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    OTuraisan

    @OTuraisan

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    新刊サンプル「俺のものにしたっていいでしょ?」9/6-8 消えた財布と恋の行方《ふみ天webオンリー》本自体はR18だけど、サンプルは年齢制限なしで読めることに気づいた

    はじまりの、はじまり どんよりとした灰色の空から細雨が降ってきた。
     そっと差し出した手のひらに水滴の存在を感じた伊藤ふみやはケーキの箱を濡れないように腕の中にそっと抱え直す。
     外出からの帰り道、行きつけのスイーツ専門店に立ち寄ってケーキとプリンを購入すると、閉店間際のお陰かおまけにとマカロンやシュークリームを持たせて貰えた。
     そこまでは良かったものの、まさか帰りに雨に降られるとは思わなかった。
     ふみやは屋根のある建物で雨宿りしながら息を吐く。
     少し明るかった夕暮れは、すっかり夜に差し掛かっていた。
     紙で作られた可愛らしいケーキの箱を服の中に庇って家に帰るには少し距離もあり、どうしようかと薄暗い空を見上げる。
    「帰れなくは、ないけど……うん?」
     そんなことを呟いていると、ふみやのいる場所から少し離れたところに一台の何の変哲もない乗用車が停まった。見知った人物の顔がその車から、ちらりと見えた気がしたふみやは目で車を追った。
     車のドアが開くと、鈍色の世界の中に濃いワインレッドの髪が目に飛び込んくる。長身の整った顔をした彼、天堂天彦は開いた窓から車の運転手に微笑み、少しだけ会話をすると最後に優しげな表情をすると顔を近づけて唇と唇を合わせる。
     まるでドラマや映画のワンシーンのような光景をふみやはケーキの箱を抱えたまま眺める。むしろ冷やかすかのように思わず「おおー」と小さく声が漏れた。
     しばらくして車が動き出し、天彦が家に向かおうとしたのか傘を広げる。
     あ、と思わず出たふみやの声に天彦がパッと顔を上げた。
    「ん? ふみやさん⁉︎」
     驚いた顔をした天彦は小走りにふみやの元に来ると、彼の状況を察したのか、さっと開いた傘を傾けた。
    「助かる。ケーキの箱あったからどうしようかと思ってたんだ」
    「あ、ああ、はい」
     少し焦った顔をしている天彦の傘にふみやは入り、家までの道をふたりで歩き出す。
    「付き合ってんの?」
     ぽつりと落とされたふみやの言葉に、天彦の肩がビクリと反応した。
    「あー……さっきの見られていましたか。お恥ずかしい」
    「あーね。流石だなって」
     さわさわと、しとしとと、静かに降る雨の中でふたりの声だけが暗がりに響く。街頭の光が緩く発光しはじめるのをふみやは見つめた。
     天彦はふみやの童顔のようでいて大人びた、そんなアンバランスな横顔を眺めながら少しだけ躊躇うように口籠った後に意を決したように口を開く。
    「えぇ、と……違います。お友達というか天彦は皆さんの恋人ですから……あっ、すいません……男性同士でそういった関係とか気持ち悪いとか」
    「別に何も思わないよ、俺は」
     天彦の言葉を遮るかのように、はっきりと口にしたふみやに天彦は安堵したように、そっと嬉しそうに微笑んだ。
    「フフッ、ふみやさんらしい」
    「何かしら自分自身に得やメリットがあるから天彦はそうやって人との関係性を築いているんでしょ? 同居人だけの関係である俺が何か思うとかはないよ。ただ危ないこととか、怪我とかは皆も心配するし止めてねってだけ」
     年齢とは似つかわしくない達観したふみやの物言いは少しだけ冷たくも感じる。
     それでも以前、今日と同じような雨の中を猿川慧が知り合いの少年を探すために飛び出した時、傘を持たずにふみやが外に情報を集めに行ったことを思い出して天彦は目を細める。
    「ふみやさんのそういうところ、とてもセクシーです。そうだ! 家に帰ったら一緒にお風呂に入りましょう」
    「あ、それはいらない」
     広めの庭の大きな家が見えてくる。本格的に降りはじめた雨を通して、ぼんやりと明るい灯が窓から覗いた。
    「ふぅん……」
    ふみやはそう呟くと、家で風呂に入るってことは相手とはそういうことは何もしていないのかとほんのり下世話な考えを巡らせた。少し落ち着かない気持ちでケーキの箱を抱え直し、隣にいる最年長である男を伏せた横目で見つめた。ふみやより背の高い天彦が傘を傾けてくれているからか彼の外側の肩が濡れているのが見えた。
     天彦の紳士的な行動や育ちの良さが所々に垣間見えるのに、ふみやは少しだけ胸のざわつきを感じることがある。
     自分と、位置や価値が違っていて。差があまりにもあるような。
     他人同士だからあたり前なのに、すべてを知った上でこの家に誘ったはずだったのに、何かが自分の中で変化があるような気がしてならない。
    「ケーキ、濡れなくて良かったですね」
    「ああ」
     ケーキ箱から漂うのとは違う甘い香水が雨の匂いと混じるのに、少しだけ落ち着かないのは天彦と知らない男が口づけするところを見てしまったからだろうか。
     巡る思考の中、ふみやは表情を変えないまま天彦と会話する。
    「ふみやさん、依央利さんやテラさんとカフェによく行っているんですよね。今度、天彦もオススメのお店に連れていってくださいますか?」
    「うん、奢ってくれるならいいよ」
     それは、まだ七人の同居生活がはじまってしばらく。
     もう少ししたらクリスマスになる前の出来事だった。


