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    mekoneko69

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    月鯉SS・明治軸
    黄金争奪戦から6年後の設定

    当時の鉄道事情や陸大のことは付け焼刃程度の知識+憶測も入っていますので、細かいことは気にせず大らかに読んでいただけると幸いです。

    #月鯉
    Tsukishima/Koito
    #月鯉SS
    gekigoiSs
    #鯉登音之進誕生祭2023
    #ちいコイ

    貴方は美しい12月頭、一通の封書が届いた。
    手紙にはたった一文、

    『12月23日正午、上野で待つ』

    何かの決闘状かと思った。

    そして、封筒の中には東京行きの切符が入っていた。



    黄金争奪戦後、我々は政権転覆を図る反乱分子と見なされ、中央政府から相当な詰問や尋問を受けた。
    「部下を守るためどんな手を使っても…」と言った彼は寝る間も惜しみ、時には苦渋を飲むこともあったが、少尉という立場でありながらも中央政府を相手に上手く立ち回った。
    それから2年、尋問も落ち着きを取り戻していった。その間、少尉から中尉に昇進した鯉登中尉は、連隊長の大佐から陸軍大学校の推薦の話が上がった。そこからはとんとん拍子で話が進み、多忙な業務の中、陸大の受験勉強をされていた。
    一度予想問題を拝見したが、刺青人皮の暗号よりも難読かつ膨大な問題量に眩暈がした。死んだ気になって勉強しても自分には無理だ。
    激務の合間に3年かけて受験勉強をした鯉登中尉殿は陸大に一発で合格し、昨年の12月に上京した。

    鯉登中尉の上京が決まり、さて自分は除隊しようかと考えていたが、鯉登中尉から旭川で部下たちの面倒と教育を任命されてしまい、引くに引けなくなり結局そのまま滞留することになった。
    出発前日に鯉登中尉の邸宅で荷造りを手伝った。樺太に渡った時も彼は大量の荷物を持ち込んだのでどうせ今回も荷物が多いことだろうと予想していたが、意外と荷物は長期旅行用の半畳み鞄だけだった。必要なものは現地で揃えるとのことだ。
    仕度も済み、帰り際に玄関で「手紙を送るからお前も書け」と言われ、やんわりと断った。もっと駄々をこねられるかと思ったが、「そうか」とすんなり引き下がった。勘がいい彼なりに何かを察してはいるのだろう。強引ではあるが強要はしない。
    あの子のことはすでに吹っ切れてはいるが、個人的な手紙のやり取りは日清戦争時の記憶がよみがえるためどうも苦手だった。
    手紙が無くても、今は血で茶色く変色してしまったが小樽の病院で(半ば強引に)交換しためんこを持っているだけ十分だった。本人は決して言わないが軍服の左側の胸の衣嚢に常に仕舞っている。

    彼の補佐についてから、1年近く離れるのは初めてのことだ。
    最初は、うるさい…いや賑やかなのがいなくなり、しばらくは落ち着かなかったが、1年も離れると不思議なことに慣れてくるものだ。それでもたまに「月島ァ!」と自分を呼ぶ快活な声が夢に現れる。
    恋しいと自覚している。

    さて、鯉登中尉からの手紙に内容を上官に伝えたところ、「ゆっくりしてこい」と上京を快諾し年末前にも関わらず色を付けてくれた。
    俺の東京行きは瞬く間に部下たちにも知れ渡り、「鯉登中尉殿によろしくお伝えください」とたくさんの手土産を託され、送り出してくれた。彼がたくさんの人に慕われていると実感し、自然と顔がほころんだ。

    陸大は休暇日が決まっている。手紙に書かれた指定日である23日は休暇日なのだろう。
    旭川から上野までの所要日数は約3日。
    列車は1日2便。遅くとも23日の早朝に上野へ到着なければいけない。
    旭川は豪雪地帯だ。雪の影響で列車の遅延、運休は頻繁に起こった。
    出発日当日も列車の心配していたが、函館行きの列車は遅れず旭川に到着した。
    東京へは、何度か来ているがいずれも任務や中央とのやり取りだ。
    初めて上京した時は、当時の鶴見少尉と尾形と宇佐美で帝国ホテルで勇作殿を扮した全裸の男と乱闘になり、頭に花瓶を叩きつけられた。形容しがたい珍妙な任務だった
    黄金争奪戦後は、取り調べのため中央に出向き、下手をしたら数時間で旭川にトンボ帰りすることも多々あった。観光なんてする余裕は一切無く、東京にはあまりいい思い出がない。出発した列車に揺られながら思い返していた。


    多少の遅延はしたが、無事に上野駅に到着した。
    列車の性能も上がり以前と比べれば時間は随分と短縮されたが、それでも3日間列車に乗りっぱなしは体に堪える。腕を伸び上げ、凝り固まった体を解した。

    約束の時間まであと3時間。
    昨晩から飯を食っておらず、さすがに空腹だったので屋台の蕎麦を食って軽めの腹ごしらえを済まし、それから風呂屋を探した。
    潔癖な彼に会うのに3日間風呂に入っていないのはさすがにまずい。また「汚い顔をしよって」と文句を言われてしまうだろう。
    駅周辺を散策していると、立派な唐破風屋根の風呂屋を見つけた。
    のれんをくぐり、番台に金を払い、脱衣場で荷物を下ろした。自分の荷物は肩掛け鞄一つ、預かった手土産は風呂敷に包んでいる。
    戦時中も、演習中も、樺太に渡った時も今以上に重装備で重量物には耐性がついているはずなのに、慣れない旅行で些か緊張しているせいか荷物を下ろすとふっと体が浮くような感覚を覚えた。
    脱衣し、洗い場に行くと周囲がざわついた。俺にというか下半身に視線を感じるのは気のせいか。寄宿舎の風呂場でもたまに視線を感じることがあるが、一体何が付いているというんだ。
    洗い場で丹念に体を洗い、浴槽を見ると柚子が浮かんでいた。昨日は冬至だったか。
    湯船に浸かると全身に血が巡り、長旅でに溜まった疲れが身体から滲み出てくるようで、柑橘のいい香りも相まってつい長風呂になってしまった。

