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    唐桃日和

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    唐桃日和

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    閲覧頂きありがとうございます!

    ○以下注意事項
    ・捏造設定あり
    ・ズ!瀬名泉甘い言葉1バレあり
    ・時間軸はSSF後あたり
    ・友情出演▶︎他Knightsメンバー&テンション院英智さん
    ・当社比糖度程よく高め
    ・誤字脱字はそっと流してください

    この度はあんず島初参加で不慣れですが、どうぞよろしくお願いいたします!
    ではお楽しみ頂ければ幸いに存じます。

    #星とあんずの幻想曲3
    fantasyOfStarsAndAnzu3
    #いずあん
    aDesign

    落杏流水何故、私はここにいるのだろう。

    目が覚めると、知らない……いや、先日までは知らなかった天井、見慣れない部屋。朦朧とした意識の中で寝返りを打ってみれば目の前には自分の顔には一億の価値があるのだと宣う、転校してからお世話になっている嫌味な先輩。…の眠り顔。
    すぅすぅと小さく寝息を立てながら、一億の顔はこちらの存在など忘れたかのように安眠していた。

    事の発端はどこだっただろうか。

    「えっ、フィレンツェ、ですか」
    「うん。よろしく頼んだよ」

    美しく儚げに微笑む天使の顔をした皇帝は、有無を言わさない圧力をかけながら唐突にそう言った。
    しかし、彼女、あんずは一年もこの圧力を受けていれば多少慣れも出てくるようで。
    もちろん、仕事を断るという選択肢などない彼女は、YESと答える気ではあるが海外なのだ。戸惑いを隠せないあんずをさすがに気の毒に思ったのか、苦笑しながら一言謝罪して内容を教えた。

    「以前、SSFに行っただろう?そこにKnightsを気に入ってくれたプロデューサーがいてね。その人が今ちょうどフィレンツェにいるらしく、ぜひフィレンツェでも、とソロでの出演依頼がきたんだよ」
    「ソロで…ですか」

    SSF、それは夏に行われた海外のフェスであるサニーサイドフェスティバルである。そこになんやかんやありKnightsが出演したのはいい思い出だ。あんずも、遅れてしまいつつも当日までには参加したが、月永レオを筆頭に皆楽しそうでとてもいいステージだった。
    閑話休題。
    今回依頼がきた彼、瀬名泉が現在フィレンツェにいるので出演依頼がくるのは妥当だろう。しかしKnightsで、というわけでもなくレオと共演でもないというのに引っかかりを覚えてしまう。
    あんずが首を傾げると、英智は理解しているとでも言うように変わらず微笑む。

    「そのプロデューサー、色々仕事をしているんだけど今回はモデルとしての彼を気に入ったようでね。鳴上くんも呼びたかったようだけどどうしても都合がつかないみたいなんだよ。だから、今回は瀬名くんだけ」

    なるほどと点頭し、日程を合わせようと常に持ち歩いてる手帳を開く。三ヶ月後に三泊四日。皇帝は更に言葉を重ねて、日程が伸びる可能性もあるためその一週間は予定を入れないことと告げた。まるまる一週間空けておく、なんてあまりない日程だがチェックを付けてブッキングしないように気を付ける。
    しかし、ソロでの出演に対して、更に言うならば今更泉一人に対してあんずが付き添うことはそうそうない。転校当初の頃ならまだしも、今では学年も上がり後輩すらいるのだ。きっとまた裏があるのだろう、とペンを鳴らしてしまう。
    目線をあげると、悠然とした姿でいつだって微笑むだけだった。

    学校に職場、目まぐるしい毎日でいったりきたりしていると、有限なる時間というものはあっという間に流れていく。
    天文学者は唱えた。一日二十四時間に定めると。なぜ二十四分割してしまったのだろうか。
    一日の終わりはいつだって眠気との戦いだ。目を閉じて横になればいつだって眠れる。しかし仕事を第一とするあんずはその日の仕事が残っていれば残業だってするし、家でだってする。所謂ワーカホリックである。体調を崩したら元も子も無いので、最近ではその辺を弁えるように気を付けている。
    その日もいつも通り残業し、仕事を持ち帰って今日の事をまとめていた。パソコンと数時間見つめ合い、暗い部屋にタイピング音が鳴り響く。ESアイドルの音楽を流したイヤホンを耳にした彼女の耳には届かないが。
    しかし仕事を終えた満足感に浸りながらも、やはり疲労は残るわけで。こんなにも充実しているのに、疲れとは表裏一体で憂鬱である。眼精疲労になりそうな目を瞬き、凝り固まった肩をぐるぐる回して揉む。高校生とは思えない疲労である。
    間接照明がひとつ点灯した自室で一人、ひっそり息を吐いた。

    「あんず〜、ちょっと膝貸して」

    翌日、ふと思い至り、学校の庭で気分を変えながら作曲の練習に取り組んでいるとふらっと騎士の吸血鬼がやってきた。日陰になった木の下に座っていたあんずの膝に、返事を待たずに遠慮なく頭を乗せた。彼女も慣れた様子で、気にせずにそのまま作曲を続ける。
    晴天の昼間、今の生活リズムに慣れてきたとはいえ彼にとっては天敵であろう太陽である。残暑が厳しい、という程ではないがブレザーを着るには早い、まだ暑さが残るこの頃。
    作曲の手を止めて、ふわふわの黒髪を見下ろす。なんとなく、細くて柔らかいこの髪が好きなのだ。起こさないように優しく撫でて、柔らかな毛を堪能する。彼女にとっても癒しの時間である。
    すると少し擽ったそうに身動ぎし、一瞬眉をひそめたが、すぐに気持ちよさそうに寝息を立て始めた。あんずはびくりとしつつもその様子に安堵し、もう少しだけ撫でてからその手を止める。ぼうっと木漏れ日が注がれる木々の隙間から空を見上げてみる。眩しさに目を細めて、先程まで髪を撫でていた手で目の上に影を作った。
    ぼんやりと作曲を教えてくれた先輩を思い出し、向こうでは今何時だろうか。確か日本とは八時間の時差があるため、まだ日が明けた頃だろう。いや、確か作曲の天才である先輩は日本に帰ってきてると聞く。今イタリアにいるのはブラコン(仮)の先輩だけである。後輩いびりが好きというひどい趣味をお持ちの先輩からは、最初こそよく一言目に嫌味、二言目に嫌味を放たれていた。今でも嫌味な言動は変わらないが、だいぶ甘くなったとも思う。トリスタの不憫な弟ほどではないが。
    最後にSSFで会ってから暫く会っていないな、と思いながらまだ泉が学生だったとある日を思い出す。



    『お疲れ様です、瀬名先輩』
    『どーも。アンタもお疲れ様』

    泉とは教室にでも向かっていたのだろうところでばったり出会った。
    当たり障りない会話を重ね、ふと会話が止まる瞬間がある。泉のクラスに着き、彼が荷物を取っている後ろ姿を、入り口に立って見ていた。彼以外は誰もいないとはいえ、他クラス、ましてや先輩のクラスに足を踏み込むという行動は躊躇った。泉もそれを察してか、荷物を取ると何も言わずにすぐに戻ってきた。

    『もう仕事は終わった?』
    『いえ、報告書の提出がまだです』

    ふぅん、と彼は素っ気なく返事をした。すると何を思ったのか、あんずが持っている鞄をかっさらってしまった。

    『じゃ、待ってるから。腕に抱えてるそれ、提出したら昇降口集合ね。ベンチ座ってるから』
    『......えっ』

    今の流れでなにが「じゃ」なのか。有無を言わさない態度で颯爽と階段を降りて行ってしまった。あんずはよく分からないまま、取り敢えず待ってくれているのであれば急がねば、と職員室へ早歩きした。
    急いで提出を終わらせて昇降口へ向かうと、足を組みながらスマホをいじって待っている泉がそこにいた。座っているだけであるが、とても絵になる姿は流石である。その姿を刹那、見ていると視線に気付いたらしい泉がスマホから視線を外した。目線だけこちらに向けると少し、口元が綻んだ。

