夏の日 オレ、なんか、変だ。
そう思ったのは、いつだったんだろう。
部活の終わり、更衣室でのどうでもいい会話の時? その時なに、話してたっけ。月バスの特集記事のことだったか、昨日のテレビのお笑い番組のことだったか。
そのあとの、なんとなく一緒になった帰り道の時だっけ?
笑っている三井サンの顔が妙にまぶしくて、胸がぎゅっとなって、心臓がバクバクして。
――あれ?
って思ったのが最初だった。
それから何度も、もしかしたらいつも、三井サンの笑顔を見ると胸がぎゅっとして、バクバクして、なんだかムカついた。オレ以外にもそんな顔向けるんじゃないって思って。
あれ? なんでオレ、三井サンを独り占めしたいの?
気がついたら、三井サンのそばで、内心首をかしげてばっかいるオレがいて。
三井サンを見てオレが感じることって、ただ胸がぎゅってなって苦しいとか、心臓がバクバクするってことで。それで、三井サンをどっかに閉じ込めて三井サンにオレだけ見てもらいたくなるし、オレのことどう思ってるのってつっかかりたくなるし、めちゃくちゃかわいがりたくなる。
なんで?
変じゃん、なんかこれって、三井サンのこと意識してるみたいな?
好き、みたいな?
ていうか、好きってなに?
オレは綾ちゃんが好きで、綾ちゃんを見ると今日も頑張ろうって思って、それが好きなんじゃね? こんな、かわいがりたいのにめちゃくちゃにしたいとかっていうの、なに? 笑顔もあの綺麗なシュートも全部独り占めしたいって思うのって、なに?
特に今日みたいに練習でバテてる三井サンがぜいぜいいってるのを見たら、なんか体が熱く――
「……いやまさか」
思わずオレの口から漏れた。
部活が早めに終わった帰り道。
海沿いの道を暑ちぃ暑ちぃと歩きながら。オレの隣でコンビニのアイスについて語っていた三井サンが、ん? と、気の抜けた声で返事した。
「どうした? お前、今日ぼーっとしてんな?」
心臓が口から飛び出るかと思った。バクバクしすぎてうるさい。同時に、いつもの癖で片眉が上がってしまう。
「ああ?」
つい、三井サンを目をすがめて見てしまう。
心臓がバクバクしっぱなし。
で、こうなると、やっぱいつもの癖で平気なフリをしてしまう。
いやでもこれだとオレ、三井サンに喧嘩うってね? そんなつもりはないのに。やばいやばいやばい。
三井サンが目を瞬かせてオレを見る。
「お前、ローソ○嫌いだったっけ」
「は?」
「いや、ロー○ンのソフトクリームをオレが褒めたからよ、お前この前セブ○のソフトがうまいって言ってたから」
「はぁ?」
いや確かに三井サンがさっきまで一方的にソフトクリームについて語っていたけど、話の流れ的には間違ってないような気もするけど! なんでオレがソフトのことで怒ってるって思うわけ? オレってそんな度量の狭いニンゲンに見えるわけ? ってでも、オレが今焦ってる内容を三井サンが察するのはオレの本意じゃない、っていうか、これはバレたらだめっしょ? 綾ちゃんは大事にしたいし見守っていたいけど、三井サンのことはめちゃくちゃにしてめちゃくちゃにかわいがりたくて、オレのものにしたいとかっていうの、バレたら……オレのものにって、なに?
「んな怒るなって。ほら、セ○ン寄ってこうぜ? オレがソフトおごってやっから」
三井サンがオレのほうを向いて、ニカっと笑った。
コンクリートの防波堤と空を背景に三井サンの白い制服のシャツのコントラストが鮮やかで、でもシャツよりももっと、三井サンの笑顔が眩しくて。
不意に、ストバスのコートでワンオンをしようと誘ってきた中学生の三井の表情が、今の三井サンの表情に重なった。
「………、」
平気なフリ、できなかったかもしれない。
オレは口を開けて呆然と三井サンを見ていた、気がする。
それを三井サンはどう思ったのだろう、オレの頭へ手を伸ばして、髪をわしゃわしゃと乱した。
「そんなに嬉しいか、お前よっぽどセブ○のソフトが好きなんだなー」
いや、そういう話じゃあねんだけども!
「ちょ、セットが崩れるっしょ」
「もう家帰るだけだし、崩れてもいいだろ」
わははと三井サンが笑う。
オレはそんな三井サンを見て、わざと方言でつぶやいた。
「……わんや、ちゃーすがや…」
どうしよう、好きに気がついてしまった、どうしよう。
初恋だったんだ。
「ん? 今の、なんて?」
「沖縄方言」
「なんて意味なんだ?」
「あ~~、悪口っス」
「そんな感じじゃなかったけどもな、教えろって」
三井サンが少し唇を尖らせて言う。
オレは心臓バクバクを押さえ込んで、ニヤリと笑って見せた。
「セブ○にオレより早く着いたら教えてもいいっスよ?」
「って、おい、宮城、走りでオレがお前に勝てるわけねーだろが」
オレは走り出す。
どうしよう、三井サンが好きだ。
どうしようもなく、三井サンが好きだったんだ。
そう自覚した、夏の日――