【全部ちょうだい】とにかく全部邪魔だなと思って。
お互いの学生という身分も(仕方ないんだけど)、柄の割りに真面目に練習に取り組む君の姿勢も(それが君の良さなんだけど)、拳を交えて生まれた絆だかなんだかも(君に妙に懐くアイツはほんとに邪魔)、せっかく会えたのにろくに話せない物足りなさも、そう感じるのは自分だけなんだろうかと思ってしまう自信のなさも、笑う君との間にある液晶も、手を伸ばせない物理的な距離も。
全部全部邪魔だなと思って。
会いに行くことにした。
反射で生きてそうな君だから、なるべく全部の約束を『今』で埋めてきた。
『今、こんなことがあったんだけど』とメッセージを送って、『今、気になることがあって』『今、確認したいことがあって』と通話を繋げて、そうやって『今』を重ねて未来まで持っていこうとして。
だけどやっぱり重ねて繋げる中で、自分の、君への想いも積もっていくわけで。
融通の効かない頑固なところも、かと思えば話せば分かる頭の柔らかいところも、自分の強さへ真剣に向き合うところも、見た目に反して人懐っこいところも、意外に計画性があって面倒見のいいところとも、笑うと目いっぱい口角が上がるところも、真面目に人の話を聞く時には静かに落ちる声のトーンも、家族の話をする時には信じられないくらい優しい顔をするところも。
印象そのままのところと真反対なところのギャップが大きくて多くて、知れば知るほど、もっと知りたくなって、知りたいから話したくて、話すなら顔が見たくて、顔を見たら、触れてみたくなって。
だからこれは恋だと、すぐに分かった。決定的な何かじゃなくて、『今』の積み重ねが君への気持ちを恋にした。いや、いつか当たり前にそばにいられるようになるまで『今』を積み重ねようと思った時点できっと恋だった。自分が気付いていなかっただけで。
会おうと決めて、バイトを探した。
内容はなんでも良くて、短時間可でただ時給の高いやつ。
練習は減らさなかったし、なんだったらそれまでよりも集中して取り組めたように思う。
練習せずにバイトしてたなんて言ったら、追い返される気がしたから。
それでも疲れる日もあって。
「なんの用もないんだけど、話がしたくて」なんて、甘えてみた夜に「母ちゃんが寝とーけんデカい声では喋られんけど」と、中身もない会話に付き合ってくれたことに俺がどれだけ浮かれたか君は知りもしない。
静かな声で打ってくれる相槌や、たまに小さく笑う声の揺れ、そんなものを心の支えにしていたなんて、情けないからいつまでも知らないでもらっていい。
君がこちらに来た時に、手を引いて連れ出そうと思わなかったのは、君がそんなことのために来ているんじゃないと分かっているから。
『そんなこと』扱いされたくもないし、万一抜け出せたとして、俺との時間に後ろめたさを覚えてほしくなかったから。
だから会いに行こうと思った。
思い上がりじゃないと思うんだ。
仲が良いことは勘違いじゃないはずだし。その中でも、拳心やその他の君が懐く人達に向ける顔と、俺に向けてくれる顔と、それが違うって思うのは、俺の気の所為じゃないと思うんだ。
君が綺麗だって言ってくれるこの顔が君の感性に合ってるのだとしたらそれも嬉しいけど、それだけじゃないと思うんだ。
君に自覚があるかどうかは別として。
わがままきいてもらえるなら、まだ気付かないで欲しい。自覚して欲しいんだけど、まだ気付かないで。
逢いに行くまで待ってて欲しい。
俺が先に伝えるまで待ってて欲しい。
どうか、手の届かないところで先に気付いて逃げないで欲しい。
角に追い詰めるまで、気付かないで笑って待ってて。
聞かせられないわがままを胸で願って、君宛てのメッセージを開いた。
[明日の午後、時間貰えませんか]
ねぇ、ほら、すぐに行くから、何も聞かないで。何も考えないで、いや嘘、俺の事だけ考えて。自分の気持ちなんて考えないでいいから。俺の事だけで頭いっぱいにしてて。考える時間、短くしてあげたから、何にも気付かないで、明日を待ってて。俺を待ってて。
「会いたかった」って伝えるから。
「俺も」なんて返事は期待してないし、「何言ってんだ」って笑ってくれてもいいから、「そんな理由で来なくてよかった」なんてことは冗談でも言わないでね。
[待ってます ]と、打つ指が緊張で少し震えた。
できれば明日だけじゃなくて、それ以降の時間も全部貰えませんか。
邪魔なもの全部とっぱらって、いや、最終的には邪魔なものさえも全部。
どうかこれからの君を全部。
絡めた指先のそれも