     思っていたよりも賑やかで楽しくおかしい日常が過ぎていく中、ふみやは時折、あの雨の日のことを思い出して天堂天彦という人間を見つめることがあった。
     夜、ソファに寝転びながらふみやは纏まらない脳内に前髪をぐしゃりと握る。
    「それは、他の奴らにも言えることだけど……」
     依央利も慧も、理解も大瀬もテラも。
     皆が皆、興味深く面白い。
    「うーーーん、でもなぁ」
     そう、天彦の存在は何だかモヤっとする。
    「あー……眠れなーい」
     むくりと起き上がったふみやは部屋から出ると廊下を歩いた。
     隣の空室のドアを過ぎ、天彦の部屋のドアに差し掛かる。不在なのか気配のない部屋の前で少しだけ立ち止まってドアノブに触れようとしてから、ぴたりと手を止めた。
    「何してんだろ」
     ふみやはその手を腹からシャツの中に入れて身体をぽりぽりと掻きながら階段へと向かう。結構な深夜にもかかわらず、リビングの照明は明るいままだった。
     多少は抑え気味だがきゃらきゃらとしたテラと、いつもなら依央利が付き合っているイメージがあるが今日は天彦の声が聞こえてくる。
     ふみやは少しだけ考えてから歩を進めた。
     リビングのテーブルにはコンビニで買ってきたつまみが袋のまま置かれている。パジャマとガウンとそれぞれの寝巻き姿の二人の手にビールの缶が握られていた。
    「でさぁ、失礼しちゃわない? テラくん捕まえてそれはないよ」
    「ええ、ノンセクシーです。おや、ふみやさん」
     ふみやの姿に気づいた天彦の声にテラが振り向く。
    「夜更かしか、伊藤ふみや」
    「寝れないのでしたら天彦が添い寝をしてあげましょうか?」
     ぴらっとガウンの胸元を開いてから謎のポージングを取る天彦をふみやは一瞥してからそっと視線を逸らした。
    「いらない」
    「遠慮なさらず」
    「天彦」
     ふみやが咎めるように名を呼ぶとガウンを閉じながら天彦がハハハッと笑い、テラも意味もなくアッハハッと笑い出す。
    「ちょっと喉乾いたから降りてきただけ。珍しいね、二人がそうやって雑に飲むの。いつもおしゃれな感じだけど」
     そう言いながらふみやは棚から取り出したグラスに水を入れる。
    「おしゃれなのは依央利くんが用意してる時だけだよ。いやー、仕事で飲んだけど微妙だったから帰り道のコンビニで会った天彦を誘って飲み直しー。あ、依央利くんには内緒だよー。面倒くさいから」
     顔をアルコールで赤くさせたテラの隣の椅子にふみやは座ると、水の入ったグラスを一口飲んでからテーブルに置いた。
    「え、内緒なの? どうしよ」
    「さっき買ってきたアイスあるけど食べる?」
    「わかった。言わない」
     テラとふみやのテンポの良いやりとりを聞きながら天彦がクフクフと笑った。天彦も酒が回っているのか頬が少しだけ赤くなっている。
    「あのさぁ、天彦に聞きたいことあるんだけど」
     水の入ったグラスを見つめながらふみやは口を開いた。
    「何ですか?」
    「固定しないの? 相手」
     あたりめをガジガジと噛む天彦は意外なことを聞かれたと目をぱちくりとさせる。テラはテラでむふんと頬を緩ませて飲んでいたビール缶をテーブルにがつんと乱暴に置いた。
