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    butachamploo

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    butachamploo

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    ちょっとえっち

    ココ⭐︎イブ②「はぁ? 九重と寝たぁ⁉︎」
    「ちょ、ばか、声でかい」
    「バカはどっちだ! 歳の差考えろ淫行だぞ!」
     ビールをジョッキで二杯煽り、ほどよく酔っ払ったのを見計らって俺は本題を切り出した。
     志摩に相談があると持ち掛けたのは日勤終わり。明日当番だろと渋る志摩を無理矢理居酒屋に連れ込み、酒を飲ませたところで九重との過ちを打ち明ける。慎重に言葉を選んだつもりが、志摩に復唱されればより現実味のある過失として伊吹の鼓膜に届き、激しい後悔の念に襲われる。
     居た堪れなくて控えるよう咎めるも、そしたら思わぬ罪状が飛び出してきて怯む。動揺のあまり椅子から落ちそうになって慌てて机にしがみついた。
    「い、いんこう⁉︎ エッ、あっ、いんこうって、あの、淫の行⁉︎」
     でっけ〜声で焦燥していれば、周りからの視線を感じ、さすがに声のボリュームを落とす。
     人前で酩酊した姿を見せることはおろか、内部事情を市井に知られることは御法度な職業である。ましてや痴情の絡れを居酒屋で暴露しているのが現職の警察官だと知れれば、SNSで晒されかねない。
     伊吹の唯らならぬ狼狽に、志摩が舌打ちし、睨みを利かして吐き捨てた。
    「……もうちょい九重が若けりゃな」
    「あっぶねえ! あぶね、あぶなっ」
     どうやら現状ではセーフである。胸を撫で下ろし、落ち着くために椅子に深く腰掛けた。ただ居酒屋で飲んで食ってるだけなのに、志摩の言動にいちいち恐慌したり安堵したり立ったり座ったりと忙しない。じっとしていられず、感情が揺さぶられるままに身体も大袈裟なリアクションを示した。どったんばったんと肩を揺らして志摩の反応を待つ。志摩は呆れとウンザリという表情を露骨に、刺々しい声色で話しはじめた。
    「でも歳の差半端ないだろ。九重っていくつ下だ? 下手したら干支一緒なんじゃねえの」
    「えっヤダこっわ」
    「いやそれよりも、刑事局長の息子だそ。身分差もありすぎて」
    「や、俺もなにがなんだか……」
     厳密に言えば、日本には世襲的な特権階級は存在しない。だから誰が誰と交際しようが結婚しようが、建前上は自由だ。
     しかし、所謂階級とは異なるが、各種の職位・職階は組織内部はもちろん、一般社会にあっても一定の権威を持つことがある。
     特に、日本警察という閉鎖された組織内においては、階級、または地位、もしくは血統が絶対的となる場合もあり、職務上の指揮命令の権限だけでなく、組織内での様々な待遇の格差に及んでいる。
     九重は、その警察組織の頂点にいる人間だ、と言っても過言ではない。
     全国四十七都道府県、三十万人の警察官を指揮する僅か六百人ほどの人間が、警察キャリア官僚だ。東大、京大など超一流大学を卒業し、難関の「国家公務員総合職」試験を突破し、選び抜かれた十数名だけが採用されるエリート中のエリート。
     本来ならば、手の届く相手ではない。正に雲の上の存在なのだ、決して比喩でもなんでもなく。
    「高卒警察官がキャリア、しかも刑事局長の息子に手ぇ出すか普通?」
    「待って手出されたのこっち!」
    「事実なんてどうでもいいんだよ、対外的にはそう見えるってことだ」
     志摩のいわんとすることはわかる。たとえ仕掛けたのがどちらであっても、警察の未来を担う若きキャリア官僚と、アラフォーのしかもたかたが巡査部長の地位しか持ち合わせていない実働部隊の自分では、どっちかが悪者にみえるかは身に沁みてわかっている。
     そりゃ別に、個々人の恋愛にいちいち組織にまで許可取りをする必要はない。しかし当事者同士の納得で済ませられる相手ではない、というのもまた事実だった。
     それほどまでに、遠い人間だということである九重世人という人物は。伊吹も頭では理解しているつもりだったのに。
     なのに乞われるまま、身体まで差し出してしまって。
    「ねえ志摩ちゃんどうしよ⁉︎ どうにかしてぇ!」
    「できるかバカ!」
     混乱した頭では策を練ることもできず、志摩に縋れば相変わらず志摩の反応はつれない。
    「そもそも寝るな」
    「ワッ、ちょっ、そもそも論やめようよ」
