「だあーー、疲れたー」
向かいの席で京極さんが残業を終えて机に突っ伏していた。
「京極さん、シャツの襟立ってますよ。直すのでちょっとそのままでいてください」
「わりぃ、サンキュ…ぎゃああああああ」
襟を直そうと少し首に触れただけなのに…京極さんの叫び声が部屋中に響き渡った。
「なっ、急に何ですか」
「お前の手、冷たすぎんだよ殺す気か」
「あっ、すみません。僕冷え性なんですよ」
「くぅーーー、これやるよ」
そう言うと京極さんはポケットからカイロを取り出して、僕に渡した。少しぬるくなっているが、ここは突っ込まないでおこう。
「にしてもよぉー、今日はクリスマスイブだぜリア充達がキャッキャしてる中、なんで俺たちは残業なんだーーー」
「しょうがないじゃないですか、僕達警察ですし。まあ、明日は18時に終わる予定ですけど」
何か変なことを言ったのか、京極さんはそれを聞いて少し考える素振りをしたあと、口を開いた。
「歩、明日仕事終わってから空いてるか?」
これはもしかして誘ってもらえるのだろうか。少し期待してしまっている自分がいる。
「…空いてますけど」
「じゃあ一緒にイルミネーション見に行かね一回行ってみたかったんだよ」
わざわざリア充が多そうな場所ヘ行くのか…でも京極さんとクリスマスを過ごせるなら、行ってみたい。
「…いいですよ」
「よっしゃああこれで明日の仕事も頑張れるぞ」
仕事が終わり、一度荷物を置いてから待ち合わせ場所に行くと、既に京極さんが来ていた。
「すみません、待たせてしまって」
「いーんだいーんだ俺が楽しみすぎて早く来ちまっただけだから」
京極さんの近くに行くと、ある違和感を覚えた。
「何ですか、それ」
隠すようにそっと背中の後ろに回した京極さんの左手には小さな紙袋があった。
「ああ、これか気にすんな」
よく見えなかったが、可愛らしい袋があった。まさか彼女に…もう自分の頭はそれしか考えられなくなった。彼女との予定が合わなかったから仕方なく自分を連れてイルミネーションに来たのか京極さんがクリスマスに一緒に過ごす相手として、自分を選んでくれたという事実に酔いしれていた昨日の自分を殴りたい。
「うおーーい歩、難しい顔してるぞ。どうかしたか」
好きな人に彼女がいると発覚してどうにもならない人がいると思うのかこの鈍感上司め
「何でもないですよ…行きましょう」
「おう」
イルミネーションは初めて見た。自分が思っていたよりも綺麗なものだった。…まあ、イルミネーションを眺める京極さんの横顔の方が綺麗だったけれど。ライトに照らされた京極さんの顔は国宝級であり、イルミネーションが背景と化していた。
そろそろ周りが帰り始める時間になった。僕と京極さんも、最寄り駅へ向かい始める。
「イルミネーション綺麗だったな、歩」
「はい、とても綺麗でした」
イルミネーションに見惚れていたあなたをずっと見ていました、などと言えるはずがない。
「今日は付き合ってくれてありがとな」
人通りが少なくなると、京極さんは急に立ち止まった。
「歩、これやるよ」
そう言って京極さんは持っていた紙袋から赤と緑で可愛くラッピングされた袋を取り出した。
「えっ、僕に」
まさか自分への贈り物だとは思っていなかった。
「いらねーのか上司からのクリスマスプレゼントだ」
プレゼントをそっと受け取り袋の中を除くと、手袋が入っていた。
「お前指先つめてーだろ。これで温めとけ」
いつこんなものを買う時間があったのだろうか。昨日の一瞬のやり取りを覚えてくれていたことも嬉しかった。
「ありがとうございます…てっきり彼女に渡すものだと思ってました」
手袋から視線を京極さんに移すと、京極さんはキョトン顔をした後吹き出した。
「なっ、なんですか」
「んなわけねーだろ彼女なんかいねえよ……でも寂しくねえぜ、クリスマスもこうやって一緒にいてくれる歩がいるからな」
なんでこんなことをサラッと言ってしまうのだろう。罪深い男だ、この人は。きっと誰にでもそうなのだろう。
「来年も一緒に来ようぜ、歩」