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    wonkob

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    終局映画を観て絶対に書ききるぞと決意したロマぐ進捗。がんばるぞい💪

    タイトル未定(ロマぐだ♀) すべてのはじまりは、燃え盛る冬木の街から帰還したあとのことだった。
     マスター・藤丸立香とそのサーヴァントであるマシュ・キリエライトのメディカルチェック。爆破された管制室の現状把握とリカバリー。スタッフたちの遺体安置と、冷凍保存したマスターたちの状態管理。補填されることもなく、常に人手不足が確定した人員の配置。実験段階のレイシフトをより安定して行えるようになるための試行錯誤。次の特異点の調査。本人の意思に関わらず組織を率いる立場になってしまったロマニ・アーキマンの前には、仕事と課題が山積みになっていた。
     それらのタスク整理をひとまず終えて、仮眠を取るために元来の彼の城である医務室に引き上げたとき。それははじまった。
    「やあ、立香ちゃん。いらっしゃい」
     はじめてのグランドオーダー。第一特異点の修復が完了し、ひと通りの事務処理を終えたロマニは一直線に医務室へ向かった。その理由は怪我人の治療をするためでも、仮眠を取るためでも、ましてサボるためでもない。
     現カルデアにただひとりしかいないマスターを迎え入れるためだ。
    「ドクター、ごめんなさい。また迷惑かけちゃって……」
    「前にも言ったけれど、迷惑なんかじゃないさ。さぁ、こっちにおいで」
     すでに時刻は23時を過ぎ、日づけが変わるまでのカウントダウンをはじめている。カルデアの白い制服を脱ぎ、寝間着用のパーカーとショートパンツを身にまとった立香は、ためらいがちな足取りで歩を進めた。
     彼女が夜遅くに医務室へ来るのは、これがはじめてのことではない。数週間前。冬木から帰還し、グランドオーダーが発令された夜にも、立香はこうして医務室にやって来た。
     そして仮眠のためにたまたま医務室に戻ってきていたロマニに向かって、おそるおそる打ち明けたのだ。「眠るのが怖い」と。
     夜になると漠然とした不安が爆発し、寝つけなくなることはままあることだ。ロマニにも身に覚えがある。まして立香は10代の少女であり、人類の命運からも、人智を超えた戦いからも、人の生き死にからも、遠い場所で暮らしてきた一般人だ。冬木でマシュとともに強力なサーヴァントに文字通り死ぬ気で立ち向かい、オルガマリー・アニムスフィアの死を目の当たりにした少女が、ひとまずの安全は確保されたホームベースに戻ってきてから不安と恐怖に駆られるのは自然なことだった。
     ロマニの本来の仕事は、こうして不安定な状態になったマスターたちの心身をサポートし、震えながらでも夜を越えさせてやることだ。だからロマニは立香の話を聞き、話し終わった彼女が少しばかり安堵の気配を漂わせているのを確認したあと、睡眠薬を渡しながら告げたのだ。
    「薬を使いたくないときは、また医務室においで。いつでも話をしよう」
     ロマニの言葉を受けた立香は弾かれたように顔を上げ、ゆっくりと頷いた。
     それが立香にとってどれほどの安心材料になるか、正直なところロマニにもわからない。それを正確に判断できるほど、彼は藤丸立香の人となりを把握しているわけではなかった。その代わりに、人類最後のマスターのために自分ができることなら可能な限りなんだってするつもりだった。それが彼女をマスターとして立たせた彼の仕事で、使命であったから。
     しばらくのあいだ、立香からはなんの音沙汰もなかった。日ごろのメディカルチェックでも、マシュとのトレーニングでも、ロマニとはじめて出会ったころと変わらず、明るい女の子の様子だった。マシュの「先輩」の呼びかけに応える藤丸立香は、まだまだ世界を知らないマシュの手をしっかりと握って引っ張ってくれているように見えた。
     そうしてはじめてのグランドオーダーを迎え、1431年のフランスに向かった立香とマシュは無事に特異点を修復し――帰還してすぐのメディカルチェックで、立香は主治医に「夜、医務室にお邪魔してもいいですか」と聞いたのだ。それは冬木から帰還した日の夜と同じ、消え入りそうな声だった。
    「ココアは好き? お湯割りになってしまうけど」
    「好きです。ありがとうございます」
