすらとだけ目が開く。
「おにわかがみえる……」
「ったく、のんきだなあんた……。おはよう、主様」
「ねむ、い……」
「おい寝るな」
ぺちぺちと優しく頬を叩かれる。どうやら夢ではないみたい。オニワカのお部屋にお泊りしてたっけ……?いや寮で寝た気が……。隠れ家だっけ……?うまく目が開かない……。眠……。
「、つめた……」
「おら、気持ちよく寝てるところ悪いが、事態が事態だ。起きてくれ主様」
ひんやりとした何かで優しく顔をぬぐわれる。目元をぬぐわれるとさっぱりして、やっと頭が動き出した。やたら安心できると思ったら、どうやら胡坐をかいたオニワカの腕の中にすっぽり収まっていたようだ。オニワカはこちらを見下ろしながら、かいがいしく濡らしたハンカチで顔を拭いてくれている。
「おはよう、朝ごはん何?」
「……今度こそ起きたよな?寝ぼけてるわけじゃねぇな?」
「起きてるよ」
オニワカに訝しげに見られたものだからそう答えたのに、今度は不服そうな表情に変わった。「主様よォ……」といつものお小言が飛んできそうな気配があったので、オニワカから視線を逸らす。まず白い壁と床が目に入った。部屋の中みたいだ。天井も白い。広さは5畳ぐらいだろうか。家具は……ちゃぶ台と座布団が二つ。簡易的なキッチンがある。水源確保だ。あとは、炊飯器……。
「知らない部屋だ」
「……マイペースなことで……閉鎖領域内だぜ、ここ」
「まじ?」
「マジ」
「ほんとだ……」
神器も普通に出た。アプリでも今いるところが閉鎖領域が表示されていて、私とオニワカの名もある。ただ敵の名前などの表示が一切ない。敵の権能によって閉鎖領域内の中に展開された領域ってことだろうか。だとしたらすぐ近くではなくとも遠からず敵がいるっていうことか。
「そんで主様、あれ見てろ」
「【目の前にいる相手とご飯食べないと出られない部屋】」
やたら厳重そうなドアの上に貼られた紙には、手書きの文字でそう書かれていた。やっぱり空間とか領域作る系の権能なのか。相手に何らかの条件を課して、それをこなさないと出れない部屋ねぇ。代償とかなしにぽんぽん作れるんだったら厄介極まりない権能だなぁ。というか私とオニワカを二人閉じ込めてまでさせたいことがそれなのか。
「ドアに壁、床、天井、攻撃はしてみたが一切ダメージが通らねぇ。ドア自体も鍵穴もねぇし、この部屋にそれ以外の出口はねぇ」
「一緒にご飯食べるしかないみたいだねぇ」
「主様はここに来る前何してたか覚えてっか?」
「うーん?うーん、多分寮で寝てたかなぁ」
「……俺の主様の寝込みを襲うたァ生かしておけねぇな」
不穏な発言と共にわずかに強まる抱きしめる力。油断していたわけでもないと思いたいが、ここ最近あまりにも奇襲が多かったから窓の修理が追い付かなくてぶち割られたままだったんだよなぁ。セキュリティは明らかにがばがばだった。心配かけそうだから黙っておこう。次は普通のところじゃなくてクラフターズに頼んで窓に光線銃でもつけてもらおうかなぁ。いやでも普通に遊びに来てくれる人たちに危険な思いさせるわけにはいかないし……。光線銃を上回る義体で来られるのも厄介だしな……。
「……おい聞いてるか?主様よ」
「ああごめんね、考え事してた。それでどうする?ご飯食べる?」
そういうとオニワカはむっつり黙り込んでしまった。とはいえオニワカが先述した通り攻撃の類は一切通用せずこの部屋からの脱出は私たちに課せられたあれをクリアする他なさそうだ。とはいえ敵の術中であるのも明らかで。私たちは後手に回っている。これをクリアしたとて出られる保証もないし、さらに厄介なことを求められる可能性も否定できない。あとはざっと見た限り監視カメラの類はなさそうに思えるが、それにしたって敵の監視下にはあるだろう。
「毒とか薬の類が盛られてても離断は出来ると思うよ?」
「……あんたは怖くねぇのか」
「全然。だってオニワカがいるもの。独りじゃないし」
オニワカは少し目を見開いて私を見る。
「独りだったらこうはいかないよ。オニワカがいるから、オニワカと一緒だから大丈夫だって思える。後は突っ走りがちらしい私の手綱を握って離さないでくれるのもオニワカだし?ふふ」
「はっ、流石は俺の主様だぜ。まったく頼もしいったらねぇぜ」
「オニワカの頼もしさには負けるよ」
「まあ……安心しろ、主2様よ。あんたを決して、死なせはしねぇ」
「うん、ありがとう」
大きな手が私の頬を撫でる。厚い胸板に顔を寄せれば心臓の鼓動が聞こえる。力強くて、根強い音だ。この腕の中が最も安心できる場所なのだと知らしめるように。
・
「ごちそうさまでした」
「おう、お粗末様だぜ」
食事の挨拶を終えると、ドアからガチャと音がした。どうやらクリアできたらしい。
