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    yuki

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    yuki

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    手探りですが悪役令嬢転生はじオルぐ♀のラフっぽいものを書いてみました。

    悪役令嬢に転生したら外道貴公子に溺愛されています ――私の代わりになってよ――
     

     ジャキ、と何かを切られる音で目が覚めた。
     はっと我に返り、周りを見渡す。
     自分を取り囲む着飾った野次馬達と、同じくパーティー衣装で着飾った敵意剥き出しの数名の男女の姿であった。
     ゆるゆると彼女は状況を把握する。
     ここはカルデア学園の創立記念パーティー開場だ。名門学園のOBやOGも集まる華やかな由緒正しいパーティーの場である。
     自分の名前は藤丸立香。そして今の名前は、リツカ・グダコ・フジマル。
     名前が二つあるのは藤丸立香は既に死んでしまったからだ。藤丸立香はリツカ・グダコ・フジマルと言う少女に「転生」したのである。
     そしてこの敵意に取り囲まれている状況も把握した。
     リツカはカルデア国にあるカルデア学園に通う学生である。カルデア学園は世界中の上流階級の子息子女が通う学園である。そこで彼女は未来のカルデア国王候補であるグダオ・グランドガーチャー・カルデア第一王子と婚約関係にあった。このまま何事もなく卒業出来ればゆくゆくは妃になれるはずだったのである。
     しかしリツカ・グダコ・フジマルは生来堪え性のない少女であった。
     裕福な親から好きな物はなんでも与えられ、嫌なことを徹底的に排除されて生きてきた。結果自分が一番ではないと気が済まない我儘女になったのである。
     彼女は王子の幼馴染であり、この国の聖女、カルデア国の国教の象徴と呼ばれる存在であるマシュ・キリエライトに嫉妬した。
     純粋無垢なマシュは国教の象徴と言う立場を抜きにしても学園どころか国民中から聖女様と可愛がられ敬われ、愛されていた。それが気に食わなかったのだろう。
     最初は小さな嫌がらせだった。しかしそれが段々とエスカレートしていき、ついにはマシュを偽物の聖女であり自分こそが本当の聖女だと嘘まででっちあげたのである。魅了の魔術で皆を洗脳し、そしてとうとう彼女の暴走はマシュの命まで奪おうとした。
     つまり藤丸立香はそんな魔女のように恐ろしい悪役令嬢に転生してしまったのである。
     こうして前世の記憶を取り戻したものの、どうやら立香は手遅れだったようだ。
     床に散らばる夕焼け色の長い髪は間違いなく自分のものである。この世界では例外を除いて魔力を髪に溜め込む。髪が長ければ長いほどより多くの魔力を蓄えられるのだ。しかし髪を切られてしまったら、その溜め込んだ魔力はたちまち霧散してしまう。
     そして髪を切られた今立香の魔力は音を立てるかのように消えていく。みるみる内に人々にかかっていた魅了の魔術はその効果を失っていくのが分かった。
     立香の髪を切った男はマシュ・キリエライトの親衛隊の一人である。その男は勝ち誇り立香を嘲笑しきった顔で見下していた。
     力無くその床にへたり込む自分の周りを次第に学園の生徒達が取り囲む。その群衆の中には教師達の姿まであった。魅了の魔術から解放された彼らは最初は戸惑っていた様子であった。しかし状況を把握するに従い立香を憎悪の眼差しで睨み始めてくる。
     その視線が恐ろしい。こんな多くの人々の恨みや憎しみを買うなど滅多にあるものではない。立香は俯き、勝手に震え始める歯の根を奥歯を噛み締めることでそれを必死に隠すしか出来なかった。
    「リツカ・グダコ・フジマル、お前との婚約を破棄する!」
     そんな針の筵のような状況の中だ。聖女の隣りにいる男がよく通る声でそう告げる。未来の国王陛下であるグダオ・グランドガーチャー・カルデアだ。そしてたった今元がついたリツカの婚約者である。そんな彼が自分をそう処断した。
