宇宙イチ約束の時間十分前。
いつもは楽しみで楽しみで、居ても立ってもいられなくて、だいたい三十分前には待ち合わせ場所に着いているのだが、今日は待ち合わせ相手からギリギリになってしまうとのメッセージが届いていた。
お節介な相手のことだ、おおかた迷子でも見つけたのだろう。
それでも「遅れちゃうかも」ではなく「ギリギリになっちゃうけど絶対時間には行くから」と連絡をよこすあたりが待ち合わせ相手ーー麗日お茶子らしい。
まだかなまだかなと、携帯電話を見つめてソワソワしていれば「君、ひとり?」と声がかけられた。
ああ、しまった。ナンパだ。
普段ならナンパ避けに一ヶ所に留まったりしないのに、今日は残り十分だということもあって気を抜いていた。
相手にせず無視し続けているのに「可愛いね」「ちょっとでいいから話さない?」とずっと話しかけてくる男にイライラしてくる。せっかくこれからデートだというのに気分が台無しだ。
話しかけてきた奴らは一人じゃない。しばらく粘られるだろう。場所を移動しようか。でも時間まであと五分もない。すれ違ったら嫌だ。
「……もー、ウザいです……」
今後を考えれば事を大きくしたくはないが、いっそ脅してやったほうが早いか。そう思ってポケットにしのばせているサバイバルナイフに指を這わせたところで、「トガちゃんっ!お待たせ!」と待ち人の声がした。
「……お茶子ちゃん?」
麗日の声を間違えるはずなんてないが、顔を上げてしっかり麗日であるか確認してしまう。
どうして?いつも私のことはヒミコちゃんって呼んでくれるのに。
何故急によそよそしく呼ぶのか不安に思っていると、その疑問に答えるように男どもが「トガちゃんっていうの?」といっそう馴れ馴れしく話しかけてきた。
ああ、私の名前をこの人たちに呼ばせないために呼び方を変えてくれたんですね。そういう気遣い出来るとこ、ほんと大好きです。
麗日の行動に惚れ惚れしているその隙に、あろうことか男たちは渡我だけでなく麗日にまで声をかけ始めた。
「お友達も可愛いね。よければ二人とも一緒にどう?」
「いまトガちゃんと話してて、楽しいとこ連れてってあげるって約束してたとこなんだ」
「楽しいとこ……?」
「そうそう。普段行けないような場所でもどこでも好きなとこ連れてってあげるよ」
何を勝手に話を進めているのか。そもそもどこかへ行くなどというそんな約束は一切していない。あまりの不快さにまたサバイバルナイフに手がのびる。
もう刺していい?いいよね?
我慢できず武器を取り出そうとしたところでグイッと思いっきり肩を抱かれて引き寄せられた。
ふわりと香るシャンプーの匂い。毎日嗅いでいるから間違えない、お揃いで使っている向日葵の匂い。引き寄せたのは麗日だ。
「結構です!」
耳元から力強い声が発せられる。
「この子の好きなことも、場所も、人も!私が一番わかっています!誰といるより、私が一番楽しませてあげるって、笑わせてあげるんだって思ってるので、こういうのは必要ありません!失礼します!」
そう言うと麗日は渡我の手を引いて、男たちの返事も聞かずにさっさと歩きだした。
そうしてしばらく歩いたところでピタリと歩みを止め、さっきの勢いはどこへやら、ふにゃりといつもの可愛い顔で笑ってみせた。
「あー、こわかったー。ヒミコちゃん大丈夫?変なことされてない?」
「はい。ずっと無視してたので大丈夫です。お茶子ちゃん格好良かったです。惚れ直しました!」
「えへへ。良いとこ見せたくて頑張っちゃった。ナンパしてきた人たち結構見た目こわかったけど、なんだかヒミコちゃんは平気そうやね」
「慣れてますから」
「……そっか。えと、今さらだけど……余計なお世話だった?あの人たちと遊びに行きたかった?」
格好良かったり可愛かったり、そうかと思えば不安そうな顔をしたり。麗日はほんとうに表情がよく変わる。改めて自分とは違う世界で生きてきたのだなと思うが、そんな違う世界から渡我へと手を伸ばしてくれたのは、他でもない麗日自身だった。
「行きたくないので心配しないでください。私は私をカアイイって言ってくれる人といるのが一番なのです」
「そっか。良かったあ」
「それより早く行きましょう!限定スイーツ売り切れたら大変です!」
「うん!」
二人は手をつないで大通りを走り出す。
今日は麗日と渡我が出会うきっかけとなった、“推し”の限定コラボスイーツが販売される日だった。その“推し”は今放送されている特撮ヒーローの一人で、ちょっぴり頼りないけど、人の痛みに敏感で、自分が傷ついても絶対に守り抜いてくれる、そんな格好いい男の子だった。二人はその男の子が大好きで、いつかのイベントで出会ったのだ。
渡我は好きな子になりたいタイプだったため、イベントにはいつも彼により近づけた衣装で参加していた。コスプレに近いその衣装は、追っかけが多く集まるそういうファンのなかでは少し浮いてしまっていた。そんな渡我に声をかけたのが麗日だった。
「衣装すごいね。可愛い」
「……ほんと?私、カアイイ?」
「うん!世界一!」
あのときのことは何度思い返しても嬉しい。
家族にも気味悪がられ、好きに生きようと趣味の世界へ行っても遠巻きにされ、今まで誰も渡我自身を見てはくれなかった。この世で渡我のことを可愛いと言ってくれたのは、プラスの言葉をかけてくれたのは麗日だけだ。
だから例えこの先どんな男の子に出会っても、推しにデートに誘われても、麗日がいるならきっとなびくことはないだろう。麗日が、麗日だけが、渡我の世界に存在してくれれば十分だった。
だからこれからも“カアイイ”と言ってもらえるように頑張るのです。
そしていずれは、宇宙イチを目指して。