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    hikari_63xxx

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    hikari_63xxx

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    ローサン。
    🕒くんの誕生日に告白する決心をした片想い中の🐯がその前にどうしてもやり遂げたいことと巻き込まれるペンシャチ。

    ウルトラスーパーミラクルハッピーエンド♡

    🕒くんお誕生日おめでとう!


    2024.3.2

    .

    #ローサン
    low-sun

    しあわせだと、笑っていてよ.


    1.


    トラファルガー・ローが生まれて初めて『それ』を作ろうと思い至ったのは、いつの間にか胸の裡に育まれていた想いを上手く伝える術を持ち合わせていなかったからだ。
    言葉として愛を伝えることは、ローにとって難しいことではない。
    愛というものをローはきちんと知っている。

    好きだ。愛してる。
    かわいい。愛おしい。
    抱きたい(これについては、奇跡的に想いが通じ合った後。しかるべき時が来たら伝えたいと思っている)などなど。

    伝える言葉は他にもいくらだって思い浮かぶ。
    言葉だけならば、だ。
    ただ、それをありのまま言ったところで、想い人に伝わるのかが、わからなかった。

    女相手なら百戦錬磨のローであったが、それは一夜だけの遊びに限定したときの話だ。
    真剣な恋などしたことはない。

    反対にローの想い人であるサンジは、自らをラブコックと謳うほど、愛に生きる男だ。その愛とやらは、主に女へと向けられている。

    だがそれは、唯一無二の愛ではない。
    端的にいえば博愛だ。

    その愛にしたって、女限定みたいな言い方をするくせに、目の前で誰かが困っていれば助けるための手を伸ばさずにいられない。
    パンクハザードのときもそうだった。
    海賊の敵である海軍を飼い犬の如く手懐けてしまっていた。惜しみなく振り撒かれる愛とやさしさ。なのに、本人はそう思っていないから、見返りをいっさい求めようとしない。
    根っからの世話焼き体質で、性根のやさしい男。
    もっと貪欲になってもいいのではないかと、こちらがじれったくなるほどに。

    同盟を組んであの船に乗っていた頃は、キッチンに行けば彼がいて「何か飲むか?」とか「腹減ってる?」なんて、声をかけてくれるのだ。
    最初はそれ目当てで。
    途中からは彼の顔を見たいがために。
    ローはせっせとキッチンに通っていたものだ。

    ワノ国でもそうだった。
    彼の作る蕎麦はあっという間に都で評判になり、屋台に通い詰める者も多くいた。仮にも潜伏中のはずのローだって、あれこれ理由をつけて、屋台や長屋に顔を出していたくらいだ。
    彼の笑顔と料理は、心と体をほわっとあたためてくれる。そういう料理と空気を。
    彼は、作り出す。

    サンジの作る料理は——パンと梅干しを使ったものは別として——何でも美味い。
    特に、あの白い手が握ったおにぎりは格別に美味かった。朝食はほとんど食べないローでさえ、自分でも驚くほど食が進んでいたのだから。

    彼に対して警戒していたこともあるが、彼に対して軽薄だったことはないと思う。
    ただ、ローがサンジに愛の言葉を伝えたとして。信じてもらえるとは、到底思えなかった。

    蜂蜜色の髪も。
    海の色をした青い目も。
    海上で過ごしている割に白い肌も。
    ロー、と呼ぶやわらかな響きのテノールも。

    離れた今になっても、その全てに焦がれ、恋しく想っている。

    ローの、唯一無二の愛に応えて欲しい。
    サンジからの、唯一無二の愛が欲しい。

    そう、願ってしまう。





    「…………ン、キャプテン?」

    ペンギンの声にローは我にかえった。
    完成したものがあまりにも脳内のイメージとかけ離れていたせいか、思考が遠くに飛んでいたようだ。

    焦がれている場合ではない。
    焦げているのだ。
    目の前にある現実が。

    何か言おうにも、言葉が出ない。
    うぐっと唸りを上げるのがやっとだった。
    辛うじて原型が保たれているだけの、真っ黒な消し炭みたいな物体。
    パウンドケーキになるはずだったもの。
    潜水艦の狭いキッチンに充満する焦げ臭い匂い。立ち込めた白い煙が目に染みて、思いっきり眉を顰める。

    「おい」

    そばにいたペンギンとシャチが、地獄の底から聞こえたような低音に、ひえっとちいさく悲鳴を上げた。これから何をさせられるのか。言われずとも察せるほどに、ローとの付き合いは長い。

    「「ですよね……」」

    見事にハモったふたりは同じような顔をして苦笑いを浮かべていた。



    2.


