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    week1想定後半です
    最早このAU自体をらっきょパロと言ったほうが良いのではなかろうか
    今回はBFが活躍します

    #FNFAU_TalerBF
    ##FNFAU_TalerBF

    FNFAU_TalerBF Week1-Ashen Dream-(後半) Ⅳ

     悪夢、と言うのが自分にとって悪い夢であるのなら、それは間違いなく悪夢ではなかった。
     君に殺される夢。刺殺、銃殺、絞殺、毒殺。ありとあらゆる方法でもって、君に破壊ひていされる夢。
     それは自分にとって──正しく、夢のような事実おもいでだったのだ。

     BFは目を覚ました。ざらざらとした床の感触が頬や額に満ちている。遠く見える星々や少し寒く感じる風の強さから、自分は外にいるのだと知った。
     起き上がると、ほっぺたから砂利がパラパラと剥がれ落ちた。変な所で寝ていたものだ。ごしごしと砂や泥を擦り落としながら周囲を見渡す。明らかに庭園だと分かるその庭は、どう見たって自分の知らないところだった。
     なるほど、夢か。BFはそう判断した。知らないところに突然放り出されるなんて夢以外には有り得ないからだ。そして同時に、どうして知らない夢に迷い込んだのかも、彼には見当が付いていた。
    「……」
     横目で庭の向こう、館への出入り口を見やる。ぽっかりと空いた虚のようなそこに無数の緑の目が浮かんでいた。比喩ではない。本当に蛍光色のライトグリーンが宙に浮かんでいるのだ。ニンマリと笑うモノ、しかめっ面のように縮んだモノ、ジトッとした平たさで見つめるモノ──ざっと数えて十数は在るそれらが、四方八方に睨みを利かせていた。
    「bee……」
     背筋を冷たいものが駆け抜けて思わず腕をさする。いつになっても慣れない光景だった。控えめに言って気持ちが悪い。どうしてあんな、あけすけな蔑みを人は持ち得るのだろう。恋人が常に持っている嫉妬とは違う、粘度を持った負の感情。もう少し愛想よくすれば良い事あるのに──全く理解できない、とBFはため息をついた。
     何はともあれ、あの中に入らなければ何も始まらない。間違いなくあの向こうに自分が求める標的がいるのだ。現実では忍び込む所で警察に見付かって追い出されてしまったが、こうして夢という形で侵入できるようになっただけ、運が良かったと思うべきだろう。不安なのは、自分が目覚めないのを知った恋人が暴走しないか否かだが……そこは、なるようにしかなるまい。
     ぱちんと頬を叩き、気合を入れる。そしてBFは勇み足で空洞のような入り口へ入っていった。ぞろりと緑の目達が此方に焦点を合わせるが、魔力で編んだマイクを見せれば、ぴたりとその動きも止まる。
    退けbeep
     力を込めてマイクに言葉を吹き込む。スピーカーもコードも付いていないのに、その声ははっきりと響き渡った。それだけで、短く簡潔な言霊を受けた目達が、太陽を直視したように瞑ったり縮んだり彼から距離を取ったりした。
     そうだろうそうだろう。何せこれはヤツらにとって劇薬。ただ聴くだけで澱みを洗い流す大奔流。それを極限にまで拡張し、浸透させる文明の利器だ。正に鬼に金棒、BFにマイクという訳である。
     そんな声で蜘蛛の子が散ったように目達が消えた先。現れたのは、貴族然とした豪奢な廊下だった。煌々と輝く灯り、埃一つなく磨かれた調度品、左右を往来する無数の使用人。きっと事件が無ければ本当に高貴で位の高い人が住み続ける場所だったのだろうと伺える、完全無欠な回廊だった。
    『ねぇきいた?あの女、メイド長に口聞いたんですって』
    『まぁ酷い。庶民の癖に何様のつもりなのかしら』
    『私達に口聞ける身分じゃないくせにねぇ。これだから下級市民は困るわ』
    『勿論メイド長はビシって言ってやってたわ。あんなに顔が腫れちゃって、いい気味よ』
     訂正。ここは最初から駄目だ。一から十まで嫉妬と軽蔑に塗れている。
     勿論、ここにいるのは事件で亡くなった者達の名残みたいなモノだから、これらが本心の全てという訳ではないだろう。だが、こういった尖った感情は年月と共に純化しただけで偽りではない。昔からこんな陰口を囁いたり思っていたことは想像に難くなかった。
     ……大体。人も壁も、全てがあの緑の目を体中に貼り付けている時点で、答えは出ているようなものだ。
    「……」
     一歩中に入る。瞬間、往来していた使用人達がバッと此方を見た。まるで鞄のチャックを開けるようにガパリと口が開き、鋭い牙を見せつけながら近づいてきた。
    『人間だ』
    『人間だ』
    『新鮮な魂だ』
    『捕らえろ』
    『喰らえ』
    『しゃぶり尽くせ』
    「……センス無いなぁbee bad do
     明らかに敵対体勢に入る異形達に、しかしBFはのほほんとした感想を呟いた。実際センスがない。そんなに目をつけて、何を見たがったのやら。
     マイクを握り走るために身を屈める。ここら一帯を一先ず浄化するのもいいが、さっさと目標を見つけて叩いた方が早い。その目標もきっとこの目達が連なる先にいるのだろう。どうも彼らは、何かを見たくて見たくてしょうがないようだから。
    ついて来いよbeep bap skeb──出来るならねbop to do?」
     そう挑発するように宣い──BFは走り出した。
     異形が一斉に飛び掛かる。廊下を抜けようとする彼を、爪が、牙が、四方八方から襲い掛かる。次の瞬間にはバラバラの肉くずになっているだろう姿が想像しうる程の数が凶刃を放ち──しかし、その全てが消えたヽヽヽ。バカな、と動きを止める異形達に、波のようなモノが差し迫り、弾かれる。
    「ーー!」
     選ばれたのはアップテンポの即興曲。限られた音節を繰り返す重奏歌ソナタ。その音が空気に触れた瞬間、世界が変わったのを一同は感じた。
     其れは白紙に垂らされたインクの染み。ドロリとした毒蜜の坩堝から、冷たくもただ有るが儘に在る深海の水底へ。陰鬱な嫉妬が渦巻く夢の中、確かにそこだけ空気が違う。歌をさざ波に変えて広がる蒼謐の海に触れた瞬間、異形達は塵も残さず霧散した。
    「ーー、ーー」
     次の廊下に入ればそこには先程よりも大人数の異形がいた。中には明らかに来客だと思しき風体のモノもいた。もしかしたら、事件当日はパーティか何かをしていたのかもしれない。相変わらず大量の目を貼り付けた異形達の間を駆け抜けながら、BFは思った。
     ならば、目的地は決まっている。
     包丁を持ったコックが襲い掛かる。それを近くの戸棚に飛び乗って躱す。追撃しようと伸ばした手が、青い泡に触れて泡ごと弾けた。戦いて退くコックを押しのけ、別の使用人が鋭い爪と共に突貫してくる。その腕を掴み、くるんと踊るように廻って距離を詰め背後に回った。超至近距離で囁かれた歌に、使用人は絵の具が水に解けるように消えた。
     それはまるで踊るように。舞台を次から次へと駆けるように。行く先々に見つける緑色の眼差しを頼りに、彼は目的地へと進む。緑は嫉妬の色、悪夢の色だ。その色を帯びた霧が段々濃くなるのを追えば、その先にBFの求めるモノがある。