     志摩は押しこもった口調で伊吹を威迫した。もう剣幕がすごい。顔が般若みたいになってる。そして起点の良し悪しを問い直されて、伊吹は言葉に詰まる。
     大変今更ではあるのだが、なぜ踏みとどまれなかったのか。歳上の自分が距離と節度を保たなければならなかった。九重の想いも予め知っていたのだから、対処はできたはずだ。己れの立ち位置や九重の背負う肩書きを、想像できないほど愚かではないだろう。なのにどうしてあのような失態を演じてしまったかというと……こっちが聞きたいっていうか……弱ってたところに付け込まれたというか……いや違う俺が九重の想いを利用したっていうか……とにかく場の勢いとか気の迷いとかしか……言えない……。
     内省していれば益々自身の軽率さに項垂れ机に突っ伏す。あさましい。家に招いた時点で、予想できた結果だった。そのつもりはなかったと言い訳するつもりもない。傷心していたのは明らかだが、打ちひしがれる心の片隅で九重の好意を逆手取る算盤を弾いていた。要は伊吹に同情するように仕向けたのだ、対価になるような愛情もないくせに。
     九重に抱かれたあとに残ったのは、後味悪い罪悪感と弟のように思っていた後輩を感情の捌け口として、都合よく使ったという事実。
    「あー帰りたい」
    「だめ、帰らないで……忘れられない夜にしようぜ」
    「うっざ……」
     消沈する伊吹につられて、志摩までもが覇気を失っていく。早々に切り上げようとする志摩を引き留め、席を立てないように追加の酒と料理を頼んだ。志摩は渋顔で次は日本酒、と注文に口出ししてくる。明日は当番と文句を垂れていた割に、本格的に酔うつもりらしい。……素面では語りにくい話題でごめん……と伊吹は密かに志摩に詫びた。
    「……お前、九重のことちゃんと好きなのか 」「す、き、ってのは、なんか、チョット違うっていうか~」
     自分にしては珍しく歯切れの悪い物言い。そりゃ同僚としては、頭が固くいけすかない部分もあったけれど、真っ直ぐで直向きな人間性を好ましいとは感じていた。
     けれど志摩の意図としてはそうでない。恋愛対象として好きか否かということで、その前提だったら伊吹も首を傾げざるを得ない。好意の種類を分類する作業は、どうにも不得手だった。尊敬や憧憬が、性欲とは別次元に存在することも知っている。なのにラブかライクか、白黒はっきりさせることがなぜ重要なのか。……他人と定義を共有する上では必要だろうな、かつて志摩に投げかけた問いが、今になって返ってこようとは。
     警察官としての仲間意識、同僚としての信頼、上官としての敬意、九重へ向ける親和を、伊吹は明確に言語化できない。しかし志摩は伊吹が言葉に詰まるのもお構いなしに質問を続ける。
    「じゃあなんで寝たんだよ」
    「それは~~、」
    「酔っていたのか?」
    「酔ってなかったけど~〜〜〜」
     感傷に浸っていたのは確かで、一番会いたい人に拒否され続けて、人恋しかったのもあった。それでも、自暴気味にはなっていなかったし、むしろ湧き上がる感情を押さえ込もうと、頭は冴えていたように思う。あれは、間違いなく故意的な打算だった。
    「で、どうしたいんだ」
    「どうもこうもなくね〜〜」
     何を言うべきか迷い、手持ち無沙汰にお猪口を摘んだまま中身を揺らす。自らの望みでさえも、水のように形を変えて覚束ない。
     関係性を変えるきっかけだけが、十分に用意されていた。全てはタイミングがかち合っただけ。けれどそうして結ばれた奇妙な縁は、伊吹を今でも思い悩ませる。九重はちゃっかり伊吹の家にハンカチを忘れていって、それを渡すことを口実に次の逢瀬の約束まで取り付けていた。計算なのか無作為なのか、伊吹の足りない頭には判別しづらい。
     九重とどうなりたいのか。どのような関係性を築くのが最良なのか。考えてみても答えは出ない。それに、そのどれもこれもが今更だった。こうなってしまったのだから。
    「わかんねえ~」
     思考を放棄し、天を仰ぐ。今度は背凭れに背を預けて仰け反れるだけ仰け反った。志摩が据わった眼差しで伊吹を一瞥しては、溜息混じりにアドバイスをくれた。
    「……とりあえず九重とは話でもしてみれば。そんで気が合いそうだったらどっか遊びに行ったりして、お互い知り合って、付き合うも付き合わないも、それから考えたら」
    「めっちゃ初歩的じゃん」
    「まずはお友達からだろ。順序をすっ飛ばすなってハナシだ」
     志摩の口から紡がれるまどろっこしい交際プランに、中学生かよと突っ込もうとしたのも束の間、自分たちの関係は基礎すら満たしていないことを知り愕然としてしまう。ワンナイトから始まる恋もあるだろうが、我々道徳と法を遵守する警察官からしたら、極端に倫理から逸脱していた。
