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    yuki

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    6月発行予定のはじぐ♀のサンプルのサンプルをポイピクに上げました!2部6章まで踏破済のカルデアにいるフレンド鯖の一ちゃんと新米ぐだちゃんの恋のお話です。一ちゃんを曇らせたい一心で書いています!
    ハッピーエンドになる予定なのでよろしくおねがいします!

    フレ鯖の一ちゃん 始まり

     並行世界と言うものがある。
     この世界は無数のページが綴じられた本のようなものだと仮定する。例えばこの世界の一枚捲ったページの世界は何もかも一緒だが、ただ一つ誰か一人の靴下の色だけが違う。次のページでは同じ者の靴下と靴の色が違うのだ。そう言った少しずつだが、確かに差異のある世界が合わせ鏡をしたように無数に存在しているのである。そしてページを捲れば捲るほどその差異は確かに広がっていくのだ。
     それは即ち、自分のマスターたる青年、藤丸立香が少女の世界もある。と言うことだ。
     この話はそんな並行世界の物語である。


     
     まず耳にしたのはパチパチと火が爆ぜる音であった。ゆっくりと周りを見渡せば街のあちこちで深紅の炎と黒煙が上がっているのが見える。遠くに視線をやると、高層ビルや近代的な赤い鉄橋が見えた。看板や標識に書かれた日本語から此処は現代の日本なのだろうと推察される。
     空には暗い夜空が広がっていた。だがその濃紺の空に襲いかかるように大蛇の様な禍々しい灰色の煙が立ち上がっている。更には白く輝く星を乗っ取るように不吉な赤い星と化した無数の火の粉も空へと舞い上がっていた。そして地上ではあちこちの建物から火の手が煌々と噴き上がり、平和だったはずの夜を赤々と侵食している。詳細は不明だが何らかの大災害が発生しているのだろう。
     そんな禍々しい緋に染められた夜の現代日本でセイバー、斎藤一は周りを見渡し冷静に状況を把握していた。
     彼は並行世界の藤丸立香に召喚されたのである。
     斎藤のマスターである藤丸立香はまだ年若く、一人前の男と言うよりはまだ少年から青年に移ろいつつあるような年齢だ。その癖数多の死線をくぐり抜けてきても尚折れず、真っ直ぐにキラキラと光を受けて輝く名刀の様な目をしている。
     しかし目の前にいる夕焼け色の髪をした少女はまだまだあどけない幼い顔立ちをしていた。快活そうな吊り目がちの瞳に紅潮した頬は戦う覚悟など何もない、どこから見ても普通の少女であった。
    「本当に出来た……!」
     自分の手の甲で仄かに赤く光る令呪と、召喚された斎藤の姿を見比べて少女は興奮した面持ちで大袈裟に感動している。
     斎藤にも詳しいシステムは分からない。彼がマスターから説明されたのは藤丸立香と並行世界の藤丸立香達(!)が何らかの契約を結ぶと相手が登録しているサーヴァントをどれでも一騎召喚して加勢させることが可能だと言うことだ。
     確かに自分のマスターも常に誰かしらを召喚して戦闘に参加させてはいる。その召喚術で難局を打破出来たのは一度や二度ではない。自分達サーヴァントにとってもかなり頼もしいシステムだ。
     そしてその助太刀システムは自分達もただ恩恵に預かるだけではない。もし並行世界の藤丸立香に助けを求められたら自分達も同様に加勢に行かなければならないのだ。詳しくは斎藤も分からないが報酬として何かしらの魔力を得られるらしい。だからその助太刀行為のことを斎藤と同じカルデアに所属しているサーヴァント達はこっそり「出稼ぎ」と呼んでいた。
     斎藤のカルデアは定期的にその助太刀に入るサーヴァントを変える当番制を採用していた。その当番がたまたま今回は斎藤であったのである。
     少女の背後でゆらめいた影に斎藤が気づく。心臓も脳もとっくに失われた骸骨が不気味にしかしぎこちなく動き、西洋剣を構えていた。
     敵個体、通称スケルトンである。
     相手が少女に近付くより速く、斎藤は少女の背後にいるその骸骨の化け物をまるで疾風の如き速度で一刀両断する。それは歯ごたえが全く感じられないほど弱かった。
     斎藤にはこの世界の記憶にはないが記録では見たことがある。恐らく斎藤が召喚されたこの場所は藤丸立香の長い旅の始まり、冬木の地であろう。
    「……」
     斎藤は霧散していくスケルトンを一瞥もせずに目の前でポカンとしている少女を見やった。
     これからこの目の前の少女には想像を絶するような過酷な運命が待っている。
     そんな哀れな彼女に何か言おうとしたが、斎藤にはかけてやれる言葉が浮かばない。
     この少女は藤丸立香ではあるが自分のマスターではない。
     かけてやれるような優しい言葉なんて何もなかった。
    「戦場で惚けるのはやめましょうや」
     気の利いた言葉を言わない代わりに、へらりと斎藤はいつものように笑ってたしなめる。少女は呆気にとられた様子で斎藤を見上げたままだ。
    「先輩、この人すごく強いです」
     マシュ・キリエライトが感嘆の溜め息と共に少女に告げる。彼女も自分のカルデアにいるマシュとは違い、まだ全体的に表情が固く初々しい。
     マシュの言葉にこくこくと少女が頷く。二人の頬が赤いのはあちこちに上がる火の手に頬が照らされているからだけではないだろう。
     それは純粋に斎藤に対する敬意と称賛の眼差しである。
     遊び人を自称する斎藤にとって、年若い乙女二人が自分に向けるキラキラとしたその憧れを抱いた眼差しは嫌いではない。
     むしろ大好きだ。
     その為、斎藤は大変気を良くした。当然だ。可愛い女の子達にキラキラとした眼差しを向けられて調子に乗らない男がこの世界にいるのかとむしろこちらが問い質したい。
     「無敵の剣、見せてやるよ」
     自慢のロングコートを格好つけてわざとらしく熱風に翻し、斎藤は襲いかかってくるであろうスケルトンの前に颯爽と立つ。
     そして両手にそれぞれ二振りの刀を構えて体勢を低く沈める。
     それがセイバー、斎藤一と藤丸立香の出会いであった。

