あまくとろける、特別を一粒.
ハートの海賊団の中でも一番の古参であるペンギンとシャチは、敬愛するキャプテンの『変化』に気づいていた。
自分たちを置いて離れていた間のことはわからないけれど、ゾウで再会したときは概ねいつもどおりだったと思う。明確な変化を感じ始めたのは、ワノ国を出航したあとのこと。
彼は昔からよく本を読んでいたし、医学書や気に入った図鑑などを買い込むこともあったが、先日立ち寄った島で店主にあれこれと聞きながら、小一時間ほど吟味してようやく手に取ってた本。
あれはどこからどう見ても、料理のレシピが書かれた本にしか見えなかった。
気が向いた時にコーヒーくらいは淹れることもあるが、ふたりが知る限りトラファルガー・ローという男は、料理と呼べるようなことはほとんどしないというのに。
その日の食事当番だったイッカクに後でさり気なく聞いてみたけれど、レシピ本を渡された様子はなかったし、念のために翌日の当番だったハクガンにも聞いたのだが何の話だと首を傾げていた。
つまりそれらは、自室で大事に保管されているのだろう。毎回というわけではなく、珍しそうなレシピやその島の郷土料理などが書かれた本を見つけるたびに、せっせと買い求めて。
それから、もうひとつ。
用途のよくわからない調味料や香辛料が増えた。
聞いたことのない名前の書かれたラベルの貼られたその瓶たちは、いつの間にかキッチンに置いてあったりする。
塩や胡椒などの一般的な調味料の並んだ棚の奥。
あきらかにわかるほどの特別感をもって、そこに存在しているのだ。
たとえばレモングラスペーストと書かれた瓶。
それがどんな味なのか。
どんな料理に使うのか。
パッと思いつくやつはこの船には乗っていない。
黄色っぽくてちっちゃい花みたいなものがたくさん浮かんだシロップも。
ピンク色の粒が混ざった塩みたいなものも。
全部そうだ。
何に使ったらいいのかわからないから、クルーは誰もその瓶に手を触れないし、棚に置いた本人に使い方を聞いてみても、知らねェと素っ気なく答えるばかり。
自分で買ってきたくせに。
全くもって意味不明。
とはいえ、本と違って自室に置かない理由も大体わかっている。
一度キッチンに置くことで、誰もそれを『使わなかった』という事実を得られるからだ。
そういう一見些細なことに思えて、実は見逃せない変化は他にも多々あるのだが、多過ぎるので今は割愛する。
極めつけは、オーダースーツの専門店でのこと。
ショーウィンドウに見本として飾られていたスーツを熱心に見つめていたあのまなざし。
熱心というか、熱烈に。
細身の、黒いスーツを。
必要に迫られてそういった服を着ることもあるが、基本的にローは堅苦しい服装を好まない。
何よりあんな細身のデザインはローの体型には合わないだろう。だから、自分用に買おうと思って見ていたわけではないはずだ。
ただ、ペンギンもシャチもそのスーツが似合いそうな人物にひとりだけ心当たりがあった。
そうして、多分。
その人物こそが、トラファルガー・ローという男に変化をもたらした相手だと睨んでいた。
キャプテンは恋をしているのではないか。
それが、ふたりが出した結論だ。
しかも、初恋。
何とも甘酸っぱい響きのそれを。
死の外科医の二つ名を持つトラファルガー・ローが。
最高にカッコ良くて、頭も良くて、ハートの海賊団を率いる唯一無二の自慢のキャプテンが。
恋を、している。
その恋のお相手は可憐な女の子ではなく。
セクシーな年上のお姉様でもない。
元同盟相手の船のクルーで、次に会ったら殺されても文句を言うなと、ローの方から一方的に宣言していた麦わらの一味…の、コック。
黒足のサンジと呼ばれる両翼の片割れ。
ちなみに、相手も男。
そしてその本人は、大の男嫌いを公言している。
件の本や調味料、その他諸々は彼らと合流するたびにロー自身によって持ち出され、サニー号へ(正確にいえばサンジの手元に)その居場所を移していく。
まるで自分の代わりみたいにして。
「たまたま手に入った本だが読むか」とか。
