過去も未来も、きみと。「おっ………お、おお…!?」
変な声を上げながら、オレはタイムマシンから顔を出して、辺りを見渡す。
前方には見覚えのある家が一軒。
それは間違いなく神代類の家だった。
無事に過去へ辿り着いたのか少々不安になったが、弱気になってはならないと首を横に振る。
………とにかくこの時代の恋人を探さなければ!
果たさなければならない目的がある!
そう思い、オレは庭へと出る。
目的の人物以外に会わないよう、慎重に歩き始めた時だった。
「だ、誰…!?」
「っ、!」
聞き覚えのある声に反応して、思わず後ろを振り向く。
そこには自分のよく知る人物、神代類が、立っていた。
ただ少しだけ、違う点もあって。
それは現代と比較して、身長が低く、髪が結んである、という点だった。
しかし声はさほど変わっておらず、瞳や髪の色も全く同じで。
とにかく、まずは第一段階をクリアだ!と、脳内で喜んでいると、類が低い声で問いかけてきた。
「もしかして…変質者………」
「な……!?ち、違うぞ!決して怪しいものでは…」
「…………………」
………あれ?これはまず気が…………いや、確実にまずい。
大変よくない展開だ。
類が敵意むき出しでこちらを睨んでいる。
ここまで険しい顔をした類を、オレは見たことがなく、どうすればいいのか困っていた。
もし家の人を呼ばれて、通報されたりでもしたら…!と、混乱していると、ある"モノ"が視界に入る。
オレは気づけば類に駆け寄り、彼の両肩を掴んでいた。
「そのドローン!」
「え、っ、…な、なに……っ、?」
「もしやショーで使うためのものか!?」
「!!」
"ショー"という言葉を聞いた瞬間、類の顔が驚きに変わり、表情が穏やかになる。
恋人が『中学生の頃もショーに興味があった』と言っていたのを思い出した。
類はドローンをぎゅ、と大事そうに抱えて、こちらの様子を覗っている。
(うぐ……っ……!いつもより幼いせいなのか、可愛い…!)
何気ない仕草に、心臓の鼓動が速くなる。
類は期待の眼差しでオレを見つめ、恐る恐る口を開いた。
「き………あ……あなた、も、ショーをするのかい…?」
「あ、ああ!そうだ!オレは類と…ー………っ、っ…!」
「………………?…僕………?」
出かかっていた言葉を、慌てて飲み込む。
ここに来る前、類からの忠告が脳裏をよぎった。
『過去の人間には未来の出来事を教えてはならない』と口を酸っぱくして言われたのだ。
タイムパラドックス、だったか?
未来が変わってしまう可能性があるため、オレとショーをしていることは絶対に口にしてはならない。
一応、最悪の事態になった時の対策法………は聞いているのだが、あまりにも内容がアレなので、それだけは避けたかった。
急いで話を逸らそうと、オレは誤魔化すようにして、声を張り上げる。
「そ、それよりも自己紹介がまだだったな!天翔けるペガサスと書き、天馬! 世界を司ると書き、司! その名も、天馬司!未来のスターだ!!」
「………未来のスター…変な自己紹介だね」
「なぬっ!?」
「でも、変質者が大きな声で自己紹介なんて、しないよね」
類がふにゃ…と柔らかな笑顔を浮かべた。
言葉も先程のような刺々しさはなくなり、優しい声色へと変わっている。
ひとまず警戒心は薄れたようだ。
「ああ、…、へ、変質者では………」
「えっと………天馬…さん…?でいいのかな?僕は神代類…漢字は……、」
「ぐ、!?」
「天馬さん!大丈夫!?」
首をこてんと傾げながら、類に『天馬さん』と呼ばれ、心臓を鷲掴みにされる。
脚の力が抜け落ちて、ガクッと地面に膝をついた。
(とんでもない破壊力だ……!!)
オレは自分自身を落ち着かせようとして、すぅう………と深く息を吸い、はぁ………と長く息を吐く。
(なんだ、この…可愛い生き物は…!今の類も可愛いが、中学生の類も十分可愛すぎる!!)
