形のない贈り物『You Raise Me Up』 Celtic Woman
和訳 YouTube Tao さんで良いのかな?
ーーー落ち込んで疲れ果てたとき
ーーー困難に見舞われて心が苦しいとき
ーーー私は立ち止まり、ここで静かに待つ
ーーーあなたが私のそばに来てくれるまで
いつもより早起きどころか、まだ深夜帯に起床するシャスティルを訝しげに思うバルバロス。
影の中から眠れねぇのか?と声を掛けようとするが、そうではないことに気が付く。教会に出仕するときの身支度を始める姿に今日は何かあっただろうかと思案するが、何も予定は聞かされていないし、考えたところでわからない。
頭脳明晰のはずの脳みそがこのポンコツ娘のこととなると上手く回ってくれない。
仕方がないかと、観念するかのように、ため息をひとつ吐きバルバロスは影の中から声を掛けた。
「っ!?バルバロス、起きていたんだな。ちょうど良かった。出て来てくれないか?」
足元の影がザワザワと蠢くと、音も立てずにその男は姿を現した。
「ああん?何だよ。」
「バルバロス、今ちょっと良いだろうか?」
「ーー?別に良いけどよ。何かあんのかよ?」
その言葉にシャスティルは人差し指をその薄い唇に寄せると朗らかに微笑み『まだ、内緒だ。』と返答した。その珍しい仕草と言葉に心臓が甘く跳ねる。それを気取られぬよう教会に行くのか?と声を掛ける。一瞬驚いたような表情をし、自分の姿を確認すると、ああ…そう言えば、いつもの身支度を整えていたものな…と納得する。
連れてってやろうか?と聞くとコクンと頷くので、まだ開いていた影から身を落とす。
とぷん……という音と共に2人は姿を消した。
***
辿り着いたのはまだ薄暗い教会の礼拝堂。人々がまだ寝静まっている時間帯であり、シーン…と静寂に包まれている。
なんとも厳かな雰囲気だろうか。
魔術師が到底足を踏み入れて良い場所ではない。
ーーー絶対不可侵な禁域である。こんな聖域に影からではなく表に出ていること自体が不思議だ。そもそも、聖職者である彼女が魔術師をその聖域に招き入れる……教会への背信にならないのだろうか。まぁ、魔術師との共生を志す共生派筆頭である彼女だからこそ出来る芸当なのかもしれない。………いや、やっぱり駄目じゃねぇか!いくら何でも、これは超えてはいけないラインなんじゃないだろうか。
普段からポンコツを露呈しているが、聖騎士長としては有能である。そんなことも分からないような少女ではないはずだ。
一体ここに何の用があるというのだろう?しかも、自身を連れて。不思議に思っていると、彼女は一台のピアノへと近付き座った。
ーーーまさか、ピアノでも弾くのだろうか?つぅか、コイツ…ピアノなんて弾けんの?
「ピアノ弾くのか?」
「ああ、かなり久々だが…そんなに難しい曲でもないから、大丈夫だと思う。」
「ふーん。何でいきなりピアノなんざ弾こうと思ったんだ?」
「ふふっ…今日は何の日か忘れたか?」
バルバロスは頭を捻るが、心当たりはない。
「ああん?特に教会の祭事とかねぇだろうが。」
「あなたのことだぞ。」
俺のことだぁ?……あっ。もしかして。
「ああ、そうだ。あなたの誕生日だよ。」
表情に出ていたらしい。
「こんなので、贈りものになるかは…自信がないが、聴いてほしい。いつも、あなたには助けられているから。」
何か、スゲー良いもんくれるんだろうな…とは、思っていたが、まさかこんな形で贈られるとは想いもよらなかった。悪友の言葉を思い出す。
ーーー贈り物がものでなければならんことはない。
形のない贈りもの。自分には、そんな発想はなかった。何のものを贈れば喜んでくれるのか…そんなこと、ポンコツ以外で悩んだことがなかったから。
そうなると、ますます形のない贈り物が気になって仕方がなくなる。
ずっと立っているのも気恥ずかしくなって適当な長椅子に腰を掛けると、前列の長椅子に足を乗せようとして…やめた。代わりに脚を組む。
