10/31:トリックオアトリート「この人も悪戯を教えて欲しいんだって!」
無邪気な少女に連れてこられた人物を見た瞬間、ランスロットは時が止まった様に思考を停止させた。少女と同い年くらいの子供が来ると思っていたが、実際に目の前にいるのは尊敬する師その人だったからだ。
「悪戯の上級者というのはお前だったのか」
納得した口ぶりで言われてはいるが、そんな風に呼ばれていたことも今初めて知り、どうにか状況を把握しようとランスロットが脳内を整理している最中も、ジークフリートは構わず話を進めてしまう。
「丁度お菓子も切らした所だ。実践してくれても構わないから“悪戯”というものを俺に教えてくれ、ランスロット」
混乱する言動が次から次へと飛び出し、お菓子を貰うチャンスを伺っていた子供達はジークフリートの“悪戯”という単語のみに反応して、すぐにでもターゲットを変えようと勢いづいていた。
「ちょ、ちょっと、こちらへ!」
ここではまともに説明も思案もできないと判断したランスロットは、咄嗟にジークフリートの手を取ると、鬼ごっこが始まったと勘違いした子供達からどうにか距離を取って退避し、物陰に隠れる。
先程の少女に連れてこられることになった経緯をランスロットが問えば、ジークフリートは今日はハロウィンだからだと返す。
「悪戯する側に立つのは不慣れでな。子供達に教えて欲しいと頼んだら、一番上手い者がいると聞いて、案内して貰ったんだ」
「そ、そうだったんですね……」
つい子供の頃を思い出し、悪戯をされたらお菓子を持って悪戯で返すという行動を繰り返していたら、自分がシンボル的なものになっていたらしい。恩師に見られたことで、ランスロットは己の行動を年甲斐のないものと反省したが、その師は期待を含んだ瞳でこちらを見ている。今この瞬間、ジークフリートを前にすると出てくる見栄のようなものは仕舞い込み、ランスロットは意を決したように言った。
「わかりました、そういうことなら全力で協力させて頂きます」
ランスロットは簡略化された町の地図を取り出すと、ジークフリートにも見えるように広げ、考えていた作戦を伝える。
「ジークフリートさんは、子供達が地図でいうこの道に来るよう誘導しながら逃げて下さい」
「挟撃を狙うのか、なるほど」
「はい。そして、お菓子を調達した後に俺は反対側から追い込みます。子供達の逃げ場を完全に奪ったタイミングでお菓子を渡しましょう」
戦術さながらの悪戯の作戦を聞き終えると、ジークフリートはせり上がってきた本音をひとつ溢した。
「年甲斐もなく、心を躍らせてしまうな」
満ち足りたような、何かを噛み締めるように微笑んだジークフリートの表情に、ランスロットはあたたかいものに包まれたような気持になる。
「後で何か礼をさせてくれ」
ジークフリートからそう言われると、ランスロットは小さく首を横に振り、充分です、と返した。
「今日のような。貴方と過ごせる時間があれば充分です」
ランスロットの言葉に、ジークフリートは驚きの色を浮かべたが、どこか幸せそうな空色の瞳を前にすると、自然と目を細めていた。
「遠慮深いな」
「贅沢過ぎるくらいですよ」
探しに来た子供達の気配が近付き、目配せを交わすとジークフリートは、また後で、と伝えて物陰から出ていく。
貴方が楽しいと思える日々がひとつ、またひとつと増えていきます様に。ランスロットの願いは、楽しそうな子供達の声の中へと吸い込まれる様に溶けていった。