「貰いモンなんだが、キッチンに置いたところで誰も使いやしねェ」とか。
さも何でもないふうを装って、それらは全部サンジへと贈られていく。高価な宝石や金品の類は受け取ってくれないだろうし、奇跡的に受け取ったとしても、彼の船の航海士に横から掻っ攫われる可能性も高い。だから、ローはそういうサンジ以外に使い道がなく、なおかつ、あまり値が張らなさそうに見えるものを選んで贈っていた。
健気なキャプテン。
健気過ぎて泣けてくる。
サンジという男は男嫌いを公言しているくせに、生来のお人好しといえばいいのか、特に一度懐に入れた相手を無碍に扱えない傾向にあった。
ローに何かを渡されるたびに、ほんの少し申し訳なさそうな顔をして「ありがとな」と、へにゃりと嬉しそうに笑う。
それから「礼にゃならねぇけど、おまえの好きなもん作ってやるよ」なんて、秘密めかした声で言うものだから、そんなふうに言われたローが「ああ」とか何とか、精一杯クールぶって答えている場面をペンギンもシャチも、何度も見たことがあった。
そういうときのローは大抵すぐに帽子の鍔を下げて、サンジに見えないように自分の表情を隠してしまっている。
顔を見られたら一発でバレるからだろう。
二十六歳にして、初めての恋。
なんとも甘酸っぱいことである。
そんなキャプテンの初恋を応援するべく、ふたりは一肌脱ぐことに決めた。
この作戦なら、絶対に上手くいくはずだ。
--------
「キャプテン、好きなひといますよね?」
まず、ペンギンがそう聞いた。
「相手は黒足でしょ?」
立て続けにシャチが言う。
ハッキリと想い人の名前を出してしまえば、とぼけることは出来ないんじゃないかと思ったのだけれど、付き合いが長いだけあって、ふたりの勘はどうやら当たっていたようだ。
「…………………………」
長い沈黙。その間が全てを物語っている。
顔にも声にも出さなかっただけで、ローの内心の動揺は丸わかりだった。
何故かといえば、答えは簡単。
ついさっきまで手に持ってたはずのグラスが、テーブルの上でひっくり返っているからだ。
「やっぱりね。そうだと思ってた」
こぼれてしまったウイスキーを乾いた布巾で拭きながら、うんうんと、したり顔でシャチが頷く。
「俺たち、めちゃくちゃいいこと思いついたんですよ!黒足の好きなタイプを確実に知る方法」
ペンギンはグラスにヒビが入っていないことを確認しながら、ぶち撒けてしまう前よりだいぶ多めにウイスキーを注いで、ローの手元に置き直した。
ふたりの話に興味なさそうな顔をしながら、その中身を一気に煽り、ガンッと音を立ててグラスを置いたローは、テーブルに片肘をついて遠くを見るようしてつぶやいた。
「…………黒足屋」
どこか物憂げな表情。
思案するような声音。
そんな横顔もかっこいい!なんて思いながら、ふたりは今しかないと畳み掛ける。
何よりこの作戦を決行するにはローの協力も必要になるのだ。尚、キャプテンの恋を応援するための作戦なのに、全力で本人の力を借りようとしている矛盾にふたりは気づいていない。
「この方法なら間違いないかと!」「一言一句本人の口から好きなタイプを聞けるんです!」「しかもすぐに結果がわかります!」「バレるリスクも全くありません!」
「「どうですかキャプテン!!」」
謎の自信と謎のテンション。
日々募っていくサンジへの想い。
半ば強引に押し切られるかたちでローはその作戦とやらに乗ることになっていた。
♡
「よお。ひさしぶり…ってほどでもねぇ気がするけど、相変わらず元気そうで何よりだ」
キッチンに顔を出すと咥え煙草で作業していたサンジにカウンターに腰掛けるように促される。
ここはいつも美味そうな匂いがするけど今日はなんだか甘い香りが漂っていた。これは——。
「なあ、ローは?」
香りに気を取られていたペンギンは、いきなりローの名前を出されて「へっ!?」なんて、素っ頓狂な声を上げてしまった。疚しさもあって心臓がどくどくと早鐘を打っていたが、まあ、考えてみたらいつも真っ先にキッチンに行くのはローだったし、サンジが不思議に思うのも当然かもしれない。