    【誰でも作れる簡単なケーキ】

    かわいらしくデフォルメされたうさぎやリスが料理をしているイラストが表紙に描かれたメルヘンチックなピンク色の本。
    テーブルに片肘をついたローは、人差し指でその本の表紙を叩いていた。

    トン、トン、トン。

    ゆるやかだが一定のリズムで聞こえるその音が、余計にローの苛立ちを表している。
    あの本を選んで買ってきたのは、確かにペンギンとシャチだった。が、それを頼んだのは、ローだ。


    ケーキ作りに必要なものを買って来い。
    そう言って、結構な額の金を渡された。頭の中に疑問符がいくつも浮かんだし、聞き間違いかと思って聞き返したけど、確かにローは『ケーキを作る』と言ったのだ。
    多少料理に覚えはあるものの、ペンギンたちは菓子作りなどしたことはない。
    何が必要なのかさっぱりわからないから、寄港していた町のマーケットに足を向けた。

    島に滞在する間の船番は、ペンギンとシャチに固定されていた。
    他のクルーはいつもより多めの小遣いを受け取って、女を買おうとか、しこたま酒を飲もうとか、意気揚々と船を降りていったのに。
    そんな仲間たちを多少羨ましく思いながらも、ふたりはマーケットで必要なものを聞き回った。

    薄力粉などの材料各種。
    菓子作りのための基本的な調理道具一式。
    すべて一から買い揃えてきたのだ。

    その買い物の最後に「そもそもレシピがないと無理じゃね?」と、シャチの天才的ひらめきによって立ち寄った本屋。
    その店主に薦められたのが、件の本だった。

    『ちいさなお子さんにも作れますよ』

    なんて、人の良さそうな顔で言っていたのに。
    ただ、自分たちにも反省すべき点はあった。だってあの本は、多分。子供ひとりで作るという前提ではなく、大人と一緒に楽しく作れますよという難易度的な意味で、本屋の店主も薦めたのだろうから。


    「……あのですね、キャプテン」
    「おい、ペンギン。手ェ止めんな」
    「はい!すみません」

    言い訳は秒で封殺された。
    ガリガリ、カリカリ。
    スプーンを使って消し炭に似た物体の、焦げついた部分を削ぎ落とす作業に戻る。
    見た目でもわかるとおり、ほぼ全面が焦げているのだが。終わったら今度は試食が待っている。もちろんそれを試食するのは、ペンギンとシャチだけだ。
    ローはパンに準ずるものを食おうとしないので。

    何の苦行だと言いたいところだが、ハァと重苦しいため息を吐いた男の憂いを帯びた表情を見てしまうと、何とも言えなくなってしまう。
    長い指でパラパラと捲っているのが、例えファンシーな表紙の本であれ、カッコよく見える。
    顔がいいってすごい。
    手放しで称賛したいところだったが、今はそれどころじゃない。ある程度、表面の白っぽい部分が見えるまで焦げを落とし終わった物体を切り分け担当のシャチの手に委ねる。

    「そんじゃ、切りますよ」

    まずは手近にあった果物ナイフを手に取った。

    「…………?」

    首を傾げたシャチは、次に包丁を持ち出してきた。
    スッ、どころじゃない。ぐぐっ、だ。上から思いっきり力を込めてナイフを押し当てる。

    「かっっった。何、この固さ。石?」
    「馬鹿!シャチ!」

    実際は多分そこまで固くない。でも、表現をだいぶ誇張していたが、言いたいことはわかる。わははっと笑う相棒を慌てて制したけれど遅かった。出た言葉は戻らない。
    ローの表情がひくりと引き攣る。