     一際大きな扉を蹴り飛ばし、砂埃を抜けた先。果たしてそこに“ソレ”はいた。
     一際大きなシャンデリアが照らし出す大広間。パーティー途中で人も数十人ほど集まって屯している空間。本来なら賑やかな喧騒が聞こえるのであろうそこは、突然の侵入者に水を打ったように静まり返っていた。暫く呆けた顔を目達と共に晒していたが、侵入者の正体を知るなり、外の奴と同様変形しだす。
     その中、中心の二人だけが形を変えず此方を見たままになっていた。一方が一方の髪を掴んで引き倒して殴りかかろうとしている光景は、まるで一つの稚拙な絵画のようにも見えた。
    『──なんなの、アンタ』
     一方が問いを投げ付けてくる。ボブカットの金髪に華美なドレスを着たそれは、最早人とは言えないほどの緑の目や口を身体中に貼り付けていた。対する引き倒されたもう一方には一切の異形が付いていない。顔を伏せているのか、絹のような銀髪と襤褸切のような灰色のワンピースを着ている事しか分からなかった。
    『人間のくせに、無力な生き物のくせに、なんで死んでないの』
     あちらからしてみれば、BFは最初の時点で死んでいる想定だったのだろう。確かにあの数の異形は並大抵の人間では太刀打ち出来ない。恋人なら圧倒できただろうが、それでも傷一つ付けられないのは異常だ。
    『アンタ……何?』
     だが何も可笑しくない。
    別にbopぼくはただのラッパーだよbeep do rap boo
     これは単純に──相手が悪かったというだけの話なのだから。
     床を強く蹴った。高価な絨毯に足音が消されて一同の反応が遅れる。その隙に真っ直ぐ二人目掛けて駆けた。後ろから異形達が飛び掛かるがもう遅い。軽やかに飛んだ小さな身体は、過たず金髪の異形に飛び蹴りをかましていた。
    『くっ……このクソガキ……!?』
     両腕で防御しながらも勢いには勝てず、相手は数歩後ろに退くことを余儀なくされた。体勢を整える矢先に何かを投げつけられ、反射的に手で受け止める。硬質な金属のそれは。
    『……マイク?』
     顔を上げる。銀髪の少女の前に立った少年が、真っ直ぐに此方を見ている。手には最初から持っていた自前のマイク。
    『歌えって言うの……?庶民ごときが、いい気にならないで!』
     マイクを床に叩きつけ、飛び掛かる。だが、彼がマイクに「beep」と一つ音を吹き込めば、青い燐光が周囲に散った。その燐光に触れた途端、ジュウッと焼けるような音を立てて肌が溶け出す。悲鳴を上げて腕を押さえる異形を、BFは静かに見下ろしていた。
     別に応えて貰わなくてもいい。BFにとって歌は武器であり価値であるというだけだ。このまま容赦なく消し潰したって何の問題もありはしないだろう。
    「あ、あの……あなたは、いったい……?」
     不意に、後ろに庇われていた少女がBFに声を掛けた。ちらりと横目で一瞥し、その姿を確認する。斜陽のように真っ赤な瞳が、溢れてしまいそうな位の涙を湛えて此方を見詰めていた。手荒に扱われて少し荒れてしまった銀髪の向こうに見える顔立ちに、なるほどとBFは納得した。
     これは確かに、綺麗過ぎる。
    「beep」
    「で、でも……ここは、わたしの、ゆめじゃ……」
     気にするな、と言うつもりで頭を撫でる。少女はあたふたとした様子で周りを見たり向こうの異形を見たりBFに視線を戻したりと忙しない。
    『ハッ、なぁに……?アンタまさか、ソイツを助けようってワケ……?この夢から!?』
     ふらりふらりと異形が立ち上がる。焼け爛れた部位の目が、蔑みと殺意を込めて此方を睨み付けた。
    『できないできないできっこない!だってソイツは自分からこの夢に囚われに来たんだから!アンタは余計なお世話ってワケよ!!』
     ギャハキャハ、ゲラゲラ。品のない笑い声が響き渡る。周囲の異形達も無数の口をパカリと開いて唾を飛ばしながら笑い出した。どいつもこいつも品がない笑いだ。たった一人の少女を貶めて辱める為だけに笑って悦に浸っている。
     微かに細まったBFの瞳が剣呑な色を帯びた。
    『アンタはこの夢にはいらないのよよよよよおお、子どもは大人しくオウチでねんねしなさあああああい??』
     ぱきり、ぽきり。異形が関節を鳴らしながら、奇妙に痙攣しだす。明らかに人の可動域を超えたねじ曲がり方をし、その曲がった部分からバキバキと何かが飛び出した。質量を無視したそれが、緑色の羽を辺りに撒き散らしながら地面に降り立った。ぐしゃりと絨毯が歪み、床が凹んだ。
    『どうしても出てかないって言うなら……』
     ぶらん、と首が逆さにぶら下がる。曲がり口から毛に覆われた人外の顔が飛び出した。白目のない緑の目、鋭く尖った嘴。着ぐるみを脱ぎ捨てるように出てきた身体を打ちやり、全体の大きさにはそぐわない短さの翼を広げる。