    ーーー中略ーーー


     新米少女マスター、藤丸立香はわからない

     少女、藤丸立香は訳も分からないまま突然「人類最後のマスター」なる存在になってしまった。
     それはなんだか良く分からない内に拉致同然の状態でこのカルデアに連れて来られたことから始まる。そしてなんか良く分からない内に居眠りしてしまいオルガマリー所長に会場から追い出され、なんか良く分からない内にカルデア内が爆発して大変な事になってしまった。
     そして何がなんだか分からない内に成り行きでマスターになってしまったと言う訳である。正直こんな感じで人類の命運を背負っていいのだろうかと思わなくもない。
     しかし他にやれる人間がいないのであれば自分が精一杯やるしかないのだ。
     それにしても、と立香は思う。
     それにしても分からないことだらけだ。
     人理修復もレイシフトも意味はやっと分かってきたが、未だに仕組みがちんぷんかんぷんである。
     正直言って共に戦ってくれる英霊の名前すら満足に覚えられていない状態だ。もっと歴史の勉強をしておけば良かったと反省しきりであった。
     と言うかサーヴァントどころかカルデアで働く人たちも明らかに外国人なのにどうして日本語が通じているのかさえ立香にはよく分かっていない。
     立香は日本語で話しているつもりだが、カルデアの皆は多分違う気がする。自分達は一体何語で話しているのだろうか。全くもって謎である。
     令呪のシステムも召喚システムも今着ているカルデア制服の礼装スキルだってよく分からない。
     あんなに傷だらけだったサーヴァントがよく分からないまま回復したり、強化されるのは便利だ。しかしその仕組みを全く理解していないまま便利なものとして使っている。
     魔術も戦術も、何もかもが立香には分からない。
     だが分からないなりに立香は体を張って頑張っているつもりではある。知恵も知識もないなら気合と根性で体を張るしかない、と言うのは立香の持論であった。
     そもそも現代日本だって自動車の仕組みを全て理解した上で運転している人間がどれくらいいるのだろうか。冷蔵庫が冷たくなる仕組みを説明出来る人がどれだけいるというのか。
     便利なものは便利なものとして使う。だがそれはそれとして。
    「立香ちゃんさー、他にもいっぱい頼れるサーヴァントはいるんだよ?人ってかもう妖精とか神様とか、そう言うめちゃくちゃ強いサーヴァントなんてたくさんいるし。わざわざ僕みたいなマイナー剣士なんてこんなに毎回呼ばなくてもいいじゃない?」
     立香の前で困ったようにそう笑ってセイバー斎藤一は肩を竦めた。
     ようやくレイシフトにも慣れつつあるここは第三特異点オケアノスである。どこまでも広がる絶景、青い海と青い空の船旅であった。
     波で揺れる船上での戦闘も難なくこなし、軽々と海賊達を倒した後で斎藤は立香に向かってそう尋ねてきた。
     苦笑いを浮かべる黄朽葉色の瞳を、立香は困惑しながらもその言葉の真意を探ろうとじっと見つめ返す。
     そよそよと吹く潮風が戦闘で高揚した立香の心身を優しく冷やしていく。
     斎藤一は立香のサーヴァントではない。これも仕組みは全く分からないが、彼は平行世界にいる藤丸立香のサーヴァントで、召喚すると立香に助太刀してくれるそうだ。
     立香にとって、いやカルデアにとってはとても頼もしい存在である。
     そんな頼もしい存在に何故自分なんかを毎回呼び出すのかと自嘲気味に言われても立香もなんと答えていいか困ってしまう。頼もしいからという理由では駄目なのだろうか。
     けれど斎藤が本当に困っていそうなのも確かであった。困っていると言うか、困惑と言うのだろうか。
     毎回斎藤を喚びつけているから迷惑だったのだろうかと立香は思い至る。
    「事ある度に毎回呼び出してしまってすみません」
     しゅんとした態度で頭を下げる立香に、慌てた様子で斎藤が手を振って否定する。
    「いや迷惑ではないよ? こっちもお礼は貰えてんだからそこは気にしなくていいの。ただ僕はほら単体宝具セイバーだからさ周回には向かないのよ。そんなら例えばモルガンさんみたいな全体宝具バーサーカーの方が仕事が早いんじゃないかなっていつも思うんだがね」
    「……?」
     また良く分からない単語が斎藤の口から出てきた。
     立香は頭の上に「?」マークを飛ばしながら斎藤の言葉を脳内で反芻する。
     モルガンさんって一体誰なんだろう。斎藤の口ぶりからはサーヴァントらしいと察することは出来るが、今での旅でお会いしたことはない。
     そもそも単体宝具、全体宝具って何だろう。宝具という名前は立香も知っている。サーヴァントの皆が持っている凄い必殺技のことだ。
     バーサーカーも分かる。うちにもヘラクレスと言う大きいバーサーカーがいる。ヘラクレスと言う名前も有名だから神話や歴史に疎い立香でも知っている。具体的に何を成した人なのかは分からないけど、すごく強い人だ。立香も小さい頃ヘラクレスが主人公のアニメ映画を見た記憶がある。とっても強くてすごいヒーローだった。
