ギスギス副長「本日よりピシア長官の補佐を拝命しました、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします」
なんの感慨もなく、むしろ若干の苛立ちを感じさせる挨拶に、ドラコルルは失笑する。
「何か?」
「いや、変に取り繕わない君の態度は気に入った。だが己の感情をそう表に出すのは関心せんな。仮にも諜報機関の一員だろう」
なりなくてなったわけじゃない、一瞬そう言いたげな素振りを見せたが、サングラスが目を隠していたのも幸いしすぐに無表情をその顔に貼り付けた。
「感情を抑制する術を身につけろ、若いのはいいが子供に務まる職務ではない」
「………」
表情に変化はないが、苛立ちが全身から立ち上り、その場に充満する。
(血の気の多そうな男だ)
ピシアが活動する上で、その味方となる組織は希少だ。例え笑顔の下で銃口を向け合うような関係でも、大声で存在を否定されるよりはマシだ。互いに相手の組織を利用し牽制するために、ピシアの要であるドラコルルの元に送り込まれたのがこの男だった。
(将軍のお役に立つかはわからんが、せいぜい上手く使ってやる)
将軍にとってピシアはただの道具に過ぎない。兵を束ねる自分も彼にとってはただの駒だ。ならばせめてピリカという盤面を統べる彼の道を、少しでも歩みやすいものにする。それが自分の役割だとそう言い聞かせてドラコルルはその半生をピシアで過ごしてきた。
「貴方ほどのお人であれば、子供一人手玉に取るなど容易いことでしょう、仮にも諜報機関の長官なのですから」
自分の使い方を思案されていると気づいたのか否か、先程のドラコルルの言葉など意に介さず、不機嫌さを隠そうともしないその物言いに、ドラコルルは一瞬呆気に取られた。
見ると、開き直ったかのように口元を歪めてこちらを睨んでいる。
例え怒りを買おうとも、自分にへり下ってなるものかと言う意志を感じさせる表情を見て思わず笑い声を漏らした。
「……ふふ」
「……?」
ドラコルルの反応が意外だったのか、顰められた顔が頭の上に疑問符を浮かべた。軍では上官に生意気な口を叩けば、激昂され殴られるのが普通だ。一組織の長官が、諜報機関の人間としては半人前もいいところな自分の物言いに、腹を立てるどころか笑みを零すなど予想だにしていなかったのだろう。
「なるほど、我々の元へ送られて来ただけのことはある」
「嫌味でしょうか」
「さあ、どうだろうな」
ドラコルルにとってピシアは居心地の悪い場所ではない。そこに身を置く理由がなんであれ、優秀な人材を育てるのはドラコルルの数少ない楽しみであったし、自分を信頼し慕ってくれる部下も多くいる。だが、自分ほど将軍と付き合いの長い者も、自分と同じ目線でピシアの行く末を語れる者もドラコルルの側にはいなかった。
(役に立つかどうかはともかく、退屈はせずに済みそうだ)
望まぬ出会いをした自分とこの男がピシアをどのように変えていくのか、微かな期待を抱き、ドラコルルは男に呼びかけた。
「では行こうか、副官。兵たちとの顔合わせだ」
「………了解です、ドラコルル長官」
まずはこの新入りと自分が育てた骨太の部下が、どんな化学反応を起こすかそれを見てみたい、と、どこか他人事のように考えるその横顔には、心底楽しそうな笑みが浮かんでいた。