熱 熱に浮かされる、なんて言葉がある。
この日のオレと宮城はまさにそうだったと思う。
練習試合を勝利で終えた日。宮城が部室に残って部誌を書いていたので、オレも残っていた。用があった訳じゃねぇけど、なんだか帰りたくなかった。試合の余韻みたいなのが体に残っていて、熱が引かないようなそんな落ち着かなさを抱えたまま、一人で帰りたくなかった。だから、部誌を書いている宮城の机の前に椅子を持ってきて、腰を下ろしていた。
「なぁ、宮城」
「なんすか」
紙の上を滑る鉛筆の音がしている。
オレはその鉛筆の先を見るとも無しに見ていた。
「なんかさ」
「……なんすか?」
宮城の鉛筆の先は、文字なんか書いていなかった。なにやら星だか丸だか不思議なものを書いていた。なにしてんだ、こいつ。
あ、とオレが呟いたのと同時だった。
顔をあげた宮城がオレのシャツの胸元を掴んで引き寄せ、顔をかしげるようにして、オレの唇にキスをしてきた。オレの唇を歯を立てずに挟んだ宮城の唇の間から漏れる息が、熱い
オレは思わず目を閉じて、唇を開く。促されるというより急かされるように宮城の舌に自分の舌を触れさせた。
――たぶん、これで合ってる? よくわかんねぇ、こんなキス初めてする、から…
軽いキスは今まで何度もやっていた。じゃれるようなヤツ。実際宮城は笑ってたし、オレもなんだかこそばゆくて楽しくて、笑っていた。でもこれは、笑っていられねえ、なんだ、体が熱い、試合が終わった後みたいな、熱が体の奥から沸いてくるような。たまらない。さっきまでの余韻がなんだったのかをオレに突きつけてくる。
熱だ。渇望するような、もっともっと試合をしていたいというような、熱。足りない、もっと触れたいしもっとこの熱がほしい。
息ができなくて、頭がぼうっとしてきた。
苦しい、けれど、気持ちがいい?
わかんね……
「三井サン?」
オレは肩で息をしていた。朦朧としている視界がはっきりとしてくると、オレを覗き込んでいる宮城の顔が見えた。頬を紅潮させて、熱っぽく潤んでいる茶色の瞳でオレを見つめていた。
背筋をぞくりとしたものが駆け上がって、鳥肌がたったようになった。
これ、知ってる、なんか感動した時になる――
オレは宮城の後頭部へ手をやって引き寄せて、今度は自分から深いキスをした。
宮城の少し厚い唇を、さっき宮城がオレにしたように唇で挟んで、舌を触れさせて。
すぐに息が苦しくなって、唇を離した。
「……頭ぼーっとする…」
「三井サン、息、吸ってる?」
オレの息は乱れていたが、そういう宮城も荒く熱い息を吐いている。
「息吸うタイミング、わかんね……」
「吸いながらキスするんすよ」
「…んな、器用なマネ……できっかよ…」
「ってことは、三井サンはディープキス初めてッスね」
「まさか、お前は、……経験済み?」
「ドウデショ?」
ニッコリとする宮城に、オレは目を丸くする。
「マジか!」
「そうとも言って無いッスよ」
宮城は部誌を閉じると立ち上がった。
オレは自然と宮城を見上げる状態になる。
「部誌は終わったんか?」
今日は無理、と答えた宮城が、オレに手を差し出す。
なんだか、山王戦の時に倒れたオレを助け起こそうとした時を思い出した。オレは宮城の手を取って立ち上がった。
「…三井サン、オレ今すげえあんたとバスケがしたい」
「偶然だな、オレも」
「それか、セックス」
「オレも」
さらっと言う宮城の言葉に、うっかりそう答えてしまい、オレは目を見開いた。
宮城はふ、と息を吐いて唇の端をあげるようにしてった。機嫌がいい時にする笑い方だ。
「あんたとするバスケはセックスと同じ気がする」
「お前、それ、変態くさくね?」
「いいじゃん、バスケしてセックスしよう」
「まあ、そうしたらこの熱もおさまるかもな」
「熱?」
「おう、試合が終わって疲れてるのに、なんか足りなくてもっとって、落ちつかね」
宮城が鞄を肩に掛けるのを確認して、部室の引き戸を開ける。廊下側に出て宮城が出てくるのを待っていると、電気を消した宮城がオレの腰へ手を回してきた。少し踵をあげて背伸びをしているようで、宮城は額をオレの肩口へ埋めるようにしてくる。
オレも宮城の背中を抱いて、首元に顔を埋めた。宮城の汗と、少しだけ香水の匂いがした。「……三井サン。今日に限らずさ、三井サンと試合したり練習したあと、足りない、もっと一緒にって思うんだ。一緒になりたいって」
「……おう」
「すっげ幸せなのに、ちょっと悲しい気がしてさ」
解る気がした、けれど、オレはこれには頷かないで、かわりに背中をきつく抱きしめる。
「なんだよ、鬼キャプテン、らしくねーぞ? もっと強気でいけよ」
「三井サンが、すっごい好き」
「知ってるぜ」
「次の土曜、うち泊まりに来ないッスか? 親いねーんで」
「……おう」
心配すんなよ、熱に浮かされても大丈夫。
マイナスから始まったオレらだから。