    『何見てんの。早くこっち来なよ』

    春の頃の泉ならこう言うであろう。「何こっち見てんの。さっさとどっか行ってくんない?」と。それが今ならどうだろう。ツンデレのデレが増えすぎて困惑である。砂糖の雨による糖分過多によって珈琲を所望したいところだ。ストレートの紅茶でもいい。今すぐ紅茶部へ駆け込みたい。という冗談はさておき、だんだんと態度が軟化したのは明らかである。嬉しい反面、戸惑いもある。もちろん、態度にはでないあんずではある。
    彼の言葉に従って、お待たせしましたと頭を下げると、ポンと頭に何かが乗った。一瞬、何が起こったのか分からなかった彼女の驚いた顔を見て、クスと笑った麗人が彼女の顔を覗き込んだ。

    『はい。おつかれ~。じゃあ送るから帰るよぉ』

    あんずは瞬くと、一拍遅れて頷いた。その行為がありがたく、どうにもむず痒かった。
    今日はバイクで来ていたらしい泉が当たり前のようにヘルメットを手渡してくる。夏頃には「ゆうくんと相乗りしたかった」などと言われる始末ではあったが、いつの間にか相乗りでさえ普通にしてくれるようになってしまった。自称お兄ちゃんとも言ってくるので、妹扱いでもされてるのであろう。"ゆうくん"を見ていると微妙な気持ちではある。が、突き放されていた時よりは幾分マシ……いや、いい事であろう。あんずは微笑むと、お礼を伝えて後ろに乗り込んだ。



    太陽の眩しさに目を細め、再び視線を落として上げていた手を、あの日撫でてくれた頭に乗せた。あの温かさを思い出して、ぼんやりとまた撫でて貰えないかななんて。らしく無いことを思った。

    「どうしたの~?自分の頭に手乗せて。変なあんず」

    いつの間に起きていたのか、吸血鬼は少し眩しそうに目を細めて手を伸ばした。あんずの手をそっとどかして、自身の左手をそこに置いた。この手に優しく撫でられるのも慣れたもので。伸ばす手を少しでも楽にしようとあんずは少し俯く。
    あぁ、けどなんだか違うな
    この手も好きだが、彷彿させる手はもう少し髪を直すように撫でてくれる。撫で方ひとつでこんなにも変わるんだなと思う。あんずはこんなにも慣れきってしまっている自分に思わず苦笑してしまった。その様子を眺めていた赤い瞳の青年は、目を細めて笑みを浮かべた。

    「お姉さま!」
    「あら、あんずちゃん」

    ある日の夕方、ESビルへ向かう途中に現王様と姉である同級生の男と会った。このままニューディに用事があったため、このまま二人と共にすることにした。相変わらず司は慕ってくれ、嵐はテンポよく会話を円滑に進めてくれる。ふと、嵐は司と話すあんずの方を見るとじっと彼女を見つめた。視線に気付いたあんずは彼を見ると、何?と首を傾げた。しかし嵐はなんでもないとただ微笑むだけであった。司と再度目を合わせると、司は何故か複雑そうな表情で笑っていた。

    また別のある日、現在帰国中の自由奔放な作曲の天才とESビルの廊下で出会った。紙がないと騒いでるレオを捕まえてメモ帳とペンを渡した。もはやこれも日常である。

    「……なんですか?」
    「あー!なんでもかんでもすぐに聞くなって言ってるだろ?もっと思考しろ!」
    「はぁ」

    作曲の手を止め、下からじっと見つめてくる視線に耐えられなくなり思わず聞くとこれだ。これもいつもの事である。ただ見つめられていたことを聞いただけなのに。まぁいいか、と再び作曲し出した天才を邪魔にならないように端に引っ張って放置しておいた。そのまま去ろうとしたが、後で「あっ!」と叫んだので何事かと振り返ると声を上げた本人と目が合った。

    「お前、最近顔色マシになったな!ちゃんと続行しろよ〜」
    「?……はい」

    レオの唐突なアドバイスのようなものに首を傾げつつ、とりあえず返事をしておいた。最近皆にじっと見られるのは何故なのか。よく分からないけど何も言わないのでまぁいっかと次の仕事へ取り掛かった。

    あれからまた時は流れ、あっという間にフィレンツェへ行く日がやってきた。
    あくる日も仕事に明け暮れ、ドタバタしつつも久しぶりに泉に会う。また肌が荒れてるとか身だしなみが整ってないだとか言われそうなので、ある程度は整えておく。といっても急ごしらえなので見破られて説教されるのが目に見える。あんずは飛行機でため息をついて、仮眠をとった。
    無事仕事が始まる日の一日前の晩に到着し、予約していたホテルへ向かう。……否、向かおうとした。

    「久しぶり。あんず」
    「……えっ、瀬名先輩?なんで、」
    「はぁ?なんでって何?俺が迎えに来ないとでも思ったわけ?そこまで薄情じゃないんだけど」
    「いや、時間を伝えてないですし。今日は予定ないですよね?」
    「見知らぬ地で迷われても迷惑なの。アンタ、絶対マップアプリ見ながらキョロキョロするタイプでしょ。ほら、行くよ」

    呆然としたあんずの手を引き、さりげなくキャリーケースを奪い取られてしまった。あんずが何かを言う間もなく、ズカズカと前を歩いていく広い歩幅に追いつく事で精一杯だった。
    空港から出てすぐタクシーを呼び、泉が住所を伝えてくれているようだった。全てを任せてあんずは息を整えた。
    そして着いたのはホテル……ではなく、家。ネットで見ていたホテルの外観とは全く違う、ホテルではない場所だ。思えば空港から程よく近い場所を選んだ場所なのに、タクシーで移動していた。

    「瀬名先輩、ここは?」
    「俺の家。入って」
    「あ、はい。お邪魔します」

    そのままキャリーケースを持ってくれていた泉に、お礼を伝え促されるままそこに入る。あんずは疑問の数が許容範囲を超えると、混乱を通り越して思考が停止するのだとその時知った。言われるがままに客室へ荷物を置き、晩ご飯の用意をし始めた泉の手伝いを慌てて始めた。
    こうして共に料理をすると、学院で料理を教わっていた頃を思い出す。指導は厳しかったが、お陰でレパートリーは増えて上達した。それは泉による「まぁまぁじゃない」というお言葉を頂けたことによる。
    既に下準備は終わらせていた泉の、最低限な指示で見事な手際で料理を終わらせた。そして流れるようにご飯を頂き、流れるように風呂へいかされ、流れるように寝る準備を整えられた。

    「瀬名先輩。なぜ私は先輩の家にいるんですか?」
    「なに今更。というか髪濡れてるじゃん。まだヘアオイル塗ってないでしょ。乾かしてあげるから、おいで」

    タイミングがなかっただけ、なんて言い訳を飲み込んで、指されたソファに渋々近寄る。泉は一度洗面所へ消え、ドライヤーとヘアオイルをそれぞれ片手に持って再び現れた泉の隣に遠慮がちに座る。新商品のヘアオイルだというお高そうなのを手に取り、上機嫌な声で話し始める。

    「それで、なんでこの家にいるか、だっけ?天祥院に、ホテル代出すくらいならこの家に空きあるし使えばって言っただけだよ。だからアンタが予約してたホテルもキャンセルしてあるから、そもそもあそこに泊まることもないんだよねぇ」

    ドライヤーかけるよ、と一度会話を音が遮る。状況は納得したが、そうならばそうと言ってくれればいいのでは。と思ったが、言われていたら自分は断っていただろうなとも思う。アイドル、ましてや男性アイドルの元へ宿泊するのはさすがによろしくない。あの放浪者の先輩がいようがいまいが、それはまずい。なぜ皇帝はOKしてしまったのか。あんずは理解が追いつかない頭をフル回転させ、脳内会議の結果として「まぁ天祥院先輩が了承したならいいかな」という意見に落ち着いた。

    「はい。おまたせ~。ふふ、このヘアオイル使ったからいい感じになったんじゃない。髪、少し乾燥してたからねぇ?あんず?」

    脳内の小さなあんず達が丁度解散した時、どうやらこちらも終わったようで。さらりと一房髪を掴まれながら背後からとんでもない圧がかかってるのは気の所為だと思いたい。振り向いたらとんでもなく綺麗な笑顔の泉がいるのだろう。美人の真顔は迫力があるとは言うが、笑顔で恐ろしいのも迫力がある。つまり、とても振り向きたくない。あんずは冷や汗をかきながら、目の前にあるソファの肘置きとにらめっこし、必死にこの状況をどうすれば打破できるかを逡巡した。しかしそんな一瞬の思考は無駄だったようで、髪が離されたと思った瞬間右肩を掴まれ、無理矢理泉の方へ半回転させられた。座っていたため、完全には振り向けていないが、視界に入った泉は間近にあり、さすがのあんずもギョッとした。いきなりだと流石に困惑である。今にもおでことおでこがくっついてしまいそうな距離に少しドギマギしながらも、恐怖から逃げるように僅かな抵抗で目は逸らしておく。じっと見られていることだけは分かるが、この状況から逃れられる手段は無いようで。

