「本懐遂げたあんたが、満足しちゃって二十年分くらい老け込んで、すげぇオッサンみたいになって帰ってきたらどうしようなー? って話してたんです」
「あ?」
「いやシャチです、シャチがですよ?」
「後はダラダラやろうってアテが外れたか」
「……はは、まさか。この世があんたを納得させられるだけ真っ当かってんだ。あぁ、そうだキャプテン。祝・三十億! ってことでちょっとお願いが」
「おれの祝いじゃねぇのかよ」
「どうせ話聞くだけだろ。……本懐済んだんだから後は全部勝ち分でしょ。長生きしろとは言わねえから、おれが死ぬまではピンピンしててね」
「死ぬまででいいのか」
「その三分後にはおっ死んでくれても全っ然。死んでるおれにゃどうせ分かりません」
「そうか。ペンギン」
「アイアイ」
「説得力が微塵もねぇ」
入り江の波は静かで、陽気の長閑さときたら昼寝を決め込みたくなるほど。停泊したポーラータングの甲板上、燦々と注ぐ陽光に深くなった眉骨の影で怪訝そうに目をすがめて、――ペンギンとしては『ウソだろ』以外の言葉もないが本当にそれ以外の感情はなさそうに――彼のキャプテンは続ける。
「もう逆に、なんでそこまでおれが好きなんだろうなお前」
「あんたの面の皮が新世界の海より神秘なんだわ」
ペンギンの割と本気の涙の混じった叫びが響き渡り、デッキにたむろしていたカモメがバッサバッサと飛び去っていく。白翼のベールに一瞬隠された、嫌味なほど眉目秀麗な男は、やはりこれといって動じずに疑問を述べた。
「『太陽は東から昇ります』っつうのに一々照れるヤツが何処にいんだよ」
事実は事実であり、信念は信念であり、これを糊塗するのは信条に反する。トラファルガー・ローはそういう人間で、ペンギンは彼のそういう所に惚れ込んだ。「その性質が自分に向けられた場合、大抵めちゃくちゃ困っている」という事実と正面衝突すること数年、未だにやっぱりそこが好きなあたり、彼は彼でなかなか度し難い人物だった。
そんなペンギンも、流石にこのときはまだ何か言い返そうとしていたのである。ローの呆れ声を聞くまでは。
「もし太陽が昇らねぇってなら、それこそ照れる照れないの話じゃねぇだろうが」
◇
「毎度なんだろうねーあれ」
「んー、死体蹴り?」
甲板でバリバリとビスケットを噛み砕くベポに、シャチは極めて雑な答えを返す。白熊の口はこの手の菓子を上品に食べるには向かず、菓子クズは青空の下で海鳥とご相伴するのが恒例だ。
その掃除役は、たった今逃げだしてしまったのだが。
「なんでペンギンはわざわざ自分から蹴られにいくの」
「あいつ、ガキの頃から『そこ頑張んなくていいから』ってとこに変なガッツがあんだよなぁ……」
「シャチもだよね」
「ベーポー。そのビスケット、おれの土産な?」
「おいしい」
彼らの位置からキャプテンの顔は見えるが、ペンギンの顔は見えない。ただし、ローの異様に楽しそうな表情から「キャプテンに悪い顔させる顔色なんだろうなぁ」ということは瞭然であり、そしてそれ以上の確認の用はなかった。
「ほっとくのー?」
「なんかすることあるか? あれ」
んー、と可愛い声をあげながら、ベポは骨型のビスケットをわしりと掴む。大家族向け、ベポも大満足のビッグサイズ。おまけにカルシウムまでとれる優れモノである。
「骨、拾ってあげるとか?」
「ほねかー」
ベポにならってビスケットをもっもっと咀嚼しながら、シャチは再度キャプテンたちに目をやった。そして思った。これ口が乾くからコーヒー淹れてこよう、と。
「それ、キャプテン絶対拗ねるじゃん」
「そだね」