     それに多分とても優しい人だ。言葉が通じなくたってそれは素人マスターの立香にだって分かる。ヘラクレスが優しいと言うことは充分に分かる。しかし。
     立香は言葉に詰まって俯いた。潮風が言い淀む頬に当たって心地良い。
     何で自分を頼るのかと聞かれたら、強いて言えばこう答えるしかない。
    「……斎藤さんは日本の人だし、男の人で、スーツ着てるから、なんか……頼りやすくて」
     立香の要領を得ない拙い説明に、斎藤は鋭い目つきを真ん丸く見開いた。今日の斎藤はネイビーのコートを脱いだ黒いスーツ姿である。自分の服装をゆっくりと確認するかのように斎藤は視線を下げた。
    「あー……? そう言うこと?」
     それから頬を人差し指の爪で引っ掻きながら、斎藤は納得したように小さく頷いた。
     なんとこの拙い説明で通じたらしい。流石斎藤さんは何でも分かってくれる、と立香は思わず安堵の息を漏らした。
    「……言葉、通じるし……」
     ヘラクレスの姿を思い出しながら立香は言いにくそうに続けて答えた。
     ヘラクレスが優しい人なのは立香にだって分かるし、意思疎通も何となく出来てはいる。だが会話が成立しないのは困る。困るというか本当に通じているのかとても不安になってしまうのだ。
    「ああ〜……」
     さらに大きく納得の声を上げる斎藤に、こくこくと立香は頷いてみせる。
     立香にしてみれば拉致同然に異国の地に連れて来られて、かろうじて言葉は伝わるが全く聞き慣れない専門用語の海の中で溺れるように毎日過ごしているのだ。
     それも外国人ばかりのカルデアの中で、である。
     ずらりと並べられたフレンドの一覧をぱっと見た時、そこに斎藤一という、現代でも一般的な名前と見慣れたコートにスーツ姿の男がいた時の安堵感は立香には言い表せなかった。
     他の日本人サーヴァントが駄目と言う訳ではない。だが明らかに男性名なのに見た目が美少女だとか、和服姿のいかにも武士な姿であったり忍者らしい格好であるよりはコートかスーツ姿の斎藤の方が日常的に見慣れている分、頼りやすかった。
     なぜ自分なんかをと問われてしまえば、理由はただそれだけの単純な話なのである。
     それでも今の立香にとっては身近な故郷の、2016年の日本の香りが斎藤から感じられたのだ。
     ただ、立香にはもう一つだけ斎藤を選ぶ理由があった。それは斎藤には言えない理由である。
     それは初めて斎藤を召喚した日のことだ。
     緋色の炎があちこちで燻る街の中、颯爽とネイビーのコートを翻してあっと言う間に並居る敵を薙ぎ倒す斎藤の後ろ姿は今でも鮮やかに立香の脳裏に蘇る。
     その颯爽とした逞しい背中に立香は思わず見惚れてしまったのだ。
    『んじゃまあ、下がってな』
     そう言って斎藤は如何にも余裕ありげな笑みを浮かべながら鞘から刀を抜き、斬り付ける。手にしたその二本の刀で軽やかに舞うように敵を翻弄し、敵の攻撃を軽々と躱して反対に敵の急所に深々と刃を突き立てていく。
     まさに無敵の剣であった。
     そんな斎藤の姿に立香は目を、そして心を奪われてしまったのである。
     火の海となったカルデアで、立香は瓦礫の下敷きになったマシュの手を握り死を覚悟していたのだ。そんな立香にとって斎藤の存在はどれだけ救いになったのか分からない。
     心細くて不安で押し潰されそうで、本当はすぐにでも逃げ出したかった。そんな時に斎藤は余裕の笑みさえ浮かべてあっさりと立香を救ってくれたのだ。
     そのお陰で立香はこうして今も生きている。
     どんな凄い神様よりどんな偉業を成した英雄よりも斎藤こそが立香にとってのヒーローであった。
     そして立香はそんな斎藤にすっかり憧れに近い恋をしてしまっている。恋と言うよりもどちらかと言えばアイドルに対するファンのそれの方がしっくりくるのかも知れない。
     もちろん英霊は霊のようなもので、今を生きる者ではない事は立香だって理解している。まして斎藤は自分のカルデアのサーヴァントでさえない。
     本気の恋をしたところで報わる事はない。流石に分からない事尽くしの立香だってそこのところはちゃんと弁えている。
    (好きです、なんて口が裂けても言えないけど)
     内心はにかむ立香に斎藤は迷ったように視線を彷徨わせなから、言いにくそうに口を開いた。
    「立香ちゃん……実はエミヤくんも日本人だし、むしろ僕より立香ちゃんと生きてる年代は近いというか、むしろ被ってるっていうか」
    「えっ」
     斎藤の言葉に立香は目を真ん丸にする。
     厨房に立ち、カルデア職員の胃袋を満たすために働く彼の姿を思い浮かべる。
     そうなのか。全然知らなかった。
     だってエミヤさん何にも言ってくれなかったし。あんな白い髪にあんな褐色の肌してたら誰だって外国の人かなって思うじゃない。
     そういやなんか煮物とか和食がやたら美味しくて日本の家庭料理が得意な人だなとは思っていた。
     日本人なら当然か。
     ちゃんと話しかければ良かったと立香は眉間に皺を寄せて唇を尖らせた。
     やはり立香には分からないことだらけである。

