揺籠の中で美々子さんはなんで俺を見ないんだ…
絹枝ちゃん、弾君を見ないで
洗脳なんてしないで父さん
父さん僕を見てくれよ
弾君は、なんで僕の欲しいもの全部持っていくの?
なんでみんな僕より弾君を選ぶんだ…
弾君の凄さは僕も知ってる。理解してる。
頭で理解してても感情はそうはいかない。
ずっと心にどす黒いものが蔓延り、覆い尽くす。
そのうち僕が僕ではなくなってしまうような恐怖と「これが本来の自分だ」という諦めが湧いてくる。
どこまでも光のような弾君と自分の差に惨めになってくる。
どうして…僕じゃダメなんだ…
周りの人が自分から離れて行き、僕だけこの暗い世界に取り残される。
そんななか急に、頭に何か当たった。
その瞬間暗かった世界が少し明るくなり、1人だった世界に自分以外の誰かが入ってきた。
もやがかかっていて顔ははっきり見えないが、この独特な髪型は見覚えがある。
この選挙戦をともに戦っている片割れヒルだ。
表情は見えないが、優しく撫でられているのだけはわかる。さすが夢だ、多分ヒルはこんなことしないぞ。
信者共に見せる「信心深い蒜山」ならすることもあるかもしれないが、僕にそんなことする必要ない。信仰とはある意味精神の侵略のようなものと僕は思ってる。ヒルも自覚があるのかどうかはわからないがそう思ってそうな節もある。だからそんな施し僕にはしないんだ。
「俺が認めてるんだ、俺の隣で好きなようにすればいいだけだろ?お前はそれができるやつなんだから…」
あぁ、なんでそんな僕を肯定してくれる、欲したものに似た言葉をくれるんだよ…
不覚にもその言葉で、覆い尽くした暗闇が少し明るくなる。
完全に晴れることはない。だって、僕が本当に欲しいのは……
違うとわかっていても、この寂しさを消えることはないがいつも僕をここから引き上げてくれる…どこかこの薄暗さの中に心が落ち着いてしまう。
そして、俺はまた目の前が暗くなっていった。
怒涛の選挙戦が終わりを迎えた。
俺が弾君を貶めるためにした行動が、自身の父によって白日の元に晒され案の定負けた。しかし、ただ俺の悪行を告白したのではない。父自身が、オレと向き合えなかったこと過ちを認め、国でもない、弾君でもなく俺を選んでくれた。ずっと埋まらなかった大きな穴が埋まり俺はつきものが取れたように心が落ち着いた。
ヒルの理想も天照霊波救世教自体も打ち砕れ、俺たちの理想郷も崩れさり、俺たち2人は満身創痍でこの異例とハプニングだらけの選挙戦は幕を閉じた。
俺は弾君と和解し、芸能活動は減ったが父との時間も増えてもうあの暗闇が夢に出ることも無くなった。
しかし、全てはハッピーエンドになっているはずなのにどこか前の寂しさとは違うもやがある。
ヒルは選挙戦後、ヒルの父と絶縁し学校をさり出家してしまった。前ほど頻繁に会えないだろ。ヒルは自分の野望以外の話は昔から俺にもしない。だから、ヒルが今何を思ってそうしてるのかは俺にはわからない。
ただ、俺と同じようにお前にも心の叫びはあったんじゃないだろうか?
今のお前はそれを解消できたのか?
聞きたいことは山ほどある。
なんで、俺といてくれたんだ?
もうそばにはいてくれないのか?
お前が離れたことで俺はお前のことが急にわからなくなったんだ。でも、それは心が離れたんじゃない。俺たちの周りにはいろんなものが多すぎて気づけなかっただけなんだと思う。
「今考えれば、お前のことーーーー」
呟いたところでもうお前には届かないような気がするよ。
揺籠の外で