    「ボクの好みとしては、ミルク割りなんだけどね。残念ながら今のカルデアではミルクの補給も儘ならない」
     不便な施設になったものだよ、と肩を竦めながらロマニはマグカップを差し出す。ココアの甘い香りを感じながら、立香は曖昧に笑って受け取った。立香は彼が言うところの『今のカルデア』以外の姿をほとんど知らないし、どこか軽薄な喋りかたをするドクターがどこまで本気で不謹慎とも取れる冗談を口にしているのか、わからなかった。
     ロマニが椅子に深く腰かけると、ギシリと小さな音がした。自分用に用意したココアを一口飲みつつ立香を見やれば、ココアが熱いのだろう。彼女はマグカップに顔を近づけ、茶色の水面に細く息を吹きかけていた。そしてほんの少し傾けて、喉を小さく上下させる。
     マグカップの縁から口を離した少女は、ほぅと息を吐き出しわずかに微笑んだ。
    「どうかな、少しは落ち着いた?」
     椅子をゆっくりと回転させて立香に向き合い、ロマニは穏やかな口調を意識して問いかける。眉を下げた立香は緩やかに頷いた。
    「はい。ありがとうございます」
     温かいココアは、いつ戦闘になるか知れないレイシフト先ではなかなか飲めないものだ。何かに追われることなくそれを口にするだけでも、昂った神経を鎮める役に立つだろう。
     デスクにマグカップを置いたロマニはわざとらしく笑った。
    「それならよかった。そうだ、こし餡の和菓子も実はあるんだけど、食べるかい? 前に医務室に遊びに来たらケーキをご馳走するって約束したし、キミには特別に秘蔵を出してあげよう」
    「ドクター、今もう日づけが変わる直前ですよ? そんな時間にお菓子でわたしを誘惑しないでください」
    「でもほら、深夜に食べるお菓子ってすごくおいしいだろう?」
    「年ごろの女子に深夜のお菓子を勧めるなんて、それでもお医者さんですか!」
     片手でお腹を押さえながら唇を尖らせる立香に、ロマニは笑い声を上げた。はじめて会ったときから感じていたが、ロマニの軽口に乗って会話してくれる彼女はとても素直だ。気を衒った返しがあるわけでも、実のある談義につながるわけでもないが、自然体の受け答えは気持ちがいい。研究や夢が自己の中心となっている魔術師や科学者が大多数を占めていたカルデアでは逆に珍しいタイプの人間だった。
     立香はココアをまた一口飲み、ゆっくりと喉を上下させる。マグカップの縁を指先で拭った彼女は、太陽を思い起こさせる色の瞳でロマニを捉えた。
    「ドクター、甘いもの好きなんですか?」
    「好きだよ。餡子はとくに。こし餡が好きなんだ。立香ちゃんは?」
    「わたしも好きですよ。白餡がとくに。なんだか特別感があるので」
    「ああ、その感覚はなんとなくわかるよ。普通のこし餡が食べたいと思っていても、目の前に白餡があるとつい食べたくなって二個買ってしまったりするんだよねぇ」
     ロマニの口調は相変わらず軽いものだが、立香に合わせているだけの表面的なものではない。意外に詳しいのだなと、立香は頭の中にあるロマニ・アーキマンのプロフィールに「甘いもの(こし餡)好き」のメモを加えた。
     とくり、とくり。一定のリズムを刻んでいる自分の心臓に、立香は少しだけ意識を向ける。
     ロマニ・アーキマンは不思議なひとだ。はじめて会ったときからよく喋り、緊張感のない印象のおとなで、だからこそ話していると余計な肩の力が抜けていく。マイルームのベッドでひとり横になっていたときにはひどく大きく感じられていた不安も、彼と話しているといつのまにか凪いでいる。
     まだカルデアがこうなる前に、いちばん長く話をできた相手がこのおとなでよかった。立香は無言のまま安堵した。
    「やっぱり怖いよね」
    「え?」
     不意に響いたロマニの口調は穏やかな一方で、どこか自嘲的だった。思いがけない音色に驚いた立香は彼の真意をはかりかね、続きを待つ。
     ロマニは首筋をさすりながら、困ったように眉を下げて立香に笑顔を向けた。
    「医務室に入ってきたとき、少し震えているようだったから。特異点Fから帰ってきたときもそうだった」
     立香はとっさにマグカップを持つ手に視線を落とした。淡い茶色の水面は立香の鼓動に合わせてかすかに揺れているようだったが、震えてはいない。
     わずかに身を硬くした少女を宥めるように、ロマニは柔らかく微笑んだ。
    「恥じることじゃないよ。ワイバーンだけじゃなく、アーサー王や竜の魔女まで相手にしたんだ。誰だって怖いと思う」
    「そう、ですかね……」