    「えっ、何なになに? 恋バナ?」
    「そう」
     瞳をキラキラさせるテラにふみやが頷きながら返事をすると、すかさず眉を寄せた天彦が訂正する。
    「違います」
    「テラ、ごめん。違かった」
    「違うんかーい」
     テラはガッカリした様子で、がさがさと手にしたドライカルパスの透明フィルムを開けると口に放り込んだ。
    「それでさ、固定とかしないの?」
     こくりと水で喉を潤したふみやはもう一度、天彦に質問を投げかけた。
    「あっ、続くんです? この話題。えー、必要に迫られたらとか。新たなセクシーの為とか……まぁ、基本的に相手の方もそういったお付き合いを天彦に求めませんからね。それに、僕はWSA、ワールドセクシーアンバサダー、世界セクシー大使、天堂天彦。世界中の変態さんたちが僕の恋人です」
    「うるさいよ。ヤリチン、ビッチ」
    「テラさん、めっ!」
     酒に酔いほわほわとしながら指を組んで答えた天彦に、ふみやは何も言わずにゴクゴクと水を飲み干した。
    「よくわかんないや。そういうの。まだ未成年だから」
    「フフッ、セクシー。ああ、テラさん、未成年の前で下品なお言葉は、めっですよ。セクシーじゃない」
    「えー、天彦に言われたくないなぁ」
    「なっ! 天彦はセクシーですよ?」
     グダグダと酒を飲みながら二人が話すのをふみやは邪魔しないように眺める。まだ眠気が訪れる気配はない。
    「じゃ、そろそろ寝ましょうかぁ」
    「えぇーまだ飲むぅ」
    「飲み過ぎですよー、テラさぁん」
     しばらくして顔を真っ赤にしたテラと酔ってクタクタになった天彦が揃って歯を磨きに向かうのを見送りながら、ふみやは椅子から立ち上がるとキッチンの水場にグラスを置いた。
     テーブルの上にある空き缶とおつまみの包装は明日の朝にでも依央利が片づけるだろう。
    「あ、でも依央利が朝から騒がしくしそうだな……いや……まぁ、どうでもいいか」
     リビングとキッチンの明かりを消すとふみやはリビングから廊下に移動する。
     酔っ払いたちの様子をちらりと見ると歯を磨き終わった天彦が廊下の壁にふわふわとした顔で寄りかかっていた。
    「天彦? 大丈夫?」
    「ふみや、さん……いやぁ……寝る前のふみやさんも、セクシーですねぇ」
     天彦の隣に向かい彼を見上げると、ふみやの後ろから体重をかけて抱きついてくる。
     そんな天彦を少し肘で押しながらふみやは思った以上に感じる熱い体温と発せられる他者の匂いに表情には出さないものの心臓がバクバクと高鳴った。
    「あー、天彦ぉ。セクハラだー!」
     歯磨きを終えたテラがやってきてバシバシと天彦の背中を叩いてから先を歩き出した。その後ろを着いていくと天彦はそのままふみやに寄りかかる形で進む。
    「天彦、おっもい」
    「フフフッ、ふみやさーん」
     ツンツンと天彦の指で頬を突かれるのをふみやは手で払った。
     階段を上がり、天彦とテラの部屋の間に到着する。ぽやぽやと柔らかな目をさせた天彦の身体をベリッと剥がし向かい合いになるとふみやは、にぃと口元を歪めた。
    「お、伊藤ふみやの悪い笑みだ」
     テラが茶化し半分で警戒するように眉を寄せるのを、気にも留めずにふみやは自分の左頬をトントンと指す。