     九重のことを理解するにしても、お互いをわかり合うための場面や会話が圧倒的に足りなかった。この不安定な立ち位置も情報不足が起因していて、だから結論が出ないのでは。やはり面倒臭がらずに、きちんと手順を踏み、徐々に関係を進めていくに限る。受け入れるも拒むも、それからだ。
    「ん、そっか。トモダチ、トモダチね……」
     咥内で噛み締めるように復唱していれば、やけにしっくりくる響きだと高揚していた。この歳にもなって、一から友誼を結んでいくなど、滅多にない機会だ。志摩に諭され、伊吹も段々とその気になってくる。注がれた日本酒を一気に飲み下して、舌先で濡れた唇を舐めた。飲み口は軽やかで、すっきりした味わいの銘柄だった。喉を心地よいアルコールが通っていく。もやもやしていた心のうちが、徐々に晴れていくような気がしていた。


    ********


    「私は伊吹さんとはトモダチにはなれません」
     志摩からの助言を早速実行してみたら、ピシャリと拒否され、伊吹は憮然と固まるしかなかった。妙案だと浮かれていた分、落胆も激しい。視線を逸らした先にある、テーブルの隅で汗をかくグラスを見つめる。大きな氷が体積を狭めていく様を黙々と眺め、亀裂から弾けそうになったところで口を開く。
    「……そぉっかあ」
     間を繋げるためには相槌を打つしかなくて、伊吹は間遠に頷いた。そして今度はパスタの端に転がるオリーブの実をフォークの先端で突く。九重が用意した店は瀟洒な店構えのイタリアンで、店内は女性客とカップルで賑わっている。ほどよく喧騒しており、カトラリーが皿にぶつかる音や、会話が響くこともない空間は居心地も悪くない。
     先程までムール貝の貝柱をほじくり出そうと、伊吹は馴染みのないフォークとナイフを懸命に動かしていた。九重が箸を貰おうと気を利かせてはくれたけれど、なんとなく、彼に調子を合わせてみたかったから遠慮した。持ち方や扱いを教えてもらい、拙い手付きでナイフの先を殻の中に通す。細長い貝殻の輪郭を目で追いながら、九重に志摩の提案を投げかけたのだった。
     故意に顔を上げてはいなかったから、九重がいまどんな表情をしているのかわからない。声色は怒気は含んでいなかったけれど、それだけでは心の内までは推し量ることはできない。九重の様子を読み取れないまま、伊吹は二の句に詰まる。
     さっきまでいい感じに談笑していたのに、急に背筋から意識が引いていくような心地がした。迂遠的に伝えるなどの気遣いもなく、真っ向から申し出を断られて、伊吹は混乱の最中にいた。
    「……なにか勘違いをされているようですが、伊吹さんの友好的な譲歩を否定するわけではありません」
     明らかに挙動不審になった伊吹を見かねて九重から話を切り出してくれる。九重の気遣いや、優しい慰めが聞けて幾分か緊張が和らいだ。やっと頭を上げて九重の顔を見つめる。九重は、困ったように下がる眉に、僅かな慈悲を滲ませていた。
    「だってトモダチになるってことは、何食わぬ顔で接するってことでしょう」
    「う、うん」
    「……私は伊吹さんことを好きじゃない振りなんてできません」
     男の断定は、切実な響きをしていた。強く言い切られ、伊吹は口を閉ざしたまま息を飲む。九重の眼差しは柔らかく穏やかだった。諦めにも近い告白にどう返せばいいか分からず、逃れるように視線を泳がせる。
     選択権はこちらにある。九重の手を取るも取らないも、伊吹次第。優位な立場にいるはずなのに、手足の先が冷えるのはなぜなのか。勿論、空調のせいではない。
     用意していた展開が訪れないからって、露骨に動揺するなんて刑事としては致命的だ。俺は九ちゃんとはいいトモダチになれそうな気はするけど。そう切り返すことだってできただろう。けれど、九重の真正面からの吐露を有耶無耶にして、いたずらに傷つけるのは本意ではない。野次馬や記者を煙に巻いたり欺いたり、心理戦のさなかの嘘やあしらいは、相手を騙すということが重要で、配慮とか欺瞞なんて考えたりしない。罪の意識なんかないから、痛みだって感じなかった。
     桔梗に、兄弟みたいだと言われたことがあった。九重のツンツンして懐かない素振りも、歳の離れた弟がいたら、こんな感じなのかなあと感慨深く思ったものだ。特別親しいわけではないが、そばに居たら思わず構いたくなるような、そんな感覚。伊吹を快く思わない者が多い警察組織内で、伊吹を邪険にしない数少ない存在。情がわかないわけがない。手放したくはない。ここで終わりなんて、あまりにも寂しかった。
