学パロSS 転校してきた伊藤ふみやという高校三年の生徒は睡眠障害の影響で留年し、現在は十九歳だ。養護教諭として天堂天彦は彼のサポートを学校側から依頼された。
以前の学校ではそういったサポートが乏しく、むしろ養護教諭が伊藤ふみや相手に問題を起こしたのだと、それを本人から聞いて頭を抱えてしまった。
両親は海外赴任なのでセキュリティの高いマンションに一人暮らしをしているのだと彼は淡々とした様子で語っていた。以前の養護教諭は、そこに押しかけて性的な意味で当時十八歳の彼に迫って警備員に捕まったそうだ。
「天彦センセ、休ませて」
不思議な、達観したようでいて幼さを持つ可愛らしくもミステリアスな雰囲気のふみやにそういった感情を抱く気持ちは分からなくはない。
「おや、おねむですか?」
シャツとパンツに白衣を羽織った天彦は振り向きながら子どもに言うようにふみやに聞いた。
「やっぱこの時間は厳しい……ベッド空いてる?」
「ええ、どうぞ」
朝礼が終わり、一限目がはじまるやいなや保健室にやってきたふみやは大きな欠伸をすると白いカーテンの中に入り、学ランの上だけ脱ぐといそいそとベッドに入り込む。
「夜はまだ眠れませんか?」
「そだねー……夜寝るより朝起きるのが辛いかな……天彦センセも悪ぃね。モーニングコールさせちゃって」
「いいんですよ、寝起きの声はセクシーですからね」
「セクハラで訴えられるよ?」
カーテン越しに少しだけ会話をするも、ふみやはすぐに眠りに落ちた。
天彦は授業時間から割り出した欠席にならない時間をタイマーにセットすると書類関係の仕事に戻る。
体育の授業で怪我をした生徒が来て手当を手早くして授業へ戻らせる。そのタイミングでタイマーが鳴った。
「伊藤君、起きて下さい。伊藤君、ちょっと!」
カーテンを開き、白い掛け布団に寝転ぶふみやを揺さぶるも反応はなく大きくため息を吐く。
「ふみやさんっ!」
「っ……ひっく……んっ、んんー、あー……時間?」
のそのそと上体を起こしたふみやはしゃっくりとしながら大きく腕を上げて伸びをした。
「ほら、ふみやさん、起きてください。この時間なら出席扱いですよ」
「あーね……いってくる……ヒック」
「いってらっしゃい」
脱いでいた学ランを小脇に抱えて、靴を履いたふみやはベッドから降りると天彦に見送られながらとぼとぼ、と廊下を歩き出した。
授業終わりのチャイムが鳴り、生徒たちがガヤガヤと賑やかにそれぞれ帰る生徒と午後六時までの部活動に向かう生徒と別れていく。
「ごめん、帰る前に休ませて」
うとうとと放課後に入ってきたふみやは体をぐらぐらさせながら天彦の返答も聞かずに羽織っていただけの学ランを椅子に引っ掛けると保健室のベッドにさっさと寝っ転がる。
「職員室で会議があるので、少しだけ抜けますけど……鍵かけておきますね。大丈夫です?」
「んー……よろろー」
「はいはい」
軽く返事をするふみやを置いて天彦は保健室のドアに貼られた自分の居場所を教えるカードを職員室に貼り替えると、すぐ近くの職員室へと向かう。軽く担任教師にふみやの話を振って成績に影響はないかだけ確認し、お互いに彼の卒業まではよろしくと話し合った。
さっさと会議を終えて保健室に戻ると、ふみやはまだ深い眠りの中にいた。
後ろに撫でつけた髪から垂れた前髪を手でそっと除けながら、目の下にある隈と共に顔色をチェックする。そろそろ起こして帰宅させた方がいいかと声をかけようとした瞬間に保健室のドアがノックされた。
「天堂先生ー、転んで血ぃ出てんだけどー」
「はいはーい」
天彦はふみやの肩に掛け布団を持ち上げてからカーテンを閉める。ドアを開けて入ってきた生徒と支えて連れてきた生徒の方に顔を向けて、思った以上に激しく擦り剥いた傷口に眉を寄せた。
