鴻上了見は、占いを信じない。※注意※
先天性女体化のため、草薙翔一の名前が草薙翔子になっています。
――鴻上了見は、占いを信じない。
占星術、手相、タロット、四柱推命、姓名判断……。この世の中にはありとあらゆる多種多様な占いというものが存在するが、了見は総じてそれら全てを信じない。
了見の考えにおいて、『占いとは心根が弱い人間がよすがとするだけの世迷いごと』。占いが当たったなどという虚言は、ただの思い込みと、偶発的な幸運に過ぎない。
何せ本当に未来を予見や予知できるというのならば、全ては占いによって解決してしまうに違いないのだ。禍福は糾える縄の如し。人の人生は幸不幸が複雑に連なって自分ではどうしようもない力の元に流れていくことを知っている。
だからこそ、了見は先程かけられた言葉など気にも留めていなかった。
その老婆と出会ったのは本当に偶然である。歩きながらCafe Nagiへと向かう道すがらにすれ違ったのだ。
目に付いた時からその存在は、明らかに異様だった。何せ、人通りが少ない道路にぽつねんと独り、立っていたのだ。その上、まるで寓話に出てくる魔法使いのような光を通すことのないローブを頭から被っており、更には一向に動こうとしない。
確かに既に日は傾き始め、太陽の燦々たる光も落ち着き始めてはいる。しかし、辺りを見渡すわけでもなく、路上に立ち尽くしたまま微動だにしない存在は異様の一言に尽きた。
進行方向にその物体がある以上、了見は近付かざるを得ない。存在の大きさは了見の身長の半分くらいだろうか。じりじりと距離が詰まるにつれ、ローブの下にあるのは生気を感じさせない皺塗れの肌だと知った。どうやらローブを被った存在は老人であるらしい。このような場所に立ち尽くす老人の存在が気にならないわけではなかった。
しかし、一方で、だからこそ声をかけようとは思わなかった、とも言えた。何かを探すわけでもなく、ただ棒立ちになるその存在は明らかに異質だ。所謂変質者の類かもしれない。声をかければ藪蛇になる可能性が高いだろう。
極力関わらないため、声をかけることもなく、まるで目に映らないと言わんばかりに了見が横を通り過ぎようとした、そんな時のことだった。
先程まで微塵も動くことがなかった存在が、老いを感じさせぬほどの俊敏な動きで了見に振り向いたのだ。驚愕に後退る了見へと、その老人は枯れ木のように細い腕を伸ばし、そして、手首を強く掴んで来る。
了見の腕を掴んでくる指の力はとても強い。平均よりも細身ではあるが、了見と言えど青年である。かさかさと水分のない手は明らかに老いた存在のものであり、その上背丈が自分よりも半分ほどの老人の腕を振り解くことなど難しくもないはずだが、その手は簡単に振り解けないのだ。老人の小枝のような指はぎりぎりと痛いほどに了見の肌に食い込んでいた。
困惑と不快さを滲ませる了見の目に映ったのは、直視してくる落ち窪んだ目だった。ぎらぎらと鈍く輝いているその瞳はまるで猛獣を彷彿とさせる。
その視線の強さに怯む了見に対し、老人はいっそう目を見開いて、そして、亀裂の入った唇を動かした。
『お前には女難の相が出ておる。ああ、恐ろしい。どうすることも出来ない力によって、大変な目に遭うに違いない! 特に若い女性には気を付けるが良い!!』
しゃがれた女の声だった。口角泡を飛ばさんの勢いで捲し立ててきた老婆はそれだけ言うなり、了見の腕を離して、脱兎の如く走り去っていく。了見が呆気に取られているうちに、その背中は豆粒のように小さくなっていった。
暫しの間、了見はその場に立ち尽くすことしか出来なかった。こんな異様な事態をどう処理すればいい。
当たり屋にも近い、あの老人は一体何だったのか。まるで狐に摘ままれたような気分だった。
やはり、変質者の類だったのだろうか。それならば深く考えても仕方がない。
半ば無理やり己を納得させるように溜息を吐いた了見は、Cafe Nagiへ向かう道を再び歩み始めたのだった。
いつもの広場、いつもの場所。
黄色の車体に、ホットドッグを食している狼のマークが目印のキッチンカー。販売口としている跳ね上げ式の窓は開かれており、中にも見慣れた姿の女性が二人立っていた。