     トモダチがダメなら兄弟、なんてのはどうかな。いや桔梗さんが前俺たちのことそんなふうに言ってて……。待って。全然意味わかんないよな。伊吹が脳内で稚拙すぎる作戦を練っていれば、急に目の前の人物が吹き出す。
    「考えていることが丸わかりで非常にありがたいです……」
     九重は前屈みを笑いを堪えていた。その笑顔が頑是なくて屈託なくて、伊吹も面食らう。どこまでが本気で、どこまでが揶揄なのか、判別がつかなかった。
    「とししたの男の子に口説かれるのなんてハジメテだから! どうこたえていいのかわかんないし!」
     九重に笑われ、どことなく面白くない気持ちで反論する。すると九重は、眦を綻ばせて頬を緩めたまま、言った。
    「……伊吹さんのその律儀で誠実なとこも、私は好きですけどね」
     心底大事なものを見る眼差しで、熱っぽく語られると、心臓のあたりがびっくりしてしまう。恋愛における駆け引きなんて今まで散々してきたというのに、この歳下の男に乞われたら、見せてやると決めていた大人のヨユウは形無しだった。
     しかし従順に跪かれているというのに、手懐けられる気は全然しない。
    「そんな悩まなくていいですよ。無理強いをするつもりはないんで」
     そう穏やかに告げたあと、タイミングよくメイン料理が運ばれてきて、九重は食事に取り掛かった。
     ガツガツしてこないのが、不思議だった。
 九重はフォークとナイフをとても上手に、器用に動かす。淡々と、優雅に、それでいてリズムよく。半焼きの肉も、その上に乗ってる葉っぱも付け合わせのニンジンも、またたく間に皿の上から消えていく。嚥下する喉の動き。唇に付着した、薄いぶどう色のソースを舐め取る舌の先端。ほっといたらずっと眺めていられそうで、伊吹の方から視線を逸らした。九重の食べ方は綺麗で、丁寧で、洗練されていた。
     こういうところだろう、と思う。ガツガツしていない。そして相手のペースに合わせて食べる。食事とセックスの所作は、似ているというのを誰かから聞いたのを思い出して、なんだかみていられなくなった。
    「でも、伊吹さんも悪くなかったでしょう」
    「なにがぁ……?」
     九重の仕草や指の動きに見とれ、よからぬ時間を想起し煩悶していた。だから急に話を振られて、それが何を指すのかまったく見当もつかずに素直に聞き返した。すると九重は、恥じらいもなく「私と寝てみて」と口にするのだった。
     九重にしては、あまりに直接的かつ品の無い物言いで、伊吹の方が慌ててしまった。周りに気取られる心配はなくとも、改めて突きつけられると居た堪れない。
     九重が寝た、と表現するのは、もちろん添い寝ではない、セックスの話だ。九重が持ち掛けて、伊吹が了承した、あの日のこと。
     その日の思い出は、決していいものではない。目覚めて身支度を整えた九重を見送ったまではまだ平静を装っていられたけど、彼が去ってからは凄まじい後悔に見舞われた。
     だって俺らは付き合っていなかった。恋人ではなかった。そのときは、友達だったかさえ怪しいものだ。他人から見ても、たとえば俺たちが手を繋ぐようなことがあれば、十人中十人が首を傾げただろうし、食事や飲みに誘うのなんて以ての外で。俺と九重の距離はせいぜいそんなもん。
 そんな二人がセックス。なんでこんなことになっちゃったのかなあ。しかも男同士で。保健体育や、ある意味教科書でもあるそのような書籍媒体やAVの類いでは習うことのない、男同士のセックス。当然、出来栄えは悲惨なもので、快い睦みや快感からは程遠いものだった。
     ――ってさ、思うじゃん? フツウなら?
     ところがどっこい。俺と九重の――こう言うのは結構テイコウがある――初夜は、それはそれはとろけるほどに気持ちがいいものだった。俺は正真正銘ピカピカの――これもまたテイコウのある言い方だが――処女で、九重も男相手にベッドを共にするのは――わざわざ聞いたこともないけど――おそらくハジメテだったろうに、奇跡的にも、というべきか――判例も前例がないからわからないが――肉体的にはとてもうまくいってしまった。
     俺は官舎の壁が薄いにも関わらず散々喘いだし、散々乱れて、挙句はしたなくねだったし、おまけに精液も出なくなるほどイキまくってしまった。
     最初、九重は伊吹の服を脱がそうとしたけれど、途中からは自分で脱いだ。進んで行為を助長したかったわけではなく、ただ単にまどろっこしかったから。アラフォーのおっさんが自分の服も自分で脱げない有様も間抜けだったし。けれどそれを応戦と捉えたのか、九重は伊吹の上に覆い被さって肌や粘膜のあちこちに触れていった。手のひらと、あと、舌で伊吹の身体中の隅々まで探って溶けるんじゃないかってくらい撫で回した。