    「あ、いや、その。でも、ほら味は……」

    自分の失言に気付いたシャチが、ようやく切り終えたうちの一切れをぱくりと口に入れる。

    「えと、外はガリっとして……中は、あの……パッサパサ……です」

    そもそもパサつき以前に、味がない。
    粉の塊を食べている感が強い。粉の味の向こう側に、また粉の味を感じるほどだ。
    あと、口の中の水分は根こそぎ持っていかれるし、無理に飲み込もうとすれば喉に詰まって死ぬだろう。用意してあった水でそれを流し込み、お前も食えとペンギンに視線を送る。
    一切れに対して、水一杯。
    そのペースで四切れずつ。やっとの思いで一本分を食べ切ったふたりは、顔を見合わせて頷き、意を決してローに向き直る。

    「キャプテン」
    「何だ」
    「レシピ。ちゃんと読んで作りましたか?」

    シャチの問いにす、と視線が横に逸れる。

    「ローさん!」

    だからあえて、ペンギンはそう呼んだ。
    船長と部下ではなく。
    トラファルガー・ローの幼馴染の兄貴分として。

    「……目分量でも、いけるもんかと」

    バツの悪そうな顔で答えたローに、ペンギンとシャチはバンっとテーブルを叩いて立ち上がった。頭もいいし、理解力もある。手先だって器用だ。なのに、変なところで雑さを発揮する。

    「いけるわけないでしょ!薬の調合だってそうでしょう?」
    「お菓子作りは分量が肝心だって、本にも書いてありましたよね!?」

    どうせ試食させられるなら、せめてもう少し。ちゃんとしたものが食いたい。
    ペンギンとシャチの切実な思い。

    想い人の誕生日にケーキを作って愛を伝えたい。
    サンジに対するローの熱い想い。

    その瞬間。
    本当の意味で、ケーキ作りが始動された。



    町の状況がわからなかったために、合流場所はこの島の近くの無人島になっていた。ハートの海賊団は先に到着していたので、ローも町の様子を見て回ったが、海軍に追われることはないだろう。
    ログが溜まるまで二週間の猶予はあるが、五日後に麦わらの一味と合流する予定になっている。

    つまり、たった数日でケーキ作りのコツを掴み、本番の日に備えなければならないということだ。



    3.


    「バターに、グラニュー糖。それから薄力粉をそれぞれ百グラム。薄力粉は目の細かいザルで……お、ちゃんとふるってありますね」

    サラサラになった白い粉の山を見てうんうん、と頷くのはペンギンだ。

    「十二回目だっけ」
    「今のでちょうど十三回目」

    ペンギンもシャチも、時々材料を買い足しに行く以外は艦内に篭りっきりで、ほぼ朝昼晩と試作品を食べさせられている。あれからあらためてレシピを読み込んだローは、その素晴らしい頭脳で手順も分量もすべて丸暗記していた。

    「あ、次は常温に戻しておいたバターと卵をクリーム状になるまでかき混ぜてくださいね」

    念のため、と。
    本に書かれたとおりに次の工程を読み上げたペンギンに「知ってる」と答える、長身でガタイの良い色男。死、なんて物騒な文字のタトゥーの入った手が握っているのは愛刀の柄でも、敵の首でもない。

    何の変哲もない泡立て器だ。
    タンクトップから露出する逞しい腕の筋肉がぐっと盛り上がっている。カチャカチャとボウルの中身をかき混ぜるためだけに。

    持ち前の器用さもあって、パウンドケーキは美しいきつね色に焼き上がるようになっていた。
    見た目だけなら抜群に美味そうなのに。
    美味いとも、不味いとも、何とも言えない味に仕上がるのだ。それも、毎回。

    この本に書かれたレシピが悪いのかもしれないと思ったのだが、子供向けに書かれたレシピが、こんな微妙な味になるのはおかしい。
    そもそもお菓子というものは、レシピどおりに作ればその味になるのではないか。それを作っているのだって、何をさせても人並み以上に出来てしまうような男なのに。