「あ、船で用事済ませてから来るって」
適当なことを言って誤魔化してくれたシャチに「そうそう」と相槌をうったペンギンは、さり気なくつなぎの前を少し開けて、下に着ていた胸ポケット付きのシャツが見えるようにして椅子に座った。
多少不自然な気もするが、まあ大丈夫だろう。
ふぅんとくちびるを尖らせたようにも見えたサンジは、すぐに気を取り直したのか、ふたりの前にコーヒーの入ったカップを置いてくれた。
「挽き立ての豆だからうめぇぞ」
ちょうど淹れたばかりのタイミングに居合わせたことに感謝しながらコーヒーを啜る。
自分たちの船ではうっすい色のついただけのものばかり飲んでいたから、香ばしい香りにうっとりしてしまう。豆の風味をちゃんと感じられるコーヒーを飲むのは久しぶりだった。
「はー、黒足の淹れたコーヒー最高」
あまりの美味さにペンギンの口からほうっと吐息が漏れる。隣のシャチも「うまいなぁ」としみじみとつぶやいていた。
「そりゃどうも。ところでおまえらチョコ目当てで来たのか?」
「チョコ?」
「今日バレンタインだろ」
そうだ、チョコ。
キッチンに充満していたのはチョコレートの匂いだ。サンジに言われてそのことを思い出す。
そもそも数多いる海賊団の中でそんなイベントごとをしているのは、宴好きの船長がいて、尚且つサンジのような超一流のコックがいる麦わらの一味くらいだろう。何とも羨ましいことである。
「ここに来たってことはチョコ目当てかと思ったんだが違うのか?」
「いや、違う。そもそもバレンタインなんて縁がないから普通に忘れてた」
「ハハッ。そんな哀れなおまえらに朗報だ。下のアクアリウムバーでチョコレートバイキングやってるから、なくならねぇうちに食ってこいよ」
話している間にもサンジはリフトを使ってドーナツやらマフィンやらを大量に追加していた。
大食漢の船長がいるのだし、あの量でもまだ足りないくらいだろう。
「え!マジか!」
「行こうぜ!」
たとえ男が用意したものであろうが、もらう予定のない女の子からのチョコよりも、見た目も味の美味さも確実に保証されたサンジの作ったチョコの方がいいに決まっている。
本能のままに席を立とうとしたふたりは、互いに顔を見合わせたことで、本来の目的を思い出した。
危なかった。
このまま忘れて外に出ていたら、バラバラにされて甲板で干されるところだった。
「あ、えーっと、きょ、今日がバレンタインってことは…その、なんつーか、あのさ、黒足って」
思いっきり声が裏返った。
シミュレーションは完璧だったはずなのに、いざとなると何と切り出したらいいのか悩む。焦るほど頭が真っ白になっていくし、今の話の繋げ方もだいぶ不自然だった気がしてくる。
どうすりゃいいんだと助けを求めて横に視線を向けると、ペンギンの意図に気付いた相棒はバシバシとウインク(のような何か)をして見せた。
「そう、あのな、たとえば、その、黒足は、すッ、好きやつとか!いんの?あっ、仲間と女は一旦ナシの方向で!」
単に不自然に不自然を重ねただけだった。
仲間はまだしも、女もなし。
これでは男限定で答えろと言っているようなものだ。しかもタイプじゃなくて、好きなやつ。
どうよ?みたいな顔で、視線を向けるシャチに、こっち見んなと目配せをしたけれど、あれは絶対通じていないだろう。
「………………好きなやつ、ねぇ」
短くなった煙草をシンクに落として火を消したサンジは、思わせぶりにそう言って、悪戯っぽく笑う。それから、おもむろに人差し指を立てて自分の口元にあてた。
静かにしろというその仕草にふたりは首を傾げる。
『だ、せ』
声には出さずに口の動きで簡潔に伝え、その指でペンギンの胸ポケットを指した。
そこに隠しているものを出せ。
そういう意味のジェスチャーだ。
口元にうっすらと笑みを湛えてはいるが、サンジからはとぼけるのは許さないという圧を感じる。
シャチの方を向くとちいさく両手を上げてあっさりと降参の意を示していた。早過ぎるとは思うけれど、本気で追及されたら逃げる自信はない。
(キャプテンごめん!)