「はー、やっと解除されたみてぇだな」
「よかったよかった」
用意されていた”ご飯”がまさか生米でこんなところでご飯炊くことになるとは思いもしなかったけど。オニワカは俺がやると言ってきかないので私は隣で応援してただけだけども……。まあ見知らぬ誰かの手作りの料理じゃなかったから毒とか薬物の心配がガクっと下がったし、オニワカが炊いたご飯はおいしかった。ただ思ったよりもこの部屋に長いするはめにもなったわけで。立ち上がって伸びをする。
ふと空になったご飯茶碗が目に入る。洗い物とかした方がいいのかなこれ。でも出られるようになったわけだし悠長だろうか……。などと考えていたらオニワカが器と箸を回収し、そのまま流し台へと持って行った。大きな背中で見えないが流水音が聞こえるので、食器を洗っているのだろう。習慣化されてるからこんな状況でも身体が動くんだなぁ流石だ。私も見習わなければ。
「……うし。て、何見てんだよ主様」
「いや、オニワカは良い旦那さんになりそうだなぁとおもって」
「……はー、ったく主様はよ……まあいい。ドアは俺が開けるから、後ろに下がってくれ」
「はーい」
右腕で私を庇いながら、オニワカはゆっくりドアをあけた。
・
そしてそこに広がっていたのはお風呂場だった。
「は?」
「……あー、まぁ、お外に出られる保証はなかったもんねぇ」
お湯が張られた浴槽と換気扇しかない、これまた白で統一された浴室。ガラスでできたドアの向こうに浴室と同じ程度の広さの脱衣所があった。脱衣所の方にさっきまでの部屋と同じような厳重なドア。そして【目の前の相手と一緒にお風呂に入らないと出られない部屋 ※着衣不可・タオル可】とこれまた手書きで書かれた紙が貼ってあるのが見えた。……注意事項まで書いて必死だなぁ。
「……………ふざけた野郎だぜ」
「目的が不明瞭な時点でだいぶ変な人ではあるね」
「いや、そういうことじゃ」
「なんだろうあれかな、オニワカの事好きな人なのかな」
「はァ?俺な訳はねぇだろ、それでいうなら主様を……」
「私?」
「……いや、なんでもねぇ」
そう言って険しい顔でまた黙り込んでしまったオニワカ。オニワカかっこいいし強いし、オニワカの事好きな人たくさんいそうなのになぁ。ん、でもそしたら私も一緒に閉じ込める必要ないな。動悸がまるで分らない。辱めたい感じとも違う気がするし、甚振りたいわけでもなさそう。それと真逆だし。わかっているこは考えたって埒は明かないということだけだ。
「お風呂入る?」
「ばっ、何言ってんのかわかってんのか、主様」
「うん。着衣はダメらしいけど、タオルして入っていいみたいだし……。監視されてる可能性高いけどまだ恥ずかしさが軽減されるし……」
「いやそういうことじゃなくてだな!?クソッ、いやそれもそうなんだが!」
「うん?…………あぁお風呂一緒いや?」
「いっっっ、やな、わけじゃねぇが……」
突如として百面相を始めてしまったオニワカ。なんだろ、他に考えられること……。
「あ、シャワーないからお風呂入る前に身体洗えないね?」
「いやそれでは絶対に違くてだな……あぁもういい!入るぞ!風呂!」
何故か怒ったような、やけになったようなオニワカに、滑って怪我するからと確保されて、脱衣所に連行されるのであった。
・
「よし、終わったぞ主様」
「……ん、ありがとう」
ドライヤーのスイッチを切って、鏡越しに満足げに頷くオニワカ。ありがたいけど申し訳ない。だいぶ時間くってしまった。監視下にある状況で流石に服を脱ぐわけにはいかないからと、オニワカのパーカーを借りてプール学習の着替え方したから時間かかったし……。【芯まであったまれ】とか厚かましい要求が課されてなかったらもっと早く出られたかもしれないし……。さすがに髪はタオルで拭くだけでいいかと思ったけど当然のようにオニワカがやってくれた。そんでもって人に髪の毛乾かしてもらうってすごく気持ちいいんだな……。すっごい眠くなってきちゃったし……。
「眠いのか、主様」
「うん……ちょっと……でも起きてるよ……」
「飯食って風呂入れば眠くならぁな、寝かしてやりてぇが我慢してくれ」
「うん……」
「ほんとに眠そうだな、抱っこしてやろうか?」
「ううん……それされたら寝るからあるく……でも手つないでほしい」
「お安い御用だぜ」
オニワカは少し笑って、優しく私の手を握ってくれた。大きな手だ。私の手なんてすっぽり覆い隠されちゃう。そんでもってごつごつしててすごく男らしい。小さな頃から鍛えてきて、武器を握り、戦って生き抜いてきたのだから当然と言えば当然か。でも、オニワカはいつだって割れ物を触るみたいに、やさしく触れてくれる。オニワカの手、すきだなぁ。