辺りは閑散としており、一見すれば客の姿はなかった。他人との関わりを望まない了見にとって、他者の存在がないことはありがたい。吸い寄せられるように滑らかな足取りで販売口まで了見は足を進める。
「すみません。ホットドッグとコーヒーを」
「お、了見か。また来てくれてありがとうな」
視線を向けぬまま、販売口で注文をすれば、車内にいた癖の強い紫色の髪の女性が声をかけてくる。
僅かに顔を上げた了見の視線は、にっこりと細められた鈍色の切れ長の瞳と絡んだ。直後、大輪の花を咲かせんばかりの屈託のない明け透けな笑顔が彼女・草薙翔子から向けられて、了見は何とも言えない気持ちになり、僅かに唸った。
彼女とは、いや、彼女を含めたこのキッチンカーに関わる人間とは元々敵同士だった。目指すべき未来が異なる、敵。
だからこそ、全てが終わった後に交わる未来など存在しないはずだった。
しかし、それがこうして、了見は定期的にこのキッチンカーを訪れている。それは、彼女からの申し出があったからだった。
『正直、君の父親に対しては思うところがある。弟の仁を誘拐したことは勿論、仁が苦しむ原因になった君の父親を簡単には許すことが出来ない。けれど、君と父親は別だろう? せっかく君と出来た縁が潰えてしまうのは、少し勿体ない気がしてね』
自分よりも年上の女性が困ったように、そして柔らかく微笑みながらそんなことを言うものだから、了見は強い言葉で拒絶することが出来なかった。何より、ホットドッグとコーヒーの味も、そこそこで、悪くはない。
それからというもの、物資の補給の際には定期的に訪れるように心がけているのだが、正直なところ距離感は未だ掴みきれなかった。翔子は彼女の近くにいる【二人】に向けるのと同じような、気さくな態度を取ってくるのだが、それを受け入れるほどには了見は昇華しきれていないのだ。とはいえ、歩み寄ってきている彼女を無碍に振り払うのも、また話が違うと思う。
どうにも掴みきれない距離感に、了見は彼女に対してぎこちない態度を取ってしまっていた。しかし、そんな了見を見ても、彼女は揶揄するわけでもなければ、悲哀じみた表情をするわけでもない。ただ朗らかに微笑するだけだ。だからこそ、それがどうにもこそばゆい。
「了見」
翔子から視線を逸らそうと顎を下げようとしたところで、その所作を遮るように頭上から凛とした声が降ってきた。大人びた翔子のものとは異なる、感情を抑えたような淡々とした少女の声。その声も随分と了見の耳には馴染んでいるものであり、視線を向けずとも正体は知れてしまう。
視線を向けた先にいたのは、翔子と揃いのエプロンを着用した想像通りの人物だった。どこまでも真っすぐで澄んだ長い睫で縁取られた大きな瞳、すらりと伸びた鼻筋、余分な肉のついていない輪郭。一般的に美しいと言われる類の顔立ちの少女・藤木遊作は翡翠色の瞳をしっかりと了見へと向けていた。
この少女もまた了見にしてみれば、どう接すればいいのか考えあぐねてしまう存在だ。彼女が了見に向けてくる視線は翔子の、いわば保護者のような視線ともまた異なる。
どこまでも澄みきった愚直なまでに真っすぐな視線は、どちらかと言えば同志に向けられるような、そんな友好さを滲ませていた。彼女の復讐の矛先であったはずだというのに。その視線からは憎しみは消え失せていた。
寧ろ、罪を重ねてきた自覚のある了見の苦しみを分かち合いたいとでもいうような視線に、言葉では言い表せない気持ちが込み上げてくる。何故、彼女はそこまでして自分に寄り添おうとするのか、まるで理解が及ばない。
遊作曰く、『過去に了見の言葉によって助けられた恩を返したい』というものらしいが、了見自身恩を売った覚えなど微塵もないため、受け入れるような遊作の態度にひどく困惑してしまうのだ。激しい嫌悪や憎悪をぶつけてくれればまだ理解も出来るのに。
「藤木、遊作」
「お前が来てくれて俺は嬉しい」
好意的な態度を滲ませて、翡翠色の透明感のある瞳を緩ませながら少女ははにかんだ。あどけなさが滲む瞳にはわかりやすくはないものの、穏やかな喜悦が宿っている。そこには恋慕のような欲を宿した色はまるでなく、ただ純粋に友としての好感情が向けられていて、了見は調子が狂ってしまう。