今すぐにでも抱き締めたい衝動に駆られるが、ここで不審な動きをしてしまえば、本当に変質者にされてしまう。
なので、ひたすら耐えるしかなかった。
それにある目的を達成しなければ、オレは現代に帰れない。
自分の欲を抑えながら、ゆっくりと立ち上がった。
「す…っ………すまん。もう、大丈夫、だ」
「よかった。どこか具合が悪くなったのかと思ってびっくりしたよ」
「心配してくれたのか?」
「え………あ、ま、まあ…僕の家の庭で、知らない人が倒れた、なんて、嫌だし………。天馬さんは僕のことを知ってるみたいだけど…」
「あー、ま、まあ少し、だな。……心配してくれてありがとう」
ぽん、と類の頭に手を置き、優しく髪を撫でる。
見た目はぼさぼさだが、髪質は艶やかで、触り心地はとても気持ちがいい。
オレの類は髪を撫でると嬉しそうにするので、てっきり、というか、うっかりして、いつもの癖で撫でてしまった。
「………!?、………!…!?」
「は、!」
壊れたロボットのように固まってしまった類に、オレは『やってしまった…!』と後悔する。今日出会ったばかりの、しかも見ず知らずの人間に頭を撫でられるのはきっと不快だろう。
オレの場合は類を知っているから抵抗感がないものの、この時代の類にとっては、オレが天馬司であること以外は何も知らない、赤の他人だ。
そのことを忘れて、手を動かしていた。
自分はこの後、どうすべきか。
もしここで誤った選択をした場合、警察に突き出されてしまうかもしれない。
次の行動に頭を悩ませていると、固まっていた筈の類が、ゆっくり口を動かした。
「……、…あの………、これは、どういう……」
「いや、その…、つい……類が、可愛くてだな………」
「え…な、か、かわいい………?」
(あーーー!!!なっ、ま、…!?オ、オレは何を言ってるんだ!!!)
今すぐにでも、自分の口を塞ぎたい。
天馬司、鎮まれ、落ち着いてくれ。
目の前にいる類は、オレの愛する類の、過去の姿で。
誰よりも可愛い。
それは当然だ。異論は認めない。
だがしかし。
今の発言、類からは変質者そのもの。
通報されても文句は言えない。
確実に選択肢を間違えた!と心の中で叫んでいたが、類の方は頬を真っ赤にしていた。
「あっ……あ、……か、かわ………、…っ、」
「…る、類…………?」
「………っ、……かわいい、なんて、言われたの、初めて………だから、その…どうしていいのか、分からない」
類は頬を赤く染めたまま、こちらをじっと凝視する。
その瞳には嫌悪や不快は感じられず、少しの戸惑いと羞恥が覗えた。
もしかしたら、類はこの時から、押しに弱かったのかもしれない。
だからチャンスだと思った。……ある目的を達成する為の。
オレは頭に置いていた手を、類のふっくらとした頬へと移動させる。
「…………類。よく、聞いてくれ。まずは、お前に伝えたいことがある」
「へ……?」
「何があってもオレは類の味方、ということだ」
「、!?」
類の澄んだ瞳がゆらりと揺れた。
この時代の恋人は、周りからその在り方を受け入れてもらえず、長い時間独りの日々を過ごしてきた。
そしてそれはまだ、しばらく続く。
高校に入学しても、すぐには変わらない。
だからせめて、心のどこかにオレの存在が刻まれたら。
この時代の類に"天馬司"という男の証を、何かしらの形でもいいから残したい。
傍から見たら、独占欲の強い男だと思われるかもしれないが、オレは類の全てを愛しているし、自分のモノにして染め上げたい。
我ながら考えることは恐ろしいと、思わず苦笑いを浮かべた。
「急にそんなこと言われても………そもそも天馬さんと僕は一体どんな関係なの…?」
「それは答えられない……、あ!あと類は宇宙一可愛くて、ショーが大好きな、心優しい子だということを、オレは知っている!!それも伝えたい!!」
「…だ、誰に………?」
「もちろん類!お前自身にだ!」
「うわっ!?!」
戸惑い、立ち尽くす類の身体を、オレは両腕を広げて、勢いよく抱き締める。
どさ、と鈍い音が響いた。
どうやら類がこちらの行動に驚いて、ドローンを芝生の上に落としたようだ。
『悪いな、類』と心の中で謝罪しつつも、本能に従って言葉を発する。
「類は可愛い」
「ひ…ぁ!、…やめ、っ、天馬さん、何を…っ……?」
「笑顔が一番可愛い」
「え、あ…!?、は……!?!…ぼ、僕はかわいくな、っ、」
「可愛いぞ。類、可愛い、好きだ…」
「は……、すっ、好き!?ま、っ!な、な、なに…」