    ※※※
    家庭教師のはじめちゃん

     新米マスターのカルデア、その種火周回に斎藤一は喚び出されていた。
     以前、全体宝具を持ったサーヴァントを呼び出した方が良いと斎藤本人は立香に説明したことがある。
     だが冷静に考えて見ればこのカルデアが周回出来るレベルなら、斎藤の技量であれば宝具を使うまでもない。通常攻撃でも十分対応できる。
     なら今戦力を揃えている内に立香に自分のサーヴァントのスキルの使い方や所持している礼装の使用方法を覚え慣らしていった方が良いのかも知らない。
     何せマスターの礼装も概念礼装も彼女は本当に何も知らないのだ。勉強しなよと口で言うのは簡単である。しかし彼女はマスターの勉強の他にも特異点やサーヴァントについての歴史についても学ばなければならない。それを戦場でやれと強要するのはあまりにも無茶苦茶だろう。
     それに自分の本来のマスターの過去の体験談を聞いてしまえば斎藤には無下には出来なかった。
     ましてこちらのマスターは年端も行かぬ少女なのである。いかに時代は男女平等とは言えど、カルデアにいる時は睡眠時間と入浴時間くらいゆっくりする暇を与えてやりたいと思うのは人情と言うものではないだろうか。
     となれば効率の悪い自主学習よりは誰かが教えてやった方がいいに決まっている。
     そうは斎藤も思っていたのだが。
    「申し訳ない。君に負担をかけているのは重々承知だが、君に立香ちゃんの教育を任せたい」
     そう言って斎藤に頭を下げたのは斎藤のカルデアにはいない男、ロマニ・アーキマンであった。
     ここは斎藤にとっては見慣れぬ南極にあるカルデアの廊下の一画である。その片隅に斎藤はロマニに半ば引きずられるように連れられてきた。
     確かに誰かが教えてやった方がいいとは思っていたが、まさか自分にお鉢が回って来るとは思わなかった。
     頭を下げたままのロマニに斎藤は溜め息混じりの呆れた顔を見せる。
    「あのねえ。僕は別のカルデアのサーヴァントですよ。おいそれと自分のマスターに近づけるとかどうかしてんじゃないの?」
     しかしロマニは想定内という顔で手にしていたファイルの中からある書類の束を斎藤に差し出した。
    「もちろん、君のカルデアのマスターには話を付けてある。先方も謝礼として素材を渡すと言う事で了解してもらえた」
     ロマニが渡してきた書類をパラパラとめくりながら目を通す。確かにその文面にはいくつかの素材やQPを渡す旨が記載されている。
     正直、斎藤が所属しているカルデアではそこまで素材に困っている様子はない。
    『だから、もし向こうの『藤丸立香』に頼られたら斎藤さん助けてあげてよ。お願い』
     自分のマスターにそう言われて手を合わせられたことを思い出す。自然、斎藤の眉間の皺がぎゅっと寄った。
    「あー……そういうこと……」
     その皺を隠すように眉間に指を当ててグリグリとマッサージする。
     つまり斎藤はほぼほぼこの新米カルデアのボランティアに駆り出されてしまったと言うことだ。
     自分のマスターのお人好しな笑顔を思い浮かべて斎藤は苦々しい気持ちで胸が一杯になってしまう。
     自分は彼、藤丸立香と言う青年と契約したサーヴァントである。彼の元で戦うつもりで召喚に応じ契約したのだ。
     確かにあちらのカルデアの戦力は既に充分揃っている。こちらの人材不足のカルデアとは違い、単体宝具のセイバーである斎藤もまた競合しているサーヴァントがいた。正直あちらのカルデアでは自分の代わりはいくらでもいるのである。
     しかしだからと言って他所のカルデアの手伝いに駆り出されるのは正直面白くはない。
     書類とロマニを見比べながら渋る表情を隠そうともしない斎藤にロマニは大切な秘密を打ち明けるように静かな声を出す。
    「僕は立香ちゃんを一人前のマスターにしたいんだ」
    「とは言いましてもねぇ」
     ロマニの顔は真剣なものであった。だがそれも斎藤の心を動かすにはまだ足りない。