     つまり自分は妃候補に相応しくないと捨てられたのである。一国の妃になる者としては到底赦されない所業をしでかしたのだ。その処断は当然だろう。
     他人事でしかない立香はぼんやりとグダオの顔を眺めた。
     学園のパーティーにも関わらず正装に身を包んだ彼は空の様な青い目で真っ直ぐに自分を見つめている。
     記憶を思い出す前の自分、リツカ・グダコ・フジマルは彼との結婚を天秤に掛けてまで一体何がしたかったのだろうか。立香には分からない。
    「この偽聖女め!」
    「よくも騙したわね!」
    「人を何だと思ってるんだ、この人でなし!」
     魅了から覚めた生徒たちが次々と立香に避難の声を浴びせていく。
     自分がやった訳ではない。記憶はあるけど立香ではないリツカがやったのだ。しかしそんなことを言っても誰も信じてくれる訳はないだろう。
     まして記憶を取り戻す前のリツカ・グダコ・フジマルは聖女である目の前の乙女に随分と嫉妬してずっと嫌がらせを続けてきたのだ。とうとう命に関わることまでやらかした。
     皆が怒り狂うのは当然だろう。
    「……」
     しかし今一番考えなくてはいけないのはこれからの自分のことである。
     何せ聖女を貶めた大罪人なのである。どうにかしてこの場を収めなければならないが、妙案が思い浮かぶことはない。
     自分が我慢することで上手く行くならそれでいいが、怒り狂った皆に危害を加えられやしないかと立香は怯えててしまう。
    (危害……)
     ふと立香は思い出す。自分ではなくリツカの記憶だ。
     立香が纏っているのは毒々しいまでの真紅に彩られた薔薇をモチーフにしたドレスである。そのポケットの中の物を思い出したのだ。
     立香がドレスのポケットを探ると記憶通り古ぼけた髪飾りが出てきた。
     この古ぼけたシンプルな髪飾りはマシュ・キリエライトにとって大切なものである。
     恐らくリツカ・グダコ・フジマルはマシュに見せつけてこの髪飾りを壊そうとでもしたのだろう。どこまでも性根が腐った女である。
    「あのこれ……」
     せめてもの誠意としてマシュにその髪飾りを返そうとするも自分の髪を切った男に止められる。
    「何をする!」
    「あっ!」
     彼は髪飾りを呪具か何かの類だと勘違いしたのだろう。
     油断も隙もないと言いたげに大柄な体格の男は髪飾りを立香の手から蹴り落とした。そしてそのまま思い切り踏み壊そうとする。立香は咄嗟に髪飾りを庇う為に手を伸ばし、その手を強かに男に踏まれてしまう。
    「……っ!」
    「ええいその手を離せ!」
     髪飾りを庇う手をぐりぐりと体重を避けて踵で踏まれ、立香は苦痛に顔を歪める。しかしそれでも髪飾りを守る手を離すことはしない。
    「待ってください!」
     声を上げたのは聖女マシュ・キリエライトであった。薄紫色の髪は片目を隠している。聖女なのに髪が短いのは彼女の起こす奇跡は魔力によらないからだ。それが彼女が聖女である何よりの証である。
    「その足をどけていただけませんか? モブ先輩」
     マシュの申し出に渋々と言いたげにモブ先輩と呼ばれた男はその足を離す。手を踏まれ続けた痛みを堪えながら立香はその髪飾りを拾い上げて両の掌に載せた。髪飾りは何処も壊れていないようである。
    「壊れなくて良かった……」
     安堵の息を吐いて立香はその両手を掲げた。そしてその髪飾りがマシュがよく見えるように向ける。
    「姉さ……!」
     それは彼女の姉の形見だった。リツカはそんな大切なものを盗んで壊そうとしていたのである。ボロボロと泣き崩れる聖女に自分は何処までと酷い悪役だったのだと思い知ってしまう。マシュに手渡すのも忍びなくて、大理石の床にその髪飾りを恭しく置く。そしてゆっくりと真紅の薔薇のようなドレスを整えながら立香は立ち上がる。
     もうどうにでもなれ。
     そう自暴自棄な言葉を口の中でだけ呟いた時である。
