金魚すくい声を掛けると、白地に金魚の刺繍が施された浴衣を着た少女が振り向き、金魚と同じ鮮やかな赤を靡かせ弾けるような笑顔を向けて来た。
「バルバロス!随分と遅かったな。もしかして屋台、混んでいたか…?」
「そりゃ、祭りだからな。どこもかしこも混んでるわ。そんなことより、俺のいない間変な奴に絡まれたりしなかっただろうな?」
つい先程、買ったリンゴ飴を彼女に手渡しながら問う。
「何度か男性に道を聞かれたが、生憎この辺りの地理には詳しくないからな…丁重にお断りしたよ。」
目の前の少女は何事もなかったかのように手渡されたリンゴ飴をその小さい舌で舐め取る。
ーー丁重にお断りしただぁ?
祭りで道尋ねるって有り得ねえだろ。
十中八九、下心あるやつに決まってる。
時刻も夕方を回っている。変なのが出てもおかしくはない。
今回はすんなり引き下がる野郎共だったみたいで事なきを得たが……次もこうとは限らない。
やはりこのポンコツから目を離すことなど、危う過ぎて出来たもんじゃない。
改めて決意を胸にするバルバロスの胸中など知らずにシャスティルは呑気に次はどこを回る?と聞いて来る。
「あん?お前の行きたいとこは、どこだよ?」
「ーーーさっきから、私ばっかり行きたいところに行ってないか?あなたの行きたいところはないのか?」
「ない。」
即答だった。
そもそも、コイツが祭りに行きたいと言わなければわざわざこんな人がひしめき合うとこなんぞに来てやしない。
他に行きてぇとこないのか?
と問おうと見遣れば、リンゴ飴も食べ終わるところのようで、最後の最後であうあうと苦戦している。
暫し観察してみれば、林檎の芯が出ている状態でどの角度から食べようか迷っているらしい。
ようやっとどこから齧るか決まったらしく、狙いを定めて齧り付く。
ガリっと飴を噛み砕き食べ終えたようだが、今度は口元がベタつくのかしきりに口の周りを懸命に舐めている。
恥ずかしいような微笑ましいような、胸の辺りがムズムズするような……見ていられなくなり、浴衣の懐に手をやるとハンカチが現れる。
この男の格好は年相応とは言い難い落ち着いた無地の紺色を纏っている。
見る人が見ればお爺ちゃんと見紛う者もいそうなものだが、体幹が良いのか姿勢が良い。渋めの浴衣を選ぶわりにその長身とスタイルで不思議と調和されている。
そんな男が乱雑に出したハンカチを彼女の口元に運ぶと飴細工を扱うような手付きで丁寧に拭っていく。
「あ、ありがとうバルバロス。」
「ん。」
短く応えてから、再度どこに行きたいか問う。
「そうだな…じゃあ、綿あめが食べたい!」
そう言うや否やバルバロスは軽く少女の手首を掴み屋台へと向かった。もちろん手を繋ぐ度胸はないため手首を掴んでいるが。ーーーまた、変な奴に絡まれないようにな、という言葉は飲み込んで。
***
綿アメの屋台もそれはもう凄まじいものだった。
子供から大人までごった返して、一瞬でも目を離すとポンコツを見失う。
さっきまで茜色に染まった空だったのが、いつの間にか辺りは暗くなっている。
そりゃあ、人も増えるし変な輩も増える。
………結果的に腕を引いといて良かったわけだ。
自然と掴む手に力が篭る。
彼本人が自覚しているか定かではないが彼女が痛がらない絶妙な力加減で。
綿飴をひとつ店主から受け取るとシャスティルに手渡す。
「あ、お代……。」
手に下げていた小さな巾着袋からこれまた小さな財布を取り出そうとし、バルバロスに手で制される。
「ーーーバルバロス?」
「気にすんな。お前は目一杯楽しめば良いからよ。」
何よりの報酬だ、と言うかのように、目を細め時折見せる仄かな優しい笑顔にシャスティルは頬を朱に染めた。胸がドキドキと早鐘を打つ。
ーーーズルい、男だ。
そんな急に甘い顔をするなんて。
あ、ありがとう……と感謝を告げると綿あめを口元に近付ける。
すると、何故か足下に衝撃を感じそのまま訳も分からず、ズシャアアアアアアァァァァーーーと盛大な音を立て『ふぎゃ!?』っと短く悲鳴を上げすっ転んだ。
その拍子に持っていた綿アメも宙を舞う。
その間にバルバロスが彼女を助け起こし何が起こったかわからないシャスティルは呆然と綿あめを見詰める。
バルバロスも同様、呆然とした表情でその光景を見ている。
やがて綿アメは見知らぬ少女の手に舞い落ちる。
まるで時が止まったようだった。
「あは、ちゃんと気を付けなきゃ駄目ですよぉ。これ……落としたものだから、私が貰っても良いですよね?まぁ、駄目って言われても貰うんですけど。」
意地悪く笑う少女は魔術師のような服装をしていて銀髪にアメジストの瞳ーーー狐のお面を横にズラした状態で被っている。
お面は年代物なのか、上物の造りのようだ。お祭りで買ったものではないだろうことを容易に知れる。
何よりその瞳の中の五芒星のような星が印象的である。カラコンだろうか?