「……そうか」
どんな言葉を返して良いかわからず言葉を濁して頷くと、すぐ傍から生暖かい視線が向けられていることに気付いた。視界の端に、保育士のような視線を向けてくる翔子の朗らかな笑顔があった。
どうして、彼女たちは、こうも自分に対し柔らかな目を向けてくるのだろう。
居た堪れなさすら感じて、了見は小さく口の中で舌打ちを噛み殺す。しかし、距離感を測り兼ね、かつ、戸惑いはあったものの、了見はこの穏やかな空気が厭わしいとは思わなかった。そう思っていれば、初めから足を運ぶこともない。
――ただ、どう対応して良いか、わからないだけで。
そんな了見の当惑を見越したように、翔子はくすりと静かに微笑んだ。
「ホットドッグとコーヒーな。遊作、渡してやってくれ」
自ら手渡してくればいいものを、注文の品を詰めた紙袋をわざわざ彼女は遊作へと渡してくる。きっと彼女なりの気遣いなのだろう。心臓の辺りがこそばゆい。
だからこそ、僅かに気がそぞろになっている了見の頭からはすっぽりと抜け落ちていたのだ。
……先程の老人の言葉など。
「あ」
受け取る直前のことだ。突然吹きすさんだ強風によって、販売口に置かれているケチャップのボトルがかたりと揺れた。左右に振れた赤色のボトルはバランスを崩し倒れ、販売口のテーブルから転がり落ちていきそうになる。
了見は転がっていくボトルへと反射的に顔を向け、遊作に差し出した方とは反対の手を伸ばした。
ホットドッグの入った袋は目測を誤らず受け取れるだろうと、視線もくべずにいた直後のこと。
ふにり。
掌全体に訪れた感触に、了見の脳は激しく混乱した。
触れるべき包み紙の無機質なかさついた硬さではなく、皮膚を通して伝わってくるのは沈み込みそうになる柔らかさだ。
(一体、何に触れた!?)
予想外の感触に慌てて上体を起こせば、了見の視界に映ったのは己の手が紙袋ではなく、遊作の胸元に触れている現状だった。
触れている、だなんて可愛いものではない。エプロンの上から掌を押し当てているその様は、一見すれば胸を鷲掴みにしているようにさえ見える。
何故、こうなった。思考がブリザードに襲われたかのように凍りつく。
数秒ほど固まった後、了見は周章しながらも遊作へと頭を下げた。
「す、すまないっ」
「……いや、構わないが、その……」
「……?」
「そろそろ、手を退けてほしい……」
僅かに頬に朱を宿した遊作が、蚊の鳴くような声でポツリと呟いた。
思考と連動する形で身体の動きが硬直していたためか、確かに、未だ了見の手は遊作の慎ましい胸の上に置かれていた。これでは、キッチンカーの店員の女子の胸部に触れているただの変質者に過ぎない。
服越しにでも掌から伝わってくる仄かにハリのある柔らかな胸の感触が現実を突き付けてきて、了見は血が抜けたように白くなる。
故意ではなかった。明らかに事故である。しかし、藤木遊作からしてみれば、そんなことは関係ないはずだ。
「すまない、っ」
自分でも情けなく思えるほどに、口からはいつになく狼狽えた声が溢れてしまっていた。
弾かれるように遊作の胸部から手を離した後、距離を取るように了見が後退った刹那のことだ。
「お前、何してんだよ!」
背後から険しい声が突き刺さる。
すかさず振り返ってみれば、怒髪天を衝く勢いでこちらへと速足で近付いてくる少女の姿が見えた。灰と焔の色をしたセミロングヘアを乱しながら眼鏡の奥で眦を吊り上げる少女は穂村尊。藤木遊作の親友であり、そして、彼女もまた、過去、了見の敵であった存在だ。
少し前にDenCityから地元へと戻ったはずだったが、こうしてここにいることを考えると、今は何かの用事でこちらに滞在しているのだろう。買い出しを頼まれていたのか。ショート丈のニットブラウスとミモレ丈のフレアスカートの私服姿の彼女の手にはこんもりと膨らんだ半透明の袋の取っ手が握られている。
「尊」
「今、遊作の胸に触ってたの、見たんだからな!」
「違う。いや、違くはないが、望んで触れたわけでは……」
少なくとも他意はないのだと誤解を解くために左右に幾度か首を振ってみせるが、スカートを靡かせてずいずいと距離を詰めてくる少女の剣幕は厳しいままだ。