    「あんれまあ、丁度良い時間だったみたいね?」
     会場中に響き渡る声がした。思わず全員がその声の方に顔を向ける。
     声の元、パーティー会場の入り口から悠然と入っていた男が一人いた。
     深い霧を思わせるようなフォギーブルーの長い髪をオールバックにし後ろで一つに束ねた男である。彼はパーティー会場だと言うのに制服もきちんと着ていない。ノーネクタイに裾も仕舞わずにワイシャツのボタンを数個だけ留めただけのだらしない格好である。しかし不思議と汚らしく見えないのは遠目からでも分かるシャツから覗く鍛え抜かれた分厚い胸板のせいだろうか。
     それより彼を印象付けるのは黄色いサングラス越しからでもはっきりと分かる狼を思わせる剣呑な眼光である。
     彼の名前はハジメ・オルタ・サイトー。この学園の有名人の一人だった。
     周囲の生徒達がハジメの姿を確認すると彼を避けるように人垣が二手に分かれる。避けるように、と言うよりは避けたのだ。
     長い髪を揺らしながら立香達の方向に進んでくる彼に、一人生徒が近寄り何事か告げる。恐らく彼はハジメの舎弟のようなものだろうか。
    「へぇ、婚約破棄ねえ」
     ハジメはその場で立ち尽くしている立香を見つめてにたりと笑った。
     その飢えた狼のような笑みに立香の背筋が凍りつく。
    「婚約破棄ってことはさあ、今リツカちゃんはフリーってこと? へぇ? じゃあ僕と婚約しよっか?」
    「……へ?」
     突然の申し出に立香は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
     ハジメは北境で魔王率いる魔王軍と最前線で戦っているシンセン国。彼はその国の名門伯爵家であるサイトー家の息子だ。
     彼は良くない噂、良くない事実もだが、が山の様にある。
     まず学校の一区画を我が物顔で扱う暴君。学園内の第二礼拝堂は彼とその取り巻き達がたむろしており、好き放題に扱っている。
     次にサイトー家は魔物と手を組み、人を攫い魔物の餌にしていると言う噂があった。その為各国の要人達は暗殺と死体の始末をサイトー家に任せているらしい。だから学園も彼には強く出れないと言う。また彼も魔物を手なづけているらしいという噂もある。
     最後、彼に逆らったものは大変な目に遭う。どんな手段も厭わない恐ろしい報復が待ち構えているのだ。そんな恐ろしい彼をいつしか人は陰でこう呼ぶようになった。
    「外道貴公子」と。
     リツカ・グダコ・フジマルが小悪党であれば彼は本物の悪党である。そんな要注意人物であった。
    「いや冗談じゃなくマジよマジ。リツカちゃんのお家柄なら王様とまでは行かないけど僕の家とも釣り合うでしょ?」
     へらへらハジメは笑ってはいる。しかし狼のような眼光だけは鋭くリツカを値踏みするように見つめていた。
     脳内の知識を引っ張り出して立香はハジメの言っている事を思案してみる。確かに国王の妃に比べてしまえば流石に見劣りしてしまうが、リツカの家格ならばサイトー家の家柄であれば充分釣り合う。
    「ははっ、外道貴公子が偽聖女にプロポーズ……っ!」
     ハジメの突然のプロポーズに周囲がざわめく中、そんな嘲笑混じりの言葉が聞こえた。
    「おい、今喋った奴誰だ?」
     へらへらとした笑みをピタリと止め、ハジメは蛇が睨め付けるかのように周囲を見渡す。
    「誰だっつってんだよ」
     喧嘩腰のハジメにそれまでざわついていた周囲はシンと水を打ったかのように静まり返っていた。
    「……」
     取り巻きの一人がある人物を指差しながらハジメに耳打ちをする。その方角をハジメは見ながらズカズカと歩み寄った。
    「ひっ……!」
     先の嘲笑の犯人は見るからにお調子者そうな生徒である。その生徒の胸倉を容赦なく掴み上げた。
    「違っ、だって、」
    「何が違うんだよ? あ? 人の一世一代のプロポーズ笑うなんてどう言う神経してんですかって?」