    「アンタ……肌も乾燥してない?目元にクマができてる。どういうことか、お兄ちゃんにちゃあんと説明してくれるよねぇ?」
    「…………はい」

    諦めて折れる選択肢しか残されていなかった。

    「へぇえええ。この一週間のために前倒しで仕事しちゃったんだ?期限に余裕があるのに?不安だったからって?へぇそう。ふーん」

    あんずはソファから降りたと同時に華麗なる土下座をキメた。見本は現生徒会長である。言い訳せずにありのままを話すと、あんずを見下ろしながら泉は足を組み、笑みを浮かべていた。そう、この一週間のために仕事を少しずつ調整してしっかり空けたのだが、余裕ができてしまったばかりに手を付けられそうな仕事をしてしまったのだ。何か仕事をしていないと落ち着かないのはもはや性分だろう。早く帰るだの、休むだのという選択肢は彼女になく、いつも通り仕事を詰めてしまうのは彼女の悪い癖なのかもしれない。もちろん、それについては泉が学生である時から変わらないので、承知しているが口酸っぱく休めとも言ってるし無理もするなとも言っている。相変わらずのようだ。

    「ヘアケアもスキンケアも疎かになるくらい仕事するなんて良くないよねぇ?アンタがちょっっっと立場が偉くなったくらいで周りもアンタをおだて過ぎなんだよねぇ。自己管理も出来ないくらい、まだまだひよっこのクセに」
    「す、すみません……」
    「そうそう、謝れるいい子だねぇ。素直な子は嫌いじゃないよ」

    あんずがほっとしたのも束の間、「ただ」と泉は言葉を繋げる。俯いたあんずの顎に手を添え、無理矢理泉の青い目と合わせる。思わずビクリと体を震わせて硬直した。

    「こうも何度も言ってるにも関わらず、反省しないのは良くないよねぇ。だから、ここにいる間はぜーんぶ俺に任せていいよ?ねぇ、あんず?」

    ヒュッと喉から音が出たのは仕方ないのだろう。あんずは頬が引き攣りながら、諦観した表情で力なく返事し、怒涛の一日目は幕を閉じた。




    そして今日。全ての回想を終えたあんずは漸く目を見開いた。なんでこの人ここにいるんだ?自分は客室で寝させて貰って、しっかりお布団に潜って丸まっていたはずだ。もちろん、部屋は間違えていない。事前に泉とレオの部屋を教えてもらい、入らないように心に誓ったからだ。
    つまり、あんずの就寝中に泉が侵入してきたということになる。
    この結論に辿り着いてなお、あんずは首を傾げた。とりあえず起きよう、ベッドから出て何事も無かったかのように過ごせばいい。しかしベッドから這って起きようとすれば何かが自分の腰を掴んでいる。そっと布団をめくって見れば細い指に白い肌、しかし男性的で綺麗な腕が自分の腰に巻きついていた。あんずはふっとため息をついて現実から目を逸らした。
     
    (本来の起きる時間までまだ余裕あるし二度寝しよう)

    再度寝て起きてみたらやっぱり夢だったのだと思えるだろう。布団にもぐりこみ、横の男を覗き見した。そこでふと思う。

    (...なんか疲れてる?)

    手を伸ばし、そっと頬に触れる。もちろん肌はつるもちで、かさついた様子はなくケアを怠ってないのは流石である。といっても、自分の気のせいかもしれないが。あんずは微笑み、優しく頬を撫でて手を離した。

    「おやすみなさい。瀬名先輩」

    こっそりと呟き、あんずは目を閉じた。目を閉じる瞬間、彼の口元が緩んだ気がした。
    タイマーの音が鳴り響き、再び目が覚めるとそこには誰も居らず、やはり夢だったのかと安堵したのも一瞬で。寝返りをうつと当たり前のように一緒に寝ていた泉がベッド横に座っていた。泉の方が先に起きたようで、こちらの目が覚めた事に気付くと意地悪そうな表情でにやりと笑った。

    「おはよぉあんず。起きて着替えて。朝ごはん出来てるから」

    あんずはもはや戸惑いを忘れ、悟った表情で頷いた。
    あれから和食の定番のような朝食を頂き、身支度を整えて仕事へ向かい、途中泉とは別れてその日は打ち合わせのみで終わった。仕事を終えた後、タイミング良く連絡が入り迎えに来てくれるというので、道も分からないのでお願いする。タクシーで来てくれたようで、このまま再びお邪魔した。今朝添い寝をされていた事には特に言及はなく、その日も晩御飯を共に作り、一緒に食べて、泉直伝のスキンケアを行い一日を終えた。仕事中は仕事に没頭していた為今朝の事などすっかり忘れていたが、寝る直前になって再び今朝のことを思い出す。なぜ添い寝されていたのかは聞きづらく、本当は夢だったのかもしれないので違っていたら赤っ恥である。なのでこちらから聞くのは中々リスクがある。とりあえず今日は夢だったと思い込んでゆっくり寝よう。そう決め込んで、微睡みながらいつしか夢の中へおちていった。

    「おやすみ、あんず」

    静かに囁いた音は彼女には届かなかった。

    早朝、タイマーが鳴る前に目が覚めた。窓から日が差し込むことは無く、外は薄暗いようだ。頭の横の充電していたスマホで時間を確かめてもう暫く眠ることを決めた。が、またしても何かが腰に巻きついている。きっと振り返ったら美丈夫が眠っているであろう現実を突きつけられそうだ。今度こそ、しっかり目が覚めた上で見てしまうと夢ではなかったと分かってしまう。振り返りたくないが、振り返るべきか。いや、振り返らなくても起きたら昨日のように何事もなかったかのように接してくるはず。こちらはしらばっくれればいいだけ…なのだが、なぜ添い寝されてるのかが気になって仕方ない。あんずがもやもやと考えていると、お腹にまわっていた腕がもぞもぞと動いた。あんずは一瞬固まり、慌てて動いた腕を抑えた。それ以上動かれたら服が捲れ上がりそうだ。必死に動かないでと願い、今にも動きそうな腕を非力なりに、起こさない程度にずらす。しかし泉が腕を組んでいるせいで中々外れない。起きないかヒヤヒヤしながら戦っていると、再び腕が動いた。「ビョエ」と女らしからぬ声が出たのも仕方ない。既にお腹辺りが捲れているので、腕を抑えることを諦め、スウェットを伸ばすことに専念する。すると、後からフッと吐息が漏れた。あんずは目を大きく開いて「まさか」とゆっくり振り向く。予想通り、そこには目を開けている泉が笑っていた。

    「おはよ。いい夢見れた?」
    「…おはようございます。夢は分からないですけど、いい目覚めだとは思います…」
    「ふふ、よく分かってんじゃん」

    クスクスと泉は悪戯が成功したような笑いをすると、あんずは少し拗ねたような顔をした。それを見て更に愉快そうに笑みを深め、彼女の髪を撫でた。

    「寝癖」

    あんずは空いた口が塞がらず、所謂間抜け顔になってしまった。泉はふっと笑うと撫でた手であんずにデコピンをかます。「っ!?」と声が出てしまったが、今さら気にする泉ではなく、さっさと布団から抜け出して「早く着替えなよ」と出て行ってしまった。えぇ、と不満気な声を漏らしながらも、仕事の時間もあるので言う通り自身も布団から出て支度を始める。

    「なんだったんだろ」

    ポツリと呟いたが、自問に終わった。

    その日も順調に仕事は進み撮影に付き添った。日本とはどこか勝手が違い、十分に勉強させてもらい無事有意義な一日を過ごした。久しぶりに見る泉のモデルとしての姿は綺麗で、一瞬一瞬の姿を目に焼き付けていた。アイドル、Knightsとしての泉も魅力的だが、モデルとしての彼も別の美しさがありとても素敵であった。
    ……というのを、夕食時に本人にも伝えた。泉に今日の撮影どうだった?と言われたので思ったままに伝えてみたら、ほんの一瞬瞬いた…ような気がした。すぐに口角を上げ、そうでしょと不敵に笑った。なんだかいつもより嬉しそうに笑ったのが印象に残った。

