butterfly flowerとある昼下がりに、タンポポのような髪をした少女が花屋を通る。
休日なのかその足取りは軽く、犬耳みたいに跳ねた髪がぴょこぴょこと弾んでいる。
ふと少女は何かに気付いたのか、足をピタリと止めた。
瞳をキラキラと輝かせ店内に入って行くと「ありがとうございましたー!」と店員の声が元気に響き、少女は小さな紙袋を手に退店した。
何故か、鼻血を垂れ流しながらニコニコしているのが不気味だが。
翌日、場所は変わって教会執務室
タンポポのような髪をした少女もといレイチェルは本日もシャスティルのための紅茶を淹れる。
トポポ……と耳障りの良い音が心地良い。
その音に耳を澄ましながらシャスティルは礼を言う。
「ありがとう。いつも、すまないな」
「いいえ、これも私の仕事なので!」
ふんすっと鼻息荒く答えると、彼女は困ったように笑う。
「そうか、何か困ったことや気付いたことがあれば遠慮なく言ってほしい」
待ってました!と言わんばかりにその言葉にレイチェルの眼が怪しく光ると、佇まいを直しコホンとひとつ咳払いをする。
「では!前から思っていたのですが、執務室はちょっと殺風景じゃありませんか?」
「そ、そうだろうか?一応、花瓶なんかも飾っているし、華はあると思うが……。」
「細やかすぎなんです!質素倹約も教会として大切なことですが、シャスティル様が毎日使うお部屋なんですよ?その花瓶も元々はトーレスさんがお花のお世話係をしていましたし。」
「う、うん?だが別に華がなくても執務に支障をきたすことはないし、必要最低限は揃っているのだからいいのでは?」
その言葉にレイチェルは珍しく胡乱げな目を向ける。
「ネフテロスさんや黒花ちゃん。女性もいるんですよ?」
「あっ………。」
シャスティルはハッとしたような表情をした。
そうだ。何で今の今まで気が付かなかったのだろう。自分はいいとしても、ネフテロスや黒花はどうだろう?
そんなことを気にする彼女たちではないだろうが、盲点だった。
「配慮に欠けていたな……。少しでも気持ち良く仕事が出来るよう、心を配って置くべきだった。ありがとう、レイチェル。そして、恥ずかしい話しだがこういう方面は苦手なんだ。何か案があれば言ってほしい。あまり予算は掛けられないが………。」
レイチェルはにんまりと笑った。
「もう、こちらで準備しているので大丈夫ですよ。」
何処から取り出したのか、いつの間にか彼女の手には何らかの植物の種子があった。
****
「ふむ。なるほど!この執務室で花を育てるのか!良い案だな。」
レイチェルの持参した花の種と教会で余っていた長めの植木鉢と土を眺めながら、シャスティルは歓声を上げた。
「種だけ買えば、他は教会で揃いますし。手間は掛かりますが何よりお金が掛からないですからね!」
室内だと花瓶で花の世話をするのが、一般的ではあるが窓際など光の当たる部屋であれば鉢植えでも何ら問題はない。
生花に適さない花もあるのだから。
「それでは、植えていきますね!」
「ああ、頼んだよ。レイチェル」
レイチェルは手袋を履き植木鉢に土や肥料などを入れていく。最後に土の表面に指先で窪みをいくつか等間隔に作ると、種をシャスティルに渡す。いくらポンコツと言われるシャスティルでも種くらいは蒔けるだろうと高を括るレイチェルはニコニコと見守る。
「こ、この種を窪みに蒔けば良いのだな!このくらいなら私でも……!!」
ただ、種を蒔くだけ。
そう誰もが思うことだろう。
だがこの場にいるのは、奇跡のポンコツである。
小袋から種を取り出そうとしたら、力が入り過ぎたのか弾みで中身が全て宙に浮く。
何が起こったのかわからないシャスティルとレイチェルがあんぐりと口を開け目線を上から下へと移す。
地面に落ちる寸前、哀れなタネは不自然に静止しレイチェルの手元に集まっていく。
一粒残らず全ての種がレイチェルの手の中に収まる。
「まあ、ある意味蒔いてるちゃあ蒔いてるか?」
シャスティルの足元の影がうぞうぞと蠢き、影の化身の如き陰鬱な男が姿を現わす。
呆れを通り越して憐れみの視線を向けるバルバロス。