「照れた顔も可愛い…怒った顔も、不審そうにオレを見ていた時の顔も……全てが…」
「〜〜〜〜〜〜っ、や、やめ…!く、……、!!」
力強く抱き締めたまま、耳元で甘く囁き続ける。
この時の類はオレと同じぐらいの背丈だから、背伸びする必要もなく、そのまま唇を耳へ近づけるだけ。
類は迷惑そうにしながらも、顔は林檎のように真っ赤になっているため、本気で嫌がっている訳ではなさそうだ(勝手な推測にはなるが)
オレの腕から逃れようと、身体を捻らせるが、力で勝てる筈もなく。
それからしばらくして類は観念したのか、大人しく腕の中におさまっていた。
「あの、本当に、何が、目的なの、…?」
「仕方がない…教えてやろう!つまり!オレは!可愛い類を見たい!!その為にここへ来た!!」
「……………天馬さんって、やっぱり変な人…変質者………警察…」
「なっ!?まて、違うぞ!!」
「………じゃあ…、」
腕の中にいる類が、オレの肩に頭を押しつけながら、ぼそりと呟く。
「………つ………通報、されたく、なかった、ら、………僕のお願い、聞いてくれる……?」
「…………!!!」
ちら…とこちらを見つめる類に、胸がドキッと高鳴った。
何故だろうか。
この時代の類は、オレの類と同じ存在なのに、どことなくあどけなさを感じる。
確かに高校生と中学生では、体格はもちろんのこと、精神的な強さ(年齢)も変わってくることだろう。
………ただ、何と言っていいのか分からないが、過去の類はまるで迷い子のようだ。
だが、それでも。
(……………類の、さっきの、言葉は、)
今、この瞬間。
それは間違いなく、愛する人の心からの願い。
勇気を振り絞って、言ってくれたのだろう。
声に出してくれたことが、すごく嬉しい。
可愛い類のお願いを断るなど言語道断。
オレは常に全力で応えるまで。
「ふむ……いいぞ!お前の願いなら、何でも叶えてやろう!」
「何でも…?」
「あ…!た、ただ、あまり目立たない演出にしてくれ。他の人に見られる訳には…ー…………、」
「…………ど…………どうして、僕が…演出をつける、と、思ったの…?」
「ん………?何を言っ…………はっ…………!!」
天馬司。再び、選択肢を誤る。
しまった。大馬鹿者だ。
ついうっかり、を発動してしまった。
類のお願いはほとんどがショーに関わることなので、気づけば条件反射で答えていた。
考えるまでもなく、そう答えるべきだと、脳にインプットされているのだ。
「ああ……、……やっぱり………天馬さんは、……、…」
類は何かを悟ったのか、オレの腕からするりと抜け出した。
「類……っ!?」
「………何も聞いてない…、ことにするね。その代わり、天馬さんには僕の部屋に来てほしい」
「はへっ!?類の部屋にか…?」
「うん。この時間帯、家には僕しかいないから……。こっちに来て」
「うおあっ!?」
類は落としていたドローンを拾い上げると、オレの腕を引っ張って、家の中へと連れ込む。
玄関に靴を乱雑に脱ぎ捨てて、廊下を小走りで移動した。
家の中に誰もいない、というのは事実のようだが、もし類の家族と鉢合わせでもしたら…?と、冷や汗が止まらない。
それに家の庭には類が作ったタイムマシンがあるため、誰かに見つかってしまう可能性もある。
あまりタイムマシンから離れたくない。しかしここで類を拒絶することもできない。
オレが類を拒絶することは、あり得ないのだ。
とりあえず類の行動に合わせて、それからまた考えればいいか、と彼の後ろをついていった。
(おお…あまり変わってない、な…)
よく、というか、かなりの頻度で類の家に行くことがあるのだが、家の中もオレのいる時代と比較して、ほとんど変化はないようだ。
………ただ、類だけが、いつもと違っていた。
「ここが、僕の部屋」
「……、あっ!、ああ、そうな、のか…」
「で、そこに座って?」
「いや、類、急にどうしたんだ…!?」
「いいから…、す、座ってくれないと…通報…………」
「座る!今すぐ座るぞ!!」
類の部屋に案内されると、彼の脅し文句に焦って、オレは慌ててその場に座る。
念の為、初めて来たような態度をとったが、彼の反応から『もしかしたら薄々勘づいているのではないか…?』と思ってしまった。
しかしオレも類もお互い深くは触れないまま、やり取りを続ける。
オレの周りにはたくさんの紙や、ロボット、そして、小道具が散らばっていた。
部屋を掃除したい衝動に襲われるが、今はそれどころではない。
類がオレを自身のテリトリーに招き入れた理由は何だろう?