    だから、多分。トラファルガー・ローには絶望的に足りないものがある。

    料理のセンスだ。


    「……料理って難しいんですね」

    ぽつりと言ったペンギンに「だな」とシャチが答える。三人の頭には同じ人物が浮かんでいるだろう。

    魔法のように鮮やかな手つき。
    次々と生み出されていく、見た目も、味も。
    全部が完璧な料理を作る男の姿が。

    「……黒足屋の作った飯が食いてェ」

    静かで、だけど、切実な声だった。
    彼らの船と航路が分かれてから、もう半年以上が経っていた。取り付けた合流の約束は、偶然(ではなくローがその日を狙って決めた)にも、サンジの誕生日にあたる日だ。

    ペンギンは思う。
    ケーキを作るよりも、この姿をサンジに見せてしまった方が、手っ取り早い上に効果的なのではないかと。サンジという男は、男嫌いだと言うわりに絆されやすい部分があるし、自分たちが知っている限りでも、ローへの待遇は悪くなかったように見えた。

    とはいえ、好きな相手の前でかっこつけたいという男心もよくわかる。
    だから、何も言わないでおくことにした。
    その恋の勝率が、九割超えだろうということも。



    4.


    本番当日の朝。

    「過去一上手く焼けてますね!」
    「さすがキャプテン!」

    拍手喝采。
    見た目は最高。
    味は今回に限って試食させていないからわからないが、多分不味くはない。
    味はともかく、ローの想いだけはたっぷりと詰まったパウンドケーキが出来上がっていた。

    プルプルプルプル——……。

    キッチンの電伝虫が鳴った。
    タイミング的に麦わらの船からの連絡だろう。
    受話器を取ったローが話しを始める。
    どれくらいかかるかわからないが、このままここに置いて冷ましておくと、戻ってきたクルーにバレてしまうだろう。

    気を利かせたペンギンたちは、船長室にそれを運び込むことにした。皿に薄紙を敷いてその上にパウンドケーキを乗せる。
    身振り手振りでローにそれを伝えて、慎重に廊下を歩く。皿を持っていたのはシャチだ。船長室の扉を開けて、あとは机の上に置けば任務完了。


    ——の、はずだった。

    「あ、」

    時間を遡れるなら五分でいい。
    いや、一分でもいい。

    躓いたシャチを見たペンギンが慌ててその背の布地を掴む。前のめりになりかけたところを後ろにぐいっと引かれ、その反動で、皿の上のケーキが薄紙とともに滑り落ちた。

    「………………」
    「………………」

    薄紙にくっついて落ちたおかげで幸いにも、大部分は直接床に触れてはいない。でも、表面にはヒビが入り、角のあたりは崩れて散らばっている。慌てて拾い上げて、さらに絶望した。

    ヒビだと思ったそれは亀裂であり、長方形の真ん中から真っ二つに割れてしまったのだ。

    「おい、邪魔だ。入口で突っ立ってんじゃねェよ」

    通話を終えて戻ったローの声に、立ち竦んでいたふたりが、ぎぎぎっと音がなりそうなほどぎこちない動きで後ろを振り向く。

    「すみません!俺のせいです!」
    「違います!俺が引っ張ったせいです!」

    顔面蒼白のまま、口々にそう言って、死にそうな顔で頭を下げる部下ふたり。その手には真っ二つになったパウンドケーキがあった。

    材料は残っていない。
    作り直す時間はもちろんない。

    「…………キャプテン」
    「もういい。出航の準備をしろ」
    「でもっ」
    「聞こえなかったのか?」
    「「……っ、アイアイ、キャプテン!」」

    指示に答えて持ち場に戻るふたりの背中を見送ったローは、机の上の本を避けて皿を置いた。
    あいつらも悪気があったわけではないし、むしろこれだけ協力させたのだから、ローが怒る理由はない。そういう運命だった。それだけの話だ。



    一時間ほどすると、目的の無人島に近づいた。
    船を浮上させ、陸に接岸させる。
    他のクルーたちを先に上陸させたペンギンとシャチは、船長室に立ち寄って中を覗き込んだ。