それも、星の入った。巷で聴く厨ニ病ってやつだろうか?それとも、コスプレイヤー??
何にせよ、浮いている。
周りの人間たちは浴衣やら洋服やらでコスプレイヤー?はこのひとりしかいない。
通りに立っているので、道行く人の邪魔になっているが彼女はお構いなしだ。
そして、立っている場所が場所なので目立つ。
周りがヒソヒソと何かを言い合いこの少女をジロジロと好奇の目で見ている。
だが、それすらも気にしない程を貫いている。
バルバロスは、涼しげな表情をした彼女をジッと見つめる。
こりゃあ、関わらない方が良いな。
そう判断し、シャスティルの腕を引く。
ま、待て。と隣りから静止の声が聞こえるが無視だ無視。
変なのに関わっている暇はない。
「アメなんざ、また買ってやる。」
「でも、あの子……何か話していたぞ?」
「んな変人のことなんか忘れてしまえ。ほら、綿あめ食いたいんだろ?」
「む、それは、そうだが。」
取り残された少女はワナワナと震えている。
『また転ぶと危ないしよ、手ぇ繋ぐぞ。』
『う、うん。』
初々しいカップルが頬を染め合い手を繋ぎ仲睦まじく遠ざかって行く。
「ちょっとぉぉお!!待ってくださぁぁぁい!どうして無視しちゃうんですかっ?盗られても良いんですか!?それに、こんな美少女に対してその態度は失礼だと思いますよ?」
やかましい。
不機嫌そうにバルバロスは耳をかっぽじりながら、胡乱げな眼差しで煩い少女を見遣る。
「あん?"何も起こっちゃいない"だろ?良いか、よく聞けよ。俺たちは何も見なかったし、何も起こらなかった。見ず知らずの赤の他人だ。飴のひとつや二つなんざ、くれてやるからさっさとお家に帰りな。」
無視は出来ない警告だろう。
泥棒にシャスティルへの傷害行為。
さきほどの、足元への衝撃は目の前の少女による悪戯である。
なんと、手癖…いや、足癖の悪いガキなんだろうか。
俊敏に尚且つ的確に足を狙ってくるなんて、これまで同様のことをして来た悪ガキだろう。
今回は大したことはなかったが、打ち所が悪ければ命に関わることもある。
いくらガキであっても、この世界には法律というものがある。
もし、学生であれば停学処分か退学だろう。
社会人であれば、もっと面倒くさいことになる。
ここは、珍しく穏便に済ませてやろうとしてんだ。
ーー昔の俺なら女子供だろうと、絶対手が出てた。
丸くなったと宣う悪友の顔を思い浮かべる。
「ーーーーーッッッ!!!!!!!」
少女が可愛い顔を歪めて悔しがる。
盗った側のくせして、何を悔しがっているんだか。
「ほら、さっさと失せな。」
「バ、バルバロス!もう少し穏便に!」
ーーーばぁか。十分すぎるほどに穏便だ。
ふるふると怒りなのか、悔しさなのか、身体を震わせる彼女。
「ーーーッッ!!もう、良いですよっ!でも、約束通り綿アメは貰って行きますけどね!甘いの見せられて胸焼け起こしてますが、食べてやりますよ!あー、甘い甘いっ!!激甘です。」
やけくそになりながら、綿アメを頬張る少女は月光を浴び銀髪を更に煌めかせながら消えて行った。
ーーーなんだったんだぁ?一体……。
甘いの見せられてとか、胸焼け起こしてるとかも訳が分からなかったが。
まぁ、変人の戯言だ。
やっぱり夜は変なのが湧く。
気を取り直し、綿あめを再度買ってやる。
もう何度目かわからない『ありがとう』をシャスティルが言葉にする。
そのまま少しぶらぶらとふたりで歩く。