     九重の手が太ももに降りてきたら、胃のあたり、へそ、下腹部のあたりまで唇で辿られくすぐったい。九重が下着のゴムに手をかけたから、抵抗しないで尻を持ち上げた。ああこういうの、女の子にされると燃えるよね。まさか自分がやる側に回る日がくるとは思わなかったけど。
     全然、そんな気分でもなんでもなかったのに、てゆうか傷心中にも関わらず、フンイキに流されたのか、俺のちんこは勃ちあがっていて、先走りまでこぼしている状態だった。
     九重は躊躇いもなく男の性器に手を伸ばし、握る。そうして先端から溢れる粘液を纏わらせながらごしごしと扱いた。九重の指の関節はゴツゴツしていて、女の嫋やかで柔らかい手のひらとはまるで違った。節くれだった指が裏を擦り上げる度に腰が逃げを打ったけれど、九重は容赦無く責め立ててきて、頭の方が追いつかない。
     いつもと全然変わらない、クソ真面目な顔して男のちんぽを扱いている姿に倒錯を覚えて俺は眩暈までしていた。しかし考える暇など与えない程の速さで絶頂まで追いやられて目の前が眩む。
     ぐわ、とちんこがでかくなったのが九重にも伝わったのか、手を動かしながら黒い頭がこっちを向く。
    「イキそうです?」
「ん、ぁ、出る、出る……」
     俺の腰のほうが九重の手に擦り付けるみたいにカクカク動く。ぎゅう、と目をつぶったら腰の奥がドクンと鳴った。ぐ、ぐ、とイキながら腰を押し付ける。九重は俺の吐き出したものを手のひらで受け止めた。
    「はぁっ……、は、はっ、……」
    「イケましたね」
     まるでご飯を全部平らげた犬を褒めるような言い草だ。どっからどう見てもイキましたが。でも呼吸に忙しくてそれどころじゃない。真っ白になった頭が徐々に戻ってくると、ぼんやり眠たくなってくる。明日起きたら死にたくなってんだろうなこれ。九重はそばにあったティッシュを勝手に取って手を拭いている。それから鞄をごそごそして戻ってきた。
    「もう少し脚開けますか」
     九重の呼びかけと共に力の抜けきった両脚をぐいっとやられる。思考が一旦全部止まった。
    「え、」
     呆けている間に肩に脚を担がれて、膝が胸の方に近づく。M字開脚のポーズを取らされ、さすがに違和感に喚く。
    「待って待って明るい!」
    「この方が見やすいです。怪我させたくないんで」
    「いやいやいやカーテンさせてせめて!」
「……見たくなかったら目つぶっててください」
     官舎は窓が大きく、開放感があり外の景色も眺められることから気に入っていたが、些か日当たりが良すぎる。今は真昼間のため、陽光をふんだんに取り入れて照明をつけていないにも関わらず室内は十分なまでに燦々としていた。そんな白日の下に裸体を晒す趣味はない。しかし伊吹が騒ぐも、九重は鬱陶しそうに伊吹を遇らう。おまけにでっかい手で両目を覆われ、マットレスに寝かしつけられた。
     そしてぬるりとした感触をびっくりするような場所に感じ、鳥肌が立った。あ、いや、なんとなく予想はしてたけど。そこかなって思ってはいたけど。けれど想像するのと自分が体感するのとでは雲泥の差がある。恐怖が後押しして、怯えた目で九重を見上げたら九重は見たこともないようなギラついた目付きをしていたから、今更文句もなにも言えなくなってしまった。伊吹の不安に気づいた九重が、興奮の滲む息の合間にフォローを入れてくれる。
    「大丈夫ですよ、ゴムしてますから」
     一体なにが大丈夫なんだか。胎内に入ってきた九重の指らしきものは、たしかにゴム独特の感触に包まれていた。それでも体温や指の節の凸凹を感じる。温感ゼリーのタイプらしい、めちゃくちゃあったかい粘液が俺の直腸と九重の指の間に潤滑していて、ぬるぬると行き来していた。
    「ゔ〜〜〜〜」
     不快ではないが、勿論イイわけでもない。閉じる肉をかけ分けて指が入ってはくるくると肚側の壁を押している。九重の指の形や、ともすれば爪の長さまでをまざまざと知覚する。九重は熱心に指の腹で粘膜のあちこちを緩やかに擦っては、ぐにぐに指圧きていた。
     なにかを探ろうとする動きだということはわかったけれど、じゃあ探っているものが一体なんなのかはわからない。伊吹は九重の事務的とも言える単調な動作を、ただじっとしながらぼぉっと窓の外を眺めていた。
    「ん? んん? え、あ?」
     すると、九重の指に押されているところの奥に、重たくなる感じを受けた。砂が溜まるような中に、ピリッとした鋭い刺激がある。未知の感覚に呻いてみせれば、九重は伊吹が反応を示した箇所を重点的に撫でてくる。
     そこ、他とチガウ感じがする。ずっと押し当てられていれば、俺の意識もそこに集中して、感知が過敏になってくる。ぐっぐっと面を使って押されたり、爪で軽く引っ掻かれたりしているうちに、臍の裏あたりに熱が灯る。まるで埋み火が肉の内側にあるみたい。これが表に出てきたらどうなるんだろ。ぞっとする夢想が脳裏をよぎったとき、いきなり電流が背筋に走った。