「主様、ドア開けるからよ。さっきみたいに俺の後ろにいてくれ。そんでちゃんと見ててくれ」
「うん、みてる」
頑張って閉じかけた瞼をあげる。オニワカはそんな私を優しく見つめてから、ドアを開いた。
・
そしてたどり着いたのは寝室だった。大きなベットが一つだけただおいてある。この部屋にはあの厳重そうなドアがない。ただあの手書きの紙は貼ってあった。
「【目の前にいる相手と眠らないと出られない部屋】、か」
「しかしこの部屋、ドアがねぇ。出す気はねぇのか?……ここにきて殺す気にでもなりやがったか?」
「ん……眠るっていう行為が鍵なのかも……この部屋にドアがない、なら、ここが最後のへやで、おそとにでられるんじゃないかな……」
「……本格的に眠そうだな主2様よ」
どんどん押し寄せてくる眠気に頭がぼやけてくる。思えばこの部屋に来る前、寝てたなわたし……。ご飯食べてお風呂入ったものだから眠たさが加速している……。自分でも何を言っているのかよくわからなくなってくる。
「仕方ねぇ、寝るか」
「ん……、いいの?」
「ここまで来ちまったわけだし腹ァくくるぜ」
・
「ん…………」
少しだけ意識が浮上した。自然と目が開く。割れた窓から月の光が差し込んで、ぼんやりと部屋を照らしている。そして次に飛び込んできたのは黒いジャガーのぬいぐるみ。
「てす……てすかとりぽか……」
「起きたかね!我がきょうだい!!!」
「声でっっか……」
目覚ましとしては最適だ。今は夜なので騒音以外のなにものでもない。隣から抗議の壁ドンは聞こえてこない。時計が見える。2時だ。夜の2時。みんな寝ているのだろう。助かった。
「なに……なんでいるの……」
「なにとは決まっている。君と闘争するためにだ!」
「丑三つ時にくることないじゃん……。……?テスカそれどうしたの」
よくよく見れば縄でぐるぐる巻きにされている。さっきから寝ころんだまましゃべってたのはそのせいか。起き上がれないんだ自分で……。
「生暖かい目で見てないで取ってくれないかねきょうだい、君の従者がやっていったのだよ」
「オニワカ……?」
「あぁそうだ。というか君ィ、一体どこに行ってたのだね?」
じっと探るように私を見る翡翠の瞳。なんだかキラキラしてるように見える。あれかな……ネコ科だから目が光るのかな……。それともライトでも搭載してるのかな……。
「むっ、君何か余計な事を考えているね?質問に答えたまえ!」
「悪用されそうだからテスカには言わない」
「なにを~~~う?」
「オニワカは何か言ってなかった?」
「あぁ、そう。言伝を頼まれたのであった。【野暮用があるから傍にはいれないが、あったかくして寝ろ】とのことだ。まったく君の従者とやらは相変わらず過保護であるね」
あれは夢ではなかった。そしてお互いに五体満足で帰れたようだ。野暮用か。まあオニワカがいうのならそうなのだろう。伝言頼むためにとどまってほしかったのもありそうだが、テスカを縛ったのは窓の惨状をみた理由の方がでかそうだな。あとで私も怒られる気がする。黙っていたから。
「何を考えているのだね?きょうだい」
「うん?テスカが連日連夜と窓をぶち割っていくからあったかくも何もできないなと思って」
「それは彼にも言われたね。まあ善処するよ」
「そこはしないって言って欲しいけど、まぁテスカトリポカだから仕方ないか」
「おや分かっているね?では戦争だ!」
「しないよ」
「むう」
すぐいじけたような表情を浮かべるテスカトリポカ。コロコロ表情が変わる。子供のような無邪気さだ。ただ、これを機にぬいぐるみから刃でも飛び出るようにしてみるかね……なんて物騒なことを思案しているので可愛らしいと評することはできないのだが。ベッドから降りず横着したまま、床に寝ころぶテスカトリポカに手を伸ばす。触れてみて気づいたが縄はそんなに頑丈には縛られていなかった。彼が暴れればたやすく解けそうなほど緩い。オニワカらしい。そしてテスカトリポカも律儀に縛られたままでいたようだ。気まぐれか、それともほんのちょっぴりでも申し訳なさを感じていたのだろうか。どっちにしたって面白い。思わず笑みがこぼれた。
「テスカトリポカ、寝るのに付き合って」
「君はよく眠るねぇ?」
「ふふ、成長期だもの」
ぽんぽんと枕の横をたたけばぴょいとテスカトリポカは飛び乗った。その反動でベッドが少し沈む。そういえば見た目に反してかなり重いんだったか。頼もしさがちょっぴりアップした。一人で眠るのは、ほんの少し怖かった。春先の、まだ少し冷えた風が割れた窓から流れ込んでくる。テスカトリポカを抱き寄せて布団をかぶる。明日起きたら、オニワカに会いに行こう……。腕の中のぬくもりに縋りながら、再び目を閉じた。