やっぱりカップルが多い。
そのほとんどは、手を繋いでいたりあるいは腰を抱いていたりとふたりでこの場に居るからこそ目のやり場に困る。
自分たちも先程は、危ないからと手を繋いでいたがあの変人少女のお陰でいつの間にか離れている。
手を繋ごうと、少女に手を伸ばすが………。
一度離れた手を再度繋げるというのは、なんと言うか……気恥ずかしさがある。
すると、彼女が綿アメを食べようと小さな口を開く。
まだ食べていなかったのかと観察する。
と、ひらりと目の端に何かが横切ったかと思えば、子供の愉しそうなあははっという嗤い声。
その声が耳に届くと次いで、少女の『えっ?あっ!ちょ、ちょっと…!』慌てた声が横から聞こえる。
今度は何だ?とポンコツの視線の先を見るとそこには、緑色の短パンに黒いTシャツといったラフな格好をしている子供がひとり。
Tシャツには白字の英語で
ーIf you can't find the elf, you're as good as deadー
『エルフが見つからなければ死んだも同然だ。』と書かれている。
「「??????????」」
ポンコツとふたりで同様の反応を示す。
「"これ"、ちょっとだけちょーだい?ねぇ、良いでしょう?優しいお姉ちゃん。」
こてんと首を傾げ、無邪気な笑みを見せる。
短く切り揃えた金髪に翠の瞳といった、これまた良い意味でも悪い意味でも目立つ存在である。
少年なのか、少女なのかは判別が付かない。
Tシャツに短パンという、一見少年のようだがその反面ボーイッシュな少女にも見える。
その子供の手には千切った綿あめの固まりがあった。
シャスティルの手元を見遣るとやはり千切られたと見られる凹凸。
…………………さっきのガキといい、目の前のガキといい、今日は厄日か?まぁ、さっきの変人コスプレイヤーはポンコツの足首引っ掛けてやがったし、あのまま引き下がらなかったら殴ってた。つか、ガキに呪われてんじゃねえのか。
心の中でひとりごちる。
「ああ!良いぞ!よっぽど食べたかったんだな。」
「ありがとう!お姉ちゃん!ーーーこれで、ようやく繋がりが出来た。」
「えっ?今、何か言ったか?」
「んーん、何でもないよ!また会おうね、お姉ちゃん。」
ニコニコと笑う子供は一瞬だけ子供に似つかわしくない表情を浮かべたが、瞬時にまた子供らしい笑顔を向けるとくるりと回転するように身を翻し、何処から出て来たのか、たくさんの蛍を纏う。
ーーーその幻想的な光景に息を飲む。
「つーか、お前、人間なのか?」
訝しげに横槍を入れるバルバロスに子供はつまらないものでも見るような表情を向け、不敵に嗤いそれから視線をシャスティルに戻すとニコッと微笑む。ひらひらと手を振りながらその身体は段々と薄くなり最後にはーーー蛍と共に消えた。
「「なんだったんだ」」
「「ーーーーーーー」」
「も、もももしかして、今のは、ゆゆゆゆうれいっ!?な、なぁ!バルバロスも視えてたし、お、オバケじゃないよねっ?」
一拍遅れて彼女は青ざめ慌てふためく。
「いあ、ちゃんとアメ千切られてっし物理的にもオバケじゃねえって証明されてんだろ。」
「そそそそうだよねっ?幽霊じゃなく、人だもんねっ?」
目に涙を溜めてふるふるとハムスターのように震えている少女を見遣り、先程の子どもを脳内に浮べ思考する。
あのガキただの人間じゃあ、ないよな。
最後に蛍と消えるなんざ、どんな芸当だ。
そもそも蛍は何処から出てきたんだ?