傷の手当てをしている間に午後六時になってしまい、下校する生徒たちの声が再び響く。
「本当にそろそろ起こさないとか……」
ここまで来たらもう帰りは車で送ってあげてもいいかと天彦は保健室のドアのカードを不在に貼り替えてから帰り支度をはじめた。白衣を脱ぎ、部屋の隅にあるロッカーにかけて革の鞄を取ると、手荷物や書類関係を入れる。
「よし、っと」
天彦は夕焼けのオレンジと夜の入り混じった空を窓越しに見つめた。
伊藤ふみやという青年に対して特別扱いをしてしまっていることを少しだけ自覚しながらも、彼がひとりでいることや、親子関係の希薄さを気にかけてしまう。
自分がそうされたかった願望でもあったのかもしれない。
「うーん。押しつけちゃってる、よなぁ」
天彦はため息混じりに反省するように呟いてから保健室のカーテンに手を伸ばした。
「ふみやさん、そろそろ起きて……」
カーテンとカーテンの隙間から太い骨筋の手が伸びると、天彦の手首を掴んで引っ張る。
「えっ、うわっ」
体が反転させられ、ベッドに背中を打ちつけるように押し倒される。バサッと視界が暗くなって体温が残るシーツと寝ていたはずのふみやに挟まれながら布団に包まれた。身動きが取れないように胸ぐらを掴まれて、唇が湿ったものに覆われる。
「んっ、ふ……んんっ……」
家の布団とは違う硬めの掛け布団の消毒液の匂いに入り混じるように男らしい体臭と石鹸のような匂いが鼻腔を擽る。暗い中でごつごつとした手によって洋服越しに体を弄られ、完全に油断しきっていた口の中に熱い体温の舌がぬるりと挿れられた。
「ッ、は……んぁ……はっ」
逃げようとする天彦の顔がふみやの手によって顎が掴まれ、がっちりと固定される。唾液の混ざり合う粘着質な音が布団を被ったままのせいで耳に異常に響いた。舌先によって上顎を擦られ、ビクビクッと否応なしに体が反応してしまう。
暗くて、空気が薄くて、息が乱れた。
じゅる、と唾液が吸われ、下唇を食まれる。
「やめ……ぅ、あ……ひ、んぁッ」
ふみやの膝がぐっと天彦の股の間に差し込まれ、兆しはじめた股座が押されて甘く媚びるような声が天彦の口から漏れた。
「ハハッ」
ふみやが笑いながら天彦の腰の上に座るように体を起こした。目の前が保健室の照明で明るくなる。
少し乱れた白いワイシャツに身を包んだ青年が紫の瞳で弧を描いた。
「これ、本当にお前なんだ」
口を唾液で濡らしたままのふみやが、息も絶え絶えになっている天彦の目の前にスマホの画面を出す。そこには男に腰を抱かれ、ホテルに入る天彦の姿が映し出されていた。
「ねえ。天彦センセ、生徒相手でも気持ち良くなっちゃうんだね」
そう言ってふみやが拳で濡れた口元を拭う。天彦はスマホの画面を真顔でしばらく眺めてから、フッといつもの微笑みをふみやに向けた。
「フフッ、なんてセクシーで可愛い坊や。わざわざ調べたんですか、これ」
クスクスと笑いながら天彦はふみやの手を取り、その指先にキスを落とした。
眉をピクリと動かしたふみやの体を押し退けて、ベッドから降りると何事もなかったのように落ちた鞄を拾う。
「おうちに送りますから帰りましょう」
「ねえ、何も聞かないの?」
学ランを着ながらふみやは顔を年齢相応にいじけるように膨れさせた。
「あなただって、そうでしょう?」
睨み合うように見つめ合ってから、ふみやがアイスブルーの瞳から逃れるように顔を伏せた。
「そう、ごめんね。天彦センセ、送ってくれる?」
「ええ、いいですよ。僕はセクシーであなたの良き"先生"ですからね」
チャリ、と音をさせながら車の鍵を持った天彦が先導するように歩き出し、その後ろをふみやが着いていく。
天彦の背に向けた紫の目にある酷く歪んだ輝きに気づくのは、いまは誰もいない。