    「っっ」
     身体が勝手に仰け反って、尻が浮き上がった。わ、なんか、イクときみたいな動きを腰が取っている。うそだろ。でもちんこの裏筋に指を当ててシゴかれたときの感覚に似てる。その刺激が発生しているのは全然違う場所だけど。下半身一帯がびりびりして、波が足元から這い上がる。
    「あ、ちょ、待っ、〜〜っ、ぃ、」
     制止を訴えたかったけど、やばい声が漏れそうになって慌てて口を噤んだ。悲鳴が出たがって、喉を圧迫している。息継ぎがうまくできずに米神にツキリと痛みが走る。首の精一杯伸ばして耐えようとした。
    「伊吹さん、息我慢しない」
    「だ、って、……おれ、な、……んかおかしぃ……っ」
    「おかしくないです。ここ触られてイクと気分いいですよ。ハイになれます」
    「っ、ぃゃぃゃ……」
     九重の誘い文句は完全にドラッグ売人のそれだった。ダメなやつだろそれ。怪しいって。好奇心で手を出したら取り返しのつかなくなるやつだ。俺は絶対に誘惑に負けたりなんかしない。
    「口開いて」
     それでも、九重は執拗に呼吸を求めてくる。首を振って拒絶を示したら、今度は顔に口付けが振ってきた。九重の唇があったかい。目尻に溜まった涙を舌で舐め取られたときはすごいなって思った。こんなことされたことがない。めちゃくちゃ大事にされているようでもっと涙が溢れてきた。人肌が恋しい。顎を傾けると九重が察して口にキスしてくれる。柔らかい感触が心地いい。九重のぽってりした上唇と下唇にはまれたら、もう全身から力が抜けていった。
    「っが、ぅ、クセになるってぇ〜」
    「ならない。安全です」
    「またぁ〜」
     半べそをかきながら抵抗にもならない文句を垂れる。九重が鼻先を俺の鼻先に当ててきて、至近距離で目線を合わせた。
    「息。できますよね」
     嗜めるような、子供に言い聞かせるみたいな、まろい語尾。できるできないで語られると、自然と負けん気が出た。九重もこのへん計算尽くなんだろうとは思うけど、いちいち反抗する気にもならない。そんな闘争心もいまはない。
     九重に促されるまま、おずおずと口を開く。鼻と口の両方から空気を吸ってみた。数度繰り返したら、九重はやめていた指の動きを再開した。いつのまにか指は二本に増えていて、さっき伊吹が反応を示した場所を挟み込んで擦られる。
    「っひ!」
     呼吸が深いと、全身の血管に酸素が行き渡って感度が冴える。つまり肉とか粘膜も敏感になって、受ける刺激が膨らむ。九重が俺の身体の内側の、神経がある箇所を狙っているんだとわかってからは、一層知覚がクリアになった。ぐぅっと背がしなる。触れられたところが気持ちいい。そこに雷が連続して落ちているみたいな激しい感覚で、股の間が熱い。
    「ぅ、ぃ、」
     覚えのある官能が腰の奥に蓄積する。歯を食いしばりたくなる。けれど俺は九重に言われたことを律儀に守って、口は開いたままでいた。酸素が回って感覚が澄み渡る。腹の底から湧き上がってくるものがあって、その濁流が勢いよく精管を駆け上がった。
    「……ぁぁあ、ああああっ……っ!」
     ぶるん、てちんこが大きく震えたと思ったら頭が真っ白になった。腰がぐいぐいと数度持ち上がる。そのたびに腹にぴしゃぴしゃなんかかかってんの俺の精液だろこれ。生臭い香りにくらくらした。え、うそ、俺ちんこ触ってないのにイッたわけ……? ふと疑念を抱いたけれど、深く考える気力がない。
     イクときすげえ体力を使って、俺は息切れを起こしていた。でも脳内麻薬がドパドパ出てんのか、頭の中は多幸感で溢れていて、ぽわぽわと高いところをトんでいた。
    「伊吹さん、じょうずですよ」
     九重に褒められるって珍しい。九重は恍惚の表情を浮かべて伊吹を見下ろしていた。そしてちゅ、ちゅ、とまた顔から首までキスが降ってくる。九重の唇が触れたところがじくじくと熱を持って疼いていた。皮膚もどこもかしこも敏感になって、与えられる刺激の全部が心地よい。
     九重もテンションあがってんのか、遂には唇まで啄むようになってきて、俺も待ち侘びるかのように口を開いてしまって、そうしたら舌が滑り込んできた。九重のぶ厚い舌先が俺の歯の裏とか頬の内側、更に舌の付け根までをなぞっていって、口蓋を舐められたときはぞくぞくと背筋が震えた。九重の息は熱くて、俺も溶けるかと思った。首筋を手のひらで撫ぜられながら咥内を犯されて意識が飛びかける。九重の愛撫はとにかく念入りに丹念に施されて、俺はふにゃふにゃに蕩けていく。