何かマジックでも使ったのか、だが、そんな感じではなかった。
かと言ってポンコツの言う、幽霊でもない。
オバケは科学的にも証明されてはいないし、一説によると物理的な現象を起こすことは不可能らしい。
まぁ、世の中には人間では手に余る事象や災害といった自然現象もある。
一概にこうだ。とは決めつけられないが。
「ああ、マジックかなんかだろ?」
眼前の彼女を泣き止ますために、それっぽいことを言う。
「本当に?」
「ほら、マジックで鳩とか飛ばすやつあんだろ?
あれの蛍版だと思っておけば良い。」
「ふむ…確かに、鳩を飛ばすことが出来るなら蛍でも可能か……?」
「だろ?」
「んなこたぁ、もういいからよ。屋台回ろうぜ?」
「あ、ああ。そうだな!」
「次はどこ行きてぇんだ?」
「そう言うと思ったよ。金魚掬いに行きたいな。」
困ったように笑うと、行きたい先を告げた。
****
金魚すくいの屋台に来たが、こちらもやはり案の定混んでいて子供から大人まで楽しんでいる。
バルバロスは身を屈め後ろから、様子を眺める。
彼女もワクワクしたような表情で後ろから覗いている。
子どもが紙で出来たポイと金魚を入れる容器を手にし、金魚を待ち構えている。
狙っていた金魚が浮上して来たのかポイを水の中に入れ、金魚に触れるとあっと言う間に破けてしまった。
悔しがりながら帰って行く子どもを痛ましげに見遣る彼女。
何人か遊び終え自分たちの番が来た。
シャスティルが意気揚々と容器とポイを手にする。
なるべく容器を水面に近づけ、ポイを斜めに構える。
狙いを定めた金魚が浮上し、水の中にポイを入れるが、金魚に触れると逃げられてしまい紙がブヨブヨになる。
これは、もう奇跡でも起こらない限り取るのは難しいだろう。
少女が真剣な表情で再度ポイを構えると、鋭く剣で薙ぐように水面を叩きつけた。
その勢いで紙は完全に破けてしまった。
「うぅ………。」
「野武士が。力任せすぎなんだよ。」
日頃鍛錬している剣道の癖が出たか、力技でなんとかしようとしたらしい。
「だってーーー。」
「親父。俺もやる。」
「え?」
「はいよ!」
バルバロスは袖の袂から財布を取り出し小銭を店主の親父に渡す。
容器とポイを受け取り構えようとした所でシャスティルの視線が突き刺さる。
「…………あんだよ?」
「仇を取ってくれるのかっ?」
「欲しいんだろ?」
「うん!」
キラキラとした瞳で見つめられ、うぐぅ!と呻めき胸を抑える。
だ、大丈夫か?と隣りから気遣わしげに問われ大丈夫だ。と応える。
気を整え再度ポイを構える。
先程のポンコツのように容器を水面に近づけ、ポイを斜めに構えると、ゆっくりと手ごと水面に沈める。
それからポイを水平移動にし、金魚の下に潜らせると角度を斜めにし、ゆっくりと金魚を枠で持ち上げ浮上させる。
そのまま斜めの角度のまま容器にひょいと入れる。
一瞬の出来事だった。
そのまま同じ動作でもう一匹軽々と掬う。
3匹目の金魚を持ち上げたところで、紙はいとも容易く破れてしまった。
それでも、ポイひとつで2匹も掬ってしまった。
店主の親父から水を張ったビニール袋に金魚を入れてもらい受け取るバルバロス。
シャスティルは目をぱちぱちと瞬かせている。
「ど、どうやってやったんだっ?」
「あん?どうって。紙が貼ってある面が表だから、上向きにして、水の抵抗を受けないように水平移動にしただけだよ。」
さらっと事もなげに答えるバルバロス。
彼女は呆気に取られてポカンと口を開けている。
そ、そうなのか。とボソっと呟くとシャスティルはまたもや、ありがとうと口にした。
「何がだ?」