    机の前に腰掛けて、長い脚を組んで座っているローの姿がそこにある。

    「キャプテン行かないんですか?」
    「後で行く。テメェら黒足屋に手間かけさせるんじゃねェぞ」

    早く行けと犬でも追い払うような仕草で手を振られ、ドアを閉めて船長室を後にする。
    意気消沈のまま梯子階段を登り、甲板に立つ。
    砂浜にはバーベキューの用意がされていて、待ちきれなかったのか、すでに宴は始まっていた。
    賑やかな声が、夜風に乗って届けられる。

    満天の星空。
    白い砂浜。
    さざめく波音。

    告白にもうってつけのシチュエーションだ。
    たとえあのケーキがなくても、ローはサンジへの想いを伝えるだろう。ただ、自分の手であれを作りたい特別な理由が、何かあったのだと思う。
    だって、傍目にもわかるほど。あんなにも溢れるくらいの愛を詰め込んでいたのだから。

    ぐす、と涙ぐんだのはシャチだけではない。
    ペンギンだって同じ気持ちだった。

    自分たちのせいで壊してしまった、不器用な男の愛のかたち。

    確かにそこにあったのだと。

    どうしても、知って欲しかった。






    カンカンカン、と廊下を駆ける靴音が響く。
    船長室の近くでは、特に静かに歩けと日頃から言ってあるのに。一体誰だ。
    舌打ちして、ドアを開けた。

    「ロー!」

    廊下の先。
    思いがけない人物がそこにいた。
    思考が停止する。
    駆けてくる勢いのまま、飛び込むように抱きつかれた。腕を広げて受け止められたのは、本能の成せる技だといえる。

    「……黒足屋?」

    まだ宴の最中ではないのか。
    しかも、サンジの誕生日を祝うための。
    大体、コックとして麦わらの一味の食事をすべて担い、今日の主役でもあるはずのこの男が、ここにいるのはおかしい。

    なんだ、夢か。
    いや、違う。
    それにしては、腕の中の感触がリアル過ぎる。

    「おまえ、何で降りて来ねぇんだよ」

    男が顔を上げる。むすっとした表情は怒っているというよりも、拗ねているように見えた。

    「うちのクルーは全員行ってんだ。俺ひとりくらい遅れたって構わねェだろうが」
    「このあほ!よくねぇから言ってんの!クソ鈍感外科医!」
    「ケンカなら買わねェぞ」

    わざと煽るような言い方をする男にそっけなく告げると、腕の中で悔しげにうぐぐっと唸る。
    蜂蜜色の髪がふわふわと顎先をくすぐる感触に、ローの方が唸りたい気分だというのに。

    「……おれだって……別に。ケンカしにきたわけじゃねぇし」
    「じゃあ何しに来たんだ?お前の誕生日の宴を開いてるんじゃないのか」

    主役が抜け出したら船長どころかあの女どもも黙っていないのではないか。

    「は?いや、違ぇし。ナミさんやロビンちゃんのときはケーキくらい作るけど、うちの船は誕生日だからって特別に何かするってのはねぇな。今やってるのだって、おまえらとの合流を名目にした宴だぜ?」

    祝いの言葉くらいは言うけどな、と。
    付け足したサンジは、何でそんなこと聞くんだとばかりに、不思議そうな顔をしている。
    意外と言えば意外だし、妙に納得出来る気もした。

    毎日が宴のように騒がしく、何よりサンジの手料理が三食+おやつまで振る舞われるあの船だ。
    誕生日だからと、何か特別な料理を作って宴をしようという感覚も薄いのかもしれない。
    ローからしてみればサンジの料理を毎日食えるという環境は、ひどく羨ましいことなのに。

