芋ジャーぐだちゃんと受肉はっじ ここは人理修復後の東京である。
人類最後のマスターは平和になった世界で一般人にとして無事人生を全うしました、めでたしめでたし。
そう言いたいのは山々だけれど、そうはならないのが世の常である。
何かを盛大に勘違いした魔術師がいないとも限らない。ただでさえ藤丸立香はブラックバレルの使用により運命力が低下しているのだ。当分はまともに生きることも難しいと思われる。
そこで並み居る強豪を時に正々堂々戦い時に出し抜き、受肉してマスター・藤丸立香の護衛と言う立ち位置を確保したのがセイバー・斎藤一であった。
そして彼は諸葛孔明ことロード・エルメロイII世のアイディアにより魔術礼装にて立香の両親に暗示をかけ藤丸家に下宿することに成功したのである。ウェイバー・ベルベット方式だ。
カルデア内で考えた設定としてはこうである。立香がストーカーに遭っていて身の危険を感じた為、遠い親戚で元警察官でかつ現・テレワーク中の団体職員である斎藤が一緒に住み立香のボディーガードをするという設定だ。
ちなみに職場はカルデアと言う自然環境保護団体である。
地球を白紙化から緑の惑星にしたり異星の神から守ったりしたので確かに環境は守っている。嘘は吐いていない。
それはさておき斎藤が立香の家に住み込みで学校の送迎や護衛をすることになったのである。
「とは言ってもなあ……」
立香はいつもの格好、学校指定のジャージでスマホをいじりながらも独り言を呟いた。ジャージは小豆色の通称芋ジャーである。
部活をしているので下校から部屋着は大体ジャージだ。
立香の学校では制服姿だと痴漢に遭いやすいという噂がある為友人もジャージ姿でいる事が多い。
確かにこの格好でムラムラする男はいないだろう。着ている立香が言うのもなんだが、このジャージはクソダサい。ダサいがめちゃくちゃ着心地がいい。
「でもこの格好は流石にダメだよなあ……」
斎藤はカルデアで護衛が決まった時に立香にこう告白したのだ。
「俺はあんたに惚れてんだよ、気付けよ」
そう言って額にキスされたのだ。
しかしそれだけだ。立香の返答を聞くこともなく今まで通りのマスターとサーヴァントとしての距離でこうして一つ屋根の下で過ごしている。あれは立香の都合の良い夢ではなかったかと思える程何もない。
確かに立香の両親も家に住んでいるが不在の事の方が多い。家政婦だって毎日来る訳ではない。
手を出して欲しい訳ではない。しかしこんな芋ジャー女に愛想を尽かしたのかも知れないと思うとそれはそれで嫌だ。
しかしこのジャージルーティーンを今更変えるのも気恥ずかしい。
困った立香は斎藤の部屋に突撃した。
本人に直接聞いた方が早いかなと思ったのである。
流石人類最後のマスターはやる事がダイナミックだ。
しかしノックをしても返事がない。鍵はかかっていないので恐る恐る立香がドアを開けると幸か不幸か斎藤は不在であった。
空き部屋であった部屋は片付いてはいるが斎藤の匂いが漂っている。男の人の匂いだ。
興味本位で部屋の中に二、三歩足を踏み入れる。
「うわっ!」
暗い部屋の中でうっかりコードを蹴飛ばしてしまった。下を見るとタブレットPCが充電ケーブルから外れていた。どうやら立香が蹴飛ばした際に外れてしまったらしい。
慌ててしゃがんでケーブルをタブレットに挿す。だが画面も充電ランプも点かない。ケーブルを逆向きにして挿しても点かない。何度繰り返しても全く反応しない。
「あれ? あれ?」
やばい壊した。
焦った立香が色々と弄っている内にタブレットの画面が表示された。パスワードがかかっていないそれはホーム画面を表示するはずだった。しかし何らかの誤操作を立香がしてしまったのだろう。
ホーム画面から切り替わった画面は、とあるサイトを表示していた。
「あ……わあっ!」
驚きの声を上げてしまう。そこには立香くらいの年頃の女が裸で映っている画像が並んでいる。いわゆるアダルトサイトのサンプル画面だ。