     ……思わず数歩後ろに退くBF達の前で、巨大な小鳥は醜く囀った。

    『その綺麗な目、アタシに頂戴よおおおおおおおお!!』
     そう咆哮し、小鳥は二人に襲い掛かった。周囲の異形を蹴散らし踏み潰すのにも気が付かず、ドン、ドン、と重たい音を立てて此方に向かってくる。そうして影にすっぽりと覆われるほどの距離に来た時、大きく頭を振り被り、嘴をBFに振り下ろした。
    「あぶな──」
     瞬間、閃光。
     小鳥が絶叫と共に数歩退いた。顔面の辺りが塩酸でもかけられたかのように爛れている。一体何が起きたのかと伸ばした手を我が胸に抱き寄せる少女の視界の端を、何かが通り過ぎた。
    「くらげ……?」
     気がつけば、BF達の周りには青い水が円形を描きながら流れていた。その水流の中を色とりどりのくらげが回遊している。毒々しささえ感じるそれらが毒を持っている事は想像に難くなかった。
    『なんで……なんでなんでなんで、何なのよその力ああああ』
     小鳥が頭を振り、もう一度振り被ろうとする。それよりも早く今度はBFが動いた。一歩前に出て、差し伸べるように左手で小鳥を指し示し、もう一方に握ったマイクを口元に寄せ、声を吹き込む。それに合わせ、水流が形を崩して小鳥に纏わり付き始める。
     小鳥はそれを振り払うように両翼を振り回し、もう一度咆哮した。すると、抜けた羽が見る見るうちに先を尖らせ、BFに襲い掛かった。回遊していたくらげが盾になってかわりにつきささった。パン、パンパン!と風船が破裂するような音を立ててそれは霧散した。
     時間にしたら数十秒も無かっただろう。息を上がらせていないBFとは反対に小鳥はかなり惑い弱っていた。このまま行けばBFが押し勝って終わりだろう。
     ああ、だけど。
    「だめ、です……だめです……!」
     少女がBFの背中に縋り付き、引き留める。唐突に後ろから体重をかけられ「be!?」と明らかに戸惑った声がこぼれた。それを気にもとめず、少女は叫ぶ。
    「あれはいくら倒しても消えません!このままではジリ貧になってしまいます……!」
     少女は知っていた。あの小鳥は倒しても復活する。その理由も、少女には分かっていた。だからこそ自分はこの夢に囚われているのだから。
    「どうか逃げてくださいっ……このままじゃあなたまで──!」