    「機材の不調?」

    朝、泉に起こされたあんずが支度をしていると一本の電話がかかってきた。二人で作った朝食も食べ終え、あと数分でいざ行かんというときに着信があり慌てて電話を取った。するとどうだ。なにやら撮影で使用する機材の調子がおかしいのだという。なので撮影は二日後にお願いしたいということらしい。泉にも連絡してほしいと言うので泉に目配せして了承した。

    「つまり、今日明日はオフになるわけね」
    「...ですね」

    この撮影に関してはフィレンツェ各地を周って撮影する予定だったので、丸一日予定を確保していたのだ。あんずは、英智のいう通り念のため日にちを確保しておいて良かったと安堵するものの、さて空いた時間はどうしようかと悩みどころである。ちらっと泉を見やると、顎に手をおいて黙考していた。泉には悪いが少々電気をお借りして、パソコンで出来る仕事でもしようかと声を掛けようとする。しかし彼女が口を開くよりも早く泉が言葉を紡いだ。

    「あんず。そのままでいいから出かけるよ」
    「...はい?」

    あんずはスーツだったが、玄関で立ちっぱなしであった彼女の手を引き、無理やり外へ連れ出した。

    「え、ええええ.........」
    「なにその不満そうな声と顔。どうせやることないでしょ。ならアンタは観光でもしたらいいんじゃない」
    「でも、先輩は今更ですよね?」
    「意外と観光地とか周ってないしいい機会だから、アンタは気にしなくていいの。っていっても、その辺歩くだけでも十分だと思うけど。それより、どうせアンタのことだからまともな私服持ってきてないんでしょ。前にも言ったけど、俺の隣歩くならまともな恰好してもらわないと俺が迷惑なんだよねぇ。だから先にアンタの服、上から下まで見繕ってあげる。感謝してよねぇ」

    「頼んでませんけど」。そんな言葉をあんずは飲み込んだ。また口喧嘩になること間違いなしだからだ。懸命な判断である。それにしても泉が選ぶ服は勿論おしゃれだ。以前選んでもらった服も、よく使わせて頂いている。自分だとシンプルな服ばかりを選んでしまうので、普段着ない服を着れて気持ちが高揚する。なにより、選んでもらったことが嬉しいのだ。
    ...嬉しい......?
    あんずはふと自分が思ったことに疑問を覚えた。う、嬉しい...?やはり現役モデル自らコーデしてもらえば嬉しいものだよね。あんずはうんうんと頷き、自己完結した。変な挙動をするあんずに泉は首を傾げ、「俺の隣で変なことしないで」と繋いでいない手でデコピンをした。
    店に着くと、以前撮影で利用したことがある店だという。店員が覚えていてくれて、気前のいい店長が泉の要望に応えながらたくさん服を用意しては、最終的に値下げもしてくれた。店長はいくつか勧めてくれたが、荷物になるため丁重にお断りし、今日と明日の分を泉が購入した。もちろんあんずは全力で断ったが、その店が高級ブランドということと、泉が後輩のまだ学生の女に払わせるなんて面子が立たないという理由で支払ってくれた。

    「うん、似合ってる。かわいいかわいい」

    泉は、全身コーデしたあんずを見て上機嫌に言った。あんずは気恥ずかしさからか、少し俯き、前髪で目元を隠しながらそっと目を逸らした。
    店を出ると、泉は迷子になられると困ると言い、あんずの手を取って歩き出した。

    「一応聞くけど、行きたいところはある?」
    「ないです」
    「うん。だよねぇ。じゃあ俺が行きたいとこ行くから。休みながら行くけど、歩いたりもするから疲れたらすぐお兄ちゃんに言うんだよ?」
    「...はい」

    先ほどから機嫌を良くした彼は、あんずをエスコートをした。あんずも暫し戸惑いを見せたが、"お兄ちゃん"には免疫がついてきた。抵抗する必要もないので、泉に従い足を動かした。
    行った先は美術館だった。建物から既に華やかで、思わず感嘆の息をもらした。なんだか意外に思って横目に彼を見ると、視線に気付いた泉が鋭い目付きで返事をしてきたので前を向きなおした。なぜ...と思いながらも触らぬ神に祟りなしということで、入館料を払った泉に続いて中へ入った。中は芸術作品の数々で埋め尽くされており、ひとつひとつをじっくり眺めながら見て回り、想像以上に楽しんでしまった。ふと、自分ひとり楽しみ過ぎてしまったかと慌てて彼を見上げると、彼はこちらを見ていたようで目と目が合ったかと思うと、泉は慈しむように微笑んだ。あんずは瞠目し、すぐに視線を外した。きっと今の自分は赤面しているであろう。隠したくて目の前の作品を見てる振りに徹したが、もうなにも頭に入らず、脳裏に刻まれたのは先ほどの笑みだけであった。
    所変わってランチ。美術館を堪能...しきれたかは分からないが、出口に着くと同時に腹の虫が鳴ってしまい、泉は呆れたように笑った。腕時計を見て、それも仕方ないかと言うとだいぶ昼食にしては遅い時間になっていたのだ。朝も早かったのでお腹の限界がきていたようだ。あんずは恥ずかしくなりつつ謝ると、泉は近くの美味しいランチがある店へ連れていってくれた。主に真の話で歓談して食事を待った。ものの数分で料理は運ばれ、これが本場のラザニア!と感動した。数枚だけ写真を撮ると、前からふっと笑う声が聞こえた。あんずがムッとして見てみると、泉はニヤニヤと笑っていた。

    「そんなに嬉しいの?」
    「...う、嬉しい......です」
    「ふぅん。よかったねぇ」

    泉は野菜たっぷりのリボリータを食べながら、むくれたあんずを見て笑った。あんずはそれを無視し、ぱくぱくと美味しく頂いていたが、いつまで経っても外れない視線に気まずくなり、最終的にあんずが折れて「見ないでください...」というまで見られた。二人とも完食し終えると、再び泉があんずを凝視していた。あんずが首を傾げると、泉の手が伸びてきて硬直した。

    「あんず。口の端ついてる」

    唇の横についていたソースをとると、泉はそれをぺろりと舐めて悪戯っぽく笑った。あんずはぱくぱくと魚のように口を開閉させて文句を言おうとしたが、結局言葉はでず、ありがとうございますとだけ伝えた。素直にお礼を言ったあんずに泉は上機嫌な笑顔を送った。
    その後は近くをフラフラと歩き周り、ショッピングを楽しみながらカフェに行ったりと、充実した一日を過ごした。
    その日の晩も、昨晩同様に晩御飯を共に作り一緒に食べた。なんとなく自然と晩御飯は外食にしなかったのだが、共に料理をするのも学生の頃のようで楽しいとあんずはこっそり思っていた。互いに一年前よりも忙しくなってしまい、共に料理をする機会もなくなってしまっていた。なので仕事とはいえ、こうしてお邪魔しつつも料理をするのが喜ばしかった。
    その日の晩、やはり今日もくるのかと身構えていたのだが、あんずが起きている間にはやって来ず、翌朝になったらやはり添い寝をしていた。いつ潜り込んでるのか不思議だったが、なんだか可愛く見えてしまってクスリと笑った。昨晩は泉のほうが早く起きていたが、今日はあんずの方が早起きした。じっと泉を見つめて、今なら...と柔らかな銀髪に手を伸ばした。

    (ふ、ふわふわ~)

    おぉと心の中で大歓喜したあんずは起こさないようにそっと髪を撫でた。ずっとこのふわふわの髪を撫でてみたかったが、恐れ多くてそんなことはできなかったのだ。しかし今は無防備に油断して目の前で寝ている。今がチャンスである。意を決して撫でた。想像以上に気持ちよく、調子に乗って暫く撫でてしまった。すると撫でていた腕の手首を取られ、一気に血の気が引いた。やばい、殺される。あんずは土下座の覚悟をした。互いに寝ている状態なので、あんずは逃げられず、死を悟って目を瞑った。しかし何も言われず、不思議に思ったあんずはそっと目を開けた。すると目の前に青い瞳は見えず、ただ寝ぼけていただけらしい。あんずはほっとするものの、腕を取られた状態でどうしようと困惑した。