このままでは変質者のレッテルを張られかねない。どうにか説明を重ねようと了見は尊へと向き直り、そして、しどろもどろになりながら口を開く。もう既に頭の中からは受け取り損ねた紙袋のことなどは消えていた。
手を伸ばせば触れることが出来そうなくらいにまで彼女が距離を詰めた、矢先のこと。
「わっ、あっ!?」
「!?」
何か蹴躓いたのだろうか。慌てたような声を上げた尊の身体が息つく間もなくつんのめる。目と鼻の先で倒れたその身体を支えようにも、彼女が猛進していた勢いのせいもあり、了見も後方へと倒れ込んでしまった。
直後、辺りに響いたのはけたたましい音だ。突然のことに了見はきつく目を瞑る。
「つぅ……」
「いたた……っ」
背中に硬い感触が叩き付けられたが、幸いにも、激しい痛みはない。身体の前面にはそれなりの重さがあったため、きっと尊が己の上に乗っているのだろう。
幾ら自分を厭わしいと思っている相手とは言え、女性であることには変わりない。コンクリートと尊の緩衝材となり、彼女の怪我を防げたとなればそれは良かったというべきか。
「ひどい音がしたが、大丈夫か!?」
バタバタと慌ただしい足音と共に、驚いた様子の翔子の声。随分と店前で騒いでしまった。謝罪がてら問題はない旨を返そうと、瞼を擡げた了見は思わず、絶句した。
視界に映り込んだのは、純白だった。焦点が合わないほどの近距離に、レースに縁取られた布地が突き付けられている。併せて、僅かに薄暗い視界の中、眼前にあったのは、日に焼けていない雪を欺くように白い、ハリのある健康的な肌だ。
一瞬、現状を受け入れられずに、思考が停止する。しかし、聡明である了見は今、自分がどんな状況に晒されているのか、否が応でも理解してしまっていた。
この視界に映るのは、きっと……。
(何故、何故、こうなった……!?)
またもや激しい混乱が了見に襲い掛かる。もはや呆然とすることしか出来ない。
一体、どんな体勢で転んでくれば、眼前に相手の臀部が晒されるようなことになるというのだ。
きっと、今、地面に倒れている了見の顔は尊のフレアスカートの中に入っている状態だろう。傍から見れば、惨事と言っても過言ではない。
そうはならないだろうと言いたいが、事実、そうなっている以上、どうしようもない。
この場合、居た堪れないのは、己か、それとも、尊の方か……。
これ以上、視界に映していればいよいよ罪の意識に押し潰されそうになって、了見は再び深く瞼を下ろした。視界を黒で塗り潰しながら、恐る恐る口を開く。
「……穂村、すまないが、どいてくれないか」
「え、……はあッ!? ~~!」
遠慮しがちな了見の声に対し、尊の呆けた声が頭上から聞こえる。まるで危機感のない声に、いっそ頭を抱えたい。
しかし、漸く状況を理解したのだろうか、間髪をいれず、尊の声にならない悲鳴が降ってきた。すぐさま了見の身体の上から重さが消えた。
彼女が自らの上から退いたであろう後、一呼吸おいてから目を開くと、了見を見下ろすような形で尊が睨み付けてきていた。眼鏡の奥に色付く薄藤色の瞳は敵愾心をこれでもかと煮えたぎらせている一方で、その顔は燃え上がりそうなほどに赤く染まっている。
「その、悪かった」
「っ、さ、さっき見たのは全部忘れてよねっ!!」
了見の謝罪を掻き消すようにして、尊は喉が枯れんばかりの激しい怒声を撒き散らす。彼女はキッチンカーから降りてきた翔子と遊作の元まで、まるで寄り添うように駆け寄っていった。
尊の中で怒りのボルテージが沸々と高まっているのだろう。こちらを睨む瞳には薄らと涙が滲んでいるのが見え、了見自身望んで悪手をとったわけではないが、本当に申し訳ないことをした気持ちで胸が覆い尽くされていた。
しかし、一体全体どうしたというのだろう。先程の遊作の時といい、今の尊の時といい。未知の力でも働いているかのような、不可思議な事態に直面している了見の頭の中は混乱で満ち満ちていた。
上体を起こしながらふと了見の脳裏に思い出されたのは、先程、道すがらの老人が放った占いにも似た言葉だった。
――お前には、女難の相が出ている。
(……まさか、あの老人の言うとおり、女難の相でも出ているとでもいうのか?)