    「……やぁだよbeep

     はたと少女は彼を見た。縋り付いた背中の向こうで、彼は静かにこちらを見ていた。そこに恐れはなく、蔑みもない。ただ澄み切った凪があるだけだった。
     再度、頭を撫でられる。彼のほうがずっと小さいのに、何故か彼のほうがずっと年上に感じられる。そうしてかち合う視線の先で、BFはにっこりと笑ってみせた。
    ぼくに任せてbeep boo
    「……どうして」
     ついさっき会ったばかりなのに。初対面で、名前すら知らないのに。どうしてそこまで自分を助けようとしてくれるのか、少女には全く分からなかった。
     対してBFは不思議そうに首を傾げた。そんなこと、彼女が一番分かっている筈なのに。
    だって困ってるんでしょbeep boo dot skedo?」
     自分が動くには、それだけで十分なのだ。
     呆けた顔の少女を自分の背中に押しやり、BFは再度前を見た。実のところ、彼には考えがあった。倒しても駄目ならそもそもこの夢ごと浄化してしまえばいい。雅さの欠片もない方法だが自分なら可能だ。
     小鳥が囀る。忌々しそうに、腹立たしそうに。両翼を振り回し、壁にガツガツとぶつかるのも気にせず暴れ回る。それはもはや、子供の癇癪にしか見えなかった。
    『あ、あああ、ああああもおおおおウザいウザい!寒いんだよそういうの!誰も求めてないんだって!』
     我慢ならないのだろう。自分よりも身分の下の者達が仲良くやっているのが。そのプライドが肥大化して無駄に大きくなったというのならしょうもない。
    『アンタなんて最初から生まれなきゃよかったんだ!消えろ!何もかも消えてしまえエエエ!!』
     三度目の咆哮が反響する。他の異形達は既に、小鳥に踏み潰されて見る影も無かった。それでもこの夢の嫌な空気が晴れないのは、文字通り目の前の異形が元凶だからだろう。
     深く深呼吸をし、マイクを構える。何が立ちはだかろうと自分がやる事はただ一つ。己の声で、言葉で、嫉妬に塗れたこの緑色の悪夢を終わらせるだけだ。
     いっそのこと異質ささえ感じられる混じり気のない瞳で、BFは敵を見据えた。それは、歌を歌えることへの喜びと冷静に敵を見定める静けさに満ちた、不思議な表情だった。


     ──夜が明ける日の出間際。自宅に帰ったPicoは、一人窓際で本を読んでいた。侵入時の事で眠れなかったのもある。だがそれよりも、まだ彼にはやるべき事が残っていたのだ。
    「……」
     不意に顔を上げ、室内の奥の方を見た。未だに二人分のベッドを占領する小さな身体。そこから緑色の燐光が現れ出していたのだ。まるで蛍のようなそれは徐々に数を増し、何かの形を成そうとしていた。
     本を閉じ、ベッドに近寄る。ホルダーに手を掛けながら片膝を端にかけると、燐光は更に勢いと光を増した。ぐるぐるぐるぐる、小さな虫が飛び交うように廻って飛んでそして、
    「『籠もり屋ラプンツェル』」
     弾けるように飛び出したそれらは、室内に出ることが叶わなかった。それよりも早く金糸の束が巻き付いたからだ。キリキリと嫌な音を立てながら何とか離れようとするそれは、小鳥の群れのようにも見えた。
     ぱらぱらと、ページが捲られる。白い装丁の本は中身も真っ白だった。所々書かれている部分はあるものの、そこは関係ないと言わんばかりに過ぎ去っていく。そうしてあるページにたどり着いた時、ぴたりと本は動きを止めた。そのページに手を翳し、Picoは静かに、淡々と告げた。
    「──『エバー・アフター』」
     途端。青い光が部屋中を満たした。カーテンが開いていれば外からでもその青さが分かったかも知れない。けれど、今はもう日が出始めている上に遮光カーテンでぴっちりと閉ざされている。だから、この一連の出来事は、Picoしか知らないことだった。
     光が収まった時、小鳥達は消えていた。代わりに開かれたページに新しい図解や文字が書き込まれていた。それを確認して本を閉じ、深く息を吐く。そして、携帯を取り出して何処かへ電話をかけた。
    「もしもし。……ああ、俺だ。全部終わったから、後始末は任せた」
     一つ、二つ、小さな言葉を交わし。短い電話を終わらせ、再びため息をつく。……無意識に左目に手をやったが、もう痛みはなかった。
    「……」
     ベッドに目をやる。全てが終わっても変わらない、寝相の悪い姿。此方の気も知らないで眠り続ける姿に、自然と眉根が寄る。本当に腹が立つ程呑気な姿だ。でも──
    「……」
     小さな体を抱き上げ、ちゃんとした寝相に直す。それに添い寝するように横たわり、毛布をかけて抱き締めた。子供体温がすぐに腕や胸に伝わってきて、生きているのだという実感が湧いた。
     きっと、目が覚めたら鬱陶しいと抜けられるかジト目で睨まれるかするのだろう。それでもこうして彼の存在を確かめなければ気が済まないのは、単に心配性なだけか、惚れた弱みという物なのか。どうせ起きた後に謝ればいい。何なら食べ物で釣ったっていいだろう。
     ……そんな甘いことを考えながら、目を閉じる。程なくして二人分の寝息が、もう朝を迎えようとする中室内に重なった。