    「あんず......」

    呼ばれた名前に心臓がはねた。泉の手は彼女の手首から移動し、あんずの手に重なるように握った。ひゅっと空気を吸う音が鳴り、動揺してしまった。体温が急上昇し、毛布が暑くて仕方ない。早く起きてと願いながら、もう覚め切ってしまった目をぎゅっと瞑った。長く感じた数分後に漸くタイマーが鳴り響き、泉が起きる音が聞こえてきた。泉は自身がいつの間にか彼女の手を握っていたことに苦笑し、あんずの頭をそっと撫でて先に出ていった。あんずは狸寝入りに徹していたが、これでもかというほどに鼓動が早くなっていた。撫でられた頭に手を置いて、毛布を被り直しひとり悶えた。

    (この手だ)

    いつか吸血鬼に撫でられたことを思い返しながら、やはりこの手がいいなんてわがままを思った。いや、それよりもプロデューサーがアイドルにこんな気持ちになるなんてまずいのでは?と今更ながら青ざめる。赤くなったり青くなったりと忙しい表情である。あんずは敬人のねちっこい説教を思い出してどうにか気持ちを沈める。冷静になると、いやただの尊敬してる厭味ったらしいけど世話好きの優しい先輩枠だ。大丈夫大丈夫。漸く毛布から顔を出してそろそろ朝食を作り出すであろう泉のもとへ向かった。

    翌日も連絡通り休みである。昨日購入済みである泉監修による服を着て今日も出かける。というよりも連れ出された。仕事用のパソコンは既に取り上げられている。あんずは嘆いていたが泉はフル無視である。
    あんずは行きたいところが思いつかないので、今日も泉に引っ張られることになりそうだ。その日は交通機関を利用しながら教会や礼拝堂を見て回った。日本にはないような建物ばかりでずっと新鮮である。あんずは行くたびに目を輝かせていた。ランチは二人でパスタを食して、今度はショッピングモールに向かう。有名な大きなモールである。あんずはショッピングも好きなので、ここでも静かにはしゃいでいた。するとモールのほうが人が多いためか、人と度々ぶつかってしまう。泉は自分の方へ引き寄せて溜息をついた。

    「あんず。俺から離れないでよね」

    引き寄せられたあんずは泉と密着してしまい、赤面しないように自制しながら返事をした。ただの尊敬する先輩。そう言い聞かせて。
    それからいくつかウィンドウショッピングを楽しみながら、とあるハンドメイドショップに着いた。アクセサリーに小物や雑貨が並んでいてとても華やかである。とても目を惹かれて思わず立ち止まる。それに気付いた泉はそちらに目を向けて「あぁ」と手を引いた。

    「見たいんでしょ。ったく、ちゃんと口で言いなよね」

    ぶっきらぼうに言いつつも、言葉は優しくて。あんずは破顔しお礼を言った。泉はフンとそっぽを向いていたが、赤くなった耳は隠しきれていなかった。あんずがそれに気付くことはなかったが。
    店内を見て回ってかわいいなと思いつつ、自分に買い与える機会はなかなかない為、買おうとは思わなかった。もともとは仕事で来国していることもあり、完全に観光気分とまではならなかったのだ。そろそろ出るか、と思ったところで泉に声を掛けようとする。すると突然繋いでいた手が離されてしまった。

    「せんぱ...」
    「ちょっとそこで待ってて」

    店の出入口を指してそういうので、あんずはよく分からないまま頷いてひとり待った。出入口周辺に飾ってある雑貨を眺めながら待っていると、突然足元に衝撃がきた。何事かと舌を見ると子供がぶつかってきたようだ。何かを訴えているようだが迷子だろうか。しかしあんずにはその言葉は理解できず、戸惑いながらも子供の手を引きながらとりあえず店の周辺をうろついてみた。すると突如急に腕を引っ張られた。ぎょっとしたが振り向くとそこには焦った表情の泉がいた。

    「アンタ...何してんの......」
    「え、と......母親探し...ですかね...」
    「っはぁぁ~」

    泉は思い切り溜息をついて呆れたという顔をした。

    「店の前で待っててって言ったよねぇ?なんで離れてるわけ?」
    「こ、子供が...迷子かなと...思って探してしまいました...すみません」
    「ホント、馬鹿じゃないの~?ミイラ取りがミイラになってどうすんの」

    あんずは明らかに落ち込んだ表情になり、泉は少しばつの悪そうな顔をした。隣にいる子供を一瞥して再び溜息をつくと、デコピンをした。今回は強めである。あんずは言葉にならない声をだして額を抑えた。

    「その子の親、探すんでしょ。行くよ」

    ぱっと顔をあげ、表情を明るくしたあんずは微笑んで謝り、お礼を言った。近くの店にいたほうがいいだろうという事で周辺の店を見て回ると、それらしい女性がいた。声をかけて聞いてみると子供も駆け寄っていき、お礼を言われた。なんだかんだで時間が経ってしまい、もう黄昏時である。あんずははっとして泉を見上げた。

    「私のせいで最後の時間をつぶしてしまい、すみませんでした」
    「はぁ?」
    「私が子供をつれて変にうろついてしまったので」
    「あのね、自惚れないでよね」

    帰路につくと、二人は並んで歩き出した。あんずは今日の行動を謝罪すると、泉に凄まれてしまった。プレッシャーに負けずと見つめ返せば、何度目かの溜息をつかれてしまった。

    「勝手に動いたのは許さない。だけどアンタは子供の為に動いたにすぎない。時間を潰したとか思ってないから。子供が目の前で迷子になってるのをほっとけば目覚めが悪いでしょ」

    自分のためにすぎないと泉は言い張る。あんずは眉をさげて「そうですね」と笑った。
    その日の晩もご飯を作って共に寝た。一緒に寝ることにも慣れてしまった自分が恐ろしい。なぜこんなことになってしまったのか、真剣に悩むがあんずから特に何かしたわけでもなく、何か言ったわけでもない。このことについて言及する機会を失っていた。いや、実際にはあったのだろうがタイミングを見失っていた、という言い訳だ。しかしそれもそろそろ終わりだ。泉の寝顔を見つめて、再び目を閉じた。

    数日も経てば多少はこの地に慣れるようで。日本とは色々と勝手が違い戸惑うことも多々あるが、順調である。フィレンツェの方も、紹介してくれたプロデューサーの方も皆とても良くしてくれた。言葉の壁は高いが、今回はそのプロデューサーの方が翻訳してくれたためとても助かった。
    その日は良ければ食事に、とそのプロデューサーに誘って頂き本場のイタリア料理が食せるレストランへ連れて行ってもらった。一応付き合いがあるので断れず、泉に一報入れて了承した。こちらにきてから、毎晩泉と料理をしていた為、晩ご飯を共にしない夜は初めてだ。高級志向の店で、接客も良く、コース料理の全ても美味しかった...はず。しかし泉と夕食を共にしなかった。それがなんだか悲しく感じてしまった。お相手の雑談は話半分に聞き流し、どうにか笑顔を貼り付け、その日の食事を終えた。しかし、せっかくの料理の味はあまりしなかった。
    あんずは帰路につき、泉には予め連絡をいれておいたが、帰るのは遅くなりそう……下手すれば翌日だ。家路につくのは難しい、というのも思い返せば泉に頼っていたので住所も知らなければ、どういう道のりなのかも知らない。わざわざ迎えに来てもらうのも申し訳ないので、今日はホテルに泊まろうか。
    そう思った所で初期設定のままのスマホの音が鳴る。泉からの着信である。

    「お疲れ様です。瀬名先輩」
    「お疲れ。今どこいるの」
    「えっと……昨日使用したスタジオ近くにあるイタリアン専門店です」
    「あぁ、あそこね。分かった。近くのカフェにでも入って待ってて」
    「えっ、先輩?」

    ブツ、と無機質な音が耳元で鳴り、音声が途切れたことをさした。あんずは暫し意味もなく呆然とスマホを見つめ、とりあえず言われた通りカフェで待つことにした。
    待つこと数分、チャットから連絡が入り慌てて店の外へ飛び出す。そこには少しラフな格好をした泉がいた。視線で促され、待たせていたタクシーの元へ行き家路につく。走り出したタクシーでBGMは流れず、エンジン音と外の音が少し聞こえる。街灯が綺麗な街並みをぼーっと眺めながら、同じように外を見つめる泉を一瞥した。静かな車内で迎えに来てもらった罪悪感を覚えつつも、どこか浮ついた気持ちの自分もいたことに自嘲した。隣に座っている泉は何を考えているのだろうか。互いにただ窓の外の景色をぼんやりと眺めていた。
    家に着くと泉はさっさと中へ入り、あんずは慌てて一緒に中へ入る。どうしたのだろうか、と彼の名を呼ぼうとすると泉はくるりと振り返り彼女の腕を取った。