    「だが、宴はやってるんだろ?コックのお前が抜けて来ちまっていいのかよ」

    ん?と首を傾げて問えば「なに、その顔……」と、もごもごと言いながら、サンジはローの肩にぽすんと顔を伏せてしまった。
    その顔がどの顔だか知らないが、伏せたまるっこい頭を撫でて、蜂蜜色の横髪を指で掬ってそっと耳に掛ける。
    この男は耳のかたちまでかわいらしい。
    感心しながらすり、と耳朶を摩る。
    やわらかいそれをふにふにと弄んでいると、ひやりとした耳朶が少しずつ熱を持ち、ぼそりとサンジがつぶやいた。

    「……食いに来た」
    「?」
    「ローが作ったケーキ」

    思わぬ言葉に一瞬フリーズしかける。
    ケーキとは。あれか。
    あのことか。
    その存在を知っているのはペンギンとシャチだけだ。つまり、それをサンジに言ったのは。

    「アイツら……タダじゃおかねェ……」

    あれだけ言うなと念を押したのに。
    ギリっと歯噛みしたローをサンジが制する。

    「待て!あいつら恋のキューピットだぞ?むしろ感謝してやれ!」
    「は?」
    「おまえさ、おれが前に言ったこと、覚えててくれたんだろ?」



    憧れているケーキがあるのだ、と。
    一緒に飲んだ何度目かの夜に、ぽつりとサンジが漏らしたことがあった。

    『プロのコックが作るやつじゃなくてさ。おやつの時間に母親が出してくれるみたいな。見た目なんて不恰好でよくて。なんていうか、幸せのかたち?そういうの、感じられるケーキ』

    はにかんだサンジの言葉の中で、ローが思い出したのは、忙しい母が仕事の合間に作ってくれた、シンプルなパウンドケーキだった。
    妹のラミと一緒に楽しそうに作っている光景。
    遠い昔の、やさしい記憶。

    『ま、ガキの頃に本で読んだってだけの話なんだけど』

    苦笑しながらそう締め括ったサンジの話をローは確かに覚えていた。だからこそ、それを作ってこの想いを伝えたかったのだ。



    「あいつらに聞いて、居ても立っても居られなくなっちまって。こんなん好きってなっちゃうじゃん。いや、前からローのこと好きだったけど」

    テレテレとした様子で話している男の白い頬が淡く染まっている。
    好きだと。ローのことを。
    そう聞こえた。幻聴でなければ。

    「……お前は、」
    「おっ、あれだな」

    開けっぱなしだった船長室の扉。
    机の上のパウンドケーキに目敏く気づいたサンジは、口を開きかけたローの横を猫のようにすり抜けて「おじゃましまーす」と、部屋に入り込んだ。

    「おいっ!そりゃ一度床に落ちたもんだ。お前は食わなくていい」

    サンジは言うことを聞かずに、大きめのかけらを摘んで、ぱくっと口の中に入れてしまう。

    「残りはあとであいつらに食わせるからいい。それ以上はもうやめとけ」

    能力を使って食べたものを腹から取り出すことも出来るが、それをしたらサンジは怒るだろう。
    それにしても、もぐもぐと咀嚼する頬がかわいい。ごくりと飲み込む白い喉にも、ぐっとくる。

    顔に出ないだけでローの脳内は忙しい。
    そんなローをじっと見つめていたサンジは、口の中のものを飲み込むとくしゃりと顔をゆがめて俯いた。

    「……っ、う」

    俯いたサンジの微かに肩が震えている。
    具合でも悪くなったのかと思い、ローはその背をそうっと撫でた。

    ぱた、ぱた、と。
    落ちた雫が、机を濡らしていく。

    「泣くほど、不味かったか」
    「……違くて、めちゃくちゃうめぇよ」

    サンジが顔を上げる。
    泣き笑いみたいなその表情を見た瞬間。
    衝動的に抱きしめていた。
    ローの背中にサンジの腕が回される。

    「ちゃんとしたもんやれなくて悪かった」
    「……悪くねぇし、謝んな」
    「黒足屋が作ってくれる料理にどれだけの価値があるのか。自分で作って、あらためて気づかされた」
    「ばか。おれァ本職のコックだぜ?買い被り過ぎだっつーの」