     Ⅴ

     皮膚を突き破る金属。甲高い恨み言。海のような青い光。
     そして、意識を穿ち貫く、音と、色と、声──

     衝撃に突き上げられるまま少女は目を覚ました。知らない白い天井が視界いっぱいに広がる。コンクリートを打ち付けただけの物々しいそれとは裏腹に、耳に届く音は鳥のさえずりと木々のざわめきというとても平穏なものだった。
    「ここ、は……」
     首を横に振り、壁を見る。カレンダーが自分の覚えのない日を指し示していた。窓枠に切り取られた空は思いの外晴れていて、柔らかな日差しがベッドの端まで照らしている。その日差しから逃げるように自分の銀髪は荒々しく散らばっていた。くすんだ、手入れのしていない、灰と見紛う色。それだけで、自分がどれほど長く眠っていたのかが伺えた。
    「目が覚めたか」
     ぼんやりとくすんだ髪を眺めていると、不意に声が振ってきた。首を動かして反対側を見ると、ベッドに添えられた椅子に誰かが座っていた。青い長髪に金色の瞳。胸の膨らみから女性だとは分かるが、顔立ちも声色も中性的で、いまいち判別が付かない。
     知らない人だ。一体誰なのだろう。そう思ったのもつかの間、さらりと肩を滑り落ちる青髪が、夢の中の姿と重なった。
    「あなたは……わたしの、てき……?」
     カラカラに乾いた口で何とか問い掛けを紡ぐ。その質問に、女性はふむ、と左手を顎に当てて応えた。
    「君を刺した少年の知り合い、という意味ならそうなるね。最も、僕はただ後片付けに来ただけだけどね」
    「さした、て……」
     腕に力を込め、起き上がろうとする。けれど力が入らない。とさ、とすぐにベッドに落ちてしまい混乱する自分を、女性が手で制した。
    「無理に動きなさんな。霊体とは言え一度刺されたんだよ、君は。聖別されたナイフじゃ生霊は殺せないけれど、ダメージはそのまま君の魂に来ている。むしろ、臨死体験した上で目を覚ませただけ幸運というものさ」
     そのまま寝てていいから、とやんわりと押され、元の姿勢に戻った。言っていることは殆ど理解出来ないが、此方に危害を加えるつもりがないのは分かった。
     でも、それなら何の為にここに……目線でそう問い掛けると、女性は穏やかに笑って言った。
    「ちょっと質問と答え合わせがしたいだけさ。……君は、Cinlil Ashendreamで間違いないね?」
    「……はい」
    「二週間前に何があったか覚えているかい?」
     ……。
    「……わたしはただ……あそこで、晒し者にされた、から」
     パーティーの最中だった。けれど、自分は出ることを許されなかったし、見繕えるドレスも持っていなかった。だから自室である屋根裏に籠もっていようと、そう思っていたのに。
    「……君は、一ヶ月前にあの家に養子として入った。当時は特に何の話も出ていなかったけれど……家との関係は、良くなかったみたいだね」
    「……わたしは、あいじんのこ、なので……きぞくに、ふさわしくないって」
     これは罰なのだと妹は嘲笑った。貴族として礼儀のなっていない無作法者に、この界隈の厳しさを教えてやるのだと。
     パーティー会場に無理矢理連れて行かれ、広間の中心で引き倒された。勿論服はボロキレのようなワンピースしか持っていない。それを滑稽だと笑われ囃し立てられ、調子づいた妹が鋏を持ってきて髪を掴んで──その時、声がしたのだ。
     このままで良いのかと。このまま搾取され嘲笑われ続ける日々で、本当に満足出来るのかと。……彼らに一矢報いたくはないか、と。
     否定できなかった。少女は大人しい方ではあったが、優しい母に育てられた経緯がある。だから、見に覚えも理由もない事で咎められるのも、雑用のように使用人からも仕事を押し付けられるのも──まして、母に褒めてもらった髪を台無しにされるのも、我慢ならなかったのだ。
    「だから、わたしは……このままじゃいやだって言って──」
    「“ヤツ”に取り憑かれ一家諸共魂喰らいを引き起こした、と」
     頷く。きっと自分が、彼らを殺してしまったのだろう。殺した事自体は不可抗力とはいえ、手を取ってしまったのは事実なのだから。
    「なるほど、経緯は分かった。じゃあもう一つ──館にいた君は“何”なんだい?君の肉体は事件以降ずっとここにあったっていうのに」
     つい、と人差し指を立て、女性は二個目の質問をした。どうやら彼女には何もかもが分かっているらしい。
    「“あれ”は……まえの、わたし」
    「前の?」
    「ええ。……きがついたら、わたし、あそこにいたの」
     今でも手に取るように思い出せるようだった。全てが変わった事件以降、彼処には少女と残留思念だけが残った。皆自分の事なんて気にせず好きに踊っていた。それがどれほどの救いだったことか。指もさされず絡まれも陰口もされず、ただ幽霊のように揺蕩う空間。それが、彼女には夢のように思えたのだ。だけど──
    「途中から皆が君に気がついて、危害を加えるようになったと……“ヤツ”らの本領は悪夢を見せることだ、上げて落とすなんて基礎中の基礎だろうね」
    「……ええ。だから、すてたの」
     館に残った身体を脱ぎ捨て、元の肉体に戻った。だけど、その肉体の中でまた夢に囚われた。
     ……あとは彼らが見た通りだ。脱ぎ捨てられた霊体は消えることなく、あの館で浮遊し続けた。……最も、あの青年が刺し貫いた以上、もうあの館には何も残っていないだろうが。
    「それで『殺し甲斐が無かった』訳か……坊やをさらったのは、“ヤツ”に唆されてかい?」