    「瀬名せんぱ......」
    「今日一緒に食事したって人、あのプロデューサーでしょ。二人で?」
    「えっ、はい。二人でした」
    「それ、アンタに気あるとか思わなかったわけ」
    「え......」
    「そんなだから、いつまでたってもおこちゃまなんだよねぇ」

    泉は掴んでいた腕を引っ張り、あんずを壁に押し付けた。掴まれていた腕の痛みと、壁に押し付けられた痛みで思わず声が出る。しかし泉は気にした様子を見せず、掴んでいない方の手をあんずの頬に添えた。

    「そもそも、のこのことここに居座ってるのもホント鈍感っていうかさぁ。女としての自覚ないわけ?あぁ、言い訳はきかないから。本当に嫌なら天祥院でも使って逃げれば良かったのに」

    頬に添えられた手はするりと落ちていき、力なく首に添えられた。あんずは目を見張り、視線が重なった彼の青い瞳を見つめた。泉は動かず声を出さないあんずに何を思ったのか、眉を下げふっと力なく笑い、首から手を離した。掴んでいた腕の力もなくなり、あんずは無意識に力の入った肩をおろした。

    「なんて。アンタは逃げも隠れもしないよね。そんなこと、一年前から知ってる。それを利用してるのは俺なのに」

    未だ掴んだままの腕に視線を下し、泉は嘲笑した。離せないままでいるのは何故だろうか。少し赤くなった彼女の手首を見て、頬が緩んだのと同時に自己嫌悪になった。ふと、掴んでいた手が離されたかと思うと、彼女が両手で泉の手を包み込むように掴み、目を見開いた。

    「私は向き合います。本当に嫌なことでも、逃げたくないです。けど、先輩といる時間は楽しいです。一緒にいて嬉しいから一緒にいます。今日は先輩とご飯を一緒に作れなくて、食べれなくて...寂しかったです。でも、先輩が迎えに来てくれて嬉しかったです。ありがとうございました」

    あんずはぎゅっと彼の手を握りしめて、視線を上げた青い瞳を力強く見つめた。

    「あんず......」
    「最近、何かありましたか?」

    泉は目を見張った。いつも真っ直ぐ見つめてくるこの自分と似た青色が苦手で、だけど心地よかった。決して目は逸らさず、正面で向き合ってくる。そんな所も好ましい。泉は肩の力を抜き、あんずの肩に頭を乗せた。あんずはパチパチと瞬きし、頬を緩めると泉の背中をそっと撫でた。数分経ち、一言謝るとあんずを一瞥してリビングへ移動した。
    泉は珍しく水では無い飲み物、カロリーオフであるがコーヒーをチョイスし、あんずは甘いミルクココアをそれぞれいれた。ソファで寛ぎ、暫し静寂の時が流れた。カップの中身が半分程になると、泉は漸く口を開いた。

    「やっぱり、フィレンツェ……海外での俺たちはまだまだで、仕事がいつだって舞い込むものじゃないんだよね」

    それはSSFでも言っていた事だ。ESビルに所属してるアイドル達はまだ日本国内でしか名を売っていない。某ママなどの例外は置いといてだが。
    カップを置き、泉の話に耳を傾けて話の続きを促す。

    「たぶん、焦ってた。……アンタにこんな事言うつもりじゃなかったけど」
    「けど先輩、完璧に見えても案外分かりますよ」
    「……自己管理もなってないアンタに言われたらおしまいじゃん」

    泉は自嘲した。あんずは少し得意げにふふ、と微笑むと「生意気」と言い、傍にあったあんずの頭を撫でる。すると、先程まで柔らかな笑みを見せていたあんずの表情が突然ストンと虚無へと移り変わった。さすがの泉もこれにはギョッとし、手を離した。

    「はぁ!?何その顔!俺に触られるのがそんなに嫌なわけぇ?」
    「ち、違います!ただ心を鎮めるために羽風先輩のナンパを思い出していただけです!」
    「なんでアイツが突然出てくるわけ!?」

    それからだんだんと話は逸れていき、最終的には守沢千秋のデリカシーの無さについて語っていた。だいぶ話はズレてしまったが、二人は息を整えて何の話だったか漸く論点を戻し始めた。

    「とにかく、俺が悪かった。アンタを無理矢理こっちに呼んだのも俺。れおくんはちょうど日本での仕事もあるし、ちょっと放り出しといたの。……アンタも忙しいの知ってたけど、ごめん」

    あんずはフルフルと首を振ると違うと言う。

    「私、ここでの撮影が勉強になりました。モデルの仕事に付き添うことはないですし、なにより先輩の仕事を直で見れて良かったです」
    「アンタって……ホント……」

    根っからの仕事人間、だなんて笑った。口には出さなかったが、あんずは泉が失礼なことを考えてると察し、頬を膨らませた。今のセリフの何に笑われたのか分からず、あんずはむくれてしまった。それに気付いた泉は更にクスクスと笑いあんずの膨れた両頬を引っ張った。

    「変な顔」

    泉は美術館の時と同じ様な笑顔であんずに笑いかけた。やばい、とあんずはまた虚無になろうとしたが至近距離にある顔に耐えきれず赤面してしまった。それを見た泉は機嫌を良くして、調子を取り戻した。

    「そうそう、俺といる時は俺の事だけ考えててよねぇ。俺以外のこと……たとえゆうくんの事でも許さないから」

    あんずはコクコクと頷き、抑えきれない熱を手で覆い隠した。今の自分は羞恥心でいっぱいである。泉に大してだいぶ慣れてきたものの、性格に難アリとはいえやはり一億の顔は伊達では無い。性格に難アリとはいえ。あんずは照れた顔を器用に隠しながら必死に顔を背けた。しかしそれを許す泉ではない。

    「ちょっと、何隠してんの。照れてんの?かわいいとこあるじゃん」
    「やめてください!今すごく赤い自信あります!」
    「尚更見せなよ。アンタいつも無表情なんだから……ほらっ」

    男性の筋力には適うはずもなく、あんずの腕はいとも容易く剥ぎ取られてしまった。案の定、ひどく赤く染まったあんずを観て、泉は至上の笑顔を浮かべた。

    「いい顔してんじゃん」
    「……先輩の変態」
    「なんだって?」
    「瀬名先輩の変態!」
    「急に生意気だねぇ〜?この口か?塞いでやろうか?」
    「ひぃぃ!えっち!」
    「本当に塞いでやろうか?」

    あんずの腕を掴みながら、彼女をソファに押し倒して力いっぱい攻防し、やがて最終的に泉が折れた。変なとこで頑固なのはよく知っている。こうなったあんずは折れない。力づくでキスをしようとも思わないので、腕を離してそのままあんずの上に倒れ込んだ。いきなり倒れこんできた泉に動揺しながら、ぽんぽんと優しく背中を叩いた。すると泉は身動ぎし、あんずの耳元に顔を寄せて呟いた。

    「あんず、好きだよ」

    小さく囁かれた言葉を反芻し、時間差でそれを理解した。じわじわと、引いてきた熱が戻ってきたようであんずは奇声を上げた。思わず泉から離れようと身動ぎするも、泉がいつの間にか腰掴んでおり、足の間に泉の長い足も入り込んでいて逃げることは叶わなかった。彼の自由なもう一つの腕があんずの喉をなぞり、頬を撫でた。

    「アンタは……あんずはどうなの?」
    「あっ…………わた、しは……」
    「今はプロデューサーも、アイドルも考えないで。何も考えないで答えて」
    「っ、私は…………」

    言葉に詰まりながら、彼の青く真っ直ぐな瞳を見つめた。泉は彼女の言葉を待ち、じっとただ見つめた。あんずはその瞳から逃れられず、逸らすことも許されず、乾いた喉から出た言葉はプロデューサーとしてあるまじき言葉だった。

    「わ、たしも……先輩が、瀬名先輩が……好きです」
    「はい、よく出来ました」

    泉は頬を掠めた手で艶やかな茶色の髪を撫で、愛おしいとでも言うように笑った。あんずはとうとう耐えられず目を瞑った。泉が向けてくる笑顔にはまだ耐性がないため、暫くはこの状態だろう。泉は悶えたあんずを見てにんまりと悪巧みをした。撫でていた手を素早く下ろして彼女の顎を掬い、口付けをした。あんずはすぐに目を開き、両手で自身の唇を押さえた。