    湯船から上がり仕度をしていると2階から常連と思しき客たちの話声が聞こえてきた。東京はこの2日程降雪が無く、今日は1日快晴で日中は普段よりも暖かくなる、と。
    きっと今日は「あそこへ行きたい」「ここで食べたい」とあちらこちらと連れ回される覚悟はしている。寒さは慣れているが、どうせなら暖かいことに越したことはない。


    約束の時間まであと1時間30分。
    さて、どのようにして時間を潰そうか、それとも既に待ち合わせ場所で待っていようか、思慮しながら人でごった返した街をうろうろと彷徨っていると、色とりどりの花が視界に入ってきた。生花店のようだ。
    気立てのよさそうな女店主が店の花の手入れをしており、その傍らには坊主頭の男児が幼児のお守のためか一緒に遊んでいた。
    何気なくその光景を見ていたら、店頭に並んでいる一種類の鮮やかな花が目に飛び込んできた。
    花びらが四方に開き、その中心で筒状の花を咲かせ、花弁の周りは波打つ様なヒダがある。花の色が鮮やかで、香りがこちらまで漂ってくる。

    「その花は、最近南米から輸入されたもので、うちの温室で栽培しております」
    香りにつられて寄ってきた虫のように、気が付けば俺はその花に前に立っていた。
    明らかに俺の風貌は花なんぞに詳しくなさそうなのに女店主はにこやかに話し始めた。
    「大胆で鮮やかな花びらは華麗さがあり、贈答用として人気がありますよ」
    正面を向いた花びらは大きく開き、非常に華やかで美しいものだった。
    艶やかな紫色の花は彼を連想させた。
    「この花を…、花束にしてほしい」
    「かしこまりました。何本でお作りいたしましょうか」
    「……25本」
    自分でも予想外の言動だった。
    温室で育てられた花は高級品だ。庶民からしてみれば花を買うことなんぞ贅沢だ。
    俺は普段生活用品以外金を使うことがないので、潤沢とまではいかないがそれなりに蓄えはあるほうだ。たまには贅沢に使うのも許されるだろう。
    「この花だけだと華美過ぎてしまうので、この色のバラをお入れしたら落ち着きが出て、主役の花を引き立たせますよ。」
    緑光のような薄い緑色のバラを数本取り出し、紫色の花束に宛がった。女店主の言う通り、紫の中に薄い緑が少し加わるだけで落ち着きがぐっと増した。さりげなく花を足してくる、なかなか商売がうまい。
    「…じゃあ、それも一緒に」
    均整よく配置された花が束ねられ薄い包装紙で包まれていく。
    花とは無縁な人生を送ってきた。そんな俺から花を贈られて彼はどのような反応をするのだろう。柄にもないと笑うだろうか、それとも男から花なんぞもらってもうれしくないと立腹するだろうか。
    手際のいい作業をぼんやりと眺めていたら声をかけられた。
    「大切な方に贈られるんですね」
    思った以上に大きくなった花束と比例するかのように不安も大きくなってきた。
    そもそも封書には『上野で待つ』と書かれていただけで観光に来いとは一言も無い。もしかしたら何かの任務かもしれないのに、自分一人で勝手に浮かれているだけではないだろうか。気持ちが澱んでしまう。

    「西洋では昔から『花に思いを託して相手に贈る』という風習があるそうです。花を贈ることは、特別な人への愛情や思いやりを伝えることに役立ちます。相手の方を思われて選ばれたこの花を自信をもってお渡しください。きっと、いえ、必ず喜ばれますよ」
    完成した花束は艶やかで鼻翼をくすぐる豊潤な香りに包まれて沈んだ気持ちを払拭させてくれた。
    上を向いて凛と立つ生命力、絢爛と咲き誇る姿、そして繊細な触感の花は彼を彷彿させた。
    「花などの植物に象徴的な意味を持たせる『花ことば』というものもございます。この花の、紫のカトレアの花言葉は…」



    約束の時間まであと1時間。
    待ち合わせ場所の詳細は書かれていなかったが、上野公園に建立された薩摩出身の彼の方の銅像だ。

    奇しくも今日は彼の誕生日。
    右手には部下たちから預かった手土産、左手には花束を抱え、生花店の店主の言葉に後押しされて、逸る気持ちが抑えられず、足取りが軽くなる。
    喜怒哀楽がはっきりしている彼の表情が俺の前だけだと解った時、胸が締め付けられる懐かしくて苦しいこの感情の名前を知っている。

    俺の名を呼ぶ声が好きだ。
    真っすぐで錦糸のような紫黒色の髪が愛おしい。

    陸大の修学期間は3年間。彼が卒業するまであと2年。卒業する頃は自分の年齢的にすでに退役しているだろう。
    だが、俺の行く末はすでに決めている。軍に残らずとも俺は彼の右手を全うする。
    俺だけに甘えて、わがままを言って、笑って、泣いてほしい。
    俺に居場所を与えてくれた。俺は彼の安心して帰る場所になりたい。

    早く会いたい。
    会って貴方に伝えたいことがあるんだ。



    END
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