    「……」
     首を動かし、反対側を見る。突き抜けるような青空が見えた。こんなにも直ぐに見えるのに、力が入らないのもあって酷く遠くに感じられた。
    「わたし、は……ころしたかったんじゃ、ない」
    「分かっている。だが、“ヤツ”に憑依された者は往々にして魂を求めて事件を起こす事があるんだ。“ヤツ”にとって人間の魂は、絶望と同等にご馳走だからね」
     ああ、これでは隠し事が出来そうにない。その確信を持たせるほどに、女性の目は真っ直ぐだった。
     そう、それはまるで彼のような──
    「君は何故よりによってヽヽヽヽヽヽ坊やを選んだ。彼の力は反則もいいところだ、最初の獲物にするには強敵すぎるんじゃないかな」
     ────。
     目を閉じる。静かな闇が、視界全体を覆う。誰もいない、何も聞こえない世界。そんな孤独に心地よさを覚えたのは、いつからだったのだろう。
    「……むかし、かれがうたってたの、みたことがあるの」
     その昏さの中にぽつんと一つの映像が浮かんだ。今から三年前、まだ母が生きていた頃のことだ。愛人という立場故にひっそりと生きていた自分達は、それでも二人で支え合って暮らしていた。
     大きな望みなんて無かった。地位とか名誉とか、皆に認められたいとか目立ちたいとか、そういうのも考えたことが無かった。ただただ昨日同じ今日を今日と同じ明日を望んでいた。
     そんな中──行きつけのスーパーマーケットで歌う彼を見つけたのだ。
    「たぶん、路上ライブかなにかだったとおもうの。そこでともだちといっしょにうたってたわ。たくさんのひとが、かれのうたを聞きに集まってた」
    「……そこで、惚れたのかい?」
     首を振る。ぱさぱさと髪の端の辺りが枕カバーを叩いた。
    「かれは何もみてなかったわ。わたしも、まわりも、きっとめのまえの人だってみえてなかった。ただただまっすぐに歌をおいかけてたの」
    「かれ、子どもなのよ。どこまでもまっすぐで、まがりもゆがみもしない、そんな人なの。まるで一線の光みたいで、ただそこにあるだけでまわりをみちびける」
    「だから……わたしは……」
     こほっと咳き込む。一気に喋りすぎて喉を痛めたようだった。
     ……いや、違う。これは話し過ぎなんかじゃない。この痛みは……この、幾らあえいでも直らない、絞められるような苦しみは──
    「……ユメにとらわれたとき、おもったの。ああ、これはわたしへの罰なんだって。だってそうでしょう、ひとをころしておいてのうのうと生きてるなんて、ゆるされるはずがないんだもの」
    「つらくてくるしくてかなしくて、消えたいっておもって。でも、どうじに、みとめられたいともおもってたの」
     苛められ、扱き使われる日々。否定と嫉妬しか無い地獄から、脱け出したかった。誰にも縛られずに自由になりたかった。手段は最悪だったけれど、その願いは嘘ではないと、誰かに言ってほしかった。そんな時、ふと、彼のことを思い出したのだ。
     ……ああ。つまり、自分は。
    「わたしは──彼に、導いてほしかった」
     例え夢に迷い込んだ理由が、自分とは関係のない事であったとしても。彼の言葉で赦しを──生きろと言ってほしかったのだ。
     雫が頬や顎を伝って落ちる。ただでさえ質の良くない布団を、更に黒ずませて行く。拭うために腕をあげる力も起きない。ただただ惨めな姿のまま、少女は涙を流していた。
    「……そうか。ならもう、僕から問うことはないな」
     君はもう、彼に手を出せないだろうから。
     女性はそう言うと徐ろに腰を上げた。面会をやめるつもりらしい。扉へと近付く背中で、腰にまで伸ばした青髪がゆらゆらと揺れていた。電灯の弱さのせいか心なしか色褪せて見える。
    「……君が目覚めた以上まもなく警察が来て事情聴取をするだろう。そこで真実を話しても、きっと彼らは君を逮捕できない。証拠が無いからね」
     女性の言う通りだ。魂を抜き取って喰らっただけで、外傷はないのだから。幾らなんでも現実的ではない。
     自分は、裁かれない苦しみを背負うしかないのだ。
    「そうなれば、君は退院後路頭に迷う羽目になるだろう。あの家に親族と言える者がいないのは既に調べがついている。
     だから……まぁ、なんだ。こういった事例に特化した孤児院を、僕の友人が経営していてね。連絡先を渡しておくから、困ったときは電話するといい」
     そう言って、女性は小さな紙を椅子の上に置いて部屋を出ていった。最後まで彼女は名前を名乗らなかった。
     ……。
     手を持ち上げ、名刺を取る。質素なデザインのそこには院名と院長の名前、住所と電話番号が書かれていた。それ以外には裏返しても何も無い。文字通りの白紙な裏をしばらく見詰め、やがて小さなため息と共に手を降ろす。
     最早、生きても何の意味が無かった。
     優しかった母は死に、心の何処かで憎んでいた妹も使用人達も死んだ。文字通りの天涯孤独の身は、きっとこの孤児院のもとへ行ったって根本的な解決を得ることは出来ない。あれほど抜け出したかった悪夢も、今となっては何処か賑やかな場所だったように感じられる。そんな状態でこれからどうすれば良いのだろう。
     ……でも。
     目を閉じて、夢の終わりの事を思い返した。見事悪夢に打ち勝った彼と、夢を維持できなくて崩落していく世界。解放されるのだという事への歓喜よりも、罰を手放さなければならない事への失望が勝っていた、あの時。