    「なに?待ってたんじゃないの?」
    「なっ...!待ってません......!」

    あんずはとうとうそっぽを向いてしまった。さすがにそろそろいじめるのも止めにしようか、と泉は起き上がりソファに座りなおす。未だ顔を隠したままのあんずに声を掛けようとすると、微かな彼女の声が聞こえた。

    「その...今日も一緒に寝てくれますか?」
    「...あ?」

    寝転がりながら指と指の隙間からちらりと恥ずかし気に見てくるあんずは、どこか煽情的で。泉は理性を抑えるのに必死になった。確かに、癒しを求めて抱き枕同様...どこかの吸血鬼の様だが、一緒に寝たのは事実だ。しかしそういう風に誘われてしまうと、そういうお誘いかと思ってしまうのは仕方ない。つい数秒前に互いの気持ちを確かめ合ったばかりなのだから。あんずはきっとその意図はないのだろうけど、意図が無い故に天然という小悪魔である。どうにか真顔を保った泉は、傍にあったあんずの足をぺしっと叩いた。

    「さすがに寝ない」
    「その...けど、今夜が一緒に寝るのが最後なので...」
    「.........」

    そう言われてしまうと断り切れなかった。泉も惚れた相手には弱いのだ。息をついて、彼女の頭に手を伸ばした。あんずはそれを享受し、目を瞑って気持ちよさそうにした。それを見た泉は猫みたいと思っていたのは心の内に留めた。なんとなくこれを彼女が気に入ってくれてるのは気付いていた。普段しっかりしている反動なのか、甘えるのは下手なのでこちらが甘やかすと嬉しそうにする。世話好きの泉はそんな彼女をドロドロに甘やかすのだろう。

    「明日は仕事だから勘弁してあげる。けど、次は覚悟しておいてよねぇ?」

    あんずが再び赤くなったのは当然のことであった。



    「あんず、後ろ向いて」

    いよいよフィレンツェでの仕事も最終日。気合いを入れて挑もうとした矢先である。荷物を空港近くの駅に預けておきたいので早めに出ようと支度をしていると、髪のセットを終えた泉が声を掛けてきた。なんだろうと思いながらも言われた通り後ろを向くと、首に何かがかけられた。

    「これって……」
    「 短めでシンプルだから、スーツでも付けられるでしょ」

    そう言って鏡を手渡されて見てみると、デザインは確かにシンプルで、ひとつ小さな青いジュエリーが光っていた。

    「本物じゃないけどね。あの店で見てたでしょ、それ。俺のだって印にもなるしちょうどいいじゃん」

    サラッとそんなセリフを言われてあんずは赤くなる頬を抑えながらお礼を伝えた。泉は彼女の頭を撫でて微笑んだ。

    「また後でね」
    「はい!」

    あんずは笑顔で返し、元気よく返事をして先に家を飛び出した。
    延長の可能性も、と言っていたがこのままなら予定通り終わりそうである。本日も泉に付き添った後、途中で別れてお相手の方達と挨拶を交わして仕事は終了した。
    泉との生活も終わりか、とぼんやりと空港に向かう。泉はこの後も仕事のため現場であっさりと別れてきた。付き合った実感は湧かないが、身につけたネックレスをいじり、連絡がくるあたり本当に付き合ったんだなと思う。

    『また日本で。昨日言ったこと、忘れないでよ』

    淡々としているが、これで十分だ。あんずはひとりにやけると、ハッと口元を押さえて周りを見回した。連絡が来るたびににやけてしまってはまずい。椚先生の長い説教を思い出して気持ちを押さえつけた。

    「改めておめでとう!んもうっ、泉ちゃんったらようやくね!ヘタレなんだから」
    「お、お姉さま!本当に、ほんとーに瀬名先輩でよろしいのですか!?」
    「オカマ黙って。ちょっとかさくん?それどういう意味~?」
    「あはは......」

    あれから数週間、泉が日本に帰国した。帰国早々問い詰められたのは仕方ないだろう。あの日、あんずはとりあえずKnightsの皆と責任者の英智にはこのことを報告した。Knightsの皆はすぐに受け入れ、意外にも英智は分かっていたという。なぜか聞こうとしたが笑顔で黙殺されてしまったのでそれ以上は聞けずに断念した。そしてKnightsの皆は帰国したら泉を問い詰めるのだと張り切っていた。ちなみにレオはずっと作曲をして、凛月は寝ていた。二人にも後々伝えたが、いいんじゃないかの一言である。あんずは拍子抜けしつつ素直に祝われるのが嬉しかった。
    泉はぐいぐい来られるのに辟易して、解放されないことに苛立っていた。あんずは相変わらず寝ている凛月と作曲するレオの傍でずっとそれを眺めていたが、イライラした泉と目が合った。何か嫌な予感がしたが、逃げたほうが嫌な目に合う気がする。第六感が働き、あんずはまさに蛇に睨まれた蛙の状態である。

    「ふふ、セッちゃんも心配性だねぇ」
    「わはは!セナは過保護だからな~」
    「...え?」
    「セッちゃんに捕まって災難だね。あんず。まぁ、せいぜい頑張ってね~」
    「セナの執着心は怖いからな〜。何かあったらすぐ俺たちに言うんだぞ?」
    「なんなんですか二人とも...」
    「ホント、あんずに何吹き込んでるの」
    「あ、」

    座っていたあんずの頭に手をおいて、雑に頭を撫でる。ボサボサになる、と不満そうな表情をみせたあんずに泉は笑った。

    「生意気」

    あんずはムッとした顔で泉を睨んだ。しかし数秒の間睨み...いや見つめ合っていると、あんずはふっと笑いが込み上げてきて笑ってしまった。するとふと周りが静かなことに気付いて見回すと、レオでさえ作曲の手を止めてこちらを見ていた。なんだろうと首を傾げると嵐が口を開いた。

    「いえ...あんずちゃんそんな表情もするのね。とってもかわいくていい笑顔だわぁ」

    え、と自身の頬を思わず撫でて泉を見上げる。泉はそっぽを向いてしまい、再び嵐を見た。嵐はにっこりと笑うだけでそれ以上は何も言わなかった。嵐が泉を揶揄いにいくと、くい、と隣の凛月が袖を引いて、どうしたのと寝転がっている彼に耳を寄せた。

    「セッちゃん、あんずと付き合う前から俺たちに頻繁に連絡よこしてきて、あんずの体調を気にしてやれってうるさかったんだよ。愛されてるね~」

    凛月はニヤニヤと悪戯っ子のように笑った。あんずは目を見張り、みんながよくじっと見てきた理由はそれかと理解した。再び泉を見てあんずは頬が緩む。

    「セッちゃんも愛されてるね」

    あんずは微笑んで返事をした。

    「あんず。いじめないから、こっち来なよ」

    嵐と司からの猛攻撃を抜けた泉はあんずを手招いていつになく優しい表情で微笑んだ。

    「はいっ」

    あんずは泉のもとへ向かうと、当たり前のように隣に並んだ。すると、泉は何かを思い出したようで、あんずを引き寄せて、周りに聞こえないような声で耳元にそっと囁いた。

    「今日こそは覚悟しておいてね」

    あんずは逃げたくなる感情を押さえて、染まった頬を隠さずに頷いた。



    「そういえば瀬名くん。あんずちゃんと上手くいったようで何よりだよ」
    「げっ……やっぱりあの機材の不調ってアンタの仕業?」
    「やだなぁ、協力してあげたんだよ」
    「余計なお世話」
    「冷たいなぁ」

    とある仕事帰り、泉はESビルに寄ると、偶然これから寮に帰るのだという英智と会った。泉も帰る方向はもちろん同じなので世間話をしながら帰路につく。そこで「あ」と今思い出したかのようにわざとらしく英智は声を上げた。絶対に最初からそれを言うつもりだったのだろう。英智に借りは作りたくないので、こちらから何か頼み事をあまりするつもりはない。しかし、あんずの休暇も兼ねて仕事と称してこちらに寄越してほしいと頼んだのだ。だが、機材の不調のことは勝手に奴が仕組んだことである。今回の撮影を受けて頼んだのは泉だが、ここまでしろとは言ってない。英智は察したようで、長い休暇ともいえる仕事を彼女に与え、泉の家に泊まらせるという暴挙に出た。

    「まぁ、今回は感謝する。アンタの手の平で転がされてたって感じが癪だけど」
    「ふふ、旧友のためだからね。たまにはなんの見返りもなくやるよ」
    「うわ、普段は見返り求めてんの」
    「それはそうだよ。何もない方が怖くないかい?」
    「それもそうか」

    なんだかんだと話せば星奏館に辿り着いた。泉はまた暫く日本にいる。つまりまた彼女と会える機会が増えるわけだ。また可愛がってあげないと、なんてほくそ笑むと、それを見た英智は面白そうに微笑んだ。

    「ほどほどにね。皆の大切なプロデューサーなんだから」
    「ふん、加減なんて知らないね」

    翌日、機嫌の良さそうな泉と、対称に不機嫌そうな顔をしたあんずが歩いてるのが見られたとか。







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    Replies from the creator

    唐桃日和

    DONE閲覧頂きありがとうございます!