    「ゃばぃい……」
     だらしない感嘆が口の端から涎と一緒に漏れた。同僚にこんなあられもない姿見せて。しかも歳下相手に。けれど、そんな矜持も体裁もこの後輩の真剣さを前にしたらがらがらと崩れ去ってしまう。深刻な顔で上目遣いされたらお手上げだった。自分と同じ身長の精悍な男に抱く感情じゃないと知りながら、柄にもなく彼を可愛いと思ってしまった。
     そっからは。もうなし崩しで。
     九重は木の幹かよってくらい硬くなったソレを押し当ててきて、いれていい? なんて切ない息で懇願してくるものだから、俺はああオラやれよ好きにしろって、半ば投げやりに承諾を伝える。すると更に脚を左右に割られ、九重が身体ごとのしかかってきた。俺の裏孔にでっかくて柔い熱がぐぐっと押し入り、異物感に咄嗟に腰が浮きたがる。
     それを口付けしながら九重はあやし、呼吸を促した。辛抱強く先端が埋まりきるまで待って、亀頭が全部収まったところでぐうっと腰を進められた。胎内に繋がる肉の筒に、あつい棒が一気に潜ってくる。粘膜を擦りながら身体を貫かれて、反射的に足先が空を蹴っていた。
    「っぁあっ……!」
    「ぐ、」
     圧迫感と、今まで味わったことのないほどの鋭い快感に射抜かれ、身体に力が入ってしまう。そうすれば中も締められて九重が苦しそうに呻いた。でも九重の眉間に寄った皺とか額に滲む汗とか、しんどそうに見えるのにどうしてだかそれをエロいなと思ってしまって。九重は暫くきつく目を瞑っていたけど、漸くゆるゆると上瞼と下瞼を開き始めて、蕩けた眼差しで伊吹に言った。
    「……いぶきさん、……はいっちゃいました……」
     いつもの、つんと澄ました語調ではない、ふにゃふにゃの緩い滑舌で告げられたのがあまりにも新鮮だった。新鮮すぎた。
     不覚にも意外性にキュンとやられて、俺もとんでもなく腑抜けた台詞を口走っていた。
    「はいっちゃったのかぁ……しょうがねえなあ……」
     甘ったれた抑揚で紡いだ許容は、自分が聞いててもでろでろにだらしなかった。とんだ浮かれポンチだとは思うが、もうこの段階になるとひとまわりも下の後輩が可愛くていとおしくて仕方なかった。
     九重も伊吹の許しを聞いて満足そうに目を細め前屈してきた。ぴったりと胸を寄せてくっつく。腰同士が連結されたままだから、動きも制限されていた。九重は俺にのしかかった状態で腰を前後に揺らす。短く抜き差しされているだけなのに、粘膜が擦れて尾骶骨あたりからじわじわ快感が湧き上がってきた。
     九重に暴かれた俺の弱いところもずっと圧迫されていて、肉が行き来すると神経を抉られるように気持ちいい。変な声が出そうになるのを懸命に耐えていたら、また九重の舌が咥内に割り込んできた。舌先を吸われたらもう全部がやばくて何も考えられなくなって目の前の男にしがみつくしかなくなる。腕を伸ばし脚を絡めて九重に揺さぶられるままみっともない声を上げて鳴いていた。
     ……というのが一連のことの流れで。そっから先はとてもじゃないけど思い起こせない、てゆうか思い出したくない……。
     伊吹は九重の下でオンナノコみたいな声で喘ぎまくった自分の姿を自覚しては激しい羞恥心に襲われる。それだけでなく精液を出し尽くしたあと九重に浅いところを擦られまくって半狂乱になりながら身体の内側で絶頂してしまったの、とか……、……、
     ――わたしも気持ちいいです。ね、いっぱい突いてあげますから。伊吹さんのいいとこ、ぜんぶ教えてください。……さっき、初めてなのにイキましたよね。挿れられて気持ちよくて、ちょっと動いただけで軽くイッて。突かれると良すぎて涙出ちゃうんですね。初めてなのに。伊吹さんの身体すごくいいです。わたしとすごく相性がいい。気持ちよくてたまんないんでしょう? 伊吹さん泣き虫なの知ってたけど、こういうとき、こんなふうに泣くんですね。誰にも見せないで。他の誰にも見せちゃダメですよ――
 そんなふうなことを合間合間に聞かされていると、そうかも、そうだな、と伊吹は思うようになってきて、うん、うん、おれは九ちゃんだけ、とか、九ちゃんとが一番気持ちいい、とか、そんな志摩が聞いたらバカか‼︎ と蔑んだ目で罵倒してきてもおかしくないことを口走ったと思う。
     だから、志摩には俺が九重にゆさゆさされながら口にしたあほな台詞なんてまでは報告できなかった。そりゃされても困るだろうけど。
     しかし九重に初夜の感想を求められて、現に伊吹は言葉に詰まっていた。脳内に流れ込んでくるあの褥での睦言を打ち消すように頭を振る。
    「よくおぼえてない……」