     ──好きにすれば?ぼくに引き止める権利なんてないし。

     ボイスパーカッションなんて、何を言っているのか分からない筈なのに。
     それなのに、何故かその時だけは、何を言っているのか分かってしまったのだ。

     ──だけど。
     ──少なくともぼくは、きみが生きていると嬉しい気持ちになるよ。

     啜り泣く声が、人知れず病室に木霊した。



     Ⅵ

    『あのこに酷いことしたでしょ』
     特徴的なボイパで始まった問い詰めにPicoは動きを止めた。ドーナツを持っていた手を下ろし、対面して座るBFを見やる。BFもまたじっとりとした眼差しで此方を睨め付けていた。
    「いきなりどうしたんだよ」
     プイッと顔を逸らされ、ため息をつく。どうも何かに関して拗ねているらしい。こういう時は本当に面倒臭いのだ。
     PicoにはBFの言葉は分からない。ニュアンス程度なら大丈夫だが、細かい意志を汲み取ろうとするとどうしてもこんがらがってしまう。もうこの言語に付き合って一年近くが経つのに、今や例の女性の方が理解できている始末だ。
     仕方がないだろう、自分ではどうしても昔の言葉の方が思い起こされるのだ。まだBFが普通に英語を話せていた頃──今となっては戻らない昔の姿が、どうしても脳裏にちらつく。それを知る度にBFは不機嫌そうな顔をするのだった。
     さて、何の事で拗ねているのだろうか。朝のことは既に終わったし、ドーナツにも不備は無いはずだ。となれば今日ではない別の日の事で拗ねている事になる。何かあっただろうか、と爪先でテーブルを叩きながら考えていると、ふと、思い付いた。
    「……もしかして、昨日の夜のことか?」
    「beep!」
     正解とでも言うようにBFは頷く。だが。
    「そもそもあれはお前が単独行動したのが悪いだろ。自分から敵地に突っ込むやつがあるか」
    「bee……」
    「……それで拗ねてない?じゃあなんだよ」
     一つドーナツを頬張り、BFはじっとPicoを見つめた。正確には顔の左側──丁度目の部分だ。指で触れれば、いつも通りの革の感触がした。
    「……もしかして、俺が行ったことに怒ってんのか」
     Picoの言葉にこくりとBFは頷く。そして、きゅっと眉をひそめて、いかにも辛そうな表情をした。本当に自分一人で解決させるつもりだったのだろう。
     Picoの手など一切借りず。
    「仕方がないだろ。何が起きるか分かったものじゃないし、一刻も早く解決する必要があったんだから」
    違うbeep
     幾ら言葉の分からないPicoでも、今のが否定である事はすぐに分かった。どんどん眉根の皺が深くなっていくのを見たのもあるだろう。
    そんなつもりbee bab bop全く無かったよねskedo boo
     真っ直ぐな視線がPicoを射抜く。正直に答えろと、はぐらかしは許さないと、言外にそう言い渡される。誤魔化しが効かない強い視線に晒され、Picoは大きくため息をついて白旗をあげた。
    「ああそうだよ。正直、犯人のことはどうでも良かった」
     BFを取り戻したかったのは事実だ。だけど、それだけで衝動で動く自分ではない。相手が何なのかも分からないまま敵陣に突っ込むのは彼のキャラでは無いのだ。
     そんなPicoが早期解決を計ったのは、実に単純。