     ハジメは片手で胸倉を掴み上げているだけなのに、持ち上げられた生徒の足がじわじわと浮いていく。一体どんな怪力なのだろうか。
    「良い加減にしろ! 今は王子とマシュ様の裁きの最中であるぞ!」
     モブ先輩と言うらしい男がいち早く我に返り、ハジメに制止の声を上げる。しかしハジメは胸倉を掴んだままモブを無視した。
    「ここはお育ちの良い上流階級が集まる学校なんだからさあ……上品な言葉を心がけようぜ? なあ?」
     一体どの口が言っているのか。ハジメは胸倉を掴んだ生徒に向かって凶悪に笑いかける。
     その様子を皆が固唾を呑んで見守る中、無視されている事に我慢ならないと言った様子でモブがハジメに荒々しい足取りで近付いた。そして彼の肩を掴もうとする。
     その瞬間、グシャリと盛大な音を立ててモブの身体は大理石の床に叩きつけられた。その音に会場中のあちこちから悲鳴が上がる。
     ハジメがモブの顔を見ることもなく彼の後頭部を掴んでそのまま床に叩きつけたのだ。そしてそのまま倒れたままのモブの頭に思い切り踵を落とす。
    「うぜぇなさっきから羽虫がよお」
     そうドスを効かせた声で言うと、生徒の胸倉を掴んだままモブの身体に何度も蹴りを入れる。ハジメが履いている革靴が頭や顔までめり込んでいるのが見えた。大理石にモブの血が飛び散る。一片の容赦なく蹴りつけ踏みつけるその乱行は外道貴公子の名に相応しい荒々しい暴力であった。
     周囲が凍りつく中、そんな凄惨な光景を見ていられず立香はハジメに掛け寄るとその背中に縋り付く。
    「も、もう止めてあげてください。私プロポーズ、受けますから、どうか、もう」
     彼の目的はプロポーズだったはずだ。ハジメが何故今自分のような悪女にそんなプロポーズをしたのか意図は分からない。しかしそれを果たせたらここにい続ける必要はないはずだ。
     声が恐怖で震える。しかしそんな立香の言葉にハジメの動きが止まった。
    「……ふうん……本当なんだ」
     ハジメはそう一人ごちると、背中に縋りついたままの立香を振り向く。温度も何も感じられない瞳が立香を捉える。
    「……っ」
    「いいよ、別に。リツカちゃんが止めてって言うなら止めてあげる。何せ僕のお嫁さんになる人だもんね」
     言うや否や、途端に興味を失ったかのようにハジメはモブを蹴るのを止め、生徒の胸倉から手をパッと離した。
    「じゃあ行こっか、ね? 僕の婚約者さん?」
     にたりと凄惨にハジメは笑って見せる。地獄の悪魔の方がまだ優しく笑うのではないかと思うような恐ろしい笑みであった。そんなハジメの笑みにに思わず立香の表情が引き攣ってしまう。
     ハジメに肩を抱かれ、立香はパーティー会場の外へと連れ出されて行く。
     そんな折、見知った顔の中年と目が遭う。この学園のOBでもある、リツカ・グダコ・フジマルの父親である。
    「……っ」
    「このフジマル家の面汚しが。俺の足を引っ張りおってこのクズめ。何処へなりとでも行け、その顔を見せるな。吐き気がする」
     しかし父親は実の娘である立香に冷たくそう吐き捨てるだけだった。
     元々そう言う父親である。自分の利益や保身が第一の父親で娘のことなど何も考えてはいない。擁護する訳ではないがだからこそ、リツカはこうも歪んでしまったのかも知れない。
    「はははっ、お父さんに嫌われちゃったねー、リツカちゃん」
     朗らかに、しかし何処か薄寒さを感じさせる声色で笑いながらこつんと立香の頭にハジメが自分の頭をくっつける。
    「……」
    「でも僕はリツカちゃんの味方だからね? 安心して」
     何の安心も出来ない。
     そう思ったが立香に口を出す勇気はない。こんないつ何が爆発するかもわからない男が自分の婚約者だなんて。
    「……一週間後には魔物の餌かもな」
     会場から出る時、誰かが蚊の鳴く声よりも小さく言ったのが聞こえてきて立香は思わず身震いしてしまう。
     その声の言う通りハジメの不興を買えば命の保障はないのだ。それが何よりも恐ろしかった。
     そう、これから地獄が始まるのである。