心の中で百回くらい謝罪して、千回くらい土下座もして、ポケットに忍ばせていたある物を取り出し、サンジの右の手のひらにそっと乗せた。
「……っ」
手の中のそれを見て、くるんと巻いたおかしなかたちの眉が、ぴくりと持ち上がった。
口元はむにむにと楽しげに歪んでいる。
白い手のひらの上。
耳があった。
人間の左耳だ。
耳朶には金色のピアスがふたつ。
辛うじて吹き出すのを堪えたサンジは左の手の甲で口を押さえて、顔を横に向けて肩を震わせていた。
そりゃ、笑いたくもなるだろう。
何か隠していると思っただけで、まさか耳が出てくるとは思っていなかったはずだ。
——『俺たちが黒足の好みのタイプを聞き出すんで、キャプテンはどこか近くに隠れてて。
あ、それと、俺たちの話が聞こえやすいように、ちょっと耳だけ貸してください!』——
それが、ふたりがローに提案した作戦の概要だ。
ニコ・ロビンの能力を思い出し、あれならキャプテンもいけるんじゃないか、と。
思っていたのだ。あのときは。
今考えれば作戦と呼ぶにはあまりに稚拙だし、普段のローであれば、まず絶対に、こんなくだらない話に乗らなかったはず。
理知的なキャプテンを狂わせたのは恋だ。
決して自分たちのせいだけじゃない…と、いうことにしておこう。
作戦を立案した翌日に合流の日が迫っていたのもあり、考え直す間もないままペンギンとシャチの話に乗せられたローが、浮上する直前に能力を使って自ら切り取った耳。
綺麗な切り口のせいで一見すると精巧な作り物にも見えるけれど、正真正銘、トラファルガー・ロー本人の耳だ。鮮度も抜群である。
ようやく落ち着きを取り戻したサンジは、手の中にある耳を物珍しそうに眺めていたのだが、やがて何かを思いついたようにくく、と喉を鳴らした。
「おまえらに好きな相手を教えてやるわけにゃいかねぇが、実はな、冷蔵庫の中にひとつだけ『特別』に作っておいたチョコレートがある」
特別の部分を強調し、一度言葉を切ったサンジは、ニヤリと小悪魔めいた微笑を浮かべた。
「そのチョコレートをおれが誰に渡すのか……知りたくねぇの?」
ロー、と。
確かに名前を呼んで。
それから両手で大事そうに捧げ持った耳に、ちゅっとやたらかわいらしい音を立ててくちづけた。
その瞬間。キッチンの扉の向こうでガタンッと盛大に何かがぶつかったような音が響く。
「「キャプテン!?」」
扉の外に誰がいるかを知っていたふたりは、大慌てで駆け寄って、その扉を開けてしまったのだ。
絶対に今、開けるべきではなかったのに。
「あっははは…くっ、ふふ、かーわいいの」
そこには耳元での不意打ちのリップ音に狼狽え、愛刀に縋るように片膝をついて左耳(正確に言えば耳があった場所だ)を手で押さえながら真っ赤になっている男がひとり。けらけらと笑うサンジの手の中の耳も、多分同じくらい赤い。
「……黒足屋。テメェ、この、」
してやられたといった表情。
悔しげな顔をするローに、頬を染めたサンジが「こっち来いよ」とやわらかな声で手招きをする。
多分何かしら文句でも言おうとしていたはずなのに、かわいい(かわいい?)顔でサンジに呼ばれてしまったせいで何も言えなくなったのだろう。
ぐうっとちいさく呻きながら立ち上がったローの、その広くて逞しい背中を見送り、入れ替わるように外に出たふたりはキッチンの扉をしっかりと閉めた。
「やっぱあれ、両想いじゃん」
「まあ、何となくわかってたけどな」
いつもすぐに帽子の鍔を下げてしまうからローは気づけなかったのだと思う。ローがサンジに何かを手渡すとき。受け取るサンジの頬も、同じように赤く染まっていたことに。
結果よければ全てよし。
キャプテンの幸せを心の中で祈りつつ、ペンギンとシャチはチョコレートにありつくためにアクアリウムバーへと急ぐのだった。
♡
くすくすと笑っている男の手から能力を使って自分の耳を取り返したローは、すぐにそれをあるべき位置へと戻し、サンジのいるカウンターに背を向け脱力したように椅子に腰を下ろした。