    「俺はただ、アイツに嫉妬してた。だから一刻も早く消したかった。……それだけだ」

     自分の左目は他人の嫉妬を見抜く。それにあてられたせいなのだろう、自分自身も随分と嫉妬深くなってしまったようだった。単純な会話や同行をしているだけでも、胸の内でじわじわと苛立ちが広がった。消してしまいたいと、潰して楽になりたいと、心の奥底で嫉妬の炎が燃え盛っていた。
     ましてや夢を共有できるなんて──最早、殺さない理由が無いのだ。
     自分は、彼を殺す夢しか見れないのに。
     一つ、ドーナツを口にいれる。BFがどんな顔をしているのかは分からない。とはいえ、流石にドン引いてはいるだろう。自分でも逸脱している自覚はあるのだから。
     嗚呼でも仕方がないのだ。彼が自分以外に心を向けていると知っただけでも、腹の底が焦げ付くような感覚がする。異様な程の嫉妬心が溢れ出して制御出来ない。ひょっとしたら毎晩見る夢でさえもその嫉妬の現れなんじゃないかとすら思えてくる。誰かに取られるくらいならいっそのこと、ということか。納得してしまう自分が、何処か馬鹿らしく思えた。
    「それで?それを知って、お前はどうするんだ?」
     口に残ったものを水ごと流し込み、Picoは問いかけた。まだ口の中に甘ったるい味が残っている。自分はあまり甘いのは好きではない。かといって苦いのが好みという訳でもないが。単純に口に合わないだけなのだ。
     BFは片肘をついて俯いている。やはりショックだったか、と少し身を屈めて顔色を伺おうとした、次の瞬間。ぱんっ!と軽い音と共に、何かが顔面に押し付けられた。視界いっぱいに広がるカラフルなそれは。
    「……は?フェス?」
     一昨日も行ったドーナツフェスのチラシだった。確かに今日まで開催はされているが、まだテーブルに買った分が残っている。お詫びにもっと買えという事なのだろうか、と考えていると、ふと、何かの紙切れが一緒に添えられている事に気がついた。BFの荒い文字で、何処かの病院名とその住所が書かれている。
    「……まさか見舞いにいけと?」
    「beep」
     ひょいと椅子から降り、BFは自室に向かった。本当に行くつもりらしい。殺した分の謝罪でもするつもりなのだろうか。いや、大体、こんな事をしてしまったら。
    「お前なぁ……これでまた俺が嫉妬したらどうするつもりなんだよ」
     夢を共有しただけで殺意に変わるのだ。対面したら何が起こるか。それこそ、今度こそ現実でBFを殺しかねない。
    別にどうもしないよbeep bop to bee
     だが彼は、そんな胡乱な脅しに一切の恐れも見せなかった。ゆるりと振り向いた顔は、いつも通りの明るく元気な顔で。
    ぼくはきみのそういうとこ含めて好きなんだし……bop skebo do bep pico to boo
     いつもは分からない筈の言葉が、何故かその時だけは手に取るように分かった。

    「…………」
     BFがリビングを出る。それと共に、Picoは大きなため息をつきながら脱力した。
     本当にずるい。BFという男は、本当にズルい人間だ。こういう時に限ってあんな事を言ってのけるなんて。恐れ知らずなのもあるが、あれは其れすらも乗り越えた寛容さだ。此方がどんな気持ちでその言葉を受け取るのかも知らないで。
     ……でも、それに惚れた自分がいるのも──少しだけ、煮え立つような嫉妬心が落ち着いたのも、事実で。
    「……行くか……」
     彼がきっと待っている。前に行った通りの、ワクワクとした表情で。それを車内で独り占めする事が出来るなら、こういうのも悪くはないのかもしれない。
     立ち上がり、鍵を手に取る。そうして彼の後を追って扉を開けた先で、冷え始めた秋の空気が廊下に満ちていた。


    【終】
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