「ポンコツの淹れた茶で花すら枯れてんだぞ?花の世話なんぞ出来ねえだろ。それ、お前が蒔いてやんな」
目線をレイチェルに移す。
「はい、そうですね……。私が浅はかでした」
「んなっ!私だって種くらい蒔けるもん!い、今のはちょっと力んでしまっただけで………。」
目に涙を浮かべポンコツは訴える。
「力んでしまっただけ?」
胡乱げな目を向けるバルバロス。
「うっ……そんなお葬式ムードにならなくても良いじゃないか!種が駄目なら、水は私が毎日やる!」
「種も駄目なのに、なんで水はいけると思ってんだ?」
真顔で突っ込むバルバロスのトドメの一言にシャスティルはとうとう泣き出してしまった。
「あーーー、その何だ。俺が世話してやろうか?」
意外なひとことに『へ?』っと間抜けな声が漏れる。レイチェルはいつの間にか姿が見えなくなっていた。種だけはきちんと蒔いて。
****
翌日からシャスティルが執務中、背後にあるプランターにひとりでに浮くジョウロが水をチョロチョロと与えている。
なんともシュールな光景である。
シャスティルも執務中それに気が付いているが、特に気にした様子もない。
更に翌日
日常化した2人だけのお茶会
いつものように不味い紅茶を『悪かねえ』と言いながら飲むバルバロスと『腕を上げたんじゃないか?』ととち狂った勘違いをするシャスティルが笑顔で美味しそうに紅茶を口に運ぶ。
紅茶を楽しんでいる横で朝に水をやり忘れたのか、影でジョウロを操り鉢植えに水をやっている。
更にその翌日
雨が降りその日は水を与えない。
更に更に翌日
その日は珍しく、シャスティルは巡回に出た。
何でも、たまには巡回にでも行かないと身体が鈍ると無武士のようなことを言って。
その間も、プランターに水をやる。
数日後
芽が出た。言い忘れていたが、魔術で成長を促すことは一切していない。しようとしたが、レイチェルに止められた。まあ、それもそうか。ここは教会である。バルバロスの存在が筒抜けになってしまったが、郷に入っては郷に従え。面倒だが魔術師基準ではなく人間基準で世話することにした。
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ある者から苦情が入った『あの魔術師、堂々と教会で怪しげな薬物を育てています。殺しますか?』『いや、あれは私から頼んでいるから気にしないでくれ』『ですが、かなり怪しいですよ?』『怪しいかもしれないが、何も悪いことをしている訳ではない。』『そうですか……。残念です。消したくなったら、いつでも言ってくださいね。』とぼとぼと去って行く小さく頼もしい背中を見送る。
またある者からは『気色が悪いわ。あなたは知らないかもしれないけれど、あなたが不在のときアイツ表に出て来て水やりしてんのよ?シュールと言うか、不気味と言うか……。お兄ちゃんもたまに水あげたりしてるけど、様になってるわ。あなたさえ良ければ私がやるわよ?』『いや、あなたも教会の手伝いと魔術や魔法の修業で忙しいだろう?そこまで頼む訳にはいかないよ』『そう?まあ、毎日居るわけじゃないものね。それじゃあ、私はお母様のところへ行って来るわ。』と去って行く。
思いのほか、苦情が辛辣である。
本人が苦情を聞いていたのか、姿を表すことはなくなったそうだ。
レイチェルに頼んでいれば、ここまで悪し様に罵られることはなかっただろう……多分。
そして、数週間が経ちついに開花の日を迎える。
赤と紫の蝶のような花が仲良く寄り添って咲いている。後でレイチェルから聞いた話しだが、この花はbutterfly flowerと呼ぶらしい。
シャスティル様の髪飾りに似ていますね!と鼻血を流しながら言っていた。
彼女が鼻血を流すのは、珍しいことではない。
慣れたものだ。
シャスティルとバルバロスは預かり知らぬことだが、後に巷ではネモフィラと共にバルシャスの花と言われ愛でられているそうな。
おわり
花名 ギリシャ語でシザンサス
英名 butterfly flower
和名 ムレゴチョウ(群胡蝶)
花言葉 あなたと一緒に、よきパートナー、いつまでも一緒に