    「そうだよ。そんな中で、立香ちゃんもマシュも、よくやってくれている」
     ありがとう、とロマニは続けた。彼のその感謝はきっと本心だと、立香は根拠もなく感じた。誰が見ても戦闘に恐怖しているにも関わらずマスターを守るため戦っているマシュへの感謝は、立香にも同じように存在していたから。
     けれども立香の中には、一点の黒いシミがある。それは今も、冬木から帰ってきたときも、医者の優しい声には触れられなかった恐怖だ。
     立香は細く息を吸い、しばらくそれを喉で溜めた。この黒いものを彼に打ち明ける必要は、おそらくない。それでも迷っているのは、おそらく、知ってほしいからだ。はじめて立香をこの部屋で迎えてくれたドクターが「話を聞くよ」ではなく「話をしよう」と言ってくれたから。そう言ってくれたおとなを、立香は信じたかった。
    「わたし、人が死ぬところ、はじめて見たんです」
     ロマニの若草色の瞳がかすかに揺れる。立香はまた細く息を吸った。
    「いえ、祖母のお葬式に立ち会ったことはあるんです。でも……なんていうか、」
     言葉がまだ定まっていない。立香はちらりとロマニの表情をうかがい、彼が戸惑いながらも立香をまっすぐに見ていることをたしかめて、ごくりと唾を飲んだ。
     もちろんアーサー王やジャンヌ・ダルク・オルタをはじめ、サーヴァントと戦うのは怖かった。フィクションの中でしか見たことのないワイバーンも、無慈悲に破壊された街並みも、人を処刑する業火も。どれも怖かった。
     けれど同時に、光り輝くものだって見た。自分を守るために仮初めでも宝具を展開して立ち続けてくれたマシュの背中。救国の旗を掲げて立ち上がったジャンヌの背中。裏切られようと祖国を愛し続けたマリーの笑顔。そんな彼女のために奏でられたアマデウスの音――。あの特異点で出会った、見た、多くの人々が、マシュとともにあの特異点で戦う勇気を立香にもくれた。
     そしてそれはなにも、カルデアに協力してくれたサーヴァントだけではない。カルデアの前に、ジャンヌの前に立ちはだかったサーヴァントたち。あの竜の魔女でさえ、そうだった。彼女たちには彼女たちの意志があり、想いがあり、信念があった。それを知ったからこそ、立香の中には彼らに対する恐怖以外のものが多くあった。
     だから今、立香の中に残っている一点の黒いシミはサーヴァントではない。彼女たちの存在ではない。
    「ああいう、悪意や、殺意が人の命を奪っていくところなんて、見たことなかった」
     これまでの人生にはなかった「人を殺す」という選択が、当たり前のように存在していた事実だ。
     戦場における他者の命の軽さと、自分の命の重さが、立香にとってはなにより怖かった。
     今でもオルガマリー・アニムスフィアの叫びが耳の底で響いている。たとえば今日のように、「助けて」「どうして」と泣き叫ぶ彼女の姿とレフ・ライノールの怖気がする笑い声が、耳元でよみがえる夜がある。立香は頼りない声で、目の前にいるカルデアのドクターに問いかけた。
    「ドクター。カルデアでは、人の命はどれくらいの重さなんですか?」
     ロマニはしばらく返答に窮した。立香の恐怖が戦うこと以前に、人間の悪意や殺意にあるなど、命の重さに震えているなど、想像もしなかった。根っからの魔術師に比べれば自分はまだ立香の感性を理解できるだろうだなんて、とんでもない自惚れだ。改めて突きつけられた『一般人』の藤丸立香と自分の感覚の差は、ロマニにいかに己が長くカルデアという組織に染まっていたかを実感させた。
    「……正直なことを言うと、おそらくキミが生きてきた世界よりずっと軽い」
     すでにカルデアでは多くの命が失われた。そしてどれだけ泣いて許しを乞うたところで、人類の大半が殺されてしまった事実は揺るがない。止まることが許されない状況で抱き続ける彼女の『普通』の感覚は諸刃の剣だろう。それが少女を苦しめる結果になることは、想像に難くない。
     だが「その『普通』は捨てたほうがいい」だなんて、ロマニには言えなかった。
     俯いていた立香が顔を上げる。お世辞にも明るいとは言えない表情だ。ロマニは声が一定の調子になるように意識して喉に力を入れた。
    「最初にキミの部屋で会ったときに話したかもしれないけれど、魔術師に一般的な倫理観はない。国連の組織といっても所詮カルデアは魔術師の工房だ。一般人のキミからすれば信じられないようなことが、たくさんあると思う。……倫理的なことを抜きにしても、ね」