意気消沈。
言葉にすれば正しくそれだ。
背中越しに哀愁が漂う。
冷蔵庫からちいさな箱を取り出したサンジは、カウンターを回り込んでローの正面に立った。
「……いつから気づいてた?」
帽子を外してテーブルに置き、顔を上げた男が不本意そうにため息を吐く。
「ん?はは、だってよぉ。ペンギンのやつ暑くもねぇのに、つなぎの前とか開けちゃって。チラチラ、チラチラ。ふたりともおんなじとこばっか見てんの。おまけに急に好きなやつの話とか?こりゃ、何かあるんだろうなと思ってカマかけてやったんだけど。でも、まさかなぁ……ふふっ、み、耳、耳が出てくるとは……」
「………………忘れてくれ」
「おまえって頭いいのにたまにバカだよな」
笑い混じりの言い草にローはむっとした顔を向ける。サンジは男の黒髪を箱を持っていない方の手でくしゃくしゃと撫で回した。
乱暴なようで、やわらかな仕草。
髪をかき混ぜるその手をタトゥーの入った手が掴み、自分の方へと引き寄せた。
「なんだよ、急に積極的じゃん」
膝に乗り上げた格好のままサンジがにやりと唇を持ち上げる。勝気な表情にも見えるけれど、淡く染まった頬のせいで、何ともかわいらしい顔になっているのをわかっていないのだろうか。
「なあ、黒足屋。その手に持ってる箱の中身は俺のモンだよな?」
ちいさな箱に向けた視線をサンジへ移す。
「どう思う?」
青い瞳を悪戯っぽく細めたサンジは、ローに見せつけるように箱にくちづけた。
「そうだったらいいと、思う」
言い方は控えめなくせに、その声音は確信に満ちている。まるで逃がさないというように、細腰に腕が回された。銀灰色が真っ直ぐにサンジを見つめる。
隠そうとしない、熱視線。
「………そうだよ」
右手に持っていた箱をローの胸にそっと押し付ける。好きだった。ずっと前から。
自分が作った料理を美味そうに食べてくれるところも。頭も良くて、強いのに、ほんの少し危なっかしいところも。
クールに見えて情に厚く、仲間を思う気持ちはきっとルフィにも負けないはずだ。
会うたびに渡される本や調味料に何かと理由がつけられていたのは、自分の想いがサンジの負担にならないように配慮していたのだろう。
カッコつけのくせに、あんな馬鹿みたいなことをしてまで、サンジの気持ちを知りたかったのだと。そう思うだけで、胸の奥がきゅうんと締めつけられてしまう。
「好きだよ」
不器用で、やさしい愛をくれたこの男を。
「ローのことが、好き」
するりと解かれた青いリボン。
箱の中のチョコレートはたったひとつだけ。
白いハートのかたちの愛を。
白い指が箱から拾い上げる。
「受け取ってくれよ」
くちびるに挟むように咥えたチョコレート。
慈しむようにサンジの頬を撫でて、ローはそれを受け取った。
ふたりの間を行き来しながら、その熱でチョコレートが溶けていく。
ハートの中に包まれていた真っ赤なラズベリーのジャム。口の中にブランデーの香りが広がる。
サンジのくれた愛が甘く蕩けてローの心を満たす。
見つめる青は少しだけ潤んでいて、角度を変えるたびに、深海にも、晴れ渡った空の色にも見える。
ちゅっと音を立ててくちびるが離れ、は、と熱い吐息がサンジのくちびるからこぼれた。
「……我ながら、クソうめぇな」
へへ、と照れ隠しのようにチョコレートの感想を言ったサンジのくちびるはキスのせいで濡れていて、たった今離れたばかりなのに、また触れたくなってしまう。
ああでも、その前に。
「黒足屋」
名を呼ぶだけで、こんなにも愛おしい。
「お前のことが好きだ」
ぱちりと瞬いて、ふうわりとサンジは笑う。
「よく言えました」
花がほころぶようなやわらかな笑み。
甘いチョコレートの香りをまとったかわいい男を抱きしめたローは、このままどこかへ連れ去ってしまいたいと、本気でそう思っていた。
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