ポロン……ッと鍵盤を鳴らしその音を、その響きを聴くように少女が目を瞑り耳を澄ませる。
どうやら調律は済んでいるらしい。
そして、目を開くと指慣らしの為かーー子供に聴かせるような軽快な曲をーー弾き終えると、次が自身に聴かせたかった曲なのか少し緊張した様に身を固くした。
再度、鍵盤に手を伸ばすと光が降るように今度は優しい旋律を奏でる。
『あなたがいてくれるから、山の頂にだって立てる』
『あなたがいてくれるから、嵐の海だって進んでいける』
『あなたがいてくれるから、私は強くなれる』
『あなたがいてくれるから、私はもっと頑張れる』
ーーー音に乗せた旋律が空気を、心を震わす。
歌詞なんざ、わからねぇが………温かくて、心に寄り添うような……そんな曲調で。
絶対的な信頼感ーー全肯定されたかのような気分である。
存在を赦されたような………。
知らず右眼から一筋の雫が頬を伝い落ちる。
欲しかったのに、手が届かなくて…自分でも知らない内に諦めていたもの。
讃美歌に近いような、だけどちょっと違うような。
音楽とは無縁な自分でも良いな、と思った。
薄暗かった室内がいつの間にか光が差し込み、ステンドグラスを通してカラフルな模様を床や壁へと反射させる。未だ残る闇と光。光と影のコントラストにはっと息を飲む。まるで魔術師の自分と聖騎士のシャスティルを表しているようで。決して交わらず、相容れない。だが、当たり前のようにすぐ隣りにいる。
光があるから影があり、影があるから光がある。
どちらも欠けてはならないもの。
損得抜きで自分が必要とされているようで、認めてくれているようで胸に熱いものが込み上げてくる。
曲も終盤に差し掛かる。
最後の最後まで、魂が震えるようなーー魂の定義は魔術的にもまだ解明されていないものだがーー核に響くような、そんな曲だった。
鍵盤から手を離した彼女が自分の元へと近寄る。
「ど、どうだった、だろうか……?」
恐る恐る少女は尋ねる。
「贈り物って物じゃねぇモンもあったんだな……。」
「う、嬉しく……なかったか…?」
シュンと不安になるシャスティル。
「うぐっ……!?んな、こたぁねーよ。」
「うう……だって、あなたはなんだかボーッとしてるし!」
ウルっと瞳に薄い膜が張るのを目にしバルバロスはガシガシと頭を掻きむしる。
「だぁぁぁあっ!人生で、一番の贈り物だったよっ!!!!!!!」
どうして、自分はこう……怒ったような物言いしか出来ないのだろう?
こんな時くらい、もうちょっとマシな言い方は出来ないのだろうか?
己の不甲斐なさに、頭を抱える。
「あうっ?じ、じんしぇで一番の……?さ、最初は何か形に残るものをと思っていたのだが、あなたに隠し事は出来ないし、かと言ってピアノの練習をしても不審がられるだろうし……だから、ぶっつけ本番のサプライズにしようと。」
「あなたが、私の知らないところで傷付いているのは知っているんだ。私だって、あなたに傷付いて欲しくない……。こんなことを言うのは、烏滸がましいかもしれないが、私にはあなたが必要なんだ………。」
話している内に感情が昂ったのか、みるみる内に両眼から透明な雫が溢れ出す。その涙が綺麗で……。泣き出す彼女を無意識にぎこちなく抱き締めていた。
「っとに、お前は目が離せねぇからずっと傍にいてやるよ。」
「あの曲……良かった。また、弾いてくれねーか?」
その言葉に少女は顔を上げ目を合わせる。
「うん!あなたが望むなら、毎年でも毎日でも弾くよ。」
その言葉にバルバロスは呆れたように笑った。
「毎日は大変だろ?また、来年…弾いてくれよ。」
うん、とひとつ頷くシャスティル。
「バルバロス。誕生日おめでとう。生まれて来てくれて………ありがとう。」
まだ涙を湛えた瞳で笑う。
胸のうちがほわほわと温かくなる。その笑顔を見て、自身が一番欲しかったものを手にしたような気がした。
ーおわりー