    ※※※

     地獄が始まるかと思ったのに。
    「リーツカちゃん、ふふっ、リツカちゃんはちっこくて可愛いねぇ」
     次の日。何故か立香は上機嫌なハジメの膝の上に乗せられていた。
     ここはハジメ達が占有していると言われている噂の第二礼拝堂である。静謐であっただろう礼拝堂は彼らの手により魔改造されていた。
     聖女の像はダーツ板と空き酒瓶を持たされている。美しい幾何学模様のステンドグラスを隠すように戦利品なのか、あちこち破れた魔王軍の軍旗が飾られている。
     まるでスラム街の一角にあるバーのような内装だ。
     その一番奥にある上質な黒いレザー張りの三人掛けソファに立香はハジメの膝に乗せられているのである。
    「わー、小っちゃいお手々だなあ、ほれ僕の手よりずーっと小さい」
     謎に機嫌の良いハジメに手を無遠慮にぐにぐにと握られられ、頭をぐりぐりと撫でられてもリツカは恐怖のあまり動けない。
     大体朝起きたらハジメ専属の美容師がいて、昨日モブに乱雑に切られた髪を整えられた。腰まであった髪は肩につくかつかないか位の長さになった。転生する前の髪型そっくりとなったのでそれは良い。顔もリツカは濃いめの化粧で隠してはいたが、元々は吊り目がちとは言え童顔であった。
     そのすっぴんの顔も元の藤丸立香の顔にとても良く似ている。
     しかし問題はそれからだった。彼女が身支度を整えてからはずっと、ハジメは立香から離れようとはしない。べったりとくっついたままである。
    「あの、トイレ……」
     せめて隣に座るから膝に乗せるのは勘弁してほしい。
     と言うか離れてほしい。ハジメの匂いや体温に包まれていると体の奥がムズムズして何だか落ち着かなくなるのだ。
     三人掛けのソファなのにこんな膝の上に乗せられている意味が分からない。
     生理現象なら離してくれるだろうとは思い先程も一瞬は離してもらえたのだが、残念ながら二回目はなかった。
    「だーめ。さっき行ったばっかりでしょ? 外は危険がいっぱいなんだからリツカちゃんはここにいなさい。ね? お外には怖い狼がうじゃうじゃいるんだよ? 食われちまうからハジメちゃんのお膝の上にいな?」
     鏡を覗いてみてください。この学園で一番怖い狼がそこにいます。
     そんな悪態を吐く勇気なんてある訳ない。
     立香は思わず死んだ目で遠くを見てしまう。
     どうしたらいいものか。
     立香は内心こっそりと溜め息を吐いた。
    「ねえ下ろして、私重たい、でしょ?」
     しかしハジメはニタァと笑うだけだ。
    「ぜーんぜん」
     凶悪な笑顔に反してハジメの声色は甘ったるい。その甘ったるさが却って空恐ろしい。
    「それに重たかったらさ」
    「ひゃっ!」
     ハジメがリツカの背中を抱き寄せてそのまま自分はソファの上に横になる。
    「こうしてソファの上に寝っ転がっちまえばいいだけだからさ」
     二人ソファの上に並んで寝転ぶ体勢になってしまう。もはやこれは恋人の距離感だ。いや確かに口約束とは言え婚約者ではあるのだが、だからと言ってこの距離感は落ち着かない。
     大きなソファとは言え所詮はソファだ。二人は隙間なく密着してしまう。
     吐息が立香の顔にかかる。
     ハジメの顔がゆっくりと近づく。
    (キス、される……)
     まるでこれから獣に食べられるのを覚悟するかのようにぎゅっとリツカは目を固く瞑った。
    「……ふふん」
    「ふぁっ!?」
     チュッとリップ音を立ててハジメは立香の額に口付ける。
    「リツカちゃんとこうしてられて幸せ」
     そう言って立香の体をぎゅっと抱きしめてクスクスとハジメは笑う。ハジメは屈託なく笑っているつもりかも知れないが、立香にとっては檻の中で大型獣に頬を舐められている気しかしない。
     しかし逆らってハジメの不興を買ってしまったらリアルに大型魔物の餌にされかねないのだ。
     (恐い……)
     何でこんなことになったのだろうか。
     転生物ってなんかこうチートスキルをもらってちやほやされる生活を送ったりするのではないのか。いや今のところちやほやはされてるけど、こんなではない。
     恐る恐るハジメの顔を見上げる。
    (よく見れば本当は優しい顔……)
     瞬時に立香が心の中で首を横に振った。
    (いや全然ない。普通に恐いわ)
     サングラスを外したハジメの顔は笑っているようだが目が全く笑っていない。
     何せ顔の治安が悪すぎる。整った顔のせいで尚更凄みが増している。学生ではなく本当は裏社会の人間じゃないのか。
    (ふぇぇぇ……)
     一体全体何がどうしてこんなことになってしまったのだろうか。
     立香の第二の人生は波乱の予感しかしなかった。