    「それに、立香ちゃんは君に会うとメンタルが安定するんだ」
    「立香ちゃんが?」
    「本来なら僕たちがメンタルケアを行うべきなのは重々承知だ。それでも……」
     ロマニの顔には深々と疲労の色が浮かんでいる。アンプルか何かで誤魔化しているのかも知らないが、それでも疲弊しきっている顔だ。
     自分のマスターではない少女の姿をした藤丸立香の姿を思い浮かべる。いつもへにゃりとした猫のような笑顔を見せている彼女は時々斎藤が自カルデアに還る時、不安そうな顔をする。
     あの子は知識が足りていないだけで、聡い子である。特に人の感情の機微や、踏み入れていい心の距離にはとても敏感であった。そこはやはり青年マスターである自分の藤丸立香と似ている。彼女もやはりどこか孤独を抱えているのだろう。
     そこまで考えて斎藤は盛大な溜め息を吐き出した。
    「……っあー……はいはい分かりました。ったく僕が先生ねぇ。柄じゃないけど、これでも新撰組時代は平隊員に剣も教えてましたしね。何よりマスターの命令には逆らえませんよ」
    「ありがとう!」
     斎藤の了承に、人懐っこい笑みを浮かべてロマニは礼を述べる。彼の疲弊しきった顔が僅かに明るくなったのを見てつい斎藤は口を開いた。
    「……余計なお世話かも知れないけど、あんたも休める時に休んどきなよ。僕のは元々だけどあんたのそれは違うでしょ」
     斎藤は自身の目の下の隈を指す。指摘されたロマニは自分の頬に手を当てると分かりやすい苦笑いを浮かべた。
    「はは、心配してくれてありがとう。休める時には休んでるよ。ただ僕達が戦っているのは最善を尽くしたら絶対に勝てる相手と言う訳じゃない。最善に最善を尽くして、奇跡を呼び込んで、それでようやく勝ちの目が見える程度だと思うから」
     それもそうだ。レポート上の知識しかないが、彼らがこれから闘うであろう魔神柱もゲーティアも今の彼らにとっては強敵だ。無理をしなければ勝てない相手なのだ。
    「……そうだね」
     小さく肯定する斎藤の顔をロマニは覗き込む。
    「君はもしかしてもっと先の時間軸から来たのかい?」
    「……それは聞かない方がいいんじゃないの?」
     ロマニの問いに斎藤はそう返した。
     この先のこと、このカルデアが誰とどう対峙するのか、この目の前の男はどうなるのか。実際にその場にいたことはないが斎藤は記録で知っている。
     しかし今その情報を彼にここで話してしまえば、それ自体が歴史の干渉となり歪む可能性があった。最善を尽くしても奇跡が起きてもどうにもならない未来を呼び込んでしまう可能性である。
     そうなればこのカルデアは剪定事象として終わってしまう。
     あの自分を慕ってくれる初々しい少女があっけなく消滅してしまうのは見たくなかった。
    「そっか、そうだね。うん」
     斎藤の返答にロマニに何か言いたげにし、けれども納得したように頷く。
     そのまま彼と別れ、斎藤は立香を探しに見慣れないカルデアの廊下を歩いた。
     戦力的に自分以外の単体宝具セイバーはあのカルデアにいるのだ。それに斎藤には単独行動スキルがついている。他のサーヴァントよりも長く現界出来てこのカルデアに貢献出来るとなれば、やはり自分が適任なのだろう。
     所属しているカルデアからは暇出しされたような気もしなくはないが、そこは大人の対応で全力で見て見ぬ振りをする。
     ノウム・カルデアとは匂いも何もかもが違うカルデアを歩いていると、タブレットと睨めっこしながらこちらに向かって歩いてくる立香を見つけた。
    「立香ちゃん」
    「あ、斎藤さん。どうしたの?」
     斎藤が呼び止めると立香はタブレットから顔を上げる。
    「僕、君の家庭教師になったから。これからよろしくね」
    「本当!?」
     斎藤の言葉にぱあっと花が咲くように立香の顔が輝いた。
     あんれまあ、嬉しそうな顔しちゃって。
     立香の喜色に満ちた顔に斎藤も思わずつられて微笑むのであった。