     ロマニから告げられた事実に、立香は途方に暮れているようだった。あるいは突き放されたと感じているのかもしれない。
    「その感覚に、わたしも慣れないと、ってことですよね」
     たっぷり五秒は言葉を探していた立香は、思いのほか前向きな声をしていた。彼女はまだ、魔術師がどんな生き物かを知らないのだ。新たな環境に馴染もうとする健気な心意気が見える。
     爆破される前のカルデアなら、無知の立香は彼らのいいカモだろう。一般人の彼女とも打ち解けられそうな魔術師もいれば、一般人の彼女を利用して利益を得ようとする魔術師までいるのがカルデアだ。一枚岩でない組織で人のいい立香が生きていけるように、ロマニは魔術世界のことについて少なからず教えなければならなかったに違いない。
     だが幸か不幸か。それは数日前までのカルデアの話で、今のカルデアはすでに別物だ。
    「慣れる必要はないよ、立香ちゃん」
     少女の口元にかすかに浮かんでいた微笑みが消えた。代わりに表に出てきたのは、なんであろうか。そこに座っているのは人類最後のマスターではなく、マシュより一年はやく生まれただけの女の子だ。ロマニはわざと口調を崩した。
    「これはボク個人の意見だけど。人として大切なのはキミの感覚だ。ロクでもない魔術師に倣う必要なんてない。むしろ、深夜に研究と称してマイルームからとんでもない異臭を発生させたり、隣室の子に怪しい薬を飲ませたりする魔術師になってもらっちゃあ困る」
     両腕を組みうんうんと頷くロマニに、立香は小さく吹き出した。本気とも冗談とも取れる軽薄な彼の様子は、やはり立香にとって好ましいものだった。
     ロマニは目元を緩め、再び口を開く。
    「これからつらいことも悲しいことも、たくさんあるだろうけど。ボクはできれば、キミにもマシュにも、ありのままの気持ちで世界を見て、たくさんのことを知っていってほしい。そしてできれば、旅を通して感じたこと、知ったことをボクにも教えてほしい。今日みたいにね」
     簡単なカウンセリングの一種だと思ってくれればいいから。ロマニがそう付け足すと、驚いたように目を見開いていた立香は笑顔で頷いた。
    「ありがとうございます、ドクター」



     ぷしゅん、と音を立てて医務室の扉が開く。長く続く無機質な廊下を照らすのはすでに常夜灯のみとなっている。
     立香の頭の向こうに見える暗闇に目をやったあと、ロマニは視線を下げた。
    「それじゃあ、暗いから気をつけて戻るんだよ」
    「はい」
     ロマニに向き合う立香は、医務室に来たときより晴れた顔つきをしている。自分との会話は少しくらいは彼女の心の慰めになっただろうか。震えながらも夜を越えられるだろうか。立香に向ける笑顔の裏で、ロマニは静かに彼女の言動を見守っていた。
     「じゃあ、」立香が体の向きを変えて、右手を持ち上げる。別れの挨拶だ。それに応えるためロマニも右手を持ち上げようとしたが、しかしその予想は少しだけ外れた。
     ロマニに背を向けようとしていた立香は、ほんの一瞬動きを止めたあと、再び彼に向き直った。そしてほんの一瞬ロマニの顔を見つめたあと、ごまかすように笑顔を浮かべた。
    「また来てもいいですか?」
    「もちろん。いつでもおいで。いつでも話をしよう」
     立香は安堵したように微笑んで頷き、今度こそ右手を振ってロマニに背を向けた。「ありがとう、ドクター。おやすみなさい」小走りで暗い廊下を駆けていく後ろ姿を、ロマニは小さいなと思った。
     藤丸立香は魔術師ではないし、きっと強い人間でもない。
     そんな女の子に、たったひとりのマスターだからと言ってすべての命運を委ねるなど、正気の沙汰ではない。
     それでも人類最後のマスターとして歩みはじめてしまったら、もう止まることは許されない。どれだけ怖くても、嫌でも、彼女にはマシュとともに特異点へと行ってもらわなければいけない。ロマニは彼女たちを戦地へ送り出さなければならない。
     実に残酷な行いだ。自覚したところでその行いをやめるつもりがないのだから、いっそう救いがない。
     それでも、それなら、せめて――だからこそ。ロマニは決意する。それがなんの慰めにも、償いにもならないことはわかっているけれど、カルデアの司令官代理としての方針を決める。
     この人理修復におけるカルデアのあり方は、人類最後のマスターと――藤丸立香とともにしよう、と。
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