おさきにどうも話は、たまたまテレビから流れた、好きでも嫌いでもない流行りの曲から。
どっちが先に死ぬかなんて、そういうどうでもいい話。
「俺はお前が先に死ぬと思うよ」
「あぁそう」
「何でとか聞かないの?」
「不健康そうだからでしょ」
「ははっ!そう!」
「……君にとって僕はいつまでも教室の隅の陰気な子どもなわけだ」
「んー? あー……だって基本暗いよな実際」
「はいはい」
「だけどさあ? やけに明るい時もあるって今は知ってるし、ガキじゃないのも分かってっし、体がどんなもんかも分かってんのに、なあ?」
「なに?」
「なんで今でもあん頃のお前が先に頭に浮かぶんだろ」
「……弱者が好きだからでしょ。君の困った性癖」
「ちげぇわ!変態はお前だけでジューブン!」
「ハイハイ」
「……まぁ、俺には理解できないかもしれないけど、お前なりに明るく楽しく生きてさ、俺より後に死んでよ」
「はいはい」
「……何でって聞かねぇの?」
「僕がいなくなったら生きていけないからでしょ」
「よく分かってんな~!俺のこと」
「……なにこれ?プロポーズかい?」
「バッカ!プロポーズならもっと仕込むわ!」
「うーわ、やりそうだよね。フラッシュモブとか、動画撮影とか」
「やるやる。期待して待っとけ」
「ははっ、絶対嫌だから先にサクッと済ませるよ」
「え~、最低でも景色のいいレストラン予約してよね!」
「なんで君は自分の好きにするのに僕には配慮を求めるわけ?」
「んー? 俺のこと大事にして欲しいから?」
「僕のことは大事にしてくれないってこと?」
「いやしてるじゃん!最大級!!」
「……君、そういうとこだよ。ほんとに」
「なに? どういうとこ? 好きってこと?」
「嫌いなんだよ」
「あぁそう。俺はそういうこと言う時のお前の顔も声も好きだけど」
「……もうプロポーズとか絶対しない。一生しない」
「はははっ!」
「はぁ……あ、お風呂わいた」
「お! 一緒に入るか? それとも後で入る?」
「……僕が先に入るって選択肢ないの? 僕が掃除してスイッチ入れたのに?」
「えー、なに? そんな先入りたいの? しゃーない譲ってやるよ」
「あぁ、ハイハイどうも」
無表情に風呂へ向かった背中を見ながら考えた。
俺は子どもの頃の青葉なんて、正直ろくに覚えてない。高校で初めて会話した時も、思い出すのに時間がかかった。
それなのに、今、離れていく厚い身体と、薄らぼやけた記憶の中の頼りない背中が、鮮明に重なる。ろくに覚えていないものが頭から離れない。矛盾してる。
でもこれは、あの頼りなく背中を丸めていた青葉がよかったとかそういう願望じゃないな。
(あれが今、こうなった。俺のせいで。俺のために。俺のおかげで)
今と昔、変わった背中を重ねて俺が得るのは、そういう高揚感だ。そしてこんな風に感じている俺を、青葉は分かってる。きっと俺が自覚するよりずっと前から。俺の事を知ってて分かってるあいつが、そんな俺を分かっててそばに置いてるのが酷く面白いと、俺は思う。
「何入ってきてんの」
「希望通り先に譲ったじゃん。後から入ってきただけ」
「狭いんだけど」
「まあまあまあ」
「いや、あー、もう」
「はぁ~、いい湯。……あ、そんでお前はどっちがいいの?俺先死んでいい?」
「その話まだ終わってないの?」
「終わってないの」
「………………見すぎ」
「だから言っただろ。お前の嫌そうな顔好きなの俺」
「……はぁ……鬱陶しいから僕が先に死にます」
「鬱陶しいから?」
「これ以上聞かれたくないので上がります」
「クックック」
いい勢いで立ち上がって風呂から出た青葉が扉をバタンと閉めた。こちらを見向きもし無かったのが面白い。
(僕がいなくなったら生きていけないからでしょ)
すんなりとそう答えた時の青葉を思い出してより面白い。青葉は俺の感覚でいうと変わってるから、青葉のホントの気持ちなんて考えたって分かりはしない。こういうのはこっちの受け取り方でいいんだ。お前もそうだから答えられたんだよな? これ以上、聞いはしないけどそう決めた。俺が。そうならいいなと思うから、そう決めた。
湯に浸かってふやけ始めた自分の指先が目に入る。
職業柄、この先はお互い何がどうなるか分からない。だけど出来ることならお互いの手が、しわくちゃになるまで、続くといい。しわくちゃになった手を最後に握るのは俺とあいつとどっちだろうか。
「……ここまでしたからには、それなりに覚悟して上がっておいでよ」
「うわ、やっば」