    「天彦、おやすみのキスは?」
    「えぇ〜、仕方ありませんねぇ、可愛い坊や」
     酔っていると、普段よりもノリが良いのか天彦はふみやの左頬に軽いリップ音を立ててキスを落とした。
    「天彦! テラくんにも! テラくんはテラくんにもキスしたいから早くして!」
    「はぁい」
     無茶苦茶なことを言うテラの頬にも天彦がキスする。
    「じゃ、おやすみ〜」
     テラがドアを開けて自分の部屋に急いで引っ込むのを見送ると、ふみやは頭をグラグラ揺らしている天彦のガウンを少しだけ引っ張った。
    「天彦、大丈夫?」
    「ふぁい、大丈夫ですよー」
     ヘラヘラ笑う天彦に、ふみやは不意に思いついくと自分の唇にトントンと指を置く。
     流石にしないかなと思いながらも眠気と酔いにふわふわしている天彦に、ほんの少しの期待をしながら。
    「おやすみのキスは?」
     むに、と唇に柔らかな感触が押しつけられる。ついでとばかりに啄むように下唇を喰まれ、ちゅっと音をさせながら離れた。
    「ふふ、おやすみなさぁ、い」
     そう辿々しく呟きながら笑顔の天彦がドアを開けて部屋の中に入っていくのをふみやは廊下で固まったまま見送る。
    「は?」
     ふみやの眉がぐっと歪んだ。
     甘い香水の混じった酒臭い呼気がまだ鼻にこびりついているようだった。
     酒を飲んでもないのにグラグラとする頭を乱暴に指で掻きながら自室に戻り、ソファにどすんと寝転ぶ。自然に指が唇に向かった。
    「はぁ? 酔うと誰にでもすんの?」
     苛ついたような声がふみやの口から漏れる。
     その問いに答える人間はいない。ふみやの部屋の中に広がるだけだ。
    「違う。アレは誰にでもする。そうだったじゃん。俺。はー、なにそれ。どうしよ」
     ふみやの口から紡がれる言葉が荒れる。
    「あー、甘いもの食べなきゃ何も考えらんねー」
     お腹が空いていないのに、空いた気がしてならない。悍ましい程の飢餓感に囚われる。
     ふみやは、なるほどとだけ声を漏らした。
     とりあえず、天堂天彦という人間を自分のものにしたいのだと自覚してしまった。
     否、されられてしまった。

    「皆の、じゃなくて……別に俺のものにしても良くない?」

     まるで誰かに許可を取るかのようにぼそりと呟くと、ふみやは重たくなってきた瞼で濃ゆくなる紫をそっと閉じた。
     ただ、まさかこのすぐ後に住んでいる家から追われ、さまざまな場所を転々とする逃亡生活がはじまることになるとは伊藤ふみやでさえも予想はしていなかった。
     
    「おやすみのキス? 覚えてないです」
     後日、山中で惜しいことを忘れたと天彦が大袈裟に嘆くのにふみやは、へえと淡々とした声色を漏らした。
    「いつも、あんなベロベロになるまで飲むの?」
    「いいえ? 家だけですよ。皆さんと一緒だと気が緩んじゃうんでしょうね」
     恥ずかしそうに笑う天彦に、ふみやも同意するような微笑を浮かべた。

    「……ふーん。そっか」

     じゃあ、早く家に帰らないとね。
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