12/15:雪見風呂 貝に与えると良いと言われている塩の話を聞き、キサガギウムの増殖などの手助けになるかと考え たジークフリートは一時的に騎空団を離れ、単独行動をしていた。
特別な塩ならば海にあるのかと思えば、集めた情報は木々に包まれた自然で溢れた島を指し示した。その島は知る人ぞ知る観光地でもあるらしく、大々的に宣伝はしなくとも毎日のように賑わうらしい。島に着いたジークフリートが土産屋の主人に件の塩について尋ねると、商品としてその店に置いてあり、あっさりと手に入れてしまった。この島の地層に閉じ込められた、塩分を含む水で作る塩には特殊な微生物が含まれているらしく、それが貝にとって上質な餌になるとのことだった。
小さい島のため、騎空艇を長い時間駐在させられずにいたからか、塩だけでなくこの島の特産品は流通させることが出来なかったらしい。運ぶ術があるならば、いくらでも持っていってくれと気前よく話す店主はふと、思い出したように店のカウンターの下から上側に穴が空いた箱を取り出す。
「今な、うちの店ではちょっとした催し物をやっててさ。商品買った人はくじを引けるんだ」
何でも、この店が出来てからちょうど10年が経ったらしく、その記念とこれから先の商売への意気込みを兼ねて始めたらしい。
「俺は観光で来た訳ではないのだが……」
純粋にこの島を楽しむ者たちが引くべきだと考えて断ろうとしたジークフリートに、店主はその塩も立派なうちの商品だから遠慮せず引いてくれと後押しする。熱意に負け、箱に手を入れて2回ほど折られた紙を一枚選ぶ。取った紙を受け取り中身を確認した店主は驚いた顔をしたと思えば、すぐさま傍に置かれたベルの取手を掴んだ。
***
「それで、当たったのがここの温泉の無料券だったんですか……」
やっと腑に落ちた様子でランスロットは、湯船に浸かりながら隣で寛舒の表情を浮かべるジークフリートにそう言った。
あれから数ヶ月が経ち、持ち帰った塩は見事なまでに効果を出したので、ジークフリートは自分の不在時でも入手出来るようにと、ランスロットに教えるために再び島へと訪れていた。
同じ店を訪れると、店主はしっかりとジークフリートを記憶しており、その時にクジで当たった無料券の話題を出した。置いてきぼりになっているランスロットを他所に話はどんどん進み、気が付けばその島一番の宿の露天風呂へと案内され、今に至った。
「付き合わせてしまってすまないな、ランスロット」
「いえ!寧ろお気遣い頂いたようで、俺の方が申し訳ないです……」
ジークフリートが持っていた券は一枚だった。恐らく、当たったのは一人分の無料券の筈が、店主の計らいで二人分に都合をつけてくれたのだろう。
「幸い、急を要する訳でもない。少しゆっくりしていくか」
ジークフリートの言葉に対し、そうですね、と諦めたようにランスロットが微笑むと、そのまま肩の力を抜いてふうと長く息を吐く。温泉の湯気と同じくらい白い息は外の空気と混ざって消える。それとほぼ同時だっただろうか。ふわりと白いものがランスロットの目の前を通り、そのまま湯に落ちる。一瞬で溶けたそれは、しんしんと降り始め、辺りを白く染める為の準備を始めた。
「ここに初めて来た時はまだ暖かい時期だったが……そんなに経っていたのか」
美しいな、と一瞬だけ指の上に存在した雪の結晶に呟くジークフリートに、ランスロットはため息のような肯定で返す。
お膳立てされていたような贅沢な状況と風景を前にしても、ランスロットが見惚れていたのは安らぎに身を委ねるジークフリートの表情だった。