それはいい。斎藤だって男性なのだから。それは仕方がない。
しかしそのタイトルはこう書かれていた。
『部活帰りのジャージJKをマッサージと偽ってセクハラしまくる5』
「需要あんの!?」
思わず立香はそう叫んでいた。芋ジャーJKはシリーズになる程需要があるのだ。いや大事なのはそんなところではない。ジャージJKのAVを斎藤が観ていると言うところが大事なのだ。つまり斎藤はいつもこの格好でいる自分を嫌いになった訳ではない。むしろこうちょっと変な目で見ている可能性は大きいと思われる。
と言う事はまだ自分にもチャンスはあるのではないか。
今この瞬間にも帰ってきた斎藤に「一ちゃんの部屋に勝手に入って勝手にエロいの観てたの? そんな悪い子にはお仕置きだなあ?」と言ってエッチな流れになる可能性もあるのだ。
幸いにして両親は今日いない。家政婦も既に帰った。
意を決して立香はサンプル動画のボタンを押すのであった。
※※※
「ただいまー、充電ケーブル買いに行ったのに近所に売ってなくてさー駅の向こうまでドライブしちゃったよ」
しばらくして斎藤が何食わぬ顔をして帰ってくる。
居間に戻っていた立香が仰向けに寝そべり死んだ目で天井を眺めていた。
充電ケーブル最初から壊れてたんだ。
エッチなサンプルいっぱい観たのに帰ってこないなって思ってたんだ。よくもフラグへし折ってくれたな。
「どうしたの? お腹空いた?」
いや、まだだ。まだフラグは建てられる。
「うん、ちょっと疲れちゃって。斎藤さん悪いけどちょっと背中揉んでくれる?」
AV通りジャージ姿でマッサージしてもらう作戦である。
「あれま、本当にお疲れ? 確かに勉強部活で今の学生さん疲れちまうわなあ。よし分かった。んじゃ立香ちゃんうつ伏せになってみな」
「うん、ありがと斎藤さん」
ドキドキしながら立香がソファの上でうつ伏せになる。
サンプル動画を参照すれば段々斎藤の指が下がっていき下着の中に指が……と言う展開になるはずなのだ。
立香は少し意識して「あん」とか「気持ちいい」とかそういうやらしい声を出せばいいのである。
しかし。
「あ痛゛っ」
立香の口から漏れたのは甘い声どころか明瞭な悲鳴だった。
「うわーこの肩甲骨周り本当ガチガチでヤバいわ。若い子の凝りじゃないなこれ。ゴリゴリしてるわ」
「いだだだだだだ!」
肩甲骨の凝りをゴリゴリと指圧され立香が痛みに背中を仰け反らせる。
「これは辛いわー……」
違うそうじゃない。ここは立香の胸を揉んだりする流れであって、肩甲骨周りの筋肉をほぐすガチマッサージの流れではない。
気持ちいいけどそう言う気持ちいいじゃない。いや経験した事はないから想像でしかないが。
作戦変更だ。
「さ、斎藤さん、大分楽になったから交代しよ! 私が斎藤さんの肩揉んであげるよ!」
「えー……契約はなくなったとは言えマスターに肩揉みされるとか畏れ多いなあ」
「いいから!」
斎藤の背後に回って半ば無理矢理肩を揉み出す。
(うわ、背中大きいなあ……)
シャツ越しでも分かる鍛えられた背筋に思わず息を呑んでしまう。男の人の体だ。カルデアで見慣れたはずなのにドキドキしてしまうのは立香に下心があるからだろうか。
「き、気持ちいい?」
「んー、もーっと強くしてもいいかな。ちょっと弱い」
「こう?」
「もっともっとよ」
「よっ! んうっ、ふっ! やっ! こん、なっ? もっと?」
「……うん、そんな」
鍛え抜かれた肩は思った以上に分厚くて揉みにくい。
しかし立香の作戦は単なる肩揉みではない。
斎藤にセクハラさせるのが駄目なら立香からの逆セクハラ作戦だ。後ろから抱きつき雄っぱいを揉みしだいてエッチな雰囲気に雪崩れこんでしまえと言う即興で編み出したガバガバ大作戦である。
「さ、斎藤さん!」
意を決して立香が斎藤に抱きつく。密着すると鍛えられた男性の体と斎藤の体温が直接感じられてしまう。
「えー、どうしたのさっきから。様子変だけどなんかあった? 友達と喧嘩した? お母さんに怒られた?」