     悪役令嬢に転生したら外道貴公子に溺愛されています。
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    👏👏👏👏👏💖💖💖💖💖🙏💴💴👏👏👏👏👏💞💞💞💞💞😭
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    yuki

    DONEオリジナルの話です。胸糞悪いDV野郎が幼馴染をNTRされてバッドエンドで救いのない短編なので注意。
    季節は巡り、彼はただ凪ぐ本文
     さて、桜咲く四月のことです。東京ではもう桜は散り始めている季節ですが、東京よりも少し北のこの地方都市ではようやく桜が見頃を迎えていました。
     その桜舞う地方都市のとある高校ではその日新一年生の入学式が行われています。入学式は滞り無く終わり、まだあどけない顔をした初々しい一年生達は嫌がらせかと思う程の山ほどの教科書や学習教材を渡されて帰宅するところです。
     帰宅する学生たちで賑わう生徒玄関。その隅、下駄箱の隅で隠れるように一人の新一年生の女子が壁に持たれながらもぐもぐとお菓子を頬張っています。彼女は浮船 公海(うきふね くみ)と言います。背が低くふっくらとした、というよりはふくよかな体型と言った方が正しいかもしれません。そんな彼女が棒状の駄菓子を頬張る姿はいかにも「食いしん坊の女子」と言う姿で微笑ましいものでした。しかしその目は何処か虚ろで視線は床の一点をじっと見つめています。食を楽しんでいるというよりはひたすらエネルギーを蓄えているようなそんな険しい雰囲気でした。
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    yuki

    PROGRESS6月発行予定のはじぐ♀のサンプルのサンプルをポイピクに上げました!2部6章まで踏破済のカルデアにいるフレンド鯖の一ちゃんと新米ぐだちゃんの恋のお話です。一ちゃんを曇らせたい一心で書いています!
    ハッピーエンドになる予定なのでよろしくおねがいします!
    フレ鯖の一ちゃん 始まり

     並行世界と言うものがある。
     この世界は無数のページが綴じられた本のようなものだと仮定する。例えばこの世界の一枚捲ったページの世界は何もかも一緒だが、ただ一つ誰か一人の靴下の色だけが違う。次のページでは同じ者の靴下と靴の色が違うのだ。そう言った少しずつだが、確かに差異のある世界が合わせ鏡をしたように無数に存在しているのである。そしてページを捲れば捲るほどその差異は確かに広がっていくのだ。
     それは即ち、自分のマスターたる青年、藤丸立香が少女の世界もある。と言うことだ。
     この話はそんな並行世界の物語である。


     
     まず耳にしたのはパチパチと火が爆ぜる音であった。ゆっくりと周りを見渡せば街のあちこちで深紅の炎と黒煙が上がっているのが見える。遠くに視線をやると、高層ビルや近代的な赤い鉄橋が見えた。看板や標識に書かれた日本語から此処は現代の日本なのだろうと推察される。
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