    ○以下注意事項
    ・捏造設定あり
    ・ズ!瀬名泉甘い言葉1バレあり
    ・時間軸はSSF後あたり
    ・友情出演▶︎他Knightsメンバー&テンション院英智さん
    ・当社比糖度程よく高め
    ・誤字脱字はそっと流してください

    この度はあんず島初参加で不慣れですが、どうぞよろしくお願いいたします!
    ではお楽しみ頂ければ幸いに存じます。
    落杏流水何故、私はここにいるのだろう。

    目が覚めると、知らない……いや、先日までは知らなかった天井、見慣れない部屋。朦朧とした意識の中で寝返りを打ってみれば目の前には自分の顔には一億の価値があるのだと宣う、転校してからお世話になっている嫌味な先輩。…の眠り顔。
    すぅすぅと小さく寝息を立てながら、一億の顔はこちらの存在など忘れたかのように安眠していた。

    事の発端はどこだっただろうか。

    「えっ、フィレンツェ、ですか」
    「うん。よろしく頼んだよ」

    美しく儚げに微笑む天使の顔をした皇帝は、有無を言わさない圧力をかけながら唐突にそう言った。
    しかし、彼女、あんずは一年もこの圧力を受けていれば多少慣れも出てくるようで。
    もちろん、仕事を断るという選択肢などない彼女は、YESと答える気ではあるが海外なのだ。戸惑いを隠せないあんずをさすがに気の毒に思ったのか、苦笑しながら一言謝罪して内容を教えた。
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    唐桃日和

    DONE閲覧頂きありがとうございます!

    ○以下注意事項
    ・捏造設定あり
    ・ズ!瀬名泉甘い言葉1バレあり
    ・時間軸はSSF後あたり
    ・友情出演▶︎他Knightsメンバー&テンション院英智さん
    ・当社比糖度程よく高め
    ・誤字脱字はそっと流してください

    この度はあんず島初参加で不慣れですが、どうぞよろしくお願いいたします!
    ではお楽しみ頂ければ幸いに存じます。
    落杏流水何故、私はここにいるのだろう。

    目が覚めると、知らない……いや、先日までは知らなかった天井、見慣れない部屋。朦朧とした意識の中で寝返りを打ってみれば目の前には自分の顔には一億の価値があるのだと宣う、転校してからお世話になっている嫌味な先輩。…の眠り顔。
    すぅすぅと小さく寝息を立てながら、一億の顔はこちらの存在など忘れたかのように安眠していた。

    事の発端はどこだっただろうか。

    「えっ、フィレンツェ、ですか」
    「うん。よろしく頼んだよ」

    美しく儚げに微笑む天使の顔をした皇帝は、有無を言わさない圧力をかけながら唐突にそう言った。
    しかし、彼女、あんずは一年もこの圧力を受けていれば多少慣れも出てくるようで。
    もちろん、仕事を断るという選択肢などない彼女は、YESと答える気ではあるが海外なのだ。戸惑いを隠せないあんずをさすがに気の毒に思ったのか、苦笑しながら一言謝罪して内容を教えた。
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    ろじーにゃ

    MEMOいずあん/レオあんネタ
    Twitterにアップしたやつ!このレオあんちゃん、いつか描きたいから忘れないようにメモ✍️
    🌟いずあんちゃん(全然付き合ってない)

    あんず←セナ←人気雑誌モデルのモブ女ちゃん(性格に難がある)の話が読みたい


    プロデューサーのあんずちゃんが現場に来るんだけど、仕事忙しくて髪が乱れてて、目元にうっすら隈あるの。それ見てセナが「ちょっとあり得ないんだけどぉ...ほらこっちおいで、直してあげるから」ってメイク台連れてって、甲斐甲斐しく髪とメイク直してあげるのね?

    それをモブ女ちゃん一部始終見て嫉妬して、あんずちゃんが帰ったあと「瀬名さんやっぱり優しい〜〜やんなっちゃいますよねぇ!プロデューサーとはいえ、おなじ女としてちょっとあれはないなって思いますもん」「隣にいられると恥ずかしいですよね!」とかものっっっすごい性格わるいこと言う

    セナもさすがにカチンときて、綺麗な”瀬名泉”の顔で
    「チョ〜うざぁい...見た目ばっかりで性格わるいあんたとあの子を一緒にしないでくれる?」
    「...えっ、え?だって瀬名さんも、」
    「俺以外があの子のこと悪く言うの許さないから」
    とか言ってほしい

    モブ女ちゃんめっちゃショック受けて瀬名泉のこと周囲に悪く言い始めるんだけど「あの瀬名さんがそんなこ 1658

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    ろじーにゃ

    MEMOいずあん/レオあんネタ
    Twitterにアップしたやつ!このレオあんちゃん、いつか描きたいから忘れないようにメモ✍️
    🌟いずあんちゃん(全然付き合ってない)

    あんず←セナ←人気雑誌モデルのモブ女ちゃん(性格に難がある)の話が読みたい


    プロデューサーのあんずちゃんが現場に来るんだけど、仕事忙しくて髪が乱れてて、目元にうっすら隈あるの。それ見てセナが「ちょっとあり得ないんだけどぉ...ほらこっちおいで、直してあげるから」ってメイク台連れてって、甲斐甲斐しく髪とメイク直してあげるのね?

    それをモブ女ちゃん一部始終見て嫉妬して、あんずちゃんが帰ったあと「瀬名さんやっぱり優しい〜〜やんなっちゃいますよねぇ!プロデューサーとはいえ、おなじ女としてちょっとあれはないなって思いますもん」「隣にいられると恥ずかしいですよね!」とかものっっっすごい性格わるいこと言う

    セナもさすがにカチンときて、綺麗な”瀬名泉”の顔で
    「チョ〜うざぁい...見た目ばっかりで性格わるいあんたとあの子を一緒にしないでくれる?」
    「...えっ、え?だって瀬名さんも、」
    「俺以外があの子のこと悪く言うの許さないから」
    とか言ってほしい

    モブ女ちゃんめっちゃショック受けて瀬名泉のこと周囲に悪く言い始めるんだけど「あの瀬名さんがそんなこ 1658

    kotobuki_enst

    DONEあんず島展示① 寒い日の茨あん
    地獄まで道連れなことに定評のある茨あんですが、一度茨のいるところまであんずさんを引き摺り下ろした後に共にまた上り詰めてほしいという概念の話です。
    その身体のぬくもりよ「おかえり、早かったね」
    「会食をドタキャンされてしまったもので」

     もこもこのルームウェアで着膨れした彼女は足先までルームソックスに包み、その上毛布に包まりながらソファに縮こまっていた。限界まで引き延ばしたであろう袖口に収まりきらなかった指先が膝上に置かれたマグカップを支えている。冷え切った自分とは対照的に、随分と暖かそうな格好だった。暖房の効いたリビングは空っ風に吹き付けられた体をじわじわと暖めていく。

    「食べてくると思ってたから何にも用意してないや」
    「連絡を怠ったのはこちらですのでお気遣いなく。栄養補助食品で済ませます」
    「……用意するからちゃんとあったかいご飯食べて。外寒かったでしょ」

     日中の最高気温すら二桁に届かなくなるこの時期、夜は凍えるほどに寒くなる。タクシーを使ったとはいえ、マンションの前に停めさせるわけにもいかず少し離れた大通りから自宅まで数分歩いただけでも体の芯まで冷え切るような心地だった。愛用している手袋を事務所に置いてきてしまったことが悔やまれたが、家に帰ってきてしまえばもうそんなことはどうでもいい。
    2027