     やっと絞り出したのは苦しい言い訳だった。伊吹の記憶力のよさと野生的な五感は、もはや四機捜内では疑いようもない共通認識になっていて、そんな鋭い感度を持った人間があんなあられもなく感じまくって最後には中イキまでしてしまったのをそんな都合よく忘れるはずはない。
     たとえ熱に浮かされて記憶は曖昧であっても、身体は本能的に覚えている。頬に熱が溜まるのを悟られないように伊吹は顔を逸らした。パノラミックな東京の景色と、重たい紺碧の空を眺めていれば、指先に触れてくるものがった。
    「わっ」
     見れば、九重がテーブルの上に置いていた伊吹の手の小指に人差し指を絡めてくる。指と指の間の柔らかい部分をそっとなぞられると首の後ろがカッと熱くなった。
    「ちょ、ここ外、」
     今更手を引っ込めるわけにもいかず、狼狽える。伊吹の焦燥などどこ吹く風で、九重は素知らぬ顔のまま伊吹の手を離さない。先程反芻してしまったこの男の生々しい欲と混ざって、伊吹の脳内は混乱を極めていた。
     九重のことを、いけすかない奴と感じることはあっても、タチの悪い狡猾な男と評したことなどなかったのに。しかしそこには志摩の過去を共に探ったときの、見え透いた挑発にもすぐ乗ってくる扱いやすい後輩の姿は見当たらない。
    「伊吹さんこそ、すっごい顔してますよ。外なのに」
    「だれのせいだとおもってんの」
     紅潮して目が潤んでいるのは、鏡を見なくてもわかっていたから心許なく俯く。九重の目も直視できなかった。深い墨みたいな瞳に映る自分の姿は、随分とみっともないものだろうことは予想できていた。
    「ね。覚えてないんならもっかいしてもいいですか。今から」
    「は? いやなにいってんの、そんなの、」
    「だって覚えてないんでしょ? だったらいいじゃないですか。ハジメテってことで。ね?」
    「ええ九ちゃん無理強いしないんじゃなかったの」
     甘えた素振りで乞うてくる男は、同情を引くためか切ない顔をしていた。こういう、困り顔には弱いのだ。けれど素直に応じるのも悔しくて、伊吹はなけなしの嫌味をかえしてみる。それに九重はにっこりと微笑み目を伏せレモン水の入ったグラスを置いた。
    「嫌だな。このまま帰すのも名残惜しいだけです」
     そう口にしながら、伊吹の指の節の側面を相変わらず九重の指先が辿っていた。彼は視線や指先の方がよっぽどか雄弁で、伊吹は九重の秋波にすっかり捉えられて身動きが取れずに硬直する。
     耐えきれず目を瞑っても、瞼の裏には情事のときの九重の有様がばっちりと映し出されていて、それと重なる。思い出すな。忘れろ。そう思えば思うほど、あのときの光景が蘇る。もはや逃げようがない。
    「それにこのあと。特に予定もないですよね?」
    「ない、けど……」
    「じゃあ私に付き合ってください」
     伊吹がまごつく間に、九重はさっさと次のタスクを入れてしまう。九重の、それらしい口実で伊吹を誘い込む手口はどこまでも優雅だった。それに伊吹に選択を迫るような意地悪さもない。けれど確実にじりじりと壁に追いやってくる手腕は見事で、伊吹は呆気に取られながら九重のエスコートに頷くしかなくなっていた。
     しかもこんな話をしながらも九重の目の前の料理はいつのまにか平らげられていて、きれいにカトラリーで掬われソースも残っていない皿とか、パン屑も溢れ落ちていないテーブルクロスとか、そういうところにばかり目がいってしまう。
     つまりは食事風景が九重という人間性をまるっと表していて、スマートでそつがないところも、出されたものはぜんぶ残さずきれいに食べ尽くしてしまうところも、なにもかも全てが九重らしくて、伊吹はこれから自分がどんな目に遭うか想像してはまた心臓の脈動を早くしていた。九重の紳士的でありながら些か強引な振る舞いは、確かに見覚えのあるものだった。
     どくどくと鳴る鼓動が、脳内にかつての記憶を呼び起こさせる。熱に浮かされながら譫言のように気持ちいいという感想と、あと九重の名を繰り返していたときのこと。
     ――伊吹さん。もっと言って。そうしたらご褒美あげます。……焦んないで。……わかります? あなた、たぶんいまイッてますよ。……出てないけど。
     そう熱心に語りかけてきた、九重の掠れた声までもを思い出してしまった伊吹は、慌ててデザートのソルベを口に含む。冷たい甘さが伊吹の熱を幾分か和らげてくれる。噛みしめなくても咥内であっさり崩れる、儚い舌触り。九重も伊吹に倣って溶けかけの氷菓をスプーンで掬って口元に運んだ。お上品な仕草であったのに、九重のふっくらした唇が婀娜っぽくもあるせいか、口の中のソルベの食感のせいか、伊吹にはそれが煽動的に見えてならなかった。

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