    ふは、と笑うのが愛おしいと。

    「お前のことが好きだ」

    心から、思う。
    背中にあるサンジの手が。
    ローのシャツをぎゅうっと握りしめた。

    「……それ、一番最初に言えよぉ」

    呆れたような。
    それでいて、嬉しくてたまらないような。
    何ともいえないその表情は、今までに見たことがないものだった。

    「キスしてもいいか?」

    つい、そう聞いたのは、サンジの反応を見たかったからで。

    「おま、この……いちいち聞くんじゃねぇ!」

    思ったとおり、わかりやすく顔中を真っ赤に染めたサンジのかわいらしさを噛み締めながら、そのくちびるをキスで塞いで、抱きしめる。

    「黒足屋」

    こんなにも甘ったるい声が出せることを自分でも初めて知った。
    ローはそのままサンジを船長室に連れ込んで、めちゃくちゃに抱き潰した——わけではない。

    キスをして、抱き合って。
    さらにもう一度キスしようとしたところで、鳴ったのだ。ローの、腹が。

    「ん、ふっ、くく…うそだろ……」
    「あークソッ!……最悪だ」

    盛大に舌打ちしたローを宥めるように、サンジの手がローの黒髪に触れる。

    「飯、作らせてくれよ」

    ローのために。
    きゅうっと嬉しそうに目を細めながら、サンジはローの髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。





    あれからすぐにキッチンに移動して、サンジは手早くおにぎりとだし巻き玉子を作ってくれた。
    味噌汁の具は、わかめと油あげ。
    少ない材料の中でローのために作ってくれた料理。美味い、と何度もつぶやきながら食べるローを隣に座るサンジはにこにこと笑いながら見ていた。
    その多幸感といったらない。

    「ペンギンたちがさ」

    船長室の机の上から皿の上に場所を移したパウンドケーキをフォークで刺して、最後のひとくちを口に運びながら、サンジは楽しげに話を続ける。
    食うなと言っても聞こうとしないので、結局ローは渋々諦めたのだ。

    「今すぐキャプテンのとこ行ってくれ。詳しくは言えないけど、船長室に行けば全部わかるからって。あと、ケーキごめんって。何のことかと思ったけど、そう言っておれに頭下げんの。そのあとルフィんとこにも行ってさ。そういや、ナミさんには何か渡してたな」
    「……賄賂か」
    「多分そうだろうな。あいつらおまえのこと本当大好きだよなぁ」

    くふふ、と思い出したように笑う。
    サンジをローのところへ行かせる代わりに、ふたりはバーベキューの焼き係まで引き受けたのだという。

    「肉も魚も野菜も下拵えは全部済んでたし、あとは任せておまえんとこ来たってわけ。あ、でもルフィが明日の宴は絶対トラ男も来いって言ってたぞ」
    「…………またやるつもりかよ」

    げんなりとして言えば「そりゃ、ルフィだし」とけらけらと笑われる。

    「この近くにも島があるんだろ?どうせ明日からはそっちの島に移動するだろうし、町の市場で食材も買わなきゃな」
    「俺も行く」
    「ん。大量に買う予定だから荷物持ちよろしく」

    悪戯っぽい笑みを浮かべる男の頬を指で撫でる。
    明日の話を今、するということは。

    「今夜は俺がお前を独り占めしても?」

    くちびるを往復するように指を這わせる。

    「おいおい、ハニー。今夜だけでいいのかよ?」

    ローの首に腕を絡め、にんまりとサンジが笑う。
    今夜どころか、町に戻ったあとも。
    この男と過ごせる権利を与えられたということだ。

    「ヤベェ。抱き潰しちまいそうだな……」
    「おれが抱「却下だ」

    だろうな、と声を立てて笑ったサンジに、ローはひどく満足そうな顔をして、そのくちびるにキスを落とした。ちゅっ、と軽く触れ合うだけのキスでさえ、こんなにも満たされる。

    「黒足屋。生まれてきてくれてありがとう」
    「おれを選んでくれて、ありがとな。ロー」



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    サンジに乞われたローは、それから毎年のようにそのケーキを焼くことになるのだが、何年経っても美味くはならないそれをサンジはいつだって、幸せそうな顔で食べてくれるのだった。






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