彼から見た自分は不思議な人で、本来ならば通報されてもおかしくないというのに。
「はい、これ」
「あ…こ、れ…………は、…ーっ、!」
何十枚にもなる紙の束を手渡され、一枚一枚を丁寧に捲っていく。
そこにはたくさんの設計図、演出案、台詞等、どれもショーに関係するものばかり。
見たことのない初めての内容に、オレは興奮して声が大きくなった。
「す、すごいぞ!!これ、全部一人で!?」
「うん………あ、この演出とか、天馬さんは、どう、思う…?」
「これ…………、………、…お、おお…っ!、す、素晴らしいぞ!!!流石だな、類!!」
「ふふ…………、ん…、」
「…………る…………る、い………?」
首を動かして、こちらへ頭を向ける類に、オレは数回瞬きをする。
彼は頬を紅く染めながら、潤んだ瞳で見上げ、口を開いた。
「……っ、…………頭、撫でてほしい……」
「!?!!?」
「外だと、誰か、に、見られて、しまうかも、しれないから…」
服の袖を控えめに掴まれ、口からはく、…と吐息が漏れる。
もしや褒めてほしくて、自分の部屋に呼んだというのか?
そして誰にも知られたくない、と。
だとしたらそれは、あまりにも可愛すぎる。
だが、類は気づいていない。
今の自身の行動があまりにも危険、ということに。
(…………、抑えろ。駄目だ、手を出すな、オレ………)
こちらの心情を知る由もない類が、じっと待っている。
オレは心の中にいる獣を必死に制御しつつ、すり………と優しい手つきで類の頬を撫でた。
「…そう………だ、な、」
「…………?天馬さ……ん……?」
オレは頬を撫で続ける。
頭を撫でられると思っていた類は、最初こそ驚いていたものの、抵抗することなく気持ちよさそうに受け入れていた。
「類は、やっぱり、すごいな」
「あ、あり、がと、…う…。急にごめん…、驚いたよね……」
「まあ、何かと思ったが、可愛い類が見れたので大満足だ!」
「そう…?周りからはよく何を考えてるのか分からない、不気味だって言われるよ。それに………、」
類の表情に、陰りが。
色々なことを思い出しているのだろうか。
辛いこと、苦しいこと、悲しいこと。
そんな顔、させたくないというのに。
これではいけない。オレがここに来た意味がない。
「それは類の魅力に気づいていない、ということだが、…………」
「え…………」
オレは類をそのまま押し倒し、彼が逃げられないよう覆い被さった。
「天馬さん………どうし、…、」
「本当のことを言うと、オレは類が好きで、」
「う、うん…………」
「悲しい顔ではなく、笑顔のお前が見たくて、でも…、」
類は理解できていないのか、きょとんとした顔をしている。
本当に彼はかわい、……今日は可愛いしか言っていない(思っていない)ような気がする。
いや、類が可愛いのは真実なので、どうしようもないのだが。
だから、ちょっとだけ、意地悪をしても許されるだろう。
オレは、熱を孕んだ瞳で、類を見つめた。
「それと同時に、」
「あ、あ、あ、あの…、待って、えと……、あ、」
ギリギリのライン、下腹部のところに手を添え、トン…と叩く。
「乱れて啼くお前も、見たい」
「………、っ…、っ…………!?!」
言葉を失う類に、自分の言いたいことが伝わっているのだと、ほくそ笑む。
悲しい顔をしていた彼は、ぷるぷると身体を震わせていた。
"そういう意味"だと察したのだろう。
だが、ここで手を出したら、未来が変わるかもしれないため、欲に塗れた自分を引っ込めた。
「…………と、まあ、オレの戯れ言だと思ってくれ!」
下腹部に当てていた手をぱっと離す。
彼に対して何もしないことを示すため、両手を軽く上げて降参のポーズをとった。
「かっ、からかう、のは、やめて…!」
類は声を荒げて、上半身を起こす。
此方を涙目で睨みつけるが、まるで警戒心の強い猫に見えて、非常に可愛い。
「類が悲しそうな顔をしていたから、何とかして元気づけようとしたんだが…」
