それは夢の中にいるようで / クロアス--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
天から降り注ぐ陽の光は、白々と豪奢な聖堂を照らしている。両手を広げ柔らかな笑顔で人々を慈しんでいるはずの女神像を一瞥し、クロービスは扉の中へと入っていった。グレンデルで魔族をかばって以来、拘束されたアステルは真意を確認する事もできないまま、護送という名目で隔離されている。まだ疑いの段階だというのにこのように扱う時点で、この厄介な土地がどのような審判を下そうとしているか、一向に明るい想像はできそうになかった。
直前にアステルの師であるマティアスからかけられた言葉が耳から離れない。普段の飄々とした態度からは想像しがたいほどに、真剣に頭を下げる姿は痛々しいほどで。けれど、『免罪を着せられないように守ってやる』というそんな当たり前の事柄ですら今は保証ができなかった。この歴史の浅く異様で不可解な国が、聖地を自称し曲がりなりにも権力を持っているのは、相当のやり手が治めているいうことでもある。
加えて、この土地で邪道とされる黒魔道を修めているということはそれだけで不利に働いていた。幼い頃に出自を呪った時以来の苦々しさは、眠れぬ身体へとよく沁みる。人の為にと極めた魔道は、一番大切にしたい者を救いたい肝心な時に行使することは許されないのだろう。
杖を握る手を柄に食い込まんばかりに固く握りしめたクロービスは、一緒に聖堂に入ったサシャ達と別れ、傍聴席の隅の方へと腰掛けた。
木槌が鳴り、女神の神意を得た神明裁判が幕を開ける。
久しぶりに顔を見たアステルは、最前列に腰掛ける仲間に一瞬安堵したようだったが、何かに気が付くとすぐに気まずそうに両腕を下げた。手首の周りから放たれる冷たい光に、手錠がかけられているのだと理解して、クロービスの背筋が凍る。かつてアステルに「普通の女性として過ごせるよう力を尽くす」と約束したのではなかったか。年相応にはにかむ少女へと誓った未来は、今まさに消え失せようとしている。予想以上に思わしくない状況に、上がりそうになる抗議の声を無理矢理押さえつければ、クロービスの口の中に鉄の味が広がった。
粛々と、決められたスケジュールに沿うように、裁判が進んでいく。表面的には穏やかに正論を繰り広げてはいるが、考え込む様子がほぼないことからすれば、そもそも受け答えがなんであろうと意に介していないのだろう。事務的に質問を続ける教皇エルドアに対して、アステルは人々の希望として演説をしたときと同じく真直ぐに、自分の意見を述べていた。魔族と知っていてかばったこと、それが自らの意思であるということは、伏せていた方が心象はいいことぐらいはわかっているだろうに、それでも素直に真摯に偽りのない心が紡がれていく。それはその行動が一時期の気の迷いではなく、今はまだ形を持たない理想に根付いたものであると、確かに示していた。ただそれは、神の声に聞く耳を持たぬ者には到底届くはずもなく。
都合のよい発言を誘導し勢いづいたエルドアは、正義の名のもとに一気に結論をまくしたてる。
「私、教皇エルドアはここに勇者アステルの"処刑"を言い渡します。」
一層大きくなった聴衆のざわめきは、クロービスへと遠く遠く響いている。悪夢のような現実が、目の前で告げられていた。