しかし斎藤はいつも通りの態度である。恥ずかしい事をしている自覚はあるが、その斎藤の態度が更に立香の羞恥に拍車をかけた。
(どどどどうしよう……)
AVのおじさん達はなんであんなにも躊躇なく人様の胸をわしわしと揉めるのだろうか。恥ずかしすぎてもう既に謝りたくなっている。
「立香ちゃーん?」
「ううううぅ……」
困り果てた立香は、ついに降参した。
「だっ、だって斎藤さん、私にほっほっほ……惚れてるって言ったのに、何にもしてこないから……」
斎藤に抱き着いたまま立香はそう正直に切り出す。
「き、き、嫌われた、のかなって、受肉したの、もしかして、後悔してるのかなって、」
斎藤の反応が恐くて斎藤の背中に額をくっ付けたままぎゅっと固く目を閉じてしまう。
こんな事言って本当に後悔してるとか言われてしまったらもう立ち直れないかも知れない。
「うん、でも立香ちゃんさぁ、自分がお嬢様だって言わなかったじゃない?」
「?」
突然予想外の返答をされて立香は思わず斎藤の背中から額を離した。
お嬢様とは何の話だろうか。
「私、お嬢様じゃないよ? 普通の家だし……」
そのまま自宅のリビングを見渡す。祖父が芸能人である同級生の家のリビングは100畳位あったがうちはその半分もない。慎ましいものだ。
「東京23区内に40畳もリビングあっていくつも空き部屋があって家政婦さん雇ってる庭付き一軒家の家はお金持ちなの」
「えー? 普通だと思うけどなあ……」
あのねえと、斎藤が立香に向き直る。
「立香ちゃんのお父さん大きい銀行のお偉いさんでしょうが。とにかくね、そんな子と釣り合うには無職の自称ボディーガードじゃ駄目なのよ。せめて仕事はちゃんとしようと思ってカルデアから今お仕事貰ってんの」
「一ちゃんえらーい」
「偉くないから、ってこんなやり取り前もしたよね? とにかくちゃんと一人前になるまではあんたに手は出さないつもりだったの」
思った以上に斎藤は誠実な人だった。自分ばっかり空回りして馬鹿みたいだ。
立香はぷうと頬を膨らませる。
「……だったらそう言ってよ」
「だって僕、立香ちゃんから答え聞いてませんし」
「う……」
「僕に嫌われたかと思って、こんな風に抱きついてきてくれる位には好かれてるって自惚れちゃっていいのかな?」
意地悪そうに目を細めて笑いかけてくる斎藤に立香の顔の温度がぐんぐんと上がってくる。
「ううううう……そ、う……?」
そうなのかも知れない。よく分からないけど。
「ならよぉ」
斎藤の声色が突然低くなった。
「人を散々煽った責任位はちゃーんと取ってくれるよなあ?」
ソファの上に押し倒されると、太ももに何か硬くて熱くて大きい棒状の物を押しつけられる。
これはもしかして、もしかしなくても。
立香の顔からさっと血の気が引いた。
「ててて、手出さないって言った!!」
「それとこれとは別でしょー? 人の部屋に勝手に入ってパソコン覗き見して、人にセクハラさせようとしたり抱きついたり、やらしい声出して、大人をからかった罰はちゃーんと受けてもらうからな」
やばい全部バレてる。立香を押し倒して見下ろす斎藤の瞳は完全に獣の、獰猛な狼の眼の色をしていた。
「大体人が我慢してるってのに下着が透ける格好でうろちょろして大股広げてなんかしてるって無防備にも程があるんじゃない?」
ジャージの白いTシャツから透ける肩のキャミソールとブラ紐をなぞられてびくりと立香は体を固くしてしまう。
「ぐっぐううぅぅ……」
芋ジャーが無防備なら一体何を着ろというのだ。鎧甲冑か?
そう言い返そうとしたが立香の喉奥からは情けない呻き声しか出てこない。そんな哀れな獲物を見下ろしながら斎藤は舌舐めずりをして、肉食獣の野蛮な笑みを浮かべた。
「大丈夫大丈夫。最後まではやらんよ。多分。観念しな」
それ絶対嘘だ。
立香はそう確信しながらも覆い被さってくる斎藤からは逃げられなかった。
おわり