「な…っ………!?今のは、駄目……、違う意味で、よくない」
「違う意味、とは?」
「………っ、いや、だ。言いたくない。分かってるくせに…」
拗ねているのだろう。
類がふい、と顔を背けた。
その仕草さえも愛おしいし、誰にも見せたくない。
類の全てはオレだけが知っていればいいのに、と心のどこかで思ってしまう。
もっと過去の類のことを知りたいし、可愛がってやりたい。
でも。そろそろ、戻らなくては。
あまりこちらに留まってはいけない。してはいけない。
長ければ長いほど、未来に影響を及ぼすだろうから。
まだここにいたいと願うが、終わりは近づいていた。
「なあ、類、」
「……何?もう騙されな、…ー……」
「お前がショーを大好きだということを、オレは誰よりも知っている」
「………………、え、」
目を閉じて思い浮かべるのは、大切な人。
オレたちの演出家として、全てに真剣に取り組む姿。
きっと過去の経験があったからこそ、現在へと繋がっているのだ。
それに未来のお前は、独りではない。
オレがいる。
「…………この先も楽しいことばかりではないだろう。でも、きっと。類にとって、大切なものが見つかる」
「大切な、もの……」
「すまない。上手く、伝えられない…」
「………ううん。何となく伝わってるよ。未来には、天馬さんがいてくれるんでしょう…?」
「!!!気づいて、」
「誰でも気づくと思うけど…」
「ぬわーーーーー!!!」
何ということだろう。
さすがは中学生の類だ。
完全にバレていた…、そもそも自分が色々とやらかしていたのが原因なのだが。
嘘をつくのは苦手だ。それが類相手なら尚更。
類からは『きみと僕の関係が知られてしまったら、何でもいいから気絶させて夢だと思わせてね』と言われていたのだ。
それだけは、避けたい。
「いや、そのだな!ううーーん…駄目だ……!類に酷いことは…、」
「……………、酷いこと…って、こういう意味?」
「なん、んッ!?」
類がオレの手を掴み、自身の下半身へと持っていく。
ぐっ、ぐっ、とオレの手にソレを押しつけながら、はぁ…と吐息を洩らした。
「おっ、おま…お!」
「ん…は……ぁ、………違うの?」
「ちがくな…ッ…………いや違う!違うぞ!」
「やっぱりその反応…。天馬さん意外と顔に出やすいから、すぐに分かっちゃう」
「ぐぬぬ………ッ、!」
すまん、類。
無理だ。気絶させるなんて、オレにはできない。
帰ってどんな罰でも受けるから許してほしい。
(いや、それよりも未来が変わっていて、類がいなかったら………)
最悪の未来を想像してゾッとする。
そうなるとやはり気絶させて、夢だったと思わせるしかないのか?と一人であれこれ考えていた。
「……酷いことしても、いいよ」
「なにを、」
「まだ誰も帰ってこないし………。それに未来ではもう、そういうことしてる…よね?」
「ーーー!、」
全てを見透かした目に、オレは言葉に詰まる。
それを肯定と受け取った類が、たどたどしく言葉を紡いだ。
「あと、ちょっと…天馬さんの、こと、気になってる……。未来の自分と、どういう風にしてるんだろう、って…」
「類、な、」
「………………ごめん…嫌なら、別に………あっ!」
下半身にある手が、自分の意志とは関係なく動く。
予想していなかったのか、類は大きく身体を揺らし、ビクッ…と小刻みに四肢を震わせていた。
可愛くて、もう、我慢ができない。
どろどろに啼かせてやりたい。
類の忠告が一気に頭から消え、手の動きが次第に激しくなる。
「っ、…ひぁ、……や、っ、……、な、なに、……っ…ふ、…」
「嫌じゃない。むしろたくさん可愛がらせてくれないか…?」
もう片方の腕で、類の身体を抱き寄せる。
手加減しなければ、壊してしまいそうだ。
丁寧に、優しく、触れなければ。
「う、うん……初めて、だから…その、色々と下手かも…」
「大丈夫だ。類はただ、オレに身を委ねればいい」
「あ……………」
オレは何も知らない無垢な類へ、欲望の手を伸ばした。