「?私の仇を打ってくれただろう?」
「そうだな。」
「くれないのか?さっきのニュアンスだとそういう風に聞こえたのだが……。」
「お前、世話出来んの?」
「え?」
「え?」
「「…………………。」」
「ーーー金魚くらい、私だってお世話出来るもん!!!!!!!」
存外に鳴り響いた声に周りの客たちが何だなんだ痴話喧嘩か?と視線が集中するが、2人はそれどころではない。
「お前、自分の世話だって出来てねえだろ。」
呆れたように言う。
「考えてみろ?お前が飼ったとして、だ。金魚鉢をひっくり返し水をぶち撒け金魚を床に叩き付ける様が俺には視える。」
堂々と断言するバルバロスにシャスティルは何も言えなくなってしまった。そのビジョンが彼女にも視えてしまったから。
「それによ、2匹いる内の1匹をお前にやったとして……コイツら離れ離れになんだろ?可哀想だし、俺が面倒見てやる。会いたくなったら、毎日でも俺の家来れば良いじゃねえか。」
「う、うん……!行く!」
シュンと項垂れていたポンコツが顔を上げるとパァと嬉しそうに、そう言った。
周りがワッと沸く。
すぐ近くからパチパチと拍手を送られ店主の親父がヒューッ!熱いね!これぞ夏!!などと言っている。
『仲直り出来て良かったわね!』
『やるなぁ!坊主!!』
『良いもの見せてもらったわ。』
『末長くお幸せになー!』
『これも、ひと夏の恋じゃの。』
『かーっ!!青春!若いって良いねぇ!』
『クッソ!爆ぜろリア充めッ!!』
2人はカァァと耳まで赤くなった。
「うるっせぇぇぇぇえええ!!そんなんじゃねーしッ!!!!!!」
『あらあら照れ隠しね、可愛い。』
『今時の若いもんは進んでるのぉ。』
『あまり弄るものじゃないわよ。』
『あー!熱い!熱い!やっぱり夏は熱いねぇ!』
聞くに耐えなくなって、涙目になっているポンコツの手を繋ぐと脱兎の如く走り出した。
『あらまぁ、手を繋いだわ!』
『駆け落ちとな。ワシも若い頃は母さんを連れて遠い異国の地に行ったもんだ。』
『おいおい、爺さんの話は長くなるだろー?そこまでにしとけよ。』
『兄ちゃん!嬢ちゃん!また、来年も来てくれよー!』
今まで、こういった反応をされることはまぁまぁあったが最後まで謎の声援…賛辞?を送られて苛立たしいような、恥ずかしいような形容し難い感情に困惑する。
ようやく人の少ない屋台の裏に出て息を整えチラとシャスティルを見る。
緋色の髪に金魚の浴衣、手元にある金魚。
どれもこれも『赤』ばかり。
バルバロスの視線に気付いたのか、同様に息を整えていた彼女が目線を合わせる。
「ん?どうかしたか?」
「金魚みたいだな。」
「は?」
訝しげな表情をするシャスティルだが、ハッとする。
「ああ、髪がか?色とか似ているものな。」
「それに、浴衣も。」
「金魚は綺麗だろ?」
「うん??????」
何の謎掛けだろうか?
いや、待てよ……先程バルバロスは私のことを"金魚みたい"と言った…はず…だ…。
そう言った意図があったのかと、自惚れだろうかとジッと彼を見詰めると、目線を逸らし髪をガシガシと掻きむしっている。
うねうねの髪の隙間から覗いている耳は真っ赤だ。
先程、弄り倒されたときの羞恥の熱ではないだろう。
だとしたらーーー?
カァァアアと先程とは違う熱が顔に集まる。
パタパタと両手で顔を仰ぐ。
「あちぃな………。」
「あ、ああ。暑いな……。」
「なんか、冷たいもんでも買って行くか。」
「そ、そうだな。」
自然と指を絡め手を繋ぎ合わせると、ふたたび夜の喧騒へと消えていった。
ーーー2人の夏はまだまだ終わらない。
おわり