一瞬ちらりと途方もない考えが頭を過ったが、了見はすぐさま己を否定する。
そんなことあるわけない。占いなど、所詮世迷いごとにしか過ぎないのだ。
きっと、偶然が折り重なっただけ。
女難の相など、あるわけがない。認めるのは癪に障る。
「随分とやんちゃなことしてくれるなぁ」
自らに訪れた災難についてぐるぐると思考を回す中、ふはっと、吹き出すような静かな笑い声が降り掛かる。顎を上げた了見に、尊を慰めるためか抱き寄せながらも苦笑じみたように目を細めた翔子の姿が映った。
言葉に棘はない。寧ろ、半ば呆れた様子で、けれど、了見を責めるわけではなく、どこか揶揄うような擽ったい態度。目を峙ててず、翔子は幼子を見るかの如く、穏やかだった。
今もなお憤怒の渦中にいる尊を宥めすかすように彼女の背中を数回軽く摩った翔子はその後、了見へと歩み寄る。
「起きられるか?」
「……ええ、大丈夫です」
転んだ子どもにでも言い聞かせるような口調だ。子ども扱いされている居心地の悪さに了見は苦虫を噛み潰したように顔を顰めた。とはいえ、無視するわけには行かない。素っ気無い言葉を返して立ち上がろうとした了見に向けて、翔子が躊躇いなく手を差し伸べてきたのだが、同時にぐらりと翔子の上体が揺れた。
「わっ!」
「!?」
何が起こったのか、了見には窺い知ることが出来ない。思考を回すより前に、了見に向けてその肢体が倒れ込んでくる。
抱き留めようと突き出した了見のその手は、計らずも彼女の体躯の両脇を擦り抜けた。直後、了見の顔は柔らかな感触に埋められた。
柔らかな感触越しに、至近距離から聞こえてくるのはとくとくと一定のリズムで打つ音。それが心臓の音であり、そして、今、自分は翔子の豊満な胸に顔を埋めている状況だと得心した瞬間、了見は絶望に突き落とされた。
再び、脳裏であの老人の言葉がリフレインする。
いっそここまで来ると、あの女難の相というやつは占いですらなく、呪いに近いものなのではないかとすら思えてきた。
「鴻上~~っ!!」
尊の姦しい怒声を聞きながら、了見はどこか他人事のように半ば捨て鉢気味にこの現状を諦めていた。もう言い訳も、否定も、何の意味もなさない。
しかし、これはきっと偶然なのだと了見は己の心に言い聞かせるのを止めなかった。ここまで運悪く彼女たちに対して不埒な真似を不本意ながらにしてしまうこれはただの偶然だ、と。
いっそ、それはもう意地ですらあった。ここで認めてしまってはあの老婆に負けたような気がした。
……勝ち負けなど初めからないというのに。
「その、悪かったな、了見」
「いえ……」
上体を起こして距離を取った翔子の目は、どこか虚空を眺めるような遠い眼をする了見を捉えた。
ひどく精神的ダメージを負ったような表情。まるでその姿は疲労困憊だと言わんばかりだ。
そんな了見を、遊作と翔子がどこか憐れむような瞳で見つめていることなど、占いを否定する思考を回す彼は、知る由もなかったのだ。
〜終わり〜