「類…」
「天馬、さ…ん……………」
「おかえりなさい、司くん」
タイムマシンから降りると、目の前には類が立っていた。
高身長、癖っ毛はあるが整った髪、大人びた雰囲気。
いつもの類だと、オレは未来が変わっていないことに安堵した。
「類!今、帰ったぞ!!」
「中学生の僕はどうだった?」
「可愛かった!特に、」
「『特にオレの下で啼くお前は可愛かった』とか?」
「そ…………っ、!?!」
一歩、踏み出そうとしていた足の動きが止まる。
どうやら類は、自分と何をしたのか覚えているようだ。
それはつまり、オレが彼の忠告を守ることができなかった、という意味を表す。
あれだけ何度も言われていたというのに。
結局、最後は本能に負けて、中学生の類と身体を繋げてしまった。
「しっかりと覚えているのか…?」
「うーん、………司くんに似たような人と、身体を重ねたなあ…って」
「あっ……あ、す、すまん!!」
本当の本当に、手を出すつもりはなかった。
オレは慌てて、頭を下げる。
『過去の類を、もっと知りたい』と。
中学時代のアルバムを見せてもらった時に、何気なく呟いたのが始まり。
つまらなさそうな顔をした類、寂しそうな顔をした類…、今の類とは随分かけ離れていて、オレは胸が締めつけられた。
類曰く『中学生の時は一部の人を除いて、僕のことを変な目で見ていたから』と。
その発言が心のどこかで引っかかり、最終的に『過去の類に会いたい』と頼んだのだ。
短い時間なら、タイムマシンを使って行くことができる、そして、類の忠告を必ず守ることを条件として過去へと飛んだ。
もちろん『類も一緒に行くか?』と誘ったが、彼は『ここで待ってるよ』と首を横に振った。
その時点で、類には何が起こったのか、覚えていたのだろう。
「謝らないで、怒ってないから。顔を上げて」
「だ、だが…………」
そう言われ、申し訳ないと思いつつも、オレは顔を上げる。
類は目を細めて、ふふ…と声を漏らした。
…………その顔は何度も見たことがある。
何かを企んでいる時の、顔だ。
「司くんのおかげで、あの時は楽しかったし、幸せだった。それに僕の忠告を守ろうとしても、きみの素直な性格から恐らく難しいだろうな、って思ってたし」
「うぐ…返す言葉もない…!」
「ただ、」
類が服の袖を掴み、くい、と引く。
今の類と、過去の類の姿が、重なった。
羞恥心で頬を真っ赤にしていた、あの類と。
ズク…ン…、と、下半身が熱く、そして、疼き始める。
「ちょっと、だけ、嫉妬してる、かな。僕も可愛がってほしい…」
「類…、…………!!!」
「ねぇ、司くん……」
彼の唇が綺麗な弧を描く。
その表情はどこか色っぽく、頬もうっすらと紅い。
そして、恥ずかしそうに微笑んでいた、昔の頃とは違う、蠱惑的な瞳で、
「僕のお部屋に来てくれるよね……♡?」
……………ー…オレに、微笑んだ。
訂正しよう。
ああ。今の類は、可愛いというよりも、煽情的だった。
続きを読みますか?
「………もう少ししたら、大切な人が、ここへ」
暗闇の中で、佇む男が急に話しかけてくる。
まさか本物の人間とは思わず、自分の幻覚かと思っていたので、僕は気にすることもなく作業を進めていた。
ぴた………と手を止めて、暗闇へと目線を動かす。
「大切な、人……」
「きみが未来で、とても大切にしている人」
男の声はとても幸せそうで。
今の自分からは想像もできなくて。
……なんて羨ましい。
僕も、いつか、そんな優しい声が出せるのかな?
しかし何故、自分に伝えてきたのだろう。
何か理由があるのではないか。
僕は暗闇の男に尋ねた。
「…何をしたら、いいの?」
「そうだね。何もしなくていいよ。ただ、どうするかは、きみ次第、とだけ」
「僕、次第…………」
男が踵を返す。
もう用は済んだららしい。
「……………楽しみにしててね?」
その声を最後に、何も聞こえなくなった。
これは、未来のスターが来る、前日譚。