    ーーー中略ーーー

     ※※※
     斎藤一は何もできない

     最終決戦が終わった。立香とマシュは無事に帰還した。
     
     管制室で皆が固唾を呑んでいる中、立香が所属しているカルデアからそう連絡が入った。
     その一報を聞くなり管制室の片隅で座っていた斎藤はほうと安堵の息を吐いて脱力する。ノウム・カルデアの面々からも歓声と安堵の声が上がった。並行世界の話とは言え自分達と彼らは同じ敵と戦う戦友のようなものである。その行く末がどうあれ、今この勝利を喜ぶのは当然の事だった。
     その歓声の中、斎藤は一人管制室の天井を見上げ思案する。
     立香は彼女は最後にゲーティアとどう戦ったのだろうか。恐らく斎藤は彼女本人に聞く事はないだろう。
     ただ、分かるのは彼女も立香のファーストサーヴァントであるマシュも、あのドクターを含めたカルデアの皆が皆『最善を尽くした』結果の勝利なのだろう。それは確かであった。
     これから彼女はどうなるのだろうか。
     決まっている。向こうのカルデアだって自カルデアと同じようにいくつかの特異点を修復し、そしてクリプターに襲撃されてしまうのだ。多くの犠牲を払いながらやがて彼女たちもまた異聞帯に向かうのであろう。
     そこに生きる人々を異聞帯ごと消滅させるとも知らずに。
    (……耐えられる訳ない)
     高い天井を見上げながら斎藤はそう口の中でだけ呟く。
     その表情は重く苦々しい。
     立香は普通の女の子なのだ。
     優しくて明るくて頑張り屋の、ただの普通の女の子なのである。
     あんな普通の子がこんな地獄に耐えられる訳がない。
     これから迎えるであろう苦難を思い斎藤は深々と眉間に皺を寄せる。
     ではどうすべきか。斎藤には側にいてやることも何も出来ない。ただの役立たずである。
     その時、管制室に電子音が鳴り響いた。
     天井から視線を落とすと何やら管制室の操作盤をいじっていた少女のダヴィンチが斎藤の方に向かって明るく呼びかけてくる。
    「さあ斎藤先生、向こうのカルデアと通信を繋いだよ。積もる話もあるだろうが三分が限界だ。手短に向こうのマスターを労いたまえ」
    「え……」
     本来なら出来ないことだが、どうやらダヴィンチが特別に向こうのカルデアと回線を繋いでくれたらしい。三分と言う時間制限に慌てて斎藤がディスプレイの前に立った。
     酷いノイズの後でディスプレイ越しに立香が映る。映し出された粗い画像の中でも立香の顔は疲弊しきっていた。それでも琥珀色の瞳だけは何かを成し遂げた時の達成感に満ち溢れている。そんな力強い眼差しで立香は斎藤の顔を真っ直ぐ見つめた。
     最初に出会ったあどけない少女の顔から、少し、いやずっと強く美しくなり大人の表情になったと思うのは家庭教師の欲目であろうか。
     いや、家庭教師だからではない。立香はもうとっくに斎藤の宝物になっていたのだ。かけがえのないたった一つの美しい宝物である。
    「斎藤さん、勝ちました」
     その事実を噛み締めるようにゆっくりと立香が告げる。
    「うん、良かった。よく頑張ったね立香ちゃん」
     斎藤は無理矢理微笑みを浮かべる。上手く笑えたか斎藤には自信がない。そんな斎藤のぎこちない様子には気づかず、立香は照れたように顔を一度俯かせる。
    「斎藤さんに教えてもらったこと全部出せました。ずっと斎藤さんが私の中にいてくれて、だから最後まで戦えました」
     そしてそれから真っ直ぐ前を向くといっそ清々しい笑みを見せた。
    「あのですね、斎藤さん。きっとこれが最後だと思うから思い切って言います。私、斎藤さんのことがずっと、一人の男の人として好きでした。初めて会った日からずっと。ありがとう、さようなら」
    「───」
     何をどう返して良いのか斎藤には分からずただ立ち尽くすしか出来ない。はくはくと金魚のように口を動かそうとしたが何も言葉が出てこない。
     何を言えばいいのか。
     全てが終わったと思い込んでいる少女に、たった今自分に淡い恋心を打ち明けた少女に、自分の宝物に何が言えるだろうか、
     どんな顔で「お前の地獄はこれから始まるのだ」と言えるのだろうか。
     お前はこれから大切な仲間を沢山失う。そして自分たちが生き残る為に、自分の世界を救う為に数多の異聞帯を、そこに住む人々を滅ぼす旅をするのだと、そんな事どうして言えようか。
     だって立香は幼かった。あの冬木の炎上した都市の中で見た彼女はまだあどけない少女だったのである。
     今でこそやっと一人前のマスターになれたかも知れない。けれどもまだ彼女は少女なのだ。
     あんな優しく無邪気な女の子が自分のマスターが戦ってるような地獄に耐えられる訳がない。
     誰かこの子を助けてくれ。神様。俺の宝物なんだよ。
     はにかむ立香に斎藤は今にも絶望に歪みそうな顔を取り繕い、へらりとぎこちなく不恰好に笑った。
    「……っありがとう立香ちゃん、もし困ったことがあったらいつでも僕を呼びな。僕はいつでも立香ちゃんのところに駆けつけて、守ってやっから」
     嘘を吐け、と自分の中の冷静な自分が罵倒した。
     そんな口約束の嘘に近い言葉でさえ、連れて逃げてやるとはどうしても言えなかった。だって自分は彼女のサーヴァントでさえないのだ。
     しかし立香は、斎藤の宝物は、斎藤の葛藤など何一つ知らずに笑みを浮かべた。
    「うん、ありがとう斎藤さん」
    「───っ待って立香ちゃ!」
     それでも何かを言おうとした矢先、無情にも通信は途絶えてしまった。
     そこにいたカルデアの面子が斎藤の様子を恐る恐ると言った様子で伺っている。
    「クソっ!!」
     しかし斎藤はそんな視線にも気付かずに横にあった壁を力の限り殴る。分厚い壁に大きく亀裂が入った。
      何も出来ない。これから何が起こるのか分かっているのに自分には何も出来ない。
     あの頃と同じだ。死地に向かう土方を止められなかった生前と何一つ変わらない。
     何が英霊だ。何が人理を守る存在だ。結局、自分は彼女一人救えやしないのだ。
    「あぁぁ……」
     言葉にならない呻き声を発し、斎藤はその場に崩れ落ちる。その様子をマスターである青年の藤丸立香は静かな表情で見つめていた。



    続きは鋭意製作中!
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    yuki

    DONEオリジナルの話です。胸糞悪いDV野郎が幼馴染をNTRされてバッドエンドで救いのない短編なので注意。
    季節は巡り、彼はただ凪ぐ本文
     さて、桜咲く四月のことです。東京ではもう桜は散り始めている季節ですが、東京よりも少し北のこの地方都市ではようやく桜が見頃を迎えていました。
     その桜舞う地方都市のとある高校ではその日新一年生の入学式が行われています。入学式は滞り無く終わり、まだあどけない顔をした初々しい一年生達は嫌がらせかと思う程の山ほどの教科書や学習教材を渡されて帰宅するところです。
     帰宅する学生たちで賑わう生徒玄関。その隅、下駄箱の隅で隠れるように一人の新一年生の女子が壁に持たれながらもぐもぐとお菓子を頬張っています。彼女は浮船 公海(うきふね くみ)と言います。背が低くふっくらとした、というよりはふくよかな体型と言った方が正しいかもしれません。そんな彼女が棒状の駄菓子を頬張る姿はいかにも「食いしん坊の女子」と言う姿で微笑ましいものでした。しかしその目は何処か虚ろで視線は床の一点をじっと見つめています。食を楽しんでいるというよりはひたすらエネルギーを蓄えているようなそんな険しい雰囲気でした。
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    yuki

    PROGRESS6月発行予定のはじぐ♀のサンプルのサンプルをポイピクに上げました!2部6章まで踏破済のカルデアにいるフレンド鯖の一ちゃんと新米ぐだちゃんの恋のお話です。一ちゃんを曇らせたい一心で書いています!
    ハッピーエンドになる予定なのでよろしくおねがいします!
    フレ鯖の一ちゃん 始まり

     並行世界と言うものがある。
     この世界は無数のページが綴じられた本のようなものだと仮定する。例えばこの世界の一枚捲ったページの世界は何もかも一緒だが、ただ一つ誰か一人の靴下の色だけが違う。次のページでは同じ者の靴下と靴の色が違うのだ。そう言った少しずつだが、確かに差異のある世界が合わせ鏡をしたように無数に存在しているのである。そしてページを捲れば捲るほどその差異は確かに広がっていくのだ。
     それは即ち、自分のマスターたる青年、藤丸立香が少女の世界もある。と言うことだ。
     この話はそんな並行世界の物語である。


     
     まず耳にしたのはパチパチと火が爆ぜる音であった。ゆっくりと周りを見渡せば街のあちこちで深紅の炎と黒煙が上がっているのが見える。遠くに視線をやると、高層ビルや近代的な赤い鉄橋が見えた。看板や標識に書かれた日